第十二話 VSセンプウちゃん
「さぁ、事件もありましたが一件落着ということで。早速この闘技大会を締めくくる決勝戦をお送りいたしましょう」
解説の無表情な言葉が、観客達を湧き上がらせる。
観客席はまだ修理されていない為観客は立ち見だが、コロッセオの中心部に位置する闘技フィールドだけは補修されている。たった数十分でよく戻せたものだ。
体も万全、精神も高揚。
さらには対戦相手も極上ときた。これ以上ないベストコンディションだ。
「逆シードを上り詰め、ついには決勝まで来た死神。その実力はこの会場の誰よりも高く、その闘争心はこの世界の誰よりも強い。戦いに歓喜を叫び、史上の強者を追い求める死神。その名は、デス・ヴァルハラール」
俺は観客に見える様に、両手を振り上げる。
今まで脱落してきた奴らも、この大会の最後を見ようと観客席にいるのが見える。
「ヴァルル、オメーはすげぇ奴だと思ってたぜ!」
「俺たち一瞬で吹き飛ばされたからな!」
「お情け! 最後まできたんだから、絶対勝てよ!」
「うっせーぞ医務室組! 傷が開かねぇように大人しくしとけ!」
そんな俺と相対する女。コロッセオの向こうからゆっくりと観衆の元にその姿を晒す。
外套をその場に脱ぎ捨て、銀髪を後ろでまとめ上げる。ピンと尖ったその耳が、髪の中から現れる。
弓矢を取り出し、矢筒の中の矢を確認している。
そして満足した様に頷き、俺の方を向いた。
「お待たせ、ヴァルル」
「待ったぜ、センプウちゃん」
会場がシンと静まり返る。
解説が息を吸う音をさせ、ゆっくりと口を開く。
「皆様は、知っているでしょうか。このエルフの伝説を」
「伝説って?」
「あぁ……」
俺が尋ねると、センプウちゃんは目を瞑って頷いた。
「世界を救った事、実に七回。国を救い、表彰され、もらった勲章の数は星の数ほど。世界を十八回巡り、この世の全てを記憶した。山を切り、海を切り、巨龍を狩り、奈落を知る。そんな夢物語を語る、このエルフの名を」
「すげぇ戦績だな」
「……」
センプウちゃんは恥ずかしそうに顔を逸らした。
「我々の国が救ってもらった事があったか。この世界が危機に瀕した事があったか。しかし誰もその事象を見てはいない、記録されていない。ある一国の王が言った。全ては虚言だ、このエルフの虚言であると」
「……」
「そして、その王はこう呼んだ。【大嘘吐き セン・ディレッセ・プゥ】と」
会場は大ブーイングに包まれた。
「見せてくれ! 本当なのかどうかを!」
「証明してくれ!」
「俺たちもこんな名前で呼びたくないんだ!」
「勝って証明してくれ! あんたには世話になったんだ!」
「解説偏向報道やめろー!」
センプウちゃんは、頬を掻きながら押し殺す様に笑った。
「こんな感じだ。私の世間の評価は……」
「ふーん」
「昔に言った事なんだ。さっきの。元いた世界では、私は英雄だった。突然飛ばされて、わけもわからない世界で」
センプウちゃんは、目に涙を浮かべる。
「良かれと思って教えた事が、この世界ではおかしいことで。この世界の常識と違っていて。私は強すぎて化け物の様に扱われたり、宿にも入れてもらえなかったり」
「……」
「秘境で暮らす滅多に表に出てこない種族には、たくさん友達がいる。だけど、この世界の大多数に私は認められてなくって。必死で色々やって、それでも王様が呼んだからって王様が死んだ後もそう呼ばれ続けて……!」
センプウちゃんは、大きな嗚咽をあげて泣き始めた。
「だから私は、この大会に優勝してこの呼び名を払拭する……! それが、私の願い!」
「そうか」
俺は腰を落とし、構えを取る。
「そんな事はいいから、全力で来い」
「……うんっ!」
「それでは決勝戦、開始です」
高らかに、ゴングが鳴らされた。
開幕早々センプウちゃんが、腰に下げたポシェットから何かの球を取り出す。
爆弾、閃光弾、それともただの小石か。
どの可能性だとしても、先手必勝に変わりはない。
「死んでもらうぞ!」
俺が一直線に、センプウちゃんめがけて拳を振るう。
その拳の先端にさっきの球を投げつけられ、その球から煙が吹き出し始めた。
「煙幕か!」
「そうだよ、ヴァルル!」
センプウちゃんの声が、どこかから聞こえる。
煙幕は特殊なものなのか、声が反響する。そのせいでどこからセンプウちゃんの声がしているのか、判別がつかない。
「ねぇヴァルル、こんな事話したの覚えてる?」
「あぁ? なんの話だ?」
「エルフはゲリラ戦が得意って話!」
煙幕の向こう側から、矢が飛んでくる。寸でのところで回避したが、足に少し傷がついた。
センプウちゃんは煙幕の中でも、俺の位置がわかるらしい。
「っぐ!? 足の力が!?」
「毒矢だ。本気でやるって、私は言ったぞ!」
「上等!」
煙幕越しに、四方八方から矢が飛んでくる。
それもデュレイなし、全くの同時攻撃だ。どういう打ち方をすれば、そんな飛ばし方ができるんだ。
「あぁまったく、この世界は最高だ!」
俺は翼を大きく広げ、風を起こす。
しかし何本もの矢が翼に突き刺さり、翼にはどんどんと穴が開いていく。
「クソ! どうして煙幕が晴れない!」
「晴れたら私が不利になるから!」
何本もの矢が、俺の頭上から雨のように降り注ぐ。翼を傘の様にし、矢を防ぐ。
その瞬間硬い金属音の様なものが、そこら辺から何度か鳴り響く。
「……そうか晴れない理由がわかったぞ!」
「っ! させない!」
さらに矢の勢い、本数が増すが、俺は翼を犠牲に地面を弄る。
そして硬い手触りを感じ、その手触りを一気に引っこ抜いた。
俺の手には、煙を吐き出し続ける銀色の筒が握られていた。
「見つけた! これだな、これが煙幕を発生させていたんだな!」
「ケムリハ木が折られた……っ!?」
「あとは周囲一体を風で……!」
俺は翼で風を起こそうとするが、スカスカと悲しい音が鳴るばかり。俺の翼はもう、ほとんど骨組みだけしか残っていなかった。
「ええいこんなもの!」
俺は翼を背中から外し、うちわのようにあおいで微弱な風を起こす。
風が巻き起こる度に、翼のはボロボロと崩れていく。翼の残骸が乗った風が、煙幕を晴らす。
「それ、取り外し可能なんだ」
「見ぃつけた!」
「しまった!」
俺はコロッセオの観客席のヘリに立つセンプウちゃんを見つけ、少しの躊躇もなく飛びかかる。
精神を落ち着け、狙いを定め。右腕を前に突き出す。
「とった!」
「それはどうかな……!」
右腕がセンプウちゃんに触れる直前で、俺の体は空中で止まった。
体中に糸の様なものが絡まり、俺をがんじがらめにしている。
「森に住む、アダマンタイト蚕の糸……その強度はインド像すら糸一本で吊し上げる!」
「いんど……? なんかよくわかんねぇが、俺はこの程度じゃ止まらないぞ!」
糸を力任せに引っ張り、一本一本引きちぎっていく。
「止まらないのは想定済みだとも!」
センプウちゃんの手に、糸巻きの様なものが見える。俺は急いで体に絡まっている糸のほとんどを引きちぎった。
「裁断!」
俺の右足が細切れになり、宙に打ち上げられる。
「は……はははは! いいねぇ!」
「高揚してるところ悪いけど!」
俺は制御を失い、地面に落下する。地面に尻餅をついた時、何かを手で踏んだ。
「アルマイン!」
「くはっ! 最高だ!」
手で押さえた地面が爆発し、連鎖的に周囲の地面が爆発する。
抉れた地面から、地面の中に隠れる硬い甲羅の様なものが見えた。
「危険を感じると爆発する動物。こんなのはヴァルルの世界にいた?」
「いいやいないね! 生き物はあいにく、俺一人だったからな!」
地面のアルマインを鷲掴み、センプウちゃんに投げつける。
センプウちゃんはそれを避け、俺の顔めがけて弓矢を射ってきた。
ヤジリに噛みつき、矢を止める。
「なんて反射神経……」
「ガリ……ボリ……俺の歯は、どんなものすら噛み砕くからな」
「そっか……じゃあこれなんてどう?」
センプウちゃんは矢筒に手を伸ばし、その中から五本の矢を取り出した。矢の先端にはドロリとした灰色の液体がついており、センプウちゃんはそれを吸い込まないように口元を布で覆った。
「百種類以上の毒を混ぜ合わせて作った、特製の毒矢だよ。死なない様にね!」
五本一気に矢を持ったまま、弓を射る。まっすぐ飛んできた矢を避けようと俺は足に力を入れるが、右足がない上に体に毒が回ったのか、その場に跪いた。
俺の肩、残った足、腹に三本の矢が命中し、一本を掴み取り、残り一本は地面に突き刺さった。
「全ての状態異常に耐性があるって言ってたから、全部の毒がスペシャルブレンド。流石のヴァルルでも、もう助からないよ」
「へへ……俺の歯は、どんなものでも噛み砕く。俺の胃袋は……」
俺は掴み取った矢を飲み込んだ。
体中に毒が回るのが分かる。刺さった箇所から、胃の中から。内から外から毒が体を侵食し
「俺の胃袋は全てのものを消化する……」
「どうしてまだ動けるの……?」
「消化さえしてしまえば、こっちのもんだ……!」
俺は自分の体の中で体細胞が作り出した血清が、体全体に広がっていくのを感じる。
顔色はきっと血色のいい紫に戻り、体中の痺れが取れていく。
「そんな、人間にはあり得ない……!」
「恐れたか……だがそれも仕方なし」
俺は地面に脚をつき、上半身だけでバランスを取って立ち上がる。
「俺は死神。人間をやめ、死の概念となった。世界は俺に恐怖し、その命を絶たんとありとあらゆる手段を取った。だが全ては失敗。俺はこの通り、死神としての役割を果たしたのだ。恐怖せよ、地に伏せよ、全ての生命を終わらせる時だ」
「嘘吐き! 大嘘吐き!」
センプウちゃんが俺に向かって叫ぶ。
「ヴァルルはそんな事のためにこの世界に来たのか!? 違う! なんのためにこの世界に来たのか、言ってみろ!」
「……俺は、俺は」
乱れた前髪をかき上げ、俺は満面の笑みをセンプウちゃんに向ける。
「もっと強者と戦いたくって!」
「なら等身大でかかってこい!」
センプウちゃんは矢筒の中の矢を全て掴み、弓を使って空に発射した。
「毒矢、普通の矢、破壊の魔術が込められた矢、種類は様々だ! 当たれば痛いじゃ済まないぞ!」
センプウちゃんは腰に刺していたナイフを抜き、観客席から飛び降りた。
「決着をつけよう! ヴァルル!」
ナイフを生き物の様に動かしながら、センプウちゃんは俺を切りつけてくる。
首、心臓、脇、目、その一瞬一瞬の攻撃全てが、俺の急所を狙っている。ナイフには一度も当たっていないが、おそらく別の毒が塗られている。食らえば致命傷だ。
「オラァ! やられっぱなしじゃねぇぞ!」
蹴りを合間合間に入れ、俺も反撃に出る。
しかしセンプウちゃんは、俺の繰り出した蹴りを避けれずにガードに徹するだけだ。
蹴りを入れた隙に腕を使おうとするが、その瞬間にナイフでの攻撃が始まる。
まるで、心を読まれているかの様だった。
「見ろ! 降って来たぞ!」
観客の誰かが叫んだ。
センプウちゃんが先ほど射った矢が、落下して来たのだ。
雨の様に、俺たちの周囲に次々と矢が降り注ぐ。
俺達はその中で、ただひたすらに攻防を繰り返していた。地面に落ちた矢は爆発したり煙を上げて地面を溶かしたりするが、俺達にはなんの関係もないかの様に、ただ二人だけの時間を過ごした。
「ハァッ、ハァッ……」
「フッ、フッ……」
お互いに集中力の全てを出し切り、息も絶え絶え。
センプウちゃんは毒でズタボロになったナイフを投げ捨て、俺の前でファイティングポーズを取った。
「やろっ」
「あぁ!」
「俺っ! 初めて同じ実力の相手と! 戦えてるっ!」
「ああ、私もだ! おんなじ気持ち! だっ!」
「いつぶりだろう! 俺がこんなにっ! 興奮を覚えたのは!」
「この世界に来た時から、そうだっただろう! 興奮しっぱなし! だったじゃないか!」
センプウちゃんの強力な一撃が、俺の顎を撃ち抜く。
一瞬にして視界が暗くなり、両腕がダラリと垂れ下がる。
こんな所で、終われるものか。
「あぁっ! そうだ!」
「がはっ!」
追撃をしようとしたセンプウちゃんの胴に、蹴りをぶち込む。
そして生じた隙に腕を差し込み、センプウちゃんに触れようとする。
「くあっ! その腕は絶対警戒対象……! 絶対に食らわない!」
「絶対に食らわないと信じているから、俺は一切の迷いなく腕が使える! 最高だ!」
俺とセンプウちゃんは同時に蹴りを繰り出し、お互い少しの距離を吹っ飛ぶ。
地面にゴミの様に転がり、ゆっくりと立ち上がる。
「が……」
最後の力を振り絞り、お互いが立ち上がる。自然と作った握り拳は、振るう相手を一直線に見つめていた。
お互いが同時に走り出す。
お互いをまっすぐ見つめ合い、まっすぐ進み続ける。
あと三歩で、拳が届く。
あと二歩。
あと
「ファイア!」
俺は右の拳を振るった。思い切り前に突き出し、センプウちゃんに向かって倒れ込む様に脚を踏み出す。
センプウちゃんは俺の拳を避け、俺に向かって渾身の一撃を繰り出した。
その瞬間、俺の左手が優しくセンプウちゃんの胴体に触れた。
「ゴルたん。技、借りるぜ」
「……」
センプウちゃんは俺の腕に寄りかかる様に倒れ、俺の胸の中で眠った。
「……決着、決着です!」
解説が声を荒げ、そう叫んだ。
湧き上がる会場とは裏腹に、静かに俺はセンプウちゃんをその場に寝かせた。
「強かったね、ヴァルル」
「……センプウちゃんも、最高だったぞ」
センプウちゃんの声が聞こえた様な気がして、俺は涙を浮かべる。
俺の最高のライバルで、最高の目標。失ったものは大きかった。
しかしそれと引き換えに、俺は最高の時間を授かった。生涯、この一日の事を片時も忘れることはないだろう。
「泣くなよ、デス・ヴァルハラールなんてかっこいい名前ついてるのにさ」
「ぐ、ぐ……! 泣いてない! く、幻覚にここまで言われるなんて……!」
「幻覚じゃないって、ほら」
センプウちゃんの亡骸は、俺の方を向いて笑っている様な気がした。
「ぐ、ちゃんと弔ってやるからな……!」
「わ! わ! 顔はダメ!」
センプウちゃんの鋭い一撃が、俺の頬に入る。
少し吹っ飛ばされた俺は、痛む頬を押さえながらセンプウちゃんを見る。
「死んでないって! でも次触れられたら死んじゃうから、少し離れてて!」
「セ、センプウちゃん!? どうして生きてるんだ!」
「どうしてって、そりゃあ」
センプウちゃんは服を脱ぎ、肌着になった。肌着は黒い枯れた木のプレートが蛇腹状に繋がった、アーマーの様なものだった。
「これ! 着てたから一度だけならねなんとか!」
「それってもしかして……」
俺は自分の手をゆっくり見る。
俺の手は赤く腫れ上がり、強烈な痒みを発していた。
「そ! ヤブレカブレの木!」
「ヤブレカブレの木は、もう懲り懲りだ〜!!!」
俺の叫びと観客達の笑い。
こうして、俺の異世界闘技大会は幕を閉じたのであった。
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