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第二十二話

放課後、阿久津が占拠する旧校舎の地下倉庫。そこには、六本木の夜空で自壊した漆黒のドローン――自律型暗殺機ハンター・キラーの残骸が運び込まれていた。


「……信じらんねえ。これ、どういうことだよ、今中さん」


阿久津が、溶接用ゴーグルを跳ね上げ、震える指先でドローンの動力核を指し示した。そこには、レーザー刻印によって刻まれた、小さな、しかし決定的な紋章がありました。


「……『佐藤精密工業(SATO Precision)』。聞いたことあるわ。埼玉県にある、かつては神宮寺コンツェルンの下請けだった小さな町工場よ」


麗華が、記憶の糸を紐解くように呟きました。

「でも、おかしいわ。佐藤精密は数年前に民事再生法を申請して、今は倒産寸前の引退間近の職人たちが細々とやっているはず。……こんなオーパーツのようなダークマター推進器を作れるはずがない」


みやびは、その刻印をじっと見つめました。

(……佐藤精密。この名前、私の記憶の片隅にあるわ。未来で「九条」が統括していた統合工廠アーセナルの、前身となった組織の一つ……。まさか、組織は既に、現代の町工場の技術を『未来の設計図』で汚染し始めているの?)


「阿久津くん、この回路の構造……私たちが作った参号機に似ていない?」


「……ああ。そこが一番癪に障るんだ。このハンダの盛り方、基板の取り回し。……僕が今中さんの調律を受けて覚醒した技術の『劣化コピー』みたいだ。……まるで見透かされてるみたいで、反吐が出る」


阿久津の悔しげな言葉に、嘉納シンジがトランプをシャッフルしながら割り込んできた。

「……確率論的には、これは偶然じゃないね。誰かが意図的に、この町工場に『未来の種』を蒔いたんだ。……そして、その収穫期が今、始まったってわけさ」


その時、放送室のスピーカーから、静かな、しかし威厳のある声が流れました。


『生徒諸君に告ぐ。明日の放課後、大講堂にて特別講義を開催する。講師は、かつての神宮寺コンツェルン再生の立役者であり、現ウォール街最高顧問、エドワード・ウォーレン氏だ。……全生徒の出席を義務付ける』


「……っ!?」

麗華が息を呑みこんだ。

「エドワード・ウォーレン……! 神宮寺を裏から操り、最後には『J』に売り渡した死神。……彼が、どうして今、この学園に?」


「……向こうから会いに来たのよ、麗華さん。私たちの三〇〇〇億の『支払い』を催促しにね」


みやびの銀色の瞳が、冷徹な光を放った。

田中、レン、エリカといった「現場の監視者」とは違う、資本と権力という名の重力ダークマターを操る、真の強敵。


翌日の放課後。大講堂は、異様な緊張感に包まれていた。

教壇に立ったのは、銀髪を完璧に整え、仕立ての良い英国風スーツを纏った老紳士、ウォーレン。彼は、みやびたちの座る最前列を見据え、慈愛に満ちたような、しかし蛇のように冷たい微笑みを浮かべた。


「……今日の講義のテーマは『市場の調律』だ。若き天才諸君。君たちは、自分たちが世界を書き換えていると思っているかもしれない。……だが、真の投資とは、書き換えることではない。……書き換えようとするエネルギーそのものを、システムの一部として『回収』することなのだよ」


ウォーレンが指を鳴らすと、講堂の壁一面に、ネクサス・コアの全取引データがリアルタイムで投影された。


「……なっ!? ネクサスのセキュリティが……突破されている!?」

阿久津が、懐の参号機を起動させようとしましたが、デバイスは不気味なノイズを吐くだけで沈黙しました。


「そこにいるのは……阿久津くんと言ったかな?」

阿久津は参号機の捜査をやめウォーレンを、にらみ返す。

ウォーレンはやれやれといったしぐさをして

「……無駄だ、阿久津くん。この講堂全体が、既に私の『論理ロジック』に支配されている」


そう話すと、ウォーレンの瞳が、一瞬だけ不自然な紫色に輝きました。

「……今中みやびさん。君が海堡で破壊した『クロノス・コア』。……あれは、お前の所有物ではない。……我々が、未来から『投資』としてお前に貸し与えていたものだ。……返してもらおうか。その利子を含めてな」


講堂の床が、不自然な震動と共に開き始めました。

現れたのは、昨日地下室で見たドローンをさらに巨大化させたような、重厚な人型重機。その胸部には、はっきりと『佐藤精密工業』の刻印が刻まれていました。


「……みやび、下がりなさい!」

麗華が前に出ようとしましたが、ウォーレンが放った見えない圧力が、彼女の足を床に縫い付けました。


「……麗華さん、阿久津くん、シンジくん。……動かないで」


みやびが、ゆっくりと立ち上がった。

彼女の内側で、三割まで落ちたダークマターの出力が、臨界点まで沸騰し始めまたのだ。

全能を失い、コアも失った。けれど、今の彼女には、守るべき「現在」がそこにはあった。


「……ウォーレン先生。あなたの講義は、落第よ。……『回収』されるのは、あなたの方だわ」


みやびが右手を掲げた瞬間、講堂の空気が一気に凍りついた。

それは、かつての「九条」としての破壊の光ではなかった。

阿久津のエンジニアリング、シンジの数式、麗華の誇り。

それらすべてを「今中みやび」という焦点レンズに集約させた、全く新しい因果の輝き。


「……書き換えなさい。……阿久津参号・改! 『因果反転(リバース・ causality)』!」


みやびの指先から放たれた光が、巨大重機の表面に触れた瞬間、重機の動作が逆再生されるように、元の格納庫へと強制的に引き戻され始めました。


「……何だと!? 物理的な時間を……巻き戻しているのか!?」

ウォーレンの顔に、初めて驚愕に歪みが生じた。


「……いいえ。機械に刻まれた『製造の因果』を、私が買い取っただけよ」


爆音と共に重機が自壊し、講堂の窓ガラスが全て粉砕された。

その後の静寂。

ウォーレンは、砕けた壇上に立ち尽くし、冷や汗を拭いながら微笑みながら


「……素晴らしい。……神格を失ったことで、お前は『人間の意志を乗せた力』を手に入れたか。……合格だ、今中みやび。……お前は、買い取るに値する最高の逸材だ」


ウォーレンの姿が、夕闇に溶けるように消えていった。

残されたのは、粉砕された講堂と、息を切らして肩を寄せ合う四人。


「……今中さん、今の……何だったんだよ。時間が戻ったみたいに見えたぞ」

阿久津が、震える手でみやびの肩を叩いた。


「……ただの、値切りの技術よ。阿久津くん」

みやびは、弱々しく笑いました。


しかし、彼女は分かっていた。

佐藤精密工業。あの刻印の意味を。

自分たちがこれから向かうべきは、ウォール街のような虚構の数字の戦場ではなく、油と汗に塗れた「ものづくり」の最前線であるということを。


「……麗華さん。予定を変更するわ。……ネクサス・コアの資金を全額投入して。……私たちは、埼玉県にあるあの町工場を買い取るわよ」


「……ええ。望むところだわ。……潰れかけの町工場が、世界を変える。……神宮寺の再興に、これほど相応しい舞台はないもの」

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