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第九話 ボク、サッチ

「さぁ盛り上がって参りました。実況は私、感情が死んでいるでお馴染み、解説ちゃんでお送りいたします。実に五話跨いでの登場です。いえーいいえーい」


まったく抑揚のない声が会場内に響く。実況席には年端もいかぬ少女がマイクを握って、観客達にダイブしている。そのおかげか観客達のボルテージは最高潮を保ったままだった。


「あそこで伸びてる実況を放って、続いての対戦相手をお呼びしましょう。かもん」

「おい! 待て待て! 俺は右手を忘れて来たんだ、取りに行かせる時間くらいくれよ!」

「ダメです。というかここから最終戦まで休憩を挟む気はないです」

「クソ!」


その瞬間、コロッセオの向こうから鉄の擦れる音が聞こえてきた。

そして子供をあやすかの様な柔和な音楽と、光の点三つで構成された顔。

通路の奥から、卵形の巨大な鉄の化物が現れた。


「この世界に飛ばされてきた遺物を改造。その結果生まれた殺戮機械。鉄のボディはあらゆる攻撃を跳ね返し、その卵形の体の中に内蔵された何百もの兵器で焦土と化すまで敵を撃つ。どうやってこの会場まで来たんだ。殺戮兵器、サッチ」

「ボク、サッチ」


幼心にトラウマを植え付けるような機械音声と、不気味な造形。俺は身震いする。

そして本能で同時に感じ取る。こいつはこの世界にいちゃならない。俺と同じ、別世界のものだということを。


「作戦はシンプル、速攻でぶっこわす!」

「試合開始」


解説が【キング・ゴング】を叩き鳴らす。会場全体を音の波が駆け巡り、試合開始の合図を告げた。


「ミニサッチ、ゴー!」


先に動いたのはサッチだった。

卵形の体の下半身がハッチの様に開き、中から小さなサッチがわらわらと転がり出てきた。


「ボク、ミニサッチ!」「ボクモ!」「ボクモダヨ!」

「わ〜! かわいい〜!」


俺はミニサッチを手に取り、顔の前に近づける。


「ジバク!」

「そんなこったろうと思ったよ!」


光りだしたミニサッチを観客席の方に投げる。

ものの見事にミニサッチ達は爆発し、綺麗な花火になった。


「あぶねぇだろ!」「こっち投げんな!」

「うっせー! 怪我したくなければ自分で何とかしやがれ!」

「おっと、観客に対してバッドマナー。3解説ちゃんポイントを失います」

「なんのポイントなんだよ!」


解説を睨みつけたその一瞬の隙をついて、サッチが俺の目の前にまで移動してくる。

体の両側から回転ノコギリを出し、俺を抱き締めるように切り裂こうとする。

素早くしゃがんで回転ノコギリを避け、サッチの背後に回る。


「さすがの殺戮兵器でも、真っ二つになりゃ死ぬだろ!」


右腕を大きく振り上げ、サッチの頂点をチョップで叩き割ろうとする。しかし空振る。


「しまった! 俺、右手が今無いんだった!」

「ボク、サッチ!」


同じ事しか言えない殺戮機械は背面から短い触手のような無数のアームを出し、俺の体を何重にも縛り上げる。


「ぐ……!」

「サッチ、ミジンギリモード!」


体の両サイドから大量の刃物を出し、俺の体を次々と切り裂く。

耐えられない程ではないが、じわじわと追い詰められていくのを感じる。

視界の端で実況席で飛び回る、解説の少女の姿が見える。


「ヴァルル選手、これでは手も足も出ない。臨時解説のゴルたんさん、この戦況をどう見ますか」

「え、えっと。ヴァルルにとっては厳しいかもしれませんね」

「なるほど。ちなみにヴァルル選手はどうしてあの状況で、死んでいないんでしょうか」

「ヴァルルは体の作りが異常です。ワタクシが全力で殴りつけても、どんな高さから落ちても死にませんから。相当な破壊力を持つもので、一点を責めなければ勝てないでしょうね」

「なるほど。どんな高さから落ちても死なないって、アリんこみたいですね、どっ」


何一つ面白くもない。

事実、俺の体表はどんどんと削られている。

そろそろダメージが直で体に来る頃合いだろう。

だが俺だって黙ってダメージを食らい続けたわけではない。


「ミニデス・ヴァルハラール、ゴー!」

「な、なにぃ。もしやヴァルル選手も、小さなヴァルル選手を繰り出そうというのでしょうか」


俺は上半身と下半身を分け、拘束から抜け出す。


「さっき切られておいて助かったぜ」

「キモイ。これではアリではなくてプラナリアだ」

「なんとでも言いやがれ!」


上半身は腕で、下半身は足で地面に立つ。

左右分かれ、両サイドからサッチを挟撃する。


「オラオラ! 両側から同時に来る攻撃にゃ耐えられんだろう!」

「ピピピ、ガガガ」


サッチはアームを伸ばし俺の攻撃を防ぐが、伸ばしたアームは次から次へと折れていく。


「わ〜見てられません。これではまるでリンチです。マイナス5解説ちゃんポイントです」

「何と言われようがいいさ! これが俺の闘争だ」

「ちなみに10解説ちゃんポイントを失うと、この大会を失格になります」

「お前の匙加減かよ!」

「ピピ、解析完了」


一瞬の隙もなかった。絶え間なく入れていた上半身と下半身の連撃は、同じタイミングで空振った。


「あ!? いない!?」


目の前にいたはずの卵形の巨体は、瞬き一つする間もなく俺の視界から消えた。


「ヴァルル! 上!」


ゴルたんの声が聞こえると同時に、俺は巨大な何かに押し潰される。

上半身と下半身に感じるこの感触。手のひらの形だ。

俺の上にのしかかるもの。その影がゆらりと地面に写る。

片方だけ折れたツノ、歪に笑うシルエット、戦いを心の底から楽しむその姿。


「オレの名前、は。メカ・デス・ヴァルハラール、だ」


俺の形をそっくりそのまま再現した、ロボットだった。


「小癪な真似を!」


地面から飛び起き、上に乗ったメカヴァルルを吹き飛ばす。

メカヴァルルは華麗に着地し、俺の方を睨みつけた。


「デス・ヴァルハラール、解析完了。年齢、エラー。性別、エラー。出身、エラー。体重、166キロ。身長、2メートル53センチ。スリーサイズは上から、145。98。136」

「おいおい俺のトップシークレットだぜ? 何会場全体にバラしてくれちゃってんだよ」

「種族、」

「っ!? おいやめろ!」


俺は咄嗟に飛び出し、メカヴァルルに膝蹴りを入れようとする。しかしメカヴァルルは難なくそれを躱し、俺を地面に押さえ込んだ。


「種族。遺伝子情報から推測、元・人間」


会場にざわりと、どよめきが走る。

それもそのはず。俺の肌は紫、ツノは生え散らかし、歯も鋭く尖っている。口は耳まで裂け、両腕は触れれば即死の黒手になっている。

そんな奴が元人間だと。信じ難い話だろう。


「俺の黒歴史を堂々と、話してんじゃねぇぞ機械野郎!」


後頭部でメカヴァルルに頭突きをする。メカヴァルルがよろめいた所を見逃さず足で胴体を絡め取り、腕を逆方向に捻り上げる。


「か、関節技だ。てっきりバカみたいに殴り合う事しかできないと思っていたヴァルル選手の関節技だー。プラス3解説ちゃんポイントです」

「少しは黙ってろ解説!」


メカヴァルルの腕をへし折り、さらに捻って引きちぎる。


「へっ。これで俺とお揃い、だな」


右腕を肩から無くしたメカヴァルルは、ゆっくりと立ち上がる。

しかしその顔には余裕の様な笑みが浮かべられていた。


「損傷。しかしオレの勝率に変化ナシ。依然99%」

「けっ。自分の顔で笑われるのも不快だな」


俺はゆっくりと構える。その構えに合わせ、メカヴァルルも鏡合わせの様に動く。


「真似事ばっかか? ならこれは真似れるかな!」


魔力を手の中に収束させ、高速で打ち出す。

一つ一つが高速回転するドリルの様な魔力の弾、さすがの機械も真似できまい。


「徹甲弾での、代用可能。発射!」


メカヴァルルは同じ様なポーズを取り、回転する鉄の弾を発射してくる。

何十発もの弾が空中でぶつかり、花火の様に散っていく。

爆煙と砂埃でメカヴァルルの視界が塞がっているうちに、俺は口の中で特大級の魔力を練る。


「消えろ! デス・ボレー!」


口から練った魔力の弾を吐き出す。


「消えロ! メカ・デス・ボレー!」


煙の向こうから声が聞こえ、同じ様に巨大な弾が俺めがけて飛んで来る。

俺の弾と相手の弾がぶつかり、火花を散らしながら弾け飛ぶ。


「くっ! 威力まで同じか!」

「いいや。オレの方が上手だ」


俺の足に何かがぶつかる。視線を足下に向けると、そこにはミニサッチが数体纏わりついていた。


「「「ジバク!」」」


足を振り上げ剥がそうとするが、間に合わない。

爆発が俺の体を裂き、足を破裂させる。


「ぐぅうっ……!?」

「ヴァルル選手、なんとか腕で胴体へのダメージは防いだ様です。しかし両足に壊滅的ダメージを負って、立つ事すら難しいでしょう」

「いいや! まだだぁッ! 俺はまだやれる! もっと強く、もっと上に、もっと。もっとだァ!」


破裂し、飛散した肉片達に指示を出す。


「集まれぇ!!!」


まるで芋虫の様に地面を這い、俺の肉片はどんどんと集まってくる。

肉片は集まり合体し、俺の両足を再建した。


「復活!」

「あぁ、なんという事でしょう。ヴァルル選手の足がカモシカの様に」

「あぁ!? カモシカ?」


俺は自分の足を見る。その足は膝から下が湾曲し、まるで四足動物の足の様な逆関節機構になっていた。


「なるほどな……! もっと強くなるためには、これが必要なんだな……!」

「ピピピ。不要と判断、変形はしない」

「機械にゃわからねぇだろうよ!」


地面を踏み込み、一足でメカヴァルルの元まで飛ぶ。この関節だと足がバネの様になり、機動力が増している。


「これならもっと強くなれる! オラァ!」


後ろ回し蹴りをメカヴァルルに浴びせる。

脇腹に入った俺の足は、ものの見事にぺっきりと膝から折れた。


「折れたぁぁぁぁ!!」

「だから不要と判断したのだ!」


お返しと言わんばかりに、メカヴァルルが後ろ回し蹴りを繰り出す。

強く脇腹に入るが、足が強靭なお陰で受け止め切れる。


「なるほど。あの関節はダッシュやジャンプなどの機動力増強にはうってつけですが、蹴り技や関節技などには向かない。そういう事ですね、臨時解説のゴルたんさん」

「え……知らないです……」

「なるほど、貴重な意見ありがとうございます」


なるほど。いい事を聞いた。

俺は腕を使いたくないから足をよく使ってきた。しかしこの世界に来てから、腕をよく使う様になってしまった。そのため体が勘違いを起こし、腕での攻撃主流の肉体変形を起こしてしまったのだ。

つまり


「つまり今の体は、全力でぶん殴るために調整された体って事だ!」

「ピピ。御託を垂れるのも、もういいだろう。そろそろ終わらせてやる」


メカヴァルルは俺から距離を取り、腰を深く落とし拳を構える。


「全力で行くぞ」

「いいねぇ、過去の俺との決闘。新旧デス・ヴァルハラール対決だ……!」


俺もメカヴァルルと同じ様に腰を落とし、拳を構える。

湧き上がっていた観客達も、抑揚のない声でも尚やかましかった解説も。風の音も、虫の声も、心臓の鼓動さえも。

何も聞こえない。

絶対的な静寂が、コロッセオを、この世界を支配していた。


「    」

「    」


何も聞こえない。


「        ゴクリ」


誰かが、唾を飲む音が聞こえた。

まるでスタートの合図が聞こえたかの様に、二人。同時に踏み出し、拳を振るう。

俺の頬を鉄の拳が打ち抜く。

しかし風を切る音が鳴るより前に、俺の拳はメカヴァルルの頭を吹き飛ばしていた。


「……喜べ、戦士よ。お前の首は俺が記念にもらってやる」

「け……決着ぅぅぅぅ」


解説の声を皮切りに、会場内は爆発したかの様な歓声が湧き上がる。

俺はその場に倒れ込む様に跪き、大きく息を吐いた。

観客に見せつける様に振り上げた腕を、必死に落とさない様に。

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