表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

12 結花との遭遇


 俺は支払いを済ますと、入り口で待機していた若葉がいくらでしたと尋ねてくる。どうせ相談乗った代わりに奢れってことになるだろうと踏んでいたので若葉の言葉に少しだけ驚く。奢るつもりでいたのでいらないとジェスチャーをしてファミレスから出た。


「いいんですか?」


 意外に気にしている若葉。俺の黒歴史で脅してきたと思えない気遣いだ。いっそノートを返却して、更にデータも消してくれないだろうか。


「いいよ、別に」


 俺はそう言って若葉より先を歩く。

 最悪な1日だった。まさかあの俺の黒歴史がここでお目にかかるなんて思いもしなかった。

 結花に見られたらきっとドン引きされるだろう。漸く戻りつつある関係も脆くも崩れ去ることになる。

 俺の後ろを歩いている若葉はなにを考えているのかわからない。

 俺の黒歴史を利用して俺に言うことを聞かせて何のメリットがあるっていうのか。

 正直、金銭目的だと思っていた。食事を奢れとかそんな感じになると思っていた。けれど、先程の様子だとそんな感じでもない。

 何の狙いがあってこんなことをしたのか俺にはわからなかった。


 大した会話もなく、俺たちは家の前まできていた。

 子供の頃はよく遊びに行っていた隣の家の三森家。ここ最近、入ったことない家だ。

 普通の住宅。この住宅街の中で普遍的な一つの家だ。

 

「じゃあ、先輩、今日はここで」


 若葉はそう笑顔で頭を下げてくる。

 俺は「ああ」と言って応える。そして、どうしようか迷う。ノートについて話すべきか。

 黒歴史の設定や小説、日記以外に俺はなにを書いていたのか思い出せない。

 あの時、若葉は俺の答えに何を求めていたのか。それを問いただすべきか迷い、しかし、若葉の真意を確かめるべく俺は意を決して問いかける。


「わか……」


 若葉は怪訝そうな顔を向けてきたその時だった。

 玄関の扉が開く。俺はその扉から出てきた人物に釘付けになる。

 若葉も俺の顔を見て振り返る。

 三森結花が見下ろす形でこちらを見ていた。

 驚いた顔を浮かべている。


 時が止まったかのように三人は固まって動けずにいる。

 そして、若葉が力を抜くように肩が下がるように見えた。

 何を思ったのか、若葉は俺に近づくと、


「先輩、今日は楽しかったです。ありがとうございます」


 そう大きな声で言ってくる。俺は唐突な事に動揺し「あ、ああ」と困惑しながら返すしかなかった。

 結花も若葉の声にびくっとなりつつもただ呆然と俺たちのやり取りを見ているだけだ。

 そんな姉の仕草に若葉はくすっと笑い、


「ただいま、お姉ちゃん」


 そう言った。

 結花は「おかえり」と心ここにあらずといった感じに返した後、


「どうしたの? ふたりで」


 戸惑いつつも笑いかける。

 俺は漸くこの状況に理解が追いつく。若葉は俺と神社へお参りに行くことを結花に話していなかったのだろう。

 ただ神社へ行ってファミレスで食事をしただけだという事を言わなければ変な誤解を受けてしまうかもしれない。

 俺は焦って説明しようとしたが、


「先輩とデートしてきたんだ」


 若葉が先に結花の問いかけに答える。しかも、同時に俺に腕に手を回し、腕を組んだ状態で。


「え?」


 結花と俺の声が重なる。若葉は満面の笑みを浮かべていた。

 俺はこいつなにを言ってんだと引き離し否定しようとした時、若葉は耳元で「ノート」という単語を呟く。俺は思わず口を噤む。こいつと若葉を睨むが、若葉は素知らぬ顔で俺の腕をぎゅっと掴んでいる。


「へ、へー、そう……なんだ。二人ってそういう間柄だったんだ。いつのまに」


 結花は少し戸惑った様子でそう言う。

 俺は否定したかったが、若葉の腕の掴む力に言葉が出ない。

 沈黙が支配し、若干の気まずさを感じる。


「若葉、お昼は?」


 絞り出すように結花は尋ねる。


「あたし、先輩と食べてきたから」


 若葉はそうにっこり答える。


「そっか」


 結花は視線を逸らしながら頷く。

 そして、ちらりと俺の方を一瞥する。その時、視線が交わり居心地が悪くなる。


「お姉ちゃんは今からどこか行くつもりだったの?」


 玄関から出てきたということは外に何か用事があったのだろう。俺は気になり結花の方を伺う。

 若葉の問いに結花は「まー友達の家に」と答える。

 俺はその答えに安心する。男とデートなのではと少しだけ心配だったからだ。


「ふーん、そっか」


 若葉は興味無さげに返す。


「うん」


 結花は頷く。

 会話が続かない。またも沈黙になるかと思った時、


「あたしはちょっと先輩に相談したいことがあるから、先輩に上がってもらうけど」


 若葉はそう言った。


「え?」


 結花は若葉の言葉に動揺する。

 俺も驚く。そんな話聞いていない。俺はどういうことだよと視線を送るが、


「そうですよね? 先輩」


 逆に尋ねてくる。若葉はノートの入った鞄に手をかけながら笑みを浮かべている。


「あ、ああ」


 俺は頷くしかなかった。本当こいつ性格悪い。


「そ、そうなんだ」


 結花は戸惑ったようにそう言った。

 気まずい沈黙が流れる。

 結花は視線を上げて俺を見定めるように見つめてくる。視線が合い俺は後ろめたさから視線を逸らす。


「お姉ちゃん、いいの? 行かなくて」


 若葉がそう沈黙を破る。


「あ、うん」


 結花は若葉の言葉に動揺したように玄関出てくる。

 若葉の近くを通った時、


「じゃあ、行ってくるね」


「いってらっしゃい」


 結花はそう言って若葉も返す。そして、俺の方を見て、


「橘、その、ゆっくりしていってね」


「え? あ、うん」


 遠慮がちに言ってくる結花。俺も上手く返答出来ずそう頷くことしか出来なかった。


「じゃあね」


 結花は小さく手を上げてくるので俺も「おう」と手を上げ返す。

 後ろ髪引かれるような形で結花は歩き出す。しばらく眺めていて、遠ざかったのを確認して、


「どういうつもりだよ」


 俺は若葉に不満を込めて問いかける。


「どういうつもりとは?」


 惚ける若葉。そんな態度に俺は苛立つ。


「俺の仲を取り持ってくれるんじゃなかったのかよ」


 勘違いされたのは確実だ。

 俺の言葉は若葉はつまらさなそうに溜息を吐くと、


「反応を見ていたんですよ」


「反応?」


 若葉は低いトーンでそう答える。


「あたしが先輩と仲良くしていることにお姉ちゃんがどう思っているのか知る為にやったんですよ」


 なるほど。つまりはあれは揺さぶりというブラフというわけか。


「それで? 反応的にはどうだったんだ?」


 俺は若葉に尋ねる。


「先輩はどう思います?」


 しかし、逆に聞き返される。どう思うって。


「その、なんか、ちょっと動揺してたように見えた」


 俺の答えに驚いたような顔をする若葉。


「意外にちゃんと見てるんですね」


 感心したように言われる。馬鹿にしてんのかよ。


「意外ってなんだよ」


「いえ」


 俺の不満げな言葉に若葉はにこりと微笑み、


「普段はなにも見えてないのになーと思って」


 ものすごく嫌味たらしく聞こえる。


「どういう意味だよ」


「そのまんまの意味ですよ?」


 満面な笑みで答える若葉。やっぱりあれから性格が悪くなっている。

 これ以上言い争っても仕方ないので俺は帰ることにする。別に若葉の笑顔が怖く、これ以上は藪蛇になるとか思っていない。


「じゃあな」


「ちょ、ちょっと待ってください。どこ行くんですか?」


 帰ろうとすると慌てた様子で若葉が引き止めてくる。


「どこって帰るんだよ」


 なにを当たり前のことを。


「相談があるって言ったでしょう」


 若葉は不満そうにこちらを睨む。

 あれって方便じゃなかったのかよ。


「ほら、こっちです」


「引っ張るなって」


 若葉は俺の腕を引っ張ってくる。

 俺は若葉に引かれるまま三森家に連れて行かれる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ