【6】巡る運
【地獄安土城にて 明智光秀と織田信長】
「そういえば信長様に、もう一つ聞きたかったことがあります」
「なんだ。もうこれ以上 小難しい話は無理だぞ」
「いえ、難しい話ではありませんよ。何と言うか…。アレのことです」
「アレか」
「アレです」
「…アレって…何だ?」
「え~と…。信長様に、憑いていましたよね、何か」
「ああ、アレのことか。実は俺もよく分からん。だが何か、謎の強運が俺の身に宿っていたとは思う。って、そもそもお前にはアレが見えていたのか?」
「見えてはいませんが、何かがいるのは感じていました。アレに気づいた当初は、幻覚かと思い、私もついに精神に異常をきたしたのかと自嘲しました。しかし、日に日にはっきり感じるようになり、幻覚ではないと確信しました。
私が、信長様とあの計画について話している余裕などなく、早々に討つしかないと焦ったのも、武田滅亡後にアレがさらに存在感を増したせいでもあります」
「俺も、アレがいつから自分に憑いていたのか、はっきりしねえんだ。何かがいるのは感じていたが、自分でも見えていたわけじゃねえし」
「信長様が不吉な…ああこれは当時 私がそう感じたことという意味ですが、そういうことを信長様が考えているとき、私は必ずアレの存在を感じました」
「ああ、そうなのか。俺は、集中していたり重要な会話をしたりしているときに、アレの存在を強く感じていた。あとは、際どい戦の最中とかにもな。アレが出てくると、妙に頭が冴えて、やたらと強運を引き寄せる気がしていたが、今 改めて考えてみると、本当は違っていたのかな」
「違うと思います。信長様は確かに強運でしたが、それは借り物の力によるものではなかったでしょう」
「なぜ、そう思う?」
「例えば、サイコロを振ったとします。偶の目が出る確率と、奇の目が出る確率は違いますか?」
「違わない」
「信長様は、丁半博打は得意ですか?」
「得意ではない。感覚的に、勝率は四割くらいだ。運が悪いのかな」
「仮に信長様の勝率が四割だとしたら、運が悪いほうだと言えますよね。しかし運とは、そういう偶然を味方にするだけの要素なのでしょうか」
「それだけではないな」
「丁半博打では負け越していても、信長様は強運です。本当の運とは、人が力と智恵を最大まで費やしたときに湧き出すもの…上手く言えませんが、そういう気がします」
「それが、運も実力のうちってことなんだろうな。運は降ってくるんじゃない。引き寄せて、掴み取るもんなんだろう。お前が俺を殺したとき、お前の運は俺を上回ったんだ」
「同じような意味のことを、家康殿にも言われました」
「あいつも分かっているんだろうな。じゃなければ、三河の小せえ領主ごときが天下なんか取れねえはずだ。
一言に〈運〉って言っても、本当は色々あるよな。運勢、運命、宿運、天運、奇運……家康こそ、最も運を引き寄せ、あらゆる運に愛された男なんだよ」
「そうなのでしょうね」
「ああいう、一見して真っ先に死にそうなやつが、意外に持っているもんなんだ」
「それは同感です。しかしそれでは、信長様に憑いていたアレは、何だったのでしょうね」
「知らん。ただ…。運ってやつは人から人へ巡ることもあるようだ。俺の運は、死ぬ前に去って行った。誰のところへ行ったか、予想がつくよな?」
「秀吉」
「そうだ。だがあの謎の運は、憑いたやつに、強運をもたらすだけじゃない。気まぐれにとんでもない凶運を運んでも来る」
「運のプラスとマイナスは、結局 どこかで釣り合うようになっているのですかね」
「そうかもな。少なくとも、アレはそうだったと思う」
「秀吉にも、聞いてみたいですね」
「行ってこいよ。あいつも、もう地獄に来ているはずだ」
「探してみます。まあ、どちらかと言えば秀吉にとって、アレはマイナスのほうが大きかったような気がしますがね」
「あいつは あまり、運に愛されそうもないか」
第二章「地獄でまた会った秀吉と光秀」に続く
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