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Fable ― 異世界に転生した俺の物語 ―  作者: ソガシリュー11
第一章:死から始まる物語
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プロローグ : 急死

降りしきる雨が、まるで銃弾の雨のように、濡れたアスファルトを叩きつけていた。


激しい雨音にかき消されそうになりながらも、遠くから救急車のサイレンが響いてくる。嵐の夜を切り裂くような、切迫した音だった。


「なあ……これ、俺の……血か?」


視界は完全にぼやけ、目の前が赤く染まっていた。


頬を伝う液体は、吐き気がするほど生温かく、どろりとしている。


そんな中、俺に見えていたのは、たった一つ。


暗がりから俺を見下ろす、冷たく無機質な目だった。


ああ……俺はここで死ぬんだ。


意識が完全に途切れようとした、その瞬間。


鋭い光が目に飛び込んできた。


俺の携帯電話からだった。


光が強くなる。


もっと強く。


さらに強くなって――


**カチッ。カチッ。カチッ。**


マウスをクリックする音が、暗闇の中に響き渡った。


狭苦しい部屋を照らしているのは、モニターから放たれる無機質な光だけ。俺はコントローラーを握りしめ、画面に食い入るようにしていた。


「おい、ヒーラーはどこだよ!? おい、そこのバカ! さっさと回復しろって! 早くしろおおお!!」


ヘッドセットから、耳障りな電子音が鳴り響いた。


操作していたキャラクターのHPが、ついにゼロになった音だ。


「クソがあああ!!」


完全にブチ切れた俺は、ヘッドホンを引っぺがし、机に叩きつけた。


疲れ切った目をこすりながら椅子にもたれかかると、腹の底から低い音が響いた。


「……ああ、そういや今日、あんまり食ってなかったな」


空腹に突き動かされ、俺はようやく自分の巣穴から這い出した。


少し歩いたところにある、いつものコンビニへ向かう。


俺の身長は、175センチ。同年代の平均よりは少し高い。


これといって特徴のない見た目を少しでもマシにしようと、もともと茶色だった髪を真っ白に染めてみた。もっとも、染め方は決して上手いとは言えなかったが。


毛先や襟足には、しぶとく茶色が残っている。そのせいで、意図せず妙にキマった髪型になっていた。


一日中部屋にこもってゲームばかりしている同年代の男なら、運動不足でだらしない体つきをしていると思うだろう。


だが、俺の体は意外にも引き締まっていた。


昔、必死になってスポーツに打ち込んでいたおかげだろう。無駄のない、細身でしなやかな体つきになっていた。


俺はコンビニの棚の前にしゃがみ込み、安いカップラーメンを前に、まるで生死を分ける決断でも迫られているかのように悩んでいた。


「チッ……今日に限ってビーフ味が売り切れかよ……」


大きくため息をつき、渋々チキン味に手を伸ばす。


そのとき、耳障りな女の声が店内の静けさをぶち壊した。


「お願いです! ワインだけでも持っていかせてください! レディとしての誇りにかけて、残りのお金は明日必ず払いますから!」


……うるせえな。


面倒事に巻き込まれるのは御免だったが、気になって棚の隙間から様子をうかがった。


そこには、短く切りそろえられた、暗いワインレッドの髪をした少女がいた。


服装は、まるで何も気にしていないかのようにラフだった。黒いシャツの上に短いジャケットを羽織り、足の形もよく分からないほどダボダボのグレーのスウェットを穿いている。


後ろ姿だけなら、二十歳そこそこに見えた。


小柄な体格と短いジャケットが、どこか少女らしい雰囲気を漂わせている。


……それなのに、酒瓶一本をめぐって店員に食ってかかっている。


マジでうるせえ女だ。


「お客様、今週これで三回目ですよ。それに、前回のワインの代金だって、まだ全額払っていただいていませんよね……」


疲れ切った店員が、うんざりした様子でぼやいた。


俺は関わらないように、その場を離れようとした。


だが、背を向けた瞬間、少女の声が俺を捕まえた。


「そこの少年!」


振り返る間もなかった。


少女は一瞬で俺の目の前まで距離を詰めてきた。


いや、近い近い近い!!


「ねえ、こんなに可愛い女の子のために、ちょっとだけお金を恵んでくれない……?」


「はあ!? お、おい、近すぎるだろ! 離れろって!」


そこで初めて、俺は彼女の顔をまともに見た。


そして、衝撃を受けた。


*……めちゃくちゃ美人じゃねえか!*


少女は恥じらいの欠片もなく、その場にしゃがみ込むと、俺の古びたジャージの裾をつかんだ。


「お願い!! ほんのちょっとでいいから……! 絶対返すから!!」


……なんなんだ、この女。


恥も外聞もないとは、まさにこのことだ。


見ず知らずの男に金をせびるために、ここまで堂々としゃがみ込めるとは。とんでもない度胸である。


数分後。


俺たちは一緒にコンビニを出た。


俺は深く、敗北感に満ちたため息をついた。


「絶対に返せよ! 分かったな?」


「はいはい……分かってるって」


……ふざけんなあああ!!


助けてやった直後から、その態度かよ!


「あ、そうだ。あたし、番堂愛子。よろしくね」


愛子は気軽に手を振りながら言った。


「連絡先交換しよ。携帯貸して。番号入れとくから」


「……俺は久吾。久吾潤也だ」


彼女の携帯に自分の番号を入力しながら、ふと浅はかな考えが頭をよぎった。


……まあ、こんな美人に自分の番号を知られるのも、悪くないかもしれない。


「じゃ、またねー」


愛子はくるりと踵を返した。


……はあ。


俺の所持金、これで完全にゼロである。


やったね!


俺は空を見上げた。


重苦しい嵐の雲が、地平線を不気味な紫色に染め上げていた。


「……もうすぐ雨が降りそうだな」


俺は再び、去っていく愛子の背中に目を向けた。


彼女が何かをつぶやいている。風に乗って、その声がかすかに届いた。


「さっきの潤也って男、髪型ちょっとカッコよかったな……あたしも染めようかな――」


「おい!」


俺は小走りで追いつき、声をかけた。


「よかったら、家まで送っていこうか?」


性格が救いようのないほどアレでも、こんな時間に女の子を一人で歩かせるわけにはいかない。


俺の良心が、それを許さなかった。


愛子は立ち止まり、わざとらしく頬を膨らませて振り返った。


「はああ!? あたしがチンピラに絡まれるとでも思ってんの!?」


「いや」


「返事早すぎでしょ!? ……はあ、もういいわよ」


……ああ、気まずい。


なんでこんなに気まずいんだよ……。


まあ、俺がこういうタイプの人間だから仕方ないのかもしれない。


いや、待て。潤也。せめて何か話題を振れ。


「そ、そういえば……お前、何歳なんだ?」


「おほ?」


愛子の口元に、意地の悪い笑みが浮かんだ。


「へえ? あたしのことが気になるんだ?」


「……変な勘違いすんなよ。高そうなワイン買ってたし、見た目も若いから、何歳なのか気になっただけだ」


「そういうことね……。あたしは18歳。あと1週間で卒業する予定なの。まあ、新しい生活が始まるのが怖くて、現実逃避してるって感じ?」


現実逃避、か。


まあ、ストレスの発散方法なんて人それぞれだろう。


……ただし、酒に頼るのはやめておこう。うん。


「じゃあ、俺と同い年か……」


とはいえ、俺は卒業できるとは思っていない。


学校をサボりすぎた。今さら卒業なんて、到底無理な話だ。


「ワインを飲むと、少し気が楽になるのよね。自分だけの世界にいられるっていうか……。あーあ、人間関係ってほんっと面倒くさい」


愛子はぼそりとつぶやいた。


……意外なことを言うんだな。


「分かるよ。人間関係って疲れるよな」


俺はうなずいた。


「周りに合わせるために、本当の自分を隠して、別人のふりをしなきゃいけない……。あれって、マジで疲れるんだよ」


スポーツができて、勉強もできて、周りを笑わせることもできる。


昔は、それが自分の取り柄だった。


けど、いつの間にか全部がつまらなくなっていた。


何もかもが嘘くさく思えて、俺は少しずつ人との距離を置くようになった。


……俺は一体、誰に認められたかったんだろうな。


「ほらほら、元気出しなさいよ、陰気くん!」


愛子が笑いながら、俺の肩を小突いた。


「ところでさ、お前ってアル中なの?」


「俺はアル中じゃねえええ!!」


――グフッ!!


次の瞬間、愛子の拳が俺の腹にめり込んだ。


ぐはっ……!


なんなんだよ、この女……!?


言動が完全に男じゃねえか!


顔だけはいいのに。


性格が最悪すぎる!!


――ブブブブブッ。


――ブブブブブッ。


ポケットの中で、耳障りな振動音が鳴った。


メール……?


こんな時間に一体誰が――


そこまで考えた瞬間、背筋に冷たい静電気が走ったような感覚がした。


画面を見下ろした途端、胸の奥に嫌な予感がどっと押し寄せてきた。


【LOG #001】

対象:久吾潤也

死因:圧迫による内出血

残り時間:00:01:15


【LOG #002】

対象:番堂愛子

死因:圧迫による内出血

残り時間:00:01:05


「……なんだよ、これ」


俺はぼそりとつぶやいた。


自分の声が、ひどく空虚に響いた。信じられないという気持ちと、じわじわと膨らむ不安が胸の中で入り混じっていた。


どこの誰だか知らないが、こんな気味の悪い迷惑メールを送りつけてくるとは。


まったく、嫌な世の中だ。


深く考えないことにして、俺はガラケーをパタンと閉じた。


「大丈夫? なんか、幽霊でも見たみたいな顔してるけど……」


……まさにその通りだ。


こんな悪趣味な冗談、年寄りなら心臓発作を起こしてもおかしくないぞ。


「……大丈夫だ」


そのとき、愛子が突然立ち止まった。


彼女の表情が、みるみるうちに驚愕へと変わっていく。


「これ、持ってて」


息を切らし、震える声でそう言うと、愛子は冷たいガラス瓶を俺に押しつけた。


そして、前方の交差点へ向かって駆け出した。


何もかもが、あまりにも急だった。


愛子の向かった先に目をやると、交差点の暗がりで、酔っぱらったホームレスの男が女子高生に乱暴しているのが見えた。


「なあ、いいだろ……? 優しくしてやるからさぁ……」


「やめてください! 誰か、誰か助けて……!!」


愛子は迷うことなく飛び出し、男の顔面に拳を叩き込んだ。


だが、男はほとんどひるまなかった。


「なんだてめえ、クソアマが!!」


男はポケットに手を突っ込み、刃がきらりと光る小型のナイフを取り出した。


自分でも、どうしてそうしたのか分からない。


俺は逃げようとしていたはずだった。


なのに、気づけば足が勝手に動いていた。


……何やってんだよ、潤也。


お前、本当にヒーロー気取りで突っ込むつもりか!?


クソッ……この女のことなんて、まだほとんど知らないってのに。


それなのに、俺の体は――


俺は全身の体重を乗せて、男に体当たりした。


男は足を滑らせ、雨で濡れたアスファルトの上によろめいた。


そして、その頭が歩道の縁石に激突した。


男の体から、力が抜けた。


女子高生は慌てて立ち上がり、助けを求めて叫びながら暗闇の中へ走り去っていった。


「……あの子、礼の一つも言わずに行っちまったな。なあ、番堂さん……」


俺は男が落としたナイフを拾い、手の届かない場所へ蹴り飛ばそうとした。


だが、愛子のほうを振り返った瞬間、心臓が止まりそうになった。


番堂さんが、アスファルトにうつ伏せで倒れていた。


揉み合っているうちに転んで、頭でも打ったのだろうか。


「愛子!! おい、愛子! しっかりしろ!」


俺は慌てて膝をつき、彼女の首筋に指を当てて脈を確認した。


……生きてる。


だが、意識がもうろうとしているようだった。


どうすればいい。


俺は必死に周囲を見回し、地面に落ちている灰色のガラケーを見つけた。ポケットから落ちたらしい。


「救急車を呼ばなきゃ――」


その瞬間、脳が状況を理解するよりも早く、目の前がまばゆい光に包まれた。


けたたましいクラクションが鳴り響く。


暗闇の中から、一台の車が現れた。


雨で滑ったのか、制御を失った車が交差点へ向かって突っ込んでくる。


降りしきる雨が、まるで銃弾の雨のように、濡れたアスファルトを叩きつけていた。


激しい雨音にかき消されそうになりながらも、遠くから救急車のサイレンが響いてくる。


俺は痛みを感じなかった。


ただ、体の中に熱く煮えたぎるような感覚が広がっていく。


視界はぼやけ、赤黒い霧の中に沈んでいった。


頬を伝う液体は、吐き気がするほど濃く、どろりとしていた。


「なあ……これ、俺の……血か?」


まだ、ほんの少しだけ目が見えた。


俺はゆっくりと視線を動かし、すぐそばに倒れている愛子を見た。


彼女の体は、車に押し潰されていた。


それでも、目だけは動いている……。


生きているのか?


ああ……俺はここで死ぬんだ。


意識が完全に途切れる直前、鋭い光が目に飛び込んできた。


濡れたアスファルトに落ちた、俺の携帯電話の画面だった。


雨音と混乱の中、けたたましい着信音が鳴り響く。


冷たい地面の上で、ガラケーが震えていた。


最後の瞬間、俺には画面の文字がはっきりと見えた。


【LOG #001】――完了:久吾潤也


【LOG #002】――完了:番堂愛子


――俺、死んだのか?


……たぶん、そうだ。


脈絡のない記憶が、次々と頭の中を駆け巡り始めた。


ああ……よく言うよな。


死ぬ間際には、人生が走馬灯のように蘇るって。


俺の人生が、今まさに目の前を流れている。

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