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11 ファミレス


 神社からの帰り道。

 若葉は俺より少し前に歩いている。

 俺は若葉の後ろ姿を見ながら後をついていく。

 どうしてこんなことになったのか。

 合格祈願に一緒に行くことになった時、まさかこんな事になるなんて夢にも思わなかった。

 若葉は最初から俺を脅すつもりで俺に近づいたのだろうか。前から朝に声をかけられていたが深くは関わっていなかった。最近、若葉と会う機会が多くなったキッカケは俺が若葉に声をかけたことだ。若葉の反応は驚いていたが好意的だった。

 若葉に合格祈願を一緒に行こうと誘われた時は驚いたが悪い気はしなかった。なんとなくだが若葉と昔みたいに幼馴染としていい関係に戻れるのではないかと俺は夢想していた。だが、現実は違った。


 若葉は変わった。泣き虫で勉強も運動も駄目駄目で人付き合いも苦手で懐いていたのは姉の結花と俺くらいなものだったのに、いつの間にか勉強も運動もいい成績を残し、友人にも恵まれている。いい方向へ変化している。怠惰に何の成績も残せずにいる俺とは大違いだ。だけどそれだけではない。


 昔は泣き虫だったが素直であった若葉。それが今では人の黒歴史ノートで脅すようになってしまった。若葉になにがあったのか俺にはわからない。

 なんでも言うことを聞くと軽々しく言っていたが、なにを要求されるのか不安になる。

 普通に考えれば金銭だろうか。

 若葉の後ろ姿を見るが若葉がなにを考えているのかわからない。


 不意に若葉が振り返る。

 俺は見ているのがバレたのかと驚いて体をビクつく。


「先輩、お腹空きません?」


 若葉はそう尋ねてくる。

 時間的に昼になる頃合いだ。

 しかし、俺の腹は空腹を訴えてこない。

 当たり前だ。脅された後にお腹が空くなんてそこまで神経図太くない。

 だが、正直にお腹は空いていないと答えていいものか迷う。


「まぁ、そこそこに」


 だから、そう答えるしかなかった。


「じゃあ、ファミレス行きません?」


 そう提案してくる。

 ファミレスは確かに帰り道にある。

 そこに寄って昼食を取ろうと言っているのだ。

 本当は行きたくはない。当然だ。自分を脅してくる人間と仲良く食事なんて出来るわけがない。けれど、緑の鞄の中に俺にとっては捨て去りたい過去が存在する。誰にも知られたくない過去だ。

 断るなんて出来るはずがない。

 俺は投げやりに頷く。


 ファミレスに入り、四人座れる場所に向かい合うように座る。

 メニューを取ると、若葉はうーんと唸りながらメニューを眺めていた。

 俺もメニューを広げ何にするか考える。あまり腹は減っていなかったが、メニューの写真を見ていると徐々に食欲が湧いてくる。単純な自分に少し凹む。

 ハンバーグ定食なら食えそうだ。よし、ハンバーグ定食にしよう。

 自分のメニューは決まったのでメニューを置く。

 若葉は今だにメニューとにらめっこしていた。まだ決まっていないのか。

 俺がメニューを置いたからか、ちらりとこちらに視線を寄越してくる。


「先輩は決まったんですか?」


「まぁ、ハンバーグ定食にしようかなと」


 若葉に聞かれたので素直に答える。

 ふーんと言いながら若葉にメニューとまたにらめっこする。

 そして、少し悩んだ素振りを見せて、


「あたしも先輩と同じものにします」


 と言った。

 なんだか昔を思い出す。若葉はよく俺の真似をして同じ物を頼んだりしていた。同じ物を欲しがったし、俺と違うと泣いたりもしていた。

 やめよう。昔を懐かしむと虚しくなる。

 注文するぞと確認を取ってから呼鈴を鳴らす。

 ウェイトレスが来てハンバーグ定食二つを注文して、ついでにドリンクバーも頼む。

 若葉と一緒にドリンクを取りに行く。

 俺はカルピスを注ぐ。


「先輩って昔からカルピス好きでしたよね」


 俺がドリンクバーでカルピスを選択したところを見た若葉はそう言ってくる。


「まぁ、嫌いではないな」


 別に特別好きというわけではないが、なんとなく迷ったらカルピスを選んでいた。

 そういう若葉はなにを頼むのだろうか。

 若葉はコップを機械に置いて、メロンソーダのボタンを押していた。

 少し意外だった。


「なんです?」


 若葉は俺が見ていることに気づいたのか怪訝そうに尋ねてくる。


「いや、お前、炭酸飲めるんだなと思って」


 昔、若葉は炭酸が飲めなかった。何度か炭酸を飲む練習をしていたのだが、結局、飲むことが出来ず後処理をやらされた思い出がある。

 俺も飲めなかった時があったが友達に馬鹿にされたくなくて無理矢理飲めるようになった記憶がある。


「いつの話をしてるんですか」


 ジト目でそう呆れたように若葉は言ってくる。

 まぁ、若葉の言う通りだ。あれは若葉が小学生の時の話だ。


「だよな。じゃあ、ワサビは? ワサビ食えるようになったのか? よく俺に取れって言ってただろ」


 サビ抜きではない寿司のワサビを取ってと頼まれたことがよくあった。自分で取れよと思っていたが、箸にワサビがつくのが嫌らしい。


「……」


 俺の問いに答えず無言で席に戻る若葉。

 ワサビはどうやらまだ苦手なようだ。


 席に戻ってしばらくするとハンバーグ定食が来た。

 食事中は喋らず黙々と食べた。

 ハンバーグ定食は普通に美味しかった。ハンバーグをご飯の上に乗っけて一緒に食べるのが至高だと思っている。また残った肉汁とタレがご飯に合う。いつもなら残ったそれをご飯の上にかけて食べるのだが、一応、女の子前なのでやめておいた。

 食べ終わり、ドリンクバーでコーヒーを注いで飲んで一息ついた時だった。


「お姉ちゃんとはどこまでいったんですか?」


 若葉はそうストローでグラスの中の氷をかき混ぜながら尋ねてくる。視線はコーラの入ったグラスを見つめていた。


「別にどうだっていいだろ」


 俺は顔を逸らしながら言った。

 あれから全く進展がないなんて恥ずかしくて言えなかった。


「ラインはしたんです?」


 くるくると氷とコーラをかき混ぜながら尋ねてくる。ずっと若葉が見ているものだから俺も自然とそれを眺める。


「少しは」


 江本や安原の割合が多いが嘘は言っていない。


「見せてください」


 漸く顔を上げて若葉はそんなことを言った。


「は?」


 唐突な提案にそう聞き返す。


「いや、なんで見せないといけないんだよ」


 江本や安原だったらいいが、若葉に見せるのは抵抗がある。


「そういう取引だからです。お姉ちゃんとのやり取りを見ないと適切なアドバイスなんて出来ませんよ」


 少し不満そう若葉は言う。


「先輩が良いなら別にいいんですけどねー」


 そうどうでもよさそうにストローでコーラを飲み始める。

 そういう言い方をされるとなんだが俺が悪いように思える。

 取引。俺が若葉の言う事を聞く代わりに若葉が俺の恋のサポートをするというものだ。

 恋のサポートをする為にはどんな状況にあるか知らないとアドバイスも出来ない。正論だった。

 結局、悩んだ末にラインを開き結花のトーク画面を開いて若葉にスマホを渡す。

 ストローから口を離した若葉は俺のスマホを受け取る。

 若葉は慣れた手つきでスクロールさせながらトークを見ている。

 若葉はしばらく眺めて、


「これ本当に先輩が送りました?」


 少し眉をひそめる。

 俺はドキッとする。なんでわかるんだよ。


「若干文面違いますし、返信も軽快に返してますし、先輩っぽくない」


 完全に見破られている。俺は冷や汗を流しながらも「そ、そうか?」と誤魔化す。

 若葉はスマホから視線を外すと俺をジト目でじーっと見つめてくる。

 当然、耐えられるはずもなく俺は白状した。


「先輩サイテーですね」


 白けたような目で若葉は見てくる。

 ぐうの音も出ない。


「まぁ、先輩なら仕方ないですけどね」


 若干冷ややかな目で俺を見ながら言う。

 俺は誤魔化すように「それでどうなんだよ」と問う。


「どうなんだとは?」


 小首を傾げる若葉。


「その、結花の反応というか、その、俺に脈があるかどうか」


 俺は恥ずかしくなり視線を少し逸らして尋ねる。


「それ、聞きたいんです?」


 若葉はにこりと微笑みながら問う。

 俺はその笑みで理解して「や、やめとく」と返した。

 俺の返事に小さくため息をついて若葉は、


「ま、悪い印象はないんじゃないですか? 返事早いですし」


 背もたれに縋りながらどうでも良さそうに言う。


「なんか適当だな」


 一応、取引をしてるのだからもっと真剣にやって欲しい。


「だって、興味ないですし」


 俺の言葉に満面の笑みで言う若葉。笑顔なのにどこか棘があった。

 身も蓋もない返事に俺は小さくため息をつく。


「でも、まぁ」


 若葉は俺のスマホを弄りながら、


「気持ち的にわからないでもないかな」


 そう呟く。


「え?」


 俺は聞き返すが、「なんでもないですよー」と誤魔化される。

 そう返されるとなにも言えずコーヒーを啜る。

 若葉も俺のスマホを弄っており、話題を振る様子もない。つか俺のスマホだ。返せ。

 妙な沈黙が支配して俺は少し焦り、


「家で俺の話題とか出る?」


 そう尋ねてしまう。

 若葉はスマホを弄る手を止めて、視線を上げる。視線が交わる。

 あー……なんだろ。やらかした感ヤバい。


「いえ、全く出ないですけど」


 若葉は淡々と答える。またそれが俺のやらかした感を煽ってくる。


「あ、そうなんだ」


 俺は誤魔化すようにコーヒーを飲みながら俯く。

 まぁ、そうだよな。ちょっと期待してなかったわけでもないけど、普通に考えて朝挨拶するだけの存在の話題なんて出すわけないよな。うん、わかってた。ちょっと連絡先交換したから、それで話題に出るとか少し考えてたけど、まぁ、そんなわけないよな。

 視線を上げると、若葉がドン引きした顔で見ていた。


「その顔やめろ」


 俺は耐えきれずそう言った。自分でもわかってんだよ。


「いやー、自意識過剰過ぎてキモいですし」


 引きつった顔で若葉は言う。

 確かに自分で言っていてどうかと思ったが、キモいは言い過ぎだ。

 顔が熱くなるのがわかる。なんで俺は変なことを口走ったのか。

 てか、こいつ、神社以降、性格悪くなってないか。

 いや、人脅している時点で性格最悪なんだけど。


「先輩ってもしかしてお姉ちゃんとあたしが先輩の話題を出して話してると思ってたんですか?」


 若葉はニヤニヤし出してそう尋ねてくる。

 完全にからかう気満々だ。


「別にそういうわけじゃ、ないけど」


 実際はそうだったのだが、正直言えるわけがなくそう誤魔化す。


「えーでも、さっきの質問ってそういう風に思ったから聞いてきたんですよねー」


 完全にバカにしたトーンで言ってくる。

 こ、この、餓鬼。


「連絡先交換したから俺のこと話してるかもーとか思ってたんじゃないですかー?」


 ニヤニヤしながら尋ねてくる若葉。

 う、うぜー。


「あーもう、思ったよ。少し思いました。これで満足かよ」


 俺が投げやりにそう言うと「はい、満足です」と笑顔で言いやがる。ムカつく。


「なんだよ。ウチでお前らの話題がたまに出るからそう思っただけなのに」


 逆に薄情だよな。ウチでは母親が若葉ちゃんすごいよねーとか言ってきて、姉貴は結花の話をしてる時あるってのに。三森家では俺の話題ゼロかよ。姉貴の話題は出るんだろうか。出るかも。出てるだろうな、結花と仲良いし。あれ、俺だけか。話題に出ないの。


「え?」


 若葉は驚いたような声を上げた。

 なんだよ。若葉はどこか戸惑った様子だった。


「それ、本当ですか?」


 若葉は動揺したように尋ねてくる。

 そんな意外か。姉貴と結花って仲良いしおかくしないだろ。若葉の事は、まぁ、母親が居なかったら話題に出てなかっただろうけど。


「本当だけど」


 俺の答えに若葉は少し俯き、


「それ、お姉ちゃんだけでなく、あたしも? ですか?」


 そう尋ねてくる。顔は見えなかった。


「ああ、よく母さんが出してるよ」


 若葉ちゃんがすごいってな。それに比べてあんたは。悲壮感漂わすのやめて欲しい。


「先輩も、あたしのこと、話してるって事ですか」


「まぁ……」


 勝手に話題に出されて怒ってんのか。

 若葉は俯いたまま返事をしない。マジで怒ってんのか?


「言っとくけど、母さんは褒めてたからな。若葉ちゃんはすごいって」


 誤解されないようにフォローを入れておく。

 しかし、若葉は俯いたままでなにも言わない。なんだよ。


「まぁ、俺もお前はすごい頑張ってるって思ってたし」


 これは本心だった。あのダメダメな若葉を知っているからこそ、こいつがどれだけ頑張ったのか俺は知っている。知っているからこそ、俺がなにもしてこなかったから後ろめたくて情けなくて避けていたのかもしれない。

 つか、なんでこんな事言ってるんだ。それで、なんでこいつは未だに黙ってるんだ。そんな機嫌を損ねるようなこと言ったか?


「そう、ですか」


 若葉は漸く口を開いたかと思えばそれだけだった。

 未だに俯いたままだった。


「あの、先輩、スマホ返します」


 そう言ってスマホを返してくる。俺は「あ、ああ」と受け取る。

 それから若葉はコーラをストローで飲み干す。

 俺はスマホを弄りながら若葉を伺うも何を考えているのか分からない。

 しばらく沈黙が流れて、


「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」


 若葉はそう提案してくる。

 そして、漸く顔を上げた。普通に笑顔を浮かべている。

 俺も断る理由などないので「ああ」と同意した。

 俺は伝票を手に取った。

 若葉は立ち上がったので、俺も立ち上がる。


「嘘です」


 いきなり若葉は俯いてそう言った。


「は?」


 俺は聞き返す。


「本当は出てました」


 若葉はそう言った。

 一瞬何のことかと思ったが、さっきの質問のことだと思考に至った。


「ど、どんなこと話してたんだ?」


 俺は息を呑んで問いかける。

 結花は俺のことなんて言ってたんだ。

 待っていたのだが、若葉は鞄の紐を肩に掛けて席から出ると、


「内緒です」


 そう俺に背を向けて答えた。

 なんだよ。それ。しつこく聞いても答えてくれないだろうな。

 若葉はレジの方へと歩いていくので俺も落胆しながら後に続く。



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