第十話 企む者
「やいやいやいやい!」
コロッセオの向こう側から声がする。
声はすれども姿は見えない。
奴だ。次の対戦相手。
「そうか……次はお前だったな、チビ虫……」
「けっ、見え見えの挑発なんかに乗るわけないだろうがボケナス。こんなボロボロな奴、サンドバックにもならねぇよ」
「言えてるかも、なっ……!」
体無理やり起こし、足を叩いて立ち上がる。
そんな俺の目の前に、小さな小さなおじさんが見える。足の小指の爪ほどもない大きさだ。
キャットバース。どこで名前を聞いたか、やっと思い出した。情報通から聞いた強者の一人だ。
「右手はない、足はボロボロ、体も疲労が溜まり全身切り傷打撲内出血……これが戦える奴の姿かってんだい」
「右手なら、あるさ」
俺は右腕を地面に差し込む。見えない糸を手繰り寄せる様にイメージし、右腕を引き抜く。
地下に残してきた右手が、前後ろ逆に付いている。
「切れ端の操作なんて初めてやったからな、まだ慣れてないんだ」
右手を力任せに捻り、前後ろを正しく付ける。しかし、右手は地面にぼとりと落ちた。
「はっ! こんな奴を倒すんなら、オイラじゃなくて赤ん坊でも出来そうだ。つまらん!」
キャットバースは背を向け、俺から離れていく。
「おい……どこに行く気だ?」
「どこって、帰るんだよ。そんなボロボロじゃ戦う事もできない。失格だ。今から闘技大会は残った面々でトーナメント、それで優勝を決めるんだよ」
気づいた時には地面を殴りつけ、コロッセオに破壊の花を咲かせていた。
地面は割れ、壁面はひび割れ、観客席は隆起し、売店は無事だった。
「俺は、まだ戦える」
「……テメェの馬鹿力には呆れるぜ」
キャットバースは、いつの間にか俺の肩に乗っていた。
そして俺の耳を掴み、客席に向かって俺をぶん投げた。
俺は身動き一つ取れずにぶん投げられ、観客席に突っ込んだ。
だがそんな俺を、誰かが受け止めた。優しく、優しく、まるで赤ん坊を抱く様に。
「よし。よく頑張ったな、ヴァルル」
「センプウちゃん……」
「今までの傷がぶり返した様だな。何年まともに治療していなかったんだ?」
「さぁ……誰かとまともなコミュニケーションを取ったのは……数世紀も前だからな」
「そうか、ヴァルルはすごいな。あとは任せろ」
センプウちゃんは俺の胸に手を当て、綺麗な光を浴びせ始めた。
少しづつ、少しづつ、体中の痛みが引いていく。体の中に溜まっていた折れた骨達が、ゆっくりと繋ぎ直されていく。
「恐ろしいな。折れた骨が小さくなって、皮膚の下に鎧の様に溜まっている。だからヴァルルは丈夫だったんだな」
「あぁ、そうかもな……」
「うん……私の知ってる人間と一緒の作りだ。ヴァルル、どうしてこんな体になったんだ?」
「……」
「そうか」
俺が無言でいると、センプウちゃんは俺の背中を優しく押した。
「もう大丈夫だ。行ってこい」
俺の体は見違える様に動く様になっていた。疲労は消えてはいないが、古傷や生傷は消えていた。いつものように皮膚の下に埋もれて見えなくなっているわけではなく、傷ができる前の状態に戻っていた。
足も元の形に戻り、蹴りも繰り出せる丈夫な足に。右手をどれだけ動かしても、地面に落ちることはない。
「あぁ。行ってくる」
俺はそう言って、客席から飛び降りた。
「待たせたな。キャットバース」
「はん! さすがは大嘘つきだ。もうピンピンしてやがる」
「……? あぁ、ピンピンしてるぜ」
「なら、さっそく始めようか。ゴングッ!」
解説が腕を大きく振り上げ、ハンマーでゴングを叩こうとする。
その瞬間、客席の一部が爆発した。
「あっれ〜? 合図かと思ったのにぃ〜、ボスいないじゃ〜ん!」
魔女服の女が、コロッセオの向こうの通路から出てくる。
「……テメェは、モジャル?」
モジャル。どこかで聞いた名前だ。
「大魔女、モジャル。対戦表によればキャットバース選手の次の出番です、早く退場してください」
「あ〜ん、解説うるさ〜い! 死んじゃえ〜!」
モジャルが杖を振りかざすと、実況席に巨大な岩が突然落下してきた。
轟音を立てて潰れる実況席。
「実況、解説、及び観客席への悪意のある攻撃は失格対象です。モジャル選手、失格です」
しかし解説の声は、依然岩の下の実況席から聞こえる。
「え〜……死んでない〜……」
「おいモジャル。勝手をするな。僕達は自分の仕事をするだけだろう」
「ひ〜ん」
コロッセオの向こう側から、またもや知らないやつが出てきた。
男だ。メガネをかけている。何か黒い、大きなものを引きずっているようだ。
いや、その姿には見覚えがあった。
「お前……あの時のクソ係員だな! こんな逆シードとか言うふざけた状況にしやがった元凶!」
「お、結構元気そうじゃん」
「テメェは……モルテン!」
キャットバースが跳ねる様にそう叫んだ。
「あれ? 変装してるのにバレるんだ」
「テメェをずっと探していた……! ぶっ殺す日を夢見ていた……!」
「そっかそっか、君はあの虫の一族の生き残りか。すっかり忘れていたよ」
観客達もざわめきだす。
その視線は、モルテンにではなく。モルテンの引きずっているものに集まっていた。
「チャ、チャンピオン……?」
観客の一人がそう呟く。
どこからともなく声が溢れてくる。
「チャンピオンだ……」
「黒焦げになっているんだ!」
「前大会チャンピオンが……?!」
「モルテンって、あの?」
「異形種排除思想の指名手配犯!」
「異形殺しのモルテン!?」
「やばい俺達も殺されちまう!」
観客達のどよめきはやがて悲鳴を生み、悲鳴はパニックを引き起こした。
一瞬にして会場は嵐の海の様に騒がしくなり、出口に一目散に逃げようとする人の波で溢れ返った。
「あ〜! 逃げちゃう〜!」
「ほっとけ。もう出口は俺の土壁で塞いである。どのみちここから出られねぇよ」
「なら潰しちゃお〜!」
そう言って杖を振り上げたモジャルは、次の瞬間には後頭部から地面に埋まっていた。
顔面を陥没させ、足をぴくぴくと痙攣させている。
「テメェらが何考えてるかは知らねぇ。観客どもにどれだけ被害が出ても関係ねぇ。俺はな、モルテン。お前がこの大会に潜伏してるって情報を聞いて、わざわざこの大会に来たんだよ間抜け野郎が!」
キャットバースの高速の一撃が、モルテンに炸裂する。しかし当たる直前、モルテンは土の壁を作って防いでいた。
「ヒュウ……おっそろしい」
「ぶっ殺してやる!」
俺はその光景を、ポツンと突っ立って見ていた。
「オレッチさぁ、まだ合図出してないよね!」
俺の背後から声がする。特徴的なその喋り方。鬱陶しいと直感で感じる。
「あんまさ、オレッチ怒らせたらダメじゃん?」
「すいませんボス。でも大破壊が見えたら作戦開始って、雑すぎません?」
「ま、計算違いは悪巧みの華って事で」
「……モックン」
俺の背後に、煙で形作られた男。情報通のモックンが立っていた。
「よ、デスッチ」
一瞬の間が流れる。
次の瞬間、モックンは煙でも分かるほどの怒りの表情を浮かべた。
「ひでぇよデスッチ! あだ名あるんなら伝えるんが礼儀だろうが! どうして黙ってたんだゴラァ!!!」
「知らねぇよ。この世界の事なんかよく知らねぇし」
「人間って聞いたのに異物かよ。お前も排除対象だ」
「まぁまぁ、モクレン。デスッチに全部説明してやろうよ」
「いやぁ、ちょっとこっちも。このチビ虫と遊んでて忙しいから……!」
振り向けば、キャットバースとモクレンが戦っている。
「いやぁ実はさ、デスッチ」
「黙れよ」
俺はモクレンとキャットバースに近寄る。
そしてモクレンの顔面目掛けて拳を振るう。
「うぉっ! 土壁!」
土の壁が形成される。だがその壁ごとモクレンをぶん殴る。
壁に叩きつけられたモクレンは、メガネが割れて伸びてしまったようだ。
「テメェ……なんのマネだ!」
そう叫ぶキャットバースを蹴り飛ばし、壁に叩きつける。
俺はモックンの方に振り向き、大きく息を吸い込む。
「お前ら俺の対戦相手だろうが! 勝手にやり合ってんじゃねぇぞカスがぁ!」
逃げ惑っていた観客達も静まり返る。
「過去の因縁も、悪の企みも、復讐も、過去回想も、礼儀も、全て、俺の闘争には関係ない! 俺の対戦相手になったんなら、全部俺に捧げやがれぇ!」
「くく……わざわざこの闘技大会にスパイまで入り込ませて、長い期間下準備もした! 仲間も集めてこの大会に参加させたのに、ものの見事にほとんどが一回戦落ち! 挙げ句の果てにオレッチの情報網に載っていない、正体不明の参加者まで! しかもそいつは大暴れ! そう、デスッチ。お前の事だよ!」
モックンは手帳を取り出す。
「試合前に情報を集めようにも、大した情報は集まらなかった。立ち振る舞いや知識量の薄さから見て、大した実力はないと判断した。だから仲間に誘わなかった! 大失敗だ! 俺の手下を大量投入した第三試合を」
俺はモックンの顔に蹴りを入れる。しかし、手応えはない。
霧散した煙は収束し、またモックンの形に戻った。
「まだ話の途中なんだが?」
「うっせぇよ。解説も何してやがる」
「え……私ですか」
「とっととゴングを鳴らせよ。試合開始を告げよ。聖なる闘争を開始させろぉ!」
「えっ。えっ。私、困惑です」
「それ貸してください!」
ゴルたんの声が聞こえ、ゴングが鳴らされる。
「やっちゃってください! ヴァルルさん!」
「うるせぇぇぇぇぇ!!!」
俺は地面の一部を拾い上げ、拳の中ですり潰す。それをモックンに向かって、オーバースローで投げつける。
「試合開始だクソ野郎! 俺を無視した事を、後悔させてやる!」
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