第30話 礼を尽くす
クラファンが終わった翌日。
倉庫の空気は、昨日までとは違っていた。
達成の余韻がある。
でも、それ以上に――
“ここからが本番だ”という緊張があった。
「まずは、南条工業へのお礼からね」
黒江斎が言った。
「動画で?」
俺――白峰理久が聞く。
「動画と、礼状。
両方よ」
黒江は迷いなく答えた。
「高校生として、
“礼を尽くす”のは当たり前でしょ」
雨宮柊が頷いた。
「昨日のコメント、
本当に嬉しかったですからね」
俺はスマホを見た。
南条工業のコメントは、
何度読み返しても胸に響いた。
『共に、最高の走りを。』
「……よし。
動画、撮るか」
三脚を立て、
倉庫の前で3人並ぶ。
昨日までの“応援動画”とは違う。
今日は、挑戦者としての礼を伝える動画だ。
「じゃあ、いきます」
雨宮がカウントを取る。
「3、2、1――」
俺は息を吸った。
「南条工業の皆さん。
昨日は、接合部のアドバイスをありがとうございました。」
黒江が続ける。
「私たちはまだ未熟で、
技術的な壁に何度もぶつかっています。
でも、
あなたたちの言葉が、
次の一歩を照らしてくれました。」
雨宮が締める。
「大会では、
全力で走ります。
どうか、よろしくお願いします。」
撮影が終わると、
倉庫の空気が少しだけ澄んだ気がした。
「……いい動画になったな」
俺は言った。
「誠意は伝わるわよ」
黒江が頷く。
「南条も、きっと見てくれる」
「見てくれますよ」
雨宮が微笑んだ。
「だって、
“挑戦者同士”ですから」
そして机に便箋を広げる。
動画とは違う緊張があった。
「字、汚くないかな……」
俺はペンを握りながら言った。
「白峰くん、
字は丁寧に書けば大丈夫です」
雨宮が言う。
「黒江さんは?」
「私は綺麗よ。
でも、今日は“3人の字”で書くのが大事なの」
便箋に、
3人で順番にペンを走らせた。
『この度は、技術的な助言をいただき、
本当にありがとうございました。
大会では、胸を張って走れるよう努力します。
どうか、よろしくお願いいたします。
科学部一同』
書き終えると、
便箋には3人の個性が並んでいた。
「……いいな」
俺は呟いた。
「動画も礼状も、
“高校生らしさ”が出てる」
「高校生だからこそ、
礼を尽くすのよ」
黒江が言う。
「大人になったら、
こういうの、逆にできなくなるから」
雨宮が静かに言った。
「だからこそ、
今やるんですよね」
動画をアップして数分後、
反応が返ってきた。
“こういう高校生、応援したくなる”
“礼儀正しい科学部、最高”
“南条工業との関係、素敵すぎる”
“イケメンと美人の礼状は強い”
“技術も礼儀もあるって最強じゃん”
「……なんだこれ」
俺は苦笑した。
「事実よ」
黒江は平然としている。
「礼儀は武器。
顔と同じくらいね」
「言い方よ……」
俺は呆れた。
雨宮が笑った。
「でも、
“礼を尽くす科学部”って、
すごくいい響きですね」
「さて。
礼は尽くした。
次は技術よ」
黒江がホワイトボードを叩く。
「角度3度の接合部、
今日中に試作するわよ」
「了解」
俺は工具を手に取った。
「昨日の割れ方、
まだ頭に残ってる」
「残ってるうちにやるのが一番よ」
黒江が言う。
「技術は“熱”が大事だから」
雨宮が複合材を並べながら言った。
「じゃあ、
今日の目標は“折れない試作”ですね」
「折れないぞ」
俺は言った。
「南条にも、町にも、
胸張って見せられるやつ作る」
「作るわよ」
「はい」
倉庫の空気は、
昨日より静かで、
でも昨日より強かった。
科学部は、
礼を尽くし、
そして再び技術の山へ向かって歩き出した。




