10 神社
日曜の午前九時。
俺は慣れないながらも身なりを整える。少し前にインターネットで流行りだった服をタンスから引っ張り出して、滅多につけないワックスを髪に軽くつける。本当は美容院などに行った方がいいのだろうが、そんな時間もないので諦めるしかないだろう。
正直、女の子と二人きりで出かけるなんて初めてかもしれない。いや、正確には初めてではないが、その頃は異性を意識していなかった頃だ。
結花とデートというわけでもないのだから、そこまで頑張らなくても良かったかもしれないが、若葉にラインで「オシャレしてきてくださいね」という催促のメッセージが来たので仕方なく整えたのだ。正直、切羽詰まった付け焼き刃ではどうしようもないよなと鏡を見て思う。
十時直前に出れば問題無いだろう。隣というはこういう時気楽とも言える。九時半くらいだっただろうか。俺は二階の窓から外を見る。なんとなくまだ来ていないか確認のつもりだった。
「は?」
既に玄関の壁にもたれ掛かるよう立っている人物が居た。
俺は焦りながら、財布やスマホを忘れないように服のポケットに突っ込んで一階へと降りた。
外に出て、玄関の扉を開けると、
「早いですね、先輩」
若葉が少し驚いたような顔でそう言った。
「こっちの台詞だっての。まだ九時半だぞ」
遠くで待ち合わせをしているならまだしも玄関で待ち合わせているのにこんなに早く待ってるくらいなら家に居たらいいのに。
「偶々外を見たから良かったものの……」
言ってて気づく。あれ? 九時半より前に居たってことかこいつ。
「何時から居たんだよ」
「あはは、そんな早くはないです。九時くらいですかね」
若葉は笑いながら言うが、俺は正直呆れる。
「じゃあ、なんで待ち合わせを十時にしたんだよ。意味ないだろ」
五分前くらいで丁度いいくらいなのに。一時間も前に待ってるとか阿保としか思えない。
「あたし的には意味ありましたよ。こういう待ってる時間とか嫌いじゃないですし」
若葉はそう答えた。そして、小声でなにかを言ったが聞こえなかった。
それにしたって一時間は待ち過ぎだ。
「でも、先輩だって、三十分前に外を見たってことはそれにくらいに出ようとしたって事ですよね?」
からかうように悪戯な笑みを浮かべる。
そういうつもりはない。ただなんとなく外を見ただけだ。まぁ、少しは早めに出た方がいいかなと思っていた。男が女より後というのはあんまり良くないのではないかと思ったからだ。
俺が黙っているとなにを勘違いしたのか若葉はニヤニヤと嬉しそうにこっちを見ていた。なんかムカつく。
「そんなことよりも、先輩、あたしが言った通り、オシャレしてくれたんですね」
若葉はそう言って、俺の頭からつま先までじっくり眺めてくる。
服を見て「へー」と言いながら俺の周りを一周してくる。なんかすごく恥ずかしい。
「付け焼き刃だけどな」
髪とか軽くやってるだけだから少し変かもしれない。
「十分だと思いますけどね。カッコいいですよ。先輩」
後ろで手を組む若葉はにこりと微笑む。
なんというかもどかしい。嬉しいんだが、少し照れくさい。
「それで、先輩、あたしはどうですか?」
そう若葉は両手を広げて見せる。
「え、あ、うん」
出会った時から驚きはあった。
白のブラウスに黒の短パンタイツという服装だった。髪も軽く巻いているのかふわっという印象を受ける。
軽く化粧をしているのか、いつもよりも少し大人っぽく見える。
俺が曖昧な答えを返したからか若葉は「えーそれだけですかー?」と不満そうにこっちに近づいてくる。
顔が近づいてくるので俺は動揺して少し仰け反るが、そこで瞳が少し揺れていることに気づく。若干の不安が映っているように見えた。
「ま、まぁ、可愛いと思う」
なんだか卑怯だよなと俺は思う。狙ってやっているのか素でやっているのか分からないが、若葉にそんな目をされると昔の若葉と重なるのだ。全く性格は違うのだけど。
「……あは、ありがとうございます、先輩」
一瞬、キョトンとした顔をした後、満面の笑みでそう礼を言ってきた。
このまま十時まで玄関先に居たところで無駄なので神社へ行くことになった。
神社と言ってもすごく有名な神社ではなく近場の神社に行くだけだ。
だからと言ってただ社があるだけではなく、巫女さんは居るし、お守り等も売っている。
「前から思ってましたけど、ここの階段って結構ありますよね」
若葉はそう永遠に続くように思われる長い石段を見上げながら言う。
「まぁな。山にあるから仕方ないんだろうけどさ」
なんで神社って山にあるんだろうか。
「まぁ、人が居ないだけマシだろ」
初詣の時はこの長い階段に行列ができるのだ。
「確かに。初詣の時はすごいですもんね」
どこも同じだろうが、初詣の時は人混みがすごいことになる。
だから、屋台も並ぶのだが、流石に今は無いようだ。
階段を登りきると、鳥居が出迎える。
鳥居を通って手水舎へと向かう。
「手を洗った方がいいんですかね。イマイチよくわからないんですよね」
若葉はそう尋ねる。
俺も曖昧だしよく覚えていないので、スマホで調べてみる。
「体を清める意味で洗った方がいいみたいだな。口も洗うみたい」
俺はスマホを見ながら答える。
「あー……なんか柄杓で飲んでるの見たことあります」
若葉は微妙な顔でそう言う。
「柄杓に口つけたらダメだからな。手に注いでそれでゆすぐらしい」
「そうなんですね。他人と関節キスになるのでやったことなかったですけど」
何故かそんなイメージが俺にもあったが、普通に考えたら汚いのでおかしいとは思っていた。
スマホの情報で俺たちは手と口を清めた。
それから、参道を通って俺たちは社へと向かう。
社の前に来ると、財布を取り出した。
こういう時はご縁がありますようにというように5円玉を入れるのがいいのだが、財布の中には生憎10円玉しかなかった。
でも、実際、入れた金額が高い程ご利益があると聞いたこともあるし、実際どっちがいいのだろうか。
「5円持ってますか?」
若葉はそう俺に尋ねてくる。きっと俺が5円を見つけられずにいることを察したのだろう。
「いや、ないかな。10円でいいか」
そう思って10円を取り出すと、
「あたし持ってますよ。はい、5円」
そう若葉は俺に5円玉を渡してくる。
「え? いや別にいいって」
そこまで気にする作法でもないので10円でも問題無いだろう。
「でもご縁っていう意味もありますし、5円の方がいいですよ。はい」
若葉は5円を押し付けてくる。俺は仕方なくそれを受け取った。
10円を渡そうとしたがいらないと突っぱねられる。
なんだか情けない気持ちになりつつ、5円を社の前にある賽銭箱に入れて、二礼二拍手一礼する。若葉も俺の真似をして二礼二拍手一礼していた。
若葉が受験に受かりますように。
合格祈願だから、そう願っておいた。
目を開けると、まだ若葉は願っていた。
本人の事だから重々にお願いしているのだろう。
少し経ったくらいだろうか、若葉も目を開ける。
「結構長かったな」
俺がそう言うと、
「え、は、はは、まぁ」
若葉は何故か少し動揺したように笑う。
そんな本気でお願いしなくても若葉ならウチの高校なんて余裕だろうに。
俺の母親が若葉の成績がいい事をよく言っていた。多分、おばさんに聞いたのだろう。すごいよね、それに比べてあんたはと呆れられていた。
「今日は、その、あたし的に勝負の日なので」
若葉は賽銭箱を見ながら言った。
今日は? どういうことだ。今日試験でもあるのだろうか。
模擬試験とかそういうがあるのか。わからない。
「まぁ、そんな気負わなくても大丈夫だろ。若葉なら受かるって」
受験生特有の緊張で大げさに考えているだけかもしれない。
リラックスさせようと俺はそう若葉に言った。
若葉はそれでも若干強張った顔で俺に愛想笑いを返した。
それからくじを引くことになり、無人でくじが置いてある箱からお金を払いくじを一枚引く。
若葉も同じように引く。
俺は緊張したように中身を見る。
末吉だった。微妙。俺が気になるのは恋愛だが悩むことあり真摯に考えよと書かれていた。
微妙すぎる。真摯に考えよと言われてもな。
若葉もまじまじとくじを見つめていた。
受験がかかっているからか必死のようだ。
俺は気になり、
「俺は末吉だったけど」
あまりに真剣だから、あまりよくなかったかもしれないと後悔する。
「え? あ、そうなんですね。あたしは、これです」
若葉が見せてくるとは大吉と書かれた文字だった。
真剣な顔だったから凶でも出たかと思った。
「やったじゃん。えっと、学問は、安心して勉学に励め。問題なさそうだな」
なにを真剣に悩んでたのか分からないが、良かった。
ふと恋愛にも目が行く。忍耐が必要 さすれば想い届くと書かれていた。
「そうですね。正直、大吉で良かったです。もし、凶が出たらどうしようかと思ってました」
若葉はくじを俺に見せるのをやめると折り始める。
「こういうのってやっぱり神社に折って結んだ方がいいんですかね?」
「そういうわけでもないらしいぞ。さっき調べた時、持ち帰ってもいいらしい」
若葉の問いに俺はそう答える。
おみくじとはそもそも神様のお告げみたいな役割なので吉や凶よりも書かれた内容が大事なのだ。だから、持ち帰ってそれを指針にして行動するのが良いらしい。
末吉だから正直結んでいいような気もするが、若葉は「じゃあ、持って帰ります。縁起が良さそうなので」と緑の鞄に入れていたので、俺も持ち帰ることにした。
お守りを買うことになり、俺は若葉に合格祈願のお守りを買ってやった。
「ありがとうございます。絶対受かりますね」
そう嬉しそうに俺が買ったお守りを大事にしていた。
「じゃあ、あたしはこれを買います」
そう言って若葉は学業成就と恋愛のお守りを買った。
少し驚く。学業成就はわかるが、恋愛まで買うなんて。
好きな男でもいるのだろうか。それとも彼氏でもいるのか。若葉が支払いを済ませている間、俺は少しもやもやとした気持ちになる。もう若葉も中三だし、恋愛の一つや二つしていてもおかしくはないが、未だに若葉を昔の若葉と重ねてしまう。泣き虫でいつも俺に付きまとっていた。若葉がいつも泣いていた印象があるのはなんでだっけ? 確か、若葉と同い年の女の子に、そう俺が知っている娘にいじめられてーー
「先輩?」
若葉は怪訝そうな顔でこっちを見ていた。
「どうしたんです? ぼーっとして」
若葉は不思議そうな顔で尋ねてくる。俺はお前が恋愛に興味あるなんて思わなくて少し驚いたなんて言えるわけもなく「別になんでもない」と答えるしかなかった。
「先輩はなにも買わなくていいんですか?」
若葉の問いに俺は少し恋愛成就のお守りが気になったが、やめておく。もし買ったら若葉にからかわれそうだからだ。俺は首を横に振ると若葉は「そうですか」と少し考えるような素振りを見せる。どうしたんだ。
「じゃあ、帰りましょうか」
そう言って俺に笑いかけてくるので「そうだな」と答えた。
鳥居に向かって歩いていく。
なんだろうか。若葉の様子が少し変だった。会話はなく、若葉はずっと地面を見ながら歩いている。
なんか怒らせるようなことでもしたかと記憶を掘り起こすも心当たりはない。
「……」
鳥居の前に来ると、若葉は唐突に立ち止まった。
俺は鳥居を潜り、二段程、階段を降りて振り返る。
「どうした?」
俺はそんな若葉に問いかける。
しかし、若葉はすぐには答えない。俯いた顔は見えず表情は読めない。なんだ、怒っているのか。
しばらくの沈黙の後、
「あたし、先輩に話したいことがあるんです」
その声色は心なしか震えていた。
すぐには話し出さない。若葉は小さく深呼吸をした後、
「あ、あの……あたし、昔から……先輩が」
顔を上げて俺の顔を見て言う。
そして、息が詰まったように言葉を発しない。
俺は待っていたのだが、若葉は固まったように何も言わない。
このまま待ってても仕方ないのではないかと思い、俺も若葉に伝えないといけないことを思い出す。
若葉も既にあの時察していたらしいが、それでも、きちんと若葉に言った方が良いだろう。
江本に言われた若葉に協力してもらうという事だ。
「俺も、若葉に話したいことがあってさ」
俺はそう切り出す。
「え? あ、はい」
固まっていた若葉が動揺したように答える。
なんでこんなに緊張しているのか。少し笑いそうになるが、話を続ける。
「あのさ、えっと、若葉も知ってるみたいだから言うけど、その結花と俺の仲を取り持って欲しいというか」
「……」
若葉は目を見開いていた。
「突然なのはわかってる。でも、ずっと俺、結花のこと好きで、だから」
なんだか恥ずかしい。
若葉は俯いていた。
「若葉に、協力してーー」
「先輩」
若葉の言葉に俺の声がかき消される。
その呼びかけは強い力が込められていた。
「話があるんです」
「え、あうん」
有無を言わせない迫力に俺は頷く。
若葉は持っていた鞄から一冊のノートを取り出す。そのノートは少し汚れている。そして、そのノートに見覚えがあった。
「それ」
冷や汗が出る。見たことがある。というか、知っている。俺はずっと探していたノートだ。どこかで無くしてずっと探していたノート。
「設定 主人公、飯島祐樹 平凡な中学生だが、闇の能力を受け継ぐ者」
若葉をノートを開いて読み始める。
淡々とした声で。
「ヒロイン 小林愛花 祐樹の幼馴染。温和な性格で優しい。祐樹に密かな想いを寄せている」
「ちょ、ちょっと待った。待って! 待ってくれ!」
なんで、なんでそのノートをお前が持ってるんだよ。
「ヒロイン2 北条美咲 クラス委員長。美少女だが生真面目なのがたまに傷」
それでも若葉は続ける。
「ヒロイン3 小林優衣 愛花の妹。泣き虫だが祐樹のことが大好き」
「やめてくれ! ちょっと、ストップ! なんで、なんで」
俺は必死に制止をかけて、そして、問いかける。
なぜ、お前がそれを持っているんだ?
それは俺が無くして顔を真っ青にした黒歴史のノートだ。
「なんであたしがこれを持っているかですか?」
微笑を浮かべて若葉は言う。
「先輩が忘れて帰ったんじゃないですか」
「忘れて帰った?」
若葉の答えに俺は聞き返す。
「はい、ウチに置いて帰ったんじゃないですか」
「マジ?」
「ええ。良かったですね。お姉ちゃんに見られなくて」
若葉は嗤いながらノートをパラパラと捲る。
「この愛花ってヒロイン、お姉ちゃんがモデルでしょうし」
血の気が引くという言葉を俺は初めて体験していた。
「そ、それ、どうするつもりなんだ?」
俺はノートに釘付けだった。
若葉は俺の問いにノートを閉じると、
「どうして欲しいですか? 先輩は」
見極めるようにじっと俺を見てくる。その目は心なしか冷たい。
「か、返して欲しい」
当然、取り戻す為にそう言った。
そのノートは俺が中学の頃、頭がおかしかった頃のノートだ。当時、ネット小説にハマっていて、自分でも書いてみたいと思い、パソコンを持っていなかった俺はノートに設定や小説の本文を書いたのだ。自分の都合の良い設定ばかりでヒロイン全員主人公に惚れているというものだ。オマケに厨二病を患っていた為に闇の力を持っていて陰でヒロインを助けたりするような設定も盛り込んでいた。
小説の設定や本文だけならいいが、俺が当時思っていたことや日記も書いていたはずだ。
「じゃあ、当ててください。このノートにはなにが書いてあるか」
素直に返すつもりはないとは思っていたが、若葉はそんなことを言う。
なにが書いてあるかなんてそんなの俺の黒歴史だ。
若葉はノートを持ったまま俺の方を冷めたように見つめてくる。
「お、俺の、黒歴史、小説とか」
なんかすげー恥ずかしくなってくる。顔が熱い。
「それと?」
若葉は更に問う。
「え? 日記、じゃなかったっけ」
まさか更に聞かれるとは思わずそう言った。
これの何の意味があるんだ?
「それもありますね。それで?」
更に若葉は問いかけてくる。
俺は困惑する。それ以外に書いた覚えがない。
「いや、それだけ、だろ」
思い出すも、それ以外はないはずだ。主に小説、そして、少し気が乗った時に日記を書いた。ただそれだけだ。
「他にもありますよ」
「え?」
若葉の答えに俺は動揺する。なにを書いたんだ。いや、他に何も書いていないはず。
「それだけの、はずだけど」
俺はそう答えた。
「じゃあ、返せませんね」
若葉はすっ眼を細くして俺を侮蔑したように見てそう言った。
「な、なんでだよ。それ俺のノートだぞ。勝手になんで」
俺は若葉の理不尽さに頭に来てそう文句を言うが、
「うるさいな。お姉ちゃんに見せますよ」
若葉はそう言って冷たく切り捨てた。
俺は口を閉ざす。
結花に見せるなんて言われたらどうしようもない。
こいつ、俺を脅すつもりなのか。話があるなんて言いながら、俺をこうやってノートで嵌めるつもりだったのか。
でも、ノートさえ取り返したらまだなんとかなる。
「一応、言っときますけど。このノート、写真撮ってあるんで、ラインでお姉ちゃんに送ることできるんで、妙なことは考えないでくださいね」
若葉は俺の考えを見透かしたようにそうスマホを見せてくる。そのスマホの画面にはノートの中身が写っていた。
「お前は、なにがしたいんだよ。こんなことして」
俺は怒りを抑えてそう若葉に問いかける。
「そうですね。なにがしたいんですかね、あたしは」
若葉はそう石段を見ながら言う。
若葉の答えに俺は頭に血が登る。
「お前がこんなことをしてきたんだろ」
なんで他人事のように言うんだよ。
若葉は俺の言葉に黙ると、少し考えるようにノートを顎に当てて、
「そうですね。じゃあ、取引しましょうよ。先輩」
にこりと微笑む。
「取引?」
「はい」
俺の問いに若葉は頷く。
「先輩はこれからあたしの言う事をなんでも聞く」
「は?」
俺は聞き返す。
若葉は答えずに、
「その代わりに、あたしが先輩の恋のサポートをしてあげます」
そう言った。
それは俺が当初若葉にお願いする予定だったことだ。
「ちょ、ちょっと待て。それ割に合わなくないか?」
結花の仲を取り持ってもらえるのはありがたいがその代償がなんでも言うことを聞くなんて、いくらなんでも。
「こちらにはノートがあるんですから。当然、対等なわけないじゃないですか」
若葉の言うことは的を射ている。だけど、納得はできない。
「じゃ、じゃあ、そのノートは」
「返しませんよ。だって、取引に必要なものですから。でも、書いている内容を思い出したなら、返して上げてもいいですよ」
若葉はクスリと妖艶に微笑む。
こいつは悪魔だ。俺は若葉が少し変わったと思っていた。泣き虫でいつも俺にべったりでなんというか憎めない可愛い奴だった。疎遠になってこいつは成績も運動も出来るようになり、また真面目だった見た目も垢抜けてきて俺の知っている若葉とは変わってきていると少し寂しいと思っていた。
しかし、実際はもっと変わっていた。こんな人の黒歴史ノートで脅すなんて。
神社で一緒に合格祈願を誘ったのも、話があると呼び止めたのも全部この為だったのか。
「最初からこういうつもりだったのかよ」
俺は若葉を睨みながら言う。
「最初から俺を嵌めるつもりでここに誘って話があるなんて」
若葉は俺と目が合い、戸惑っているように見えた。
「そんなつもりはなかったんですけどね」
若葉は視線を逸らしながら答えた。
「じゃあ、なんでノートなんて持ってきてるんだよ」
それは俺を脅すつもりだからノートを持ってからではないのか。そんなつもりがないのなら、持ってこないし、既に捨てているはずだ。
「必要だったからですよ。あたしが……先輩に」
小さく呟くが俺には聞こえなかった。そして、若葉は階段を降り始めて、振り返る。
「さて、帰りましょうか。お守りなんて効果が無いってわかりましたしね」
「は?」
俺はそう聞き返すも、若葉は石段を降りて行く。
憂鬱な気分で俺は階段を降りた。




