第五話 ど~ん、花火っ! 前編
「へえ……、熱海駅ってこんなに大きかったんだ」
振り返って駅ビルを見上げながら、歓声をあげている良太さん。
「今まで、熱海では駅の外に出たことがなかったものね」
「人がぎょうさんおってにぎわっとる、さすが観光地やな」
「駅前は、伊東ほど温泉地っぽくありませんのね」
いつものキャラクターに似合わず、はしゃいでいるお姉ちゃんたち。
「そうか、あなたたちは来たことがなかったわね」
「熱海は、いつも行く伊東への通過駅か乗り換え駅だからな」
来たことがあるお父さまとお母さまからは、余裕の発言が。
十一月に入ったばかりの週末、わたしたちは熱海の駅前にいるんです。
どうして、わたしたちが熱海に?
しかも、伊豆に行くなら季節としてはベストな春か夏ではなく十一月に?
いつも行く伊東ではなく、熱海にいるのはなぜ?
ことの発端は、さかのぼること約一か月ほど前。
すっかり秋らしくなった、十月に入ったばかりのある夜のことでした。
「今夜は冷えるから、夕食は熱々のちゃんこ鍋にしようか」
帰宅途中のお父さまから、そんな連絡があって。
予約してある時刻に、谷川さんに集合したわたしたちは。
おいしいちゃんこ鍋に舌鼓を打ち、大満足でおうちに戻ってきたんです。
さて、問題はここから。
帰宅してからというもの、石田家のリビングでは。
今の季節にふさわしいとは、とても言えない。
真夏にするような話で、大いに盛り上がったんです。
「花火大会だったら、ここから近いのは板橋の花火大会だな」
誰が言い出したのか、話題は花火大会なんです。
お父さまの言う板橋の花火大会は、それなりに有名なようで。
「板橋の花火大会って、毎年やっているの?」
そう言った良太さんに呼応するように。
食後のデザートに目もくれず、缶ビールを手にしているお姉ちゃんたちが。
「夏が近くなると、通勤途中の駅でポスターをよく見るわ」
「ウチら、三年も板橋に住んどんのに行ったことあらへんな」
「それどころか、今まで話題にもなりませんでしたわ」
知ってはいるけれど、ぜひとも行ってみたいって感じではないようです。
そんなお姉ちゃんたちとは対照的に、がっつりと食いついているのは。
最初から興味津々だった、良太さんです。
「それで、板橋の花火大会ってどこでやっているの?」
「戸田橋から笹目橋の間、東京側と埼玉側の両岸でやるんだよ」
彩湖へ行く途中に走った、サイクリングロードがあるあたりね。
あそこなら、川幅だけじゃなく河川敷もとても広いから。
人が集まる花火大会の会場には、ぴったりだと思うわ。
「ここからだと、地下鉄で数駅だよね」
一本目の缶ビールが空になり、退屈したのか。
はたまた、花火大会への興味がわいてきたのか。
再び口を出してきた、お姉ちゃんたち。
「駅から会場の河川敷までは遠いから、かなり歩くんじゃない?」
「ぎょうさん人が来んねやろ、押し合いながら歩くんはきついんちゃう?」
「しかも、浴衣で歩くのでしたらさらに大変かと思いますわ」
意外にも、お姉ちゃんたちにしてはまともなことを言っています。
「会場に着く前に疲れるんじゃ、とても花火を見るどころじゃないかもね」
そう言う良太さんに、お父さまが。
「見に行くなら、河川敷よりおすすめの場所があるよ」
「どこ?」
「高島平の団地から見るんだ」
「団地?」
「高校時代に、高島平の団地に住んでいる友達の家で麻雀を」
お父さまが麻雀を?
「そいつの家からは、玄関を出れば廊下から花火が見られるんだ」
「玄関を出たら特等席なんて、うらやましいね」
「花火大会の日は、遠くから親戚が来たこともあるって言っていたな」
「父さんも見に行ったことがあるの?」
「そいつの家に行ったら、たまたま花火大会の日で」
「ずっと花火を見ていたの?」
「五分も見ていたら飽きてきたから、家に入って麻雀の続きを」
「特等席なのに、もったいない」
「どうせ無料だし」
そういう問題ではないのでは。
「友達も、花火を楽しんだのは引っ越してきた年だけだと言っていたな」
「ふうん……、そんなものなんだ」
「五分も見れば十分なのさ、その後の何時間は騒音との戦いだったし」
そう言ってしまったら、風情もなにもあったもんじゃないわね。
「でも、団地なら住人以外は立ち入れないんじゃ?」
「居住スペースには立ち入らないで、屋上から見るんだ」
「人が多い河川敷より、人が少ない団地の屋上から見る方がいいかもね」
「下から見上げるのと違って、同じ目線になるから最高だと言っていたな」
「団地の屋上は閉鎖されているって、どこかで聞いたことがあるよ」
「花火大会の日は、屋上を解放しているんだ」
「団地には屋台の出店は出ないから、食べ物や飲み物は買っていくんだな」
ここで、お母さまがひと言。
「それと、三人娘と一緒に行くこと」
お父さまも。
「そうだな、子供たちだけじゃ心配だから」
二本目の缶ビールを冷蔵庫から取ってきて、腰を落ち着けたと思ったら。
いきなり自分たちが話題に上がって、驚いているお姉ちゃんたち。
「あたしたちも花火を見に、ですか?」
「そら、花火の話はしとったけど」
「わたくしたちが行くとは、言っていませんわ」
「子供たちだけじゃ心配だから、あなたたちに付き添いを頼みたいの」
「夏の伊東に続いて、また子供のお守りをさせられるんですか?」
「都合のええときばっかり、ウチらに頼みごとをするんやな」
「人混みの中ではぐれでもしたら、怒られるのはわたくしたちですわ」
さすがに、渋っているお姉ちゃんたちですが。
お母さまが、それとなくお父さまに目配せをすると。
「おまえたちにしか頼めないんだ、付き添ってやってくれないか」
いつもながら効果的な、お父さまという最終兵器を投入されたことで。
お姉ちゃんたちは、みるみる軟化しています。
「そこまで言われたら、ねえ……」
「大家さんからの頼まれごとやったら、断りにくいな」
「わたくしたちが、頼られているってことですもの」
あとひと押しって感じで、お母さまが再度目配せを。
「頼りにかるおまえたちがいてくれて、本当に助かるよ」
こんなせりふで、いい大人が心変わりするのかしら?
そんなわたしの心配をよそに、お姉ちゃんたちはあっさりと。
「あたしたちが一緒にいれば、良太君たちのことは心配ご無用です」
「大船に乗ったつもりで、ウチらに任しとき」
「花火大会には、わたくしたちがご一緒いたしますわ」
そう、お父さまに言った三人は。
感謝しろ、とでも言いたげな顔で良太さんとわたしを見ていますが。
付き添われる側として、言わせていただけるのならば。
お父さまとお母さまが、あそこまで心配しているから。
仕方なくお姉ちゃんたちで我慢するという体、なんですけれど。
「そんなに心配しなくてもいいでしょ、花火大会はずっと先なんだから」
良太さんのもっともなひと言で、一気に冷めていく花火大会への熱。
無理もありません。
話題になっている板橋の花火大会が開催されるのは、来年の夏。
つまり、一年近くも先のことなんですから。
そんな雰囲気を察したお父さまから、とびきりの新たな提案が。
「夏じゃなくても、熱海なら花火大会をやっているぞ」
いきなり、熱海ですか。
「もう十月だよ、花火大会って夏のものじゃないの?」
良太さんでなくても、そう思います。
「熱海の花火大会は、夏が有名で毎週のようにやっているが」
「だから、今は秋だよ」
「夏よりは回数は減るが、観光の目玉として春と秋や冬にもやっているんだ」
「へえ、一年を通じて花火を楽しめるってすごいね」
良太さんのような人がいて、集客効果が見込めるからこそ。
そんな時期でも、開催しているんだと思います。
「十月の花火は中旬だから、今からだといい宿が取れないだろうが」
「どうするの?」
「十一月なら何とかなるだろ」
「花火って、いつごろなの?」
「確か、文化の日のあたりだったかな」
いったん冷めた、花火への熱が再燃したみたい。
珍しくお父さまから頼られたのに、自分たちの出番がなくなったかと思い。
意気消沈していたお姉ちゃんたちも、参戦してきます。
「花火大会があるのは夜だもの、熱海だったらお泊まりになるわね」
「そらええな、花火の後は夜の温泉街で……」
「おいしいお酒を、存分に楽しめますわ」
いい気なものね、さっきまで意気消沈していたくせに。
旅行がてらに花火見物となったら、一転して乗り気ですか。
「花火大会か、大阪におったころは家族でよう見に行ったな」
お姉ちゃんは、懐かしげに言っているけれど。
二回に一回は、家族とじゃなく友達と一緒に行っていたくせに。
「東京と同じく、あっちゃこっちゃで花火をやっとんねん」
「そうなの?」
良太さんも、わたしに聞かないで。
お姉ちゃんが東京の大学へ進学して、家を出てからというもの。
家族三人だけで、わざわざ花火大会へ行くことはありませんでしたから。
「それで、花火大会は何時からどれぐらいやるの?」
「確か、八時過ぎから二十分間ぐらいだったかな」
「たったの二十分って、花火大会にしてはずいぶん短いね」
「あくまでも観光の目玉だからな、年に一度の花火大会とは違うんだよ」
「それにしても、短いんじゃない?」
「宿泊客が対象で、長時間打ち上げていてもずっと見るわけじゃないから」
「二十分間くらいで、ちょうどいいってこと?」
「さっきも言っただろ、花火なんて五分も見れば十分だって」
「花火はどこから見るの、浜辺から?」
見るのはたったの二十分間ですもの、場所は重要よね。
今ひとつな場所だったとしても、移動している余裕なんてないでしょうし。
でも、熱海に着くのはお昼なのに場所取りなんてできるのかしら?
「夏ならともかく、今の季節だと浜辺からじゃちょっぴり寒いだろ」
「そうだね、十一月だもの」
「オーシャンビューのホテルに泊まって、部屋から見るのがベストだな」
寒いかもしれないと聞いて、また腰が引きかけていたお姉ちゃんたちも。
「お部屋で一杯やりながら花火見物か、風情があるわね」
「さぶないんもやけど、人混みを気にせんでええっちゅうんがナイスやな」
「花火大会の後には、ゆっくり外へ飲みにいけますし」
お姉ちゃんたちにとって、花火を見ることと夜の街で遊ぶこと。
どちらがメインなのか、まったく分かりません。
「雨が降ったらどうするの?」
「心配しなくても、雨天決行なんだ」
「花火のために来たのに、雨天中止だとがっかりですものね」
「どうせホテルの部屋で見んねや、雨が降っても関係あらへん」
「職人さんたちは大変ですわね、雨の中で打ち上げるんですもの」
まともに人を気遣えるのは、蝶野さんだけですか。
「どこかおすすめのホテルがあるの?」
「俺とくまさんが、二年前に泊まったホテルでいいんじゃないか」
お父さまがそう言うと、この話題にはわれ関せずだったお母さまが。
「ちょっと、結婚前に行ったホテルに泊まるつもり?」
「あのホテルなら海が目の前だから、花火がばっちり見えるだろ」
そう言ったお父さまに対して、お母さまがきっぱりと。
「あそこはだめよ」
「どうして、いいホテルだってくまさんも気に入っていただろ」
「気に入っているからこそよ、あそこは大家さんと初めて……」
そうか、お二人の思い出が詰まったホテルですものね。
お姉ちゃんたちと一緒じゃ、思い出が台無しになりかねないから。
「しょうがないな、別のホテルを探すか」
「どうせなら、隼人と委員長も誘わない?」
隼人さんはともかく、最近の優紀さんは大丈夫でしょう。
石田君のお母さんから誘われた、というフレーズが。
ご両親を説得するときの、殺し文句になっていますから。
まずは隼人さんと優紀さんに確認して、参加の言質を取りつけてから。
良太さんとお姉ちゃんたちが、携帯電話を使って。
今からでも、花火が見えるお空室が残っているホテルを検索しています。
思っていたよりも良いホテルに空きがあったようで、すぐに予約すると。
続けて新幹線の座席予約をして、その日は解散となりました。
そんなわけで、わたしたちは。
季節外れの花火を見に、秋の熱海へ行くことになったんです。
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