第二十四話 またまた、くまさんは春から 後編
母さんが電話で呼び出した、猪口さんと蝶野さんは。
面倒を見ていた詩織と菜摘を、山下さんに預けると。
あっという間に、駆けつけて。
宴会が始まってから一時間、大人たちはいまだ盛大に飲んでいます。
正確に言うならば、まだどころかこれからが本番って感じ。
何せ、寂しくなったテーブル上を充実させるべく。
焼き物とお刺身に加えて、お酒をボトルで追加注文しているもの。
お寿司を食べ終わった僕とあゆみは、そろそろ退屈し始めているのに。
そんな僕らの、退屈っぷりを見た母さんは。
「退屈しているなら、お義母さまにお寿司を持っていって」
「お使いか、お駄賃はいくらくれるの?」
「どうせ退屈しているんでしょ、黙って行ってきなさい」
「これから注文して作ってもらうんじゃ、向こうに着くころには一時半だよ」
お店に来てから一時間以上、もうすぐ十二時半だもの。
「注文はさっきしておいたから、そろそろ出来上がっているころよ」
ちぇっ、いつの間に。
「もう、おばあちゃんはお昼ご飯を食べちゃったかも」
「電話で伝えてあるわよ、一時に良太がお寿司を届けるって」
こんなに手回しが良いなんて、母さんらしくないな。
どうせ、父さんから言われたんだろ。
「僕らには何も聞かずに、勝手に配達人にするなんて」
「他に誰が行くっていうのよ」
最初から、僕らを行かせるつもりだったんだな。
あ~あ、うちに帰って隼人と遊ぼうと思っていたのに。
そんなわけで、僕とあゆみはおばあちゃんの家に来ています。
玄関で出迎えてくれた桜井さんにお礼を言って、お寿司の折を渡してから。
リビングのソファーで、あゆみから借りたハンカチで汗を拭いていると。
「まだ三月なのに今日は暑いからね、冷たいものでもお飲み」
そう言ってくれたおばあちゃん、横暴な母さんとは大違いだ。
桜井さんが出してくれたジュースのグラスを、一気に飲み干してから。
「こっちのふたつの折が特上にぎりで、そっちがねぎとろ巻きだよ」
折を開けて、中を見たおばあちゃんは。
「かみ切れないものは差し替えてあるね、さすがくまさんだ」
まさか、母さんがそんな気の利いたことをするとでも?
「それって、たぶん父さんがお店にお願いしたんだと思うよ」
「あの強がかい、あの子はあたしにそんな気を使やしないよ」
「母さんは、そもそも気を使えないよ」
それにしても、いつものことながらおばあちゃんは。
母さんへの当たりに比べて、父さんのことはけちょんけちょんだな。
冷たいジュースのおかわりを飲みながら、バウムクーヘンを食べていると。
「あゆみはどうしたんだい、顔が赤いようだが」
ジュースを少し飲んだだけで、バウムクーヘンに手を付けていないもの。
「お寿司屋さんにいたときから、興奮しているんだよ」
「あゆみが興奮するなんて珍しいね、どうしたんだい?」
「さっき、鹿山さんの新居を見てきたばかりだから」
「新婚夫婦の新居か、そんなものを見せられたんじゃ興奮するのも」
そう言ったおばあちゃんに、あゆみは控えめに。
「姉たちは、まだ結婚はしていないんです」
「ふうん、結婚前に引っ越したのかい」
鹿山さんの名誉のために、おばあちゃんにことのあらましを説明すると。
「そうかい、ピンチに陥った妹の友人に部屋を譲るためにねえ」
「だから、結婚前から同居することにしたんだよ」
「いい姉さんじゃないか」
鹿山さんのことだし、あの問題がなくても同居は始めていたと思うけれど。
いい姉かどうかは別にして、ピンチの委員長を救ったのは確かだからね。
「引っ越したといっても、良太さんのおうちのすぐ近くですし」
「そりゃあ、あゆみのためには良かったね」
母さんだけじゃなく、おばあちゃんもあゆみには甘いんだから。
「姉妹が離れて暮らすのは、あゆみだってつらいだろ」
「つらいもなにも、どうせ食事をしに来るだろうからしょっちゅう会えるさ」
もともと、あゆみがうちに来る前は何年も離れて暮らしていたんだし。
「そうでしょうけれど、近くに住んでいれば何かあったときでも安心でしょ」
あゆみは反論しているけれど。
「何かがあるといっても、その何かを起こすのはいつも鹿山さんだよ」
「それは、そうだけれど……」
「近かろうが遠かろうが、本人が発生源なんだから安心はできないだろ」
「安心するのはお姉ちゃんではなくわたしよ、何かあっても助けられるもの」
あゆみが鹿山さんを助けるのか、なるほどね。
「わたしたちも結婚してから住むなら、今のおうちの近くがいいわね」
「え~っ!」
「大きい声を出して、何が不満なんです?」
「あの町は好きだけれど、母さんと近すぎるっていうのはどうかと思うな」
「二人で暮らしていても、困ったときはお母さまやお父さまがいてくれれば」
「いつまで親を頼るつもりをしているのさ、結婚しているならもう大人だろ」
「何でもかんでも頼るんじゃないわ、困ったときにって話よ」
「父さんはともかく、母さんはいても大した役には立たないだろ」
「また、そんなことを言って」
ここまでは、僕らのやり取りを黙って聞いていたおばあちゃんが。
「何を言っているんだい、あんたたちは結婚したらここに住むんだろ」
「えっ?」
いきなり飛び出した衝撃的な発言に、僕が次の言葉を失っていると。
「どういうことですか、おばあさま」
「だって、くまさんがそう言っていたから」
「母さんが?」
「お母さまが、何と?」
「くまさんと二人で、この家の将来について話をしていたときにね」
「この家の将来の話をしていたのに、どうして僕とあゆみが住むことに?」
「あたしが一人でこのままずっと住むには、この家は広すぎるだろ」
「父さんが今の家に住むようになってから、ずっと一人で住んでいたのに?」
「あたしも年を取ったからね、この家を売ってマンションでも買おうかと」
「ふうん」
「強が今の家に住み続けるなら、ここは売るしかないと言ったらくまさんが」
「母さんが、何て言ったの?」
「良太とあゆみが結婚したら、ここに住まわせるからって」
母さんたら、また本人への相談もなく勝手なことを言って。
帰ったら、きっちり問い詰めてやる。
「あんたたちは、くまさんから聞いていないのかい?」
「うん、何も」
あゆみも聞いていないんだろうな。
ついさっき、うちの近くに住みたいと言ったぐらいだから。
ちょっと待てよ。
この家なら、二世帯で使っても余裕の広さがあるし。
おばあちゃんとの同居なら、母さんの近くにいるよりはずっといいかもね。
母さんを結婚させようとした、例の犬作戦を仕掛けたときから。
僕とおばあちゃんとの仲は、すこぶる良好だもの。
あゆみだって、おばあちゃんにかわいがられている上に。
この家は、料理を習いに通っているから勝手を知っているし。
何より、母さんの監視や干渉から逃れられるってのが一番の魅力だな。
「二階は、あんたたちの好きなようにリフォームしていいからね」
ふうん、それじゃあ。
あゆみの雷対策のため、父さんの部屋を寝室にして……。
春休みに入ったばかりの、よく晴れた日曜日。
両親の引っ越しに合わせて、委員長が隣の家に引っ越してきました。
家具はそろっているし、鹿山さんがくれたテレビやレコーダーもあるので。
荷物は、自転車と服や身の回りのものだけ。
自転車は昨日のうちに持ってきたし、荷物は段ボール箱が六つだけだから。
両親が引っ越すトラックには便乗せず、隼人と二人で運んでいました。
鹿山さんもそうだったし、このスタイルは僕の周りで流行しているのかな?
運んだ荷物を自分の部屋に置いてから、あいさつをしにうちにきた委員長。
自分を残して名古屋へ引っ越していった、両親を見送った直後だからかな。
心なしか、目が赤いみたいだ。
「よく来たね」
「いらっしゃい、優紀ちゃん」
父さんと母さんに出迎えられて。
「これから、お世話になります」
少し緊張しているみたいだな、委員長。
「うちを、自分の家だと思っていいから」
「大家さんやあたしをご両親だと思ってね」
「ありがとうございます」
これまでも、毎日のように放課後になるとうちに来ていたのに。
隣の家の住人になり、母さんが親代わりになったからかな?
互いに、距離感がちょっと違うみたいだな。
「お家賃は、ご両親から預かっているお金からあたしが蝶野に渡すから」
「家賃って、いくらなのさ?」
「食費込みで二万五千円だけれど、優紀ちゃんは食事が不要だから二万円よ」
「どうして食事がいらないの?」
山下さんが作る料理って、あゆみほどじゃないけれどおいしいのに。
「うちの家族と一緒にとることになるからよ、外食にはみんなで行くでしょ」
「俺やくまさんが二人とも遅い日は、良太やあゆみちゃんとうちで食べるし」
「週に二回から三回は、あゆみちゃんの手料理を食べることになるわね」
委員長と三人で食べるってことか、だったら。
「そんな日は、隼人も一緒に食べていくといいよ」
「でも、うちで食事を用意しているから」
「おじいさんとおばあさんには、母さんが同意をもらえばいいさ」
「朝は、あたしはあゆみちゃんと一緒にこちらに来れば?」
「わたしは、朝食の支度をするから早いんです」
「優紀ちゃんは、七時すぎに来ればいいわよ」
「あたしもお手伝いします、あゆみちゃん一人に任せて寝ているのは」
いいのかな、それだと六時に来ることになるよ。
「委員長のお小遣いや、必要なものを買ったときはどうするのさ?」
「良太さんっ!」
下世話なことを言うなって顔をしちゃって、あゆみったら。
「大事なことだろ」
「お小遣いは、毎月二十五日にご両親から預かっているお金から渡すから」
「服や参考書を買ったときは?」
「事前でも事後でも、言ってくれればその都度に渡すわ」
「お風呂はうちで入るといいわ、猪口と蝶野は長風呂だから」
「良太がいるのに、お風呂あがりのパジャマ姿は……」
おっ、この話題については隼人が食い気味に。
「心配をしなくても大丈夫よ、あたしは寝る直前まで部屋着だもの」
「隣に帰るときはどうするのさ、あゆみちゃんは架け橋を使って帰るだろ」
「あたしも、それを使って帰るわよ」
「良太とあゆみちゃんは二人でいたいだろうに、邪魔になるんじゃ?」
遅くまで僕の部屋にいさせまいと、隼人ったら必死だな。
そんな隼人の心配をよそに、母さんが委員長の歓迎会をすると言い出して。
「歓迎会なら、明日は日曜日だし本格的なお花見をしない?」
「引っ越したのは今日なんだから、今日のうちにするものじゃない?」
「だったら夕方から山河でしようか、その後に近くで花見をすればいいだろ」
父さんが正しい方向に軌道修正をすると、隼人が委員長に補足説明を。
「良太の家のお花見って、川沿いを散歩しながら夜桜を見るんだよ」
「ふうん、夜桜のお花見なのね」
「少し歩いた後でお店に入ってお酒を飲む、それをお花見と称しているんだ」
何だか、身内の恥をさらされている気分だな。
五時になりみんなで山河に繰り出して、お店に入ると。
なぜだか、鹿山さんと中島さんが来ているし。
「どうしたの、二人とも」
「課長に呼ばれてん、歓送迎会ちゅうことにするんとちゃうか」
「送別会や引っ越し祝いなら、ついこの間したじゃない」
そのあおりを受けて、僕らはおばあちゃんの家へお使いに。
「めでたいこっちゃ、何度やってもええやん」
そう言っている鹿山さんこそ、おめでたく見えるよ。
それが母さんの性分だから、仕方がないのかもしれないけれど。
去年のあゆみに続いて、今年は委員長の母親役を買って出ることになって。
何でもかんでも引き受けちゃって、大丈夫かな?
それでも、こうやってメンバーが入れ替わりながらも。
母さんの騒がしくて忙しい生活が、またまた春から始まるんだね。
なんて、いい話としてまとめようとしたんだけれど。
巣立ったと思われた鹿山さんは、週に三回は僕らと夕食をともにしている。
中島さんだって、父さんと一緒に帰ってくるから後で合流するし。
この一年で、あゆみと中島さんと委員長が加わっただけだもの。
ってことは、この先もメンバーは減りもせずに増える一方なのでは?
Copyright 2026 後落 超
「くまさんの春から 3rd season」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
鹿山さんのドタバタロマンスや。
隼人君の騒動から、一転して優紀ちゃんの転校騒動など。
二人が過ごす、騒々しい日々をお送りしてきましたが。
次にお会いする「くまさんの春から 4th Season」では、二年の月日が流れ。
良太君は高校二年生、あゆみちゃんは一年生です。
三歳になった詩織ちゃんと菜摘ちゃんも、すっかりおしゃまさんになって。
騒動の中心になることも。
あゆみちゃんのお姉さん(お母さん?)ぶりも、すっかり板について……。
そして、ついにあの人にもロマンスが?
ますますにぎやかになる、「くまさんの春から 4th Season」を、どうぞお楽しみに。
「くまさんの春から 4th Season」は全二十四話、二十七年四月一日から投稿予定です。
一年もお待たせする代わりといってはなんですが。
二十六年の十月一日からは新作、「千里の道も歩いてみれば」を投稿予定です。
春は「くま春」、秋は「せんある」でお楽しみいただけますと幸いです。




