第十二話 お姉ちゃん頑張って ~ストレートすぎる提案をしたら~
よく考えてみれば。
いつもなら、お酒の席でのお姉ちゃんには監視の目が向けられていました。
お父さまやお母さまやわたし、あるいは猪口さんや蝶野さんの目が。
ブレーキをかける人がいない、そんな状況でお酒を飲んでいたんですもの。
先日のラブホテルにしろ、今回の中島さんのおうちにしろ。
お泊まりをすることになったのは自明の理、だったのかもしれません。
ずいぶん情けない、自明の理ですが。
帰ってくるなり、お母さまに怒られているお姉ちゃん。
「あなたって子はっ!」
お母さまが怒るのも、当然のことだと思います。
「あれだけ言っておいたのに、また連絡もしないで外泊するなんて」
「すんまへん、中島を看病しとったらついうとうとしてもうて」
うとうとした原因は、看病じゃなくてビールの飲み過ぎだと思いますが。
「だからって、連絡ぐらいする暇はあったでしょ」
「起きたら、朝やったし」
いい年をした大人の言い訳としては、最低の部類に属するわね。
「せやけど、なんでウチばかり怒られなあかんのですか」
この状況で、お姉ちゃん以外の誰を怒れというのよ。
「中島んとこへ行け言うたんは大家さんでっせ、怒るんやったら大家さんを」
最低な言い訳の次は、責任転嫁ですか。
「看病に行けとは言ったけれど、泊まってこいとは言われていないでしょ」
「ウチかて、昨日こそ帰るつもりをしとりましたで」
「いくら帰るつもりをしていても、実際にこうやって外泊しているじゃない」
「泊まったいうても、ラブホやのうて中島の家やし」
「どこに泊まったかは問題じゃないの、無断外泊したことが問題なんでしょ」
しごくもっともなお言葉だと思います、お母さま。
「ほな、どこに泊まる言うとけば問題になれへんのでっか?」
驚くほど、もっともではない反論ね。
そんな反論をするぐらいなら、素直に謝ればいいのに。
「何度言えば分かるの、あなたとあゆみちゃんをご両親から預かるからには」
「なら、ウチかて何度でも言わせてもらいまっせ」
お姉ちゃんってば、一歩たりとも引くつもりはなさそうね。
「何を言いたいのよ」
「あゆみはともかく、ウチは預けられた覚えはこれっぽっちもおまへん」
「だから、あなたになくてもこっちにはあると言っているんでしょ」
「ウチは、ありがた迷惑や言うてまんねん」
しばしのにらみ合いに入ったと思ったら、お姉ちゃんが。
「やったら、こないにしまへんか」
「何を、どうしたいって言うのよ」
「ウチが連絡せんと外泊したら、中島と一緒やから安心やっちゅうことに」
よりによって、何てことを言い出すのよ。
いくらお母さまの雷が控えめだからって、調子に乗っちゃって。
外泊するときは中島さんと一緒だから心配するな、ですって?
せめて、もう少しましな妥協案を出しなさいよ。
「そうね、あなたも大人なんだから男の人と外泊することだってあるでしょ」
何を言うんですか、お母さまっ!
「でも無断で外泊するのはやめなさい、どんな場合でも必ず連絡はすること」
やっぱりおかしいわ。
さすがに今日こそは、お母さまもとことん怒るだろうと思っていたのに。
最初こそ、怒っていたけれど。
今は、前の二回に輪をかけて無理やり矛を収めている感じがするもの。
「ほな、連絡さえしとけば説教はなしっちゅうことでええんでっか?」
「安心した顔をするんじゃないの、こっちは最大限の譲歩をしているのよ」
「そら安心もしまっせ、こん先のこと考えたらどないしよ思とったさかい」
「まさか、これから先も中島さんと泊まるつもりをしているの?」
「はあ、これから先どころか今夜も泊まろかと」
不可抗力ではない、事前に予定しているお泊まりだと明言しているわ。
中島さんの家を出てから帰ってくるまでの間に、いったい何を考えたのよ。
「なんですってえ!」
「連絡したら怒らんて、さっき言うたばかりやろ」
「帰ってきたばかりなのに、また中島さんの家に行くなんて言うからでしょ」
「メシを作ったるて、約束したさかい」
「どうしてあなたが、中島さんの食事の世話まで」
「風邪を引いてからなんも食うてへんちゅうし、食材かてあれへん」
お姉ちゃんたら、見せびらかすようにお母さまの鼻先に。
「ほれ、こうして合鍵も渡されとるし」
とうとう、お母さまが頭を抱えているじゃない。
「ほな、ウチはこれで失礼しまっせ」
「聞いておきたいんだけれど、あなたたちってどんな関係なの?」
「さあ……、ウチもどないなっとんか教えてもらいたいですわ」
お母さまとの一戦を終えて、中島さんの家に戻ってきたお姉ちゃんですが。
鍵を開けて、まるで自分の家であるかのように入ってくるなり。
「シャンプードレッサーの引き出しを借りるで、左の一番上な」
寝室の中島さんに向かって、そう言ったお姉ちゃん。
起きてきた中島さんが見たものは。
玄関に置かれた、食材が詰め込まれた大きなスーパーマーケットの袋と。
これまた大きなドラッグストアの袋を抱えている、お姉ちゃんの姿。
「何ですか、その荷物は?」
「これか、そっちが食材でこっちが化粧品や」
そう言いながら、化粧品を次々と引き出しに入れているわ。
「いもしない彼女に、今度は化粧品を買ってきたんですか」
「あんなあ、なんぼウチかてそこまで奇特やないわ」
「だったら、誰の?」
「決まっとるやろ、ウチの化粧品や」
「鹿山さんの化粧品を、どうして僕の家に?」
「そら、不可抗力で泊まってもうたときのためやがな」
何が不可抗力よ、今夜は泊まるつもりをしているくせに。
「不可抗力って、何ですか?」
「知らんのか、人の力ではどうにもらなん逆らいようのないこっちゃ」
「意味を聞いているんじゃありませんよ」
「昨日ここに泊まってもうたのも、言うてみれば不可抗力のせいやろ」
最近の不可抗力は、万能の言い訳になっているみたいですね。
しかも、不可抗力じゃなくてビールのせいでしょ。
「またそないな不可抗力におうたらたまらんさかい、常備しとくんや」
「どうせなら、服や下着も持ってくれば良かったんじゃ?」
「そんなん持ち込んだら、境界線が曖昧になってまうやんけ」
中島さんは、嫌みを言っているのよ。
「今さら境界線って、化粧道具一式まで買ってきたのに?」
「ウチがここに泊まるんは、酔って寝てもうたときだけやで」
うそつき、今夜は計画的に泊まるつもりをしているくせに。
「つまり、ウチがここに泊まるんは一般的に言うお泊まりとはちゃうんや」
「それが境界線、ってことですか」
「せや」
昨日はね、でも今夜は一般的に言うお泊まりそのものでしょ。
「第一、化粧もせんで会社に行かれへんやろ」
「そりゃ、そうでしょうけれど」
まずいわ。
ここまで堂々と言われたからかしら、中島さんが納得をしかけているもの。
そもそも泊まらなければいい、そんなことすら思い浮かんでいないみたい。
化粧品をしまい終えると同時に、勝手に話を切り上げたお姉ちゃんは。
「ちょい待っとき、消化のええもんを作ったるさかい」
お姉ちゃんが手早く作ってみせたのは、カレイの煮付けとお鍋。
風邪の治りかけにはぴったりの、さっぱりとしたちり鍋には。
ショウガをたっぷり入れた手作りの鶏団子と、タラや野菜が入っているわ。
ちゃんと病人食を作ったのは、褒めてあげるけれど。
自分は、またビールですか。
しかも、スーパーマーケットの隣にある焼き鳥屋さんで買った焼き鳥まで。
「どや、口に合うか?」
「はい、鹿山さんが作ってくれるものはどれもおいしいんですが……」
「なんやねん、その奥歯にものが挟まったような言い方は」
「何というか、ちょっとさっぱりし過ぎているかなって」
「当たり前やろ、風邪の治りかけやからさっぱりしとるもんを作ったんやで」
「風邪といってもせきと熱だけで、おなかは何ともないんですよ」
「せやったら焼き鳥を食うか、その様子やったら酒かて飲めるやろ」
病み上がりの中島さんに、焼き鳥やお酒をすすめるなんて。
「じゃあ、少しだけもらおうかな」
もらっちゃうんですか、中島さんっ!
「その食いっぷりやったら、夜は普通食でかまへんな」
「はい、おなかにたまるものを食べたいです」
「やったら、快気祝いにぱ~っと寿司でも頼むか」
お姉ちゃんったら。
さらっと、自分は夜もここにいるつもりだって宣言しちゃって。
またまた、おなじみの朝がやってきました。
ただし、これまでの朝とは決定的に違う点があることはご存じですよね。
お姉ちゃんが、最初から泊まるつもりをした上で泊まったってことです。
「何をわろとんねん」
「だって、いつもと違うから」
いつもと、違う?
「こうして抱き合っていますものね」
抱き合っている?
言われてみれば、いつもはベッドの端と端に寝ていたのに。
今朝のお姉ちゃんは、中島さんに腕枕をされているわっ!
「流れからいうて、抱き合うとってもおかしないやろ」
「まあ、ねえ」
「いつもとちゃうんはそれだけやないやろ、ほれ」
お布団の中でお姉ちゃんの手がごそごそと、いったい何をしているのっ!
「あっ」
「ほれ、またこないになっとるがな」
そう言ったお姉ちゃんが、頭からお布団の中へもぐったと思ったら。
さらに大きなごそごそがっ!
昨日は、夕方に出前のお寿司が届いてから飲み始めて。
慣れない看病の疲れもあったのか、お姉ちゃんは八時過ぎには寝ちゃって。
中島さんが抱えて、寝室に運んでいきましたよね。
泊まるつもりをしているお姉ちゃんが、寝たふりをしているとも知らずに。
あれから何があったんですか?
「鹿山さんが寝ちゃったからベッドに運んだのに、寝たふりだったなんてね」
「ふりちゃうわ、ほんまにうとうとしとったんやで」
「うとうとだなんて、ベッドに寝かせたらいきなりキスしてきたくせに」
ちょっと、キスしたって。
しかも、お姉ちゃんからですかっ!
「キスしたんはウチでも、そん先は二人の共同作業やろ」
「しちゃいましたものね」
キスのその先、共同作業。
しちゃったって、まさか……。
「食うもんも買うてへんのに、よおあれを買おとったな」
「鹿山さんが言っていたからですよ」
「ウチが、なんて?」
「ナイトテーブルの引き出しに、あれを入れておけって」
あれって、あのときに使うあれのことですよね。
そういえば、二人とも裸じゃない。
しかも、お姉ちゃんがまた中島さんにキスしているっ!
ってことは、昨日はただお泊まりをしたってだけではなく……。
「それにしてもこの半月で四度目ですよ、こうして一緒に寝ているのって」
「まるで付き合いたてのカップルやな、ウチの課長かて昨日は疑うとったで」
「石田課長の奥さんが?」
「さすがに連泊しとるし、昨日かてウチらがどないな関係か聞かれてん」
「言っちゃいましょうか、付き合うことにしたって」
付き合うって、お姉ちゃんと中島さんが?
「いきなり付き合う言うてもな、説得力に著しゅう欠けるで」
「四回もお泊まりをしているんですし、不自然ではないと思いますけれど」
「そんなん、三回も一緒に寝とるのに手ぇ出さんかった男に言われてもな」
手を出さなかったんじゃなくて、中島さんは手を出せなかっただけでしょ。
昨日を除けば、泥酔していたり風邪を引いていたりしていたから。
「いっそのこと、ウチがここに住むことになったとでも言うてみるか?」
「もしかして、遠回しに結婚しようって言っているんですか?」
「遠回しっちゅうよかむしろ、ごっつストレートやろ」
「そうですか、僕が鹿山さんと結婚を」
ちょっと、二人とも何を言っているんですかっ!
「ウチら、あんだけ言い合いをしとったのにケンカにならんかったし」
「言われてみれば、確かにそうですね」
「せやろ、ウチら意外と相性がええんとちゃうか」
「少し考えさせてくれませんか、僕にとっては一生のことですから」
そう言った中島さんが、遠い目をして。
天井とお姉ちゃんを交互に見ながら、考え込んでいるわ。
結婚するかどうかなんて、自分の人生を左右する問題ですもの。
その上、相手があのお姉ちゃんなんですから。
一週間でも二週間でも、納得がいくまでじっくりと考えてください。
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