七十五話 お悩み相談
──昔話と、麗は言った。
そう言った麗の表情は、言葉には表せないぐらい……悲しい顔を、していた。
「──あははっ! んなに緊張しなくたっていいってば! あのね、昔話しようって言っても、それはなんというかさ、こうして葛の深いところに踏み込むんだからボクも浅いところで止めてちゃ駄目だとなって話。あ、蒼にも話してもらうよ」
「え!? あ、俺も!?」
なんだろう、地味に巻き込まれた感がある……でも、確かに誰かの心に踏み入るのなら自分自身だってその覚悟を持たなければならないだろう。だから、俺の信念としては麗の方針には賛成だ。
そして麗はどこから取り出したかわからない線香花火に再び火をつけた。俺の手に持ってる火の玉はいつの間にか消えていた。なんだろうか、俺の扱いがどんどん雑になってきている気もしなくもなくもなくもない……
「ま、こっから始まるのは本当に情報を語るだけだから、物語みたいなのは気にしないでね。──ただの、『さとり』の宿命の話だからさ」
「宿命……?」
「そうだね。『雪女』には『雪女』の、『さとり』には『さとり』の宿命があるってことさ。……結局、定められた運命には逆らえきれないんだよ」
──なんでそんな諦めた顔をするの? なんてこと、聞けるわけがなかった。
「──ボク達さとりには親がいないってのは知ってるだろうけどさ……あ、言ってなかったけどボクって百五十歳くらいでね。まあそん時はまだ裏界に奴隷が残ってて……」
「ちょ、ちょっ、ちょっ!! え、待って!? ──百五十歳!?」
「? うん」
「まあ……『種族』持ちなら、ありえなくもないか」
「ま、マジで!? 俺だけ!? ……えっ!?」
だ、え、まっ……ひゃくごじゅう!? なんか真面目でシリアスで重大な話を始める前にちょっと事前情報が衝撃的すぎてそれ以降の話がかなり入ってこない。
「……ま、この馬鹿はどうでもいいとして」
「馬鹿って言った?」
「愚か者、かな」
「何が変わったんだよ」
「それはそれとして。で、奴隷制が残ってんのよ」
「ああ、それ自体は歴史でやったな。妖怪間での格差がなくなったのだって今から五十年くらいの前って話だろう? ……蒼は一旦落ち着けって」
落ち着いてはいるんだ。ただ、ついにコイツがドSと言う名の本性を表しだしたのでそれに対して意義を唱えたいだけなんだよ。
……でもこれ以上は話の邪魔になるから言わないけどさぁ。
「そこでまー、さ。そもそも『さとり』以前にこんな可愛い子が一人で親なし戸籍なし抗う力なしなんだから奴隷として捕まるのは当然ではあったよね」
さも当たり前、常識を語るように、麗は言った。……そんなのが常識だなんて、絶対に、そっちの方がおかしいはずなのに。なんで、そんな普通っていうんだ。
……でもきっと、そこが人間と妖怪の違いなのかもしれない。なんて、思ってしまった。
「それでしばらくは奴隷として過ごしてたよ。世界の全部を憎んだり、殺してやりたいって、そう思ったりもしたけど。……結局、味方なんていなかったんだ」
「そ、れは……」
──人間だって、良いやつはいると、そう言いたかった。だって、世界の全てを憎むだなんて、絶対に駄目だ。……それじゃあ、いつまでたったって、幸せになんてなれやしないから。
「あはは、蒼は変に優しいね。──ボクを捕まえて奴隷にしたのは『妖怪』で、買って好き勝手したのは『人間』だよ。今更、何を憎まないでいられるの?」
「──ッ!」
そう言った、言い切ってしまった麗の瞳が、夜空なんかよりよっぽど暗く、淀んでいるように見えてしまって。何も、言葉をかけてやることなんて、できやしなかった。
だって、何を言ったって無責任だ。言っては、いけないだろう。
「……そんな話は、どうだっていいんだよ。──その後、色々あってボクを買ったやつは師範に捕まったの。で、ボクはこうしてここにいる」
ちゃんちゃん、と。まるでおとぎ話を終わらせるかのような、どこか一枚だけ現実と離れている話を見たみたいに麗は過去の話を切り上げた。……切り捨てたと、そういうべきかもしれない。
「……これがボクの大体の全て。だから、次は葛の番。──蒼に話したのが、全部じゃないでしょ?」
「──どこまで」
「さぁ? もしかしたら全部、かもね」
……薄々、だった。きっと、葛はあの時に俺にすべてを打ち明けたわけではないのだろう。なんて、本当に薄っすらと、思っていただけだった。もしあれが全てなら──あの時の、氷花さんの表情に説明がつかない。
そしてその麗の言葉を受けて葛はどこか気まずいような、目線を泳がせて明後日の方向を向く。
「……別に、俺は何も思ってないよ。ただ、話してほしいなって、そうは思うけどさ」
自分の思いを相手に包み隠さずに話せだなんて、そっちのほうが何倍も酷だ。だから、葛が俺に全部を打ち明けなかったのも、それはそれで当然と言えば当然であろう。むしろ、会って数カ月のやつに全部を話すって、その方が好感度が高すぎてちょっと怖い。
「蒼ってつくづく面倒くさい性格だよねぇ……」
「なんで罵倒!?」
庇ったはずの相手に裏切られた気分……なんて言葉にしたら「勝手に庇うだなんて烏滸がましいね。傲慢で独りよがりだ」なんて罵倒されるんだろうけどさ。なんとなく最近は俺に対する暴言がどんどん酷くなってきてる気がする……あれか、入学してからしばらくは猫を被ってたのか。
どことなく不服でいると、笑い声が一つ聞こえた。
「く、はっ! なんだよ、そのやり取り。ったく、俺がこんなに悩んでるってのに……そうだな、お悩み相談、乗ってくれるか?」
「──もちろん!」
「ボク達でよければ、って注釈入りだけどね」
*
──お悩み相談。まあ、簡単に言えば、そうなるのだろう。自分の過去を話して、俺は好き勝手に無責任な言葉を言い散らしてるだけな気もするが。
「ま、案外そういった悩みってのは責任感が強かったりってのが理由だったりするもんだからね。第三者から未体験ってのは結構貴重だ。……で、ボクの話は?」
「……俺からすれば、まだなんとも言えないよ。俺はあまりにも『さとり』について知らなすぎるから。でも、言えることがあるとすれば──無知に、無力に、漬け込むことは最低だってことだ」
生まれたばかりの赤子を利用し、売り。何も知らぬ子供を利用し、世界を恨ませた。
その行為は決して許されてはいけないものだ。捕まったと、麗はそう言っていた。おそらくそれは警察などのきちんとした機関だろう。……でもそれを、麗は受け入れられているのだろうか。この国じゃ、確かに復讐は許されざる行いだ。けど、そんなのは納得できるのか?
「この問題に、きっと俺は答えを出せない。……俺は、そんな環境にいたことがないから。だから、これ以上は何も言えないよ」
「──。いや、いい、いいよ。……ありがとう」
「……どう、いたし、まして」
──感謝された。何も混じってない、純粋な感謝を、されてしまった。
「……?」
胸がどこか痛むような感触を受けるが、その原因がよくわからない。一体、なんでだ。
「……まあ、いっか。それで、葛、大丈夫?」
「ああ。なんとか本調子を取り戻せたよ。──くだらない話だ。でも、俺に取っちゃこの十年間、一向に答えの出せていない問題……聞いてくれるか?」
「うん、聞くよ。友達だもん」
「よくもまぁ恥じらいもなく。ま、ボクもいいけどさ」
「ありがとう。……俺のこの両手は昔にやかんをひっくり返してできた火傷だ」
そう言って葛はポト、と落ちてしまった線香花火をバケツに入れ、そのまま両手の手袋を脱いだ。その下には、とても痛々しい火傷がくっきりと残っている。
「これは俺がドジった結果だが……それに、氷花も巻き込まれたんだ」
「……氷花さんが」
「ああ。それに、あいつの場合は背中の全面……最低だよな、俺って」
──言葉をだせなかった。
だって、ここで「葛のせいじゃない」なんて言ってはいけないだろう。言うことは、言ってしまうことは、これまでの葛を否定することにもなる。それに、庇ってくれた氷花さんの思いも。
だから、何も言わずに、ただ聞く。
「……ずっと、ずっと、わかんなかったんだ。──愛って、なんだろうなって」
「……『さとり』の立場からわせてもらうとすると、愛ってのはあるよ。確かに、ある」
「あるんだろうな、あるには。……でも、俺が氷花をどう思ってるのか、氷花が俺をどう思ってるのか。……これは愛なのか、わかんなかったんだ」
何を持って「愛」と呼ぶのか。そんなもの、確固たる定義があるわけでもない。それに対してどんなものが「愛」であるのかを語るほうが邪智だ。
……家族愛が何なのか、俺だって、わからない。俺のほうが聞きたい。
「あの時、氷花は俺を庇ってくれた。でも、俺はきっと、氷花のことがずっと嫌いだったんだ。……何考えてるかわからないし、すっごい酷いことしてくるし。でも、それでも嫌いになりきれなくなって……どうあればなんて、わかんないんだ」
「──結論を、急ぐことはないよ。そんなに生き急ぐことなんて、ないよ」
「……そう、なのか?」
「いつ生まれたのか出生届もなにもないからよくわからないけど、推定百五十歳のボクが言ってあげる。──そんなに生き急がなくたって良い。何も、そんなにすぐに何でもかんでも結論を出さなくて良いんだよ」
「────」
「あと、それに一つ言えるなら、さ。──『愛してない』相手を、普通は咄嗟に庇えないよ」
──それがきっと、麗なりの、気を使った結論なんだろう。何を決めるかは自分であり、何でもかんでも急がなくて良い。……でも、「愛」は、そこにあったのではないか。そんな、結論だ。
*
──線香花火、もといいお悩み相談室が終わって数時間といったところだろうか。その後は線香花火の後片付けを終え、それぞれお風呂に入った。
風呂もまた風呂で豪華で、俺の家の数倍は広かった。なんというか、これから二人を家に招くのが少し怖くなってきた。
……俺の話は、また俺の家に行ったときということになった。なんだろうか、この一人ずつ弱いところを見せていく謎のイベントは。
「所詮人は他人の悩みを握ることでしか安心できないってことね……いや、そんなじゃないんだろうけども」
そこまで性格は悪くないだろう。成り行きは本当に意味不明だが、結構真面目に相談に乗っている。だから、別に悪くはない、はずだ。
「──そう、思いません?」
「──他者なんて信用するに値しない。……そう言ってたのは、麗だったんだがな」
ぬるり。そんな効果音が聞こえてきたような、そんな幻聴が聞こえた。
月明かりに照らされてできた俺の影──そこから、一人の成人してるであろう男の影が分離し、形をなした。
影の形は、この家の家主にそっくりで──その瞳に、果てしない「闇」を宿している。形をなした影は口を開き、言う。
「──なあ、ニンゲン。お前は、なんだ?」




