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人妖!  作者: 家中由真
期末編
73/108

断章 『妖人!』

今から千年前、人間と妖怪は対立し──史上最悪の争いと言われる『人妖大戦』を巻き起こした。

そして、それは一人の陰陽師の登場により幕を降ろし、妖怪は『裏界』という世界の”裏側”へと姿を消した。

時は経ち、人間と妖怪の和平への道に一つのプロジェクトが始動する。そのなも、交換学生。互いの学校に未来を担う若人をそれぞれ通わせるというものであった。

それに選ばれた主人公・夜鳥翠が、人間の世界で自分が「妖怪」であることを隠しながら生きていく中で成長したり青春する話です。




 ──物語の始まりとはいつだって唐突で、人の日常を破壊するものだ。


 いつものように、制服を少し着崩しながら帰った帰り道。クラスメイトと一緒に寄り道を少しして、友人と別れて一人になったと同時にイヤホンを両耳に突っ込んで音楽を聞きながら帰る通学路。


 ああ、そういえば今日は珍しく兄さんが家にいる日であったな、──そんな風に呑気に考え歩いていた私を今となってはぶん殴りたい。


 通学路を普通に歩き、二十分程度の道を歩ききり、家に到着。中学三年生になって二度ほど紛失しかけた鍵を鍵穴に差し込み、くるりと回す。カチャン、と小さな音が鳴ってそのまま家に入った。

 学校指定の靴を脱ぎ、整えて手洗いでもしようと洗面所の方へ足を向けると、リビングの扉から人るの頭が見えた。母だ。


(みどり)、ちょっといい?」


 母が自分を呼ぶだなんて珍しいいことがあるもんだと、そう考えた。母はどちらかというと兄のほうが私よりも仲が良かったので。それに最近は反抗期気味であまり会話をしていない。

 リビングには特に変わりなさそうな母の姿が確かにあった。しかし、まとう雰囲気は通常時のものではない。どこか張り詰めるような、思い詰めるような空気が辺りを満たして、呼吸がしづらい。


「何? 母さん」


「……少し、話したいことがあってね」


 母の声がやはり空気のように重くて、少しだけ驚いてしまった。なんというか、聞きたくない気持ちがどんどん高まっていく。


「え、っと。まずは何関係の話? 学校……特に変なことはしてないと思うけども」


「いえ、学校……ええ、学校関係ではあるわね。でも、その、なんて言えばいいのかしら……」


「?」


 母は躊躇っている。そんなの、様子からも声からも察せられる。生まれて十五年、母との付き合いも十五年。けれどこういった母がどういったことを話そうかとわかるほど私は母について詳しくない。

 緊張している。だから麦茶を一気に呷ってしまった。むせる。母はそんな私の様子を心配しながら覚悟を決めたような表情になる。


「それで、話なんだけど──」


 ──嫌な予感が、していた。


 嫌に心臓の鼓動がうるさく、汗腺が仕事をしている。全身が、異常であると、そう伝えてくる。これ以上、母の話を聞けば、この異常は更に顕著になるとも、そう。


「──翠の、進学する高校が決まったのよ」


「……? えっと、どういうこと?」


 現在、五月某日。

 そう、中学三年生であれば受験勉強を始めてもおかしくない時期だ。

 かく言う私も、特段志望校や進路は決まっていないが、勉強に力入れだしている。お陰で、人生でもう二度と読みたくない書物ランキングに古典単語帳が乗ったところだ。

 けれど、それに関して母がそんな重苦しく告げる理由がわからない。私は特段進路を決めていないのだ。やや断定形なのが引っかかるが、別にここを志望校にしない? なんて親が言うのは普通ではないだろうか。


「……説明しないといけないことが、多いわね。翠、落ち着いて聞いてほしいことがあるの」


「う、うん」


 真剣だった。これ以上ないくらい、表情は真剣だった。だから自然とこちらも息が詰まっていく。


 母は、言った。


「──人間の高校に、進学することが決まったの」


 そう、言ったのだった。


「……え?」


「その、ね、なんでも『御三家』の妖怪と人間の政府との間で一人ずつ学生を交換させてで政府直下の学校にいれようってことになったのよ。完全ランダムで、高校一年生になる子限定で選んで、それで翠が選ばれたらしくて……翠のことを思うと、そんなの絶対に断らなきゃいけない。わかってる。……でもね、これは『御三家』の、”お願い”なの」


 そう言われてしまって、言葉が詰まった。


 理屈は、わかる。『御三家』は絶対的で、その”お願い”だなんて天災のようなものだ。避けようがないし、どうしたってどうにもならない。──けど、納得なんてできやしなかった。

 理屈と納得はまったくもって別の話だと聞いたことがある。それが、ひどく理解できた。


 ──納得、できない。


「なん、で? ……どうして? 私、そんなに悪いこと、した?」


「み、どり」


「……わかってるじゃない!! 母さんは、なんでっ!? 私のこと、わかってるでしょ!?」


 ──八つ当たりだ。


 怒ってる。怒ってるけど、どこかで冷静な自分が「八つ当たり」だって理解してる。でも、それでも……


「……なんで? わたし、ね、頑張ってるの。憎まないよう、恨まないよう、頑張って……逃げてたの。……なのに、なんで……?」


 漏れ出た声は、きちんと言葉として伝わるかも怪しかった。その声に、母の顔がどんどん歪んでいく。……こんな八つ当たりして、一体どれだけクズになれば気が済むのか、私は。


「……翠。ごめんね」


 ──やめてほしい。私に、謝らないで欲しい。自分の非だって、認めないで欲しい。仕方がないと、言って欲しい。怒った私を叱って欲しい。


「お、かあ、さん…………ごめんなさい」


「みど、り」


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。わかって、ます。大丈夫。きちんと、します。しっかりします。だから──」


 その先は、言葉にできなかった。何が言いたかったのかも、自分でもよくわかってない。けれども確かに自分でもわかることがあるとするならば──私の思いなんて、私以外にとってはどうでもいいということだ。





 ──月日の流れというのは、本当に早いものだ。


 なんて、十代の私がそう思うんだから、私より年上の人はもう意味がわからない速さで世の中を生きているんだろう。だって、もう四月だ。私は無事に滞りなく中学を卒業して、今日から高校生になる。


「制服はかわいーんだよなぁ」


 青色を基調とした上着に赤色のリボンのブレザー制服。Yシャツは母が前日にアイロンをかけてくれてシワの一つもない。ありがたい。

 ……採寸で学校に行った時に、たくさんの『人間』とすれ違ったな。


「……大丈夫。大丈夫、翠。大丈夫だから」


 これはもう呪文みたいなものだ。これで無理矢理自分を奮い立たせなければ、もうすでに退学届けに署名している。

 鏡を前にそう唱えて自身の姿を見る。くるりと一周回って変な場所がないか、と。いつものように左側でサイドテールにした黒髪が回転したから揺れた。


 これからは近所の学校ではなく、バスと電車に乗って登校するから少し早めに動かないと乗り過ごしたら少しまずい。というか初日に遅刻は嫌だ。


「お母さんとお父さんは入学式来るの?」


「許可を取ればいけるの。だから私達は後で合流するわね」


「わかった。じゃあ、行ってきます」


 ドアを開いてマンションの階段を使う。三階に住んでいるからか、七階建てのこのマンションでわざわざエレベーターを使うのは気が引けるのだ。


「っていうか私一人のためにわざわざ裏界から表界への『亀裂』を新しく作るって、正気か?」


 ──『亀裂』。


 かつての千年前の大戦で妖怪はとある陰陽師が生み出したとされる裏界へと姿を消した。それはいわば結界のようなもので、当然、綻ぶ。その綻びこそが『亀裂』であり、それを意図的に作り出すことは妖怪にとってはとてつもない労力だ。


 そして、同時に危険性を孕む。結界に穴を開けるのだ、当たり前であろう。


 けれどもどうやらお優しい『御三家』の方々はその『亀裂』を承認したらしく、私が通うことになる学校の近くに作ってくれたらしい。


「無理言ってるのがわかるから引越ししろとか言わないのかね。はーあ、こっちの方が心労祟るよ……」


 ついでに恨みも。

 きちんと『亀裂』についてこの義務教育の九年間で教えられたからこそ、その重みは嫌ってほどに知っている。


「あああ、憂鬱だなぁ」


 入学初日にこの足取りとはどういうことか。そんなツッコミを抱えつつ、マンションのロビーへと降りて──


「?」


 ──ロビーの前に、黒い車が停まっていた。なんというか、ドラマとかに出てきそうな見た目をしている。


 ……なんだ?

 関わりができないように俯きながらロビーの自動ドアの前に立つ。開いたドアからすぐに駅に向かおうとして──


「──お待ちしておりました、翠様」


「……私!?」


 標的、まさかの私でした。いや、標的って言い方はおかしいのかもしれない。


 ──黒いスーツに身をまとった女性だ。黒いサングラスとつけていて、キチリと一切の乱れもなく髪を団子にしている。


「だ、誰ですか?」


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。──妖怪省に所属している若葉と申します」


 そう言って綺麗に九十度の礼をした。


「妖怪省……!?」


 それは妖怪達をまとめる政治的な期間の名前だ。『御三家』が承認した政治の機関であり、主に人間との交流での代表とか、法整備を進めている。……そこに所属する職員、なのか、こいつは。


「えーと、若葉さん、ですか? 私に一体……」


 ……いや、用はわかる。この交換学生の話だろう。というか今日に至るまで説明会みたいなものもなかった。ふざけてんのか。


「送迎は(わたくし)が行います。どうぞ」


 そう言うとその黒塗りの車の後部座席のドアが開く。……なるほど、『亀裂』の場所までは公共交通機関ではなく車で行くと。


「……もうちょっと朝から早い時間にしなきゃ行けません?」


「そうですね。できれば。本日は少し近道をさせていただきます」


「は、はぁ」


 そうして車へと乗り込んでいく。ふかふかの座席で、これなら体が痛くなったりはないだろう。前の座席に若葉さんは乗り込んで、すぐに車を動かす。


 ──二度と近道は嫌だ。とりあえず、初日の送迎の感想はそれだけだ。





「う、ぉえ」


 吐き気で気持ち悪い。朝食べたクロワッサンを戻さないようになんとかこらえながら千鳥足で『亀裂』へと向かう。


「こちらです」


 『亀裂』の場所はとある神社であるらしく、鳥居を潜ると同時に転移する仕組みらしい。


「私は表界まで同行いたします。──それと、一つ注意が」


「? なんですか?」


「──翠様が妖怪であることは決して明らかにされぬよう」


「……は?」


「この交換学生にて私達妖怪が示さねければならぬことは妖怪が人間に示さなければならないことと違います。どちらも共存が目標ではありますが……人間は妖怪の学校にて『術』を学びながら妖怪に適応を。妖怪は人間の学校にて正体を隠しながら決して人間に害を与えないことの証明を」


 ……はぁ?

 一気に言われたって理解できるわけねぇだろうが。は? 喧嘩売ってんの?


「……なるほど? 私は妖怪であることがバレないように人間の学校で三年間過ごしていけば良いんですね?」


「そのままできれば大学まで、と」


「それは私が決めることです。勝手にきめんじゃねぇ。……こほん。まあ、大方わかりました」


「申し訳ございません、差し出がましい真似を。翠様は今では珍しく『種族』をお持ちになるお方、『術』での被害規模も大きくなってしまいます」


「あぁ……」


 これに関しては父方の方の血が強く出た。お陰で私は『種族』持ちだ。別にこれを不自由に思ったことはない。……いやまあ、昔こそはうまく『術』を制御できなくて体がだいぶ不格好なことになっていたが。けども今の私はそんなことはしない。


 ……にしても、じゃあ若葉さんの『種族』ってなんだろう? こういうエリートっぽい人は『種族』持ちのほうがなりやすいっていう文化のようなものは今でも強く根付いている。


「でも聞いたら失礼だよなー」


 『種族』に関しての話題はそれなりにセンシティブ。あんまり聞かないほうがいいだろう。


「──着きました」


「ん」


 考え事をしながら歩いていたからかちゃんと正面を見ていなかった。もうすでに神社にはたどり着いていたらしい。

 普通の、どこにでもありそうな神社。赤い鳥居があり、社務所とか、本殿とかも何の変わりもないように見える。けれどもここは立派な『亀裂』、下手に探索なんてしていい場所では到底ない。


「ここを潜れば人間の世界、か」


 思うところがないわけではないが、ここまでいったら後には引けないだろう。

 そうしているとどこか若葉さんは気まずそう──そうは言っても表情は無表情のままだ──なので少し違和感を覚えた。私の目線に気づいたのか若葉さんは一度息を吸って話した。


「失礼ですが、私共の方でも翠様の経歴を多少なりとも調べさせていただきました」


「プ、プライバシー……!」


「申し訳ございません」


 謝ればいいと思ってないかコイツ。

 心のなかで悪態をつきつつも、そのまま第三者からの自分自身の経歴というのも中々興味がそそられるので聞き役に徹した。


夜鳥(よちょう)翠、五月四日生まれ、東京在住。家族構成は母、父、年の離れた兄。成績はそこそこ優秀であり、小中から人間関係に問題はなし。身体能力は高く、最近の悩みは体重が」


「わあああ!! あー! あー! な、なるほどね、しっかり調べてるじゃない! 良かった良かったー、あははは!!」


 最近の悩みを具体的に言葉にされそうになったのでなんとかギリギリで食い止める。それを言葉にされたら私はコイツの頭をかち割らなければならない。


 ……けど話したこともない妖怪にここまで調べられているのは、ちょっと気持ち悪い。いや、自分から聞いておいてかなりなんだが。


「それでは、今から向かいます」


「あ、はい、お願いします」


 お願い、というのも少し言葉の表現が違うような気もする。そもそも私は矯正された立場なわけだし。まあそんなことを若葉さんに言っても仕方ないだろう。若葉さんは上とかから言い渡されただけだろうし。

 考えていると若葉さんは神社の鳥居の前に立って──九字を切った。


「めずらしー」


 九字を切って『術』を発動させる、というのは実際に発動方法として確立されているが、それが主流だったのは今から五百年ほど前だ。今はもう『術』は特に何かしらの工程を必要とせずに発動できる。ようは省略できたのだ。


「こうして九字を切る、という手順を踏んだほうが確実なのです。『亀裂』を渡るというのは危険ですので、少しでも安全にという」


 少しでも危険性があるならやめてくれ。これが毎日続くことになるのか? マジで言ってる?

 ……でも一人暮らしはできるほど私は自立できてないし、引っ越しは家族に迷惑をかけすぎるのでナシの方向性でいきたい。


「どうせ私には拒否権なんていないんだろうけどさ」


 『御三家』の決定は絶対。この事実は幼稚園児とはいかなくとも小学生ならわかるんじゃないだろうか。


 ──『御三家』。


 お茶の間の人気者だとか、政治家だとか、そんなんじゃない。ある種の王みたいな存在だ。この裏界を統べる存在であり、絶対的だ。逆らうなんて思考がまずなく、天下人のようとさえも言われている。


 また、一部熱狂的な信者がいたりするらしい。


 そんな『御三家』の鬼城院(きじょういん)家、稲荷(いなり)家、八岐(やまた)家はそれぞれ『酒呑童子』、『九尾』、『ヤマタノオロチ』と強力な種族を千年間保ち続けている。

 千年間。──あの人妖大戦からだ。なんなら当主交代をしていない、つまりは千歳を超える家もあるらしいのでとんでもない。

 妖怪の寿命はその妖怪の持つ力で決まる。そしてその強さは遺伝しやすく、種族によってある程度は決まりがちだ。だから私の寿命もある程度は推測できたりする。そこは人間とは違いがちだ。


「翠さん?」


「ぁ、なんでもないです」


「そうですか。『亀裂』を渡る準備はできました、どうぞ」


 そういって若葉さんは鳥居を指差す。そこには明らかにそこだけ空間が断絶されており、まるでブラックホールのようだ。実物を見たことなんてないけど。……けれど渡るのが危険のように見える。なんというか、入ったら体がねじ切られそう。


「──よし、お願いします」


 そうして一歩、鳥居のねじれた空間へと向かい──私は、世界を跨った。





「ん……」


 瞬きをした。パチパチと視界の情報を取り込んで脳が処理すればそれがどこかの廃ビルだと理解できた。

 手入れはされているのか埃などはないが、それでも建物の経年劣化が隠しきれていない。ただただ広いだけの空間。ビル一階分だからか、なにもないのが際立っている。窓からは太陽の光が漏れ出ていて、照明はない。


「──ここから徒歩十分ほどの場所に学校はあります」


「わかりました。それじゃあ、また帰路ってことですか?」


「ええ。それでは、また」


 まあ、学校の正門まで着いてこられたらそれはそれで目立ってしまうだろう。若葉さんは美人だなーとサングラス越しでもわかるが、乱れが全く持ってないお団子に黒スーツは目立つ。親でもないから学内に入ってこないし。


「……はぁ」


 ため息が思わず出てしまった。

 廃ビル(現在位置は三階)の階段を降りていって、そのまま外に出る。少し歩いたらすぐに大通りに出て、そこには私と同じ制服を纏っている女の子がいた。


 ──園間(えんま)女子学園。創立百三十七年の女子校。三学年六クラスであり、そこそこ偏差値が高い。


「国のお役人とかも出てるって、かなーりエリート校だよね。私、ついてけるかな……」


 別に勉強は嫌いじゃないし苦手じゃない。けど、それは誰かよりも秀でているとは私は思っていない。どこまでいっても、私という妖怪は平々凡々なのだ。

 そのまま歩いていると若葉さんの言う通りに十分経ったら正門に着いた。「入学式」と看板が立てかけてあって、ごくりと喉を鳴らす。


 ……大丈夫。あとで母さんと父さんも、お兄ちゃんも来る。一人じゃない、大丈夫。


「……大丈夫。翠、大丈夫だよ。……よし」


「──あのぉ」


「!? え、な、何奴!?」


「うええ!? な、何奴……わたしっ、結衣(ゆい)って言います! 笹坂(ささざか)結衣です!」


「はぁ……それで、何か?」


「あ、えと、その……わたし、新入生なんですけど、あなたもですよね? だ、から、一緒に会場まで向かってくれないかなぁ、って……その、嫌だったら全然いいんです!」


 そう言って笹坂は茶髪の短髪の頭を振りながら挙動不審な態度をとる。

 この子も新入生か……確か会場は体育館だったはず。別に、一緒にいてもいいだろう。


「……うん、一緒に行こう。私、夜鳥翠。よろしくね」


「! は、はいっ!」


 ──この時の私は、上手く笑えていただろうか。

 それだけが気になって仕方ない。


「……私って、本当に嫌な子だなぁ」


「どうして、ですか?」


「あ」


 しまった、声に出てしまっていたか。

 すぐに誤魔化そうとなにか無いかと考えていると笹坂は私の両手を優しく握る。


「だって、夜鳥さんはわたしをこうして助けてくれたじゃないですか」


「……助けた、なんて言わないよ、さっきのは。助けるってのはそんな簡単に使っていい言葉じゃない」


「──そう、でしょうか。助けた、救った、そういう言葉は相手がどう捉えたかによると、わたしは思います。少なくとも、わたしは夜鳥さんに助けてもらいました。だ、だからっ、夜鳥さんは嫌な子なんかじゃ、ありませんっ!」


 ──出会って数分しか経っていない相手に力説された、私自身のことを。

 目を見開いて、言葉を出そうとした。──傷つける言葉を。


「お前に何がわかる」


「私は、人間(おまえら)とは違うんだ」


「急に、なんだ、気持ち悪い」


 ──けれど、脳裏をよぎったすべての言葉は、口に出すことがなかった。出せなかったとも、そう言えるだろう。


「……ありがとう」


 真逆だ。言おうとしたことと、全く持って正反対の言葉が、口からこぼれ落ちた。何を言っているのだ、私はと、そうどこか自分を俯瞰して思った。けども、口から出てしまった言葉はいかなる手段を用いても撤回することなどできない。聞かれた時点で、それを本心だと、相手は思うのだから。


 ──地獄だ。


 打ち明けられないことも、罵れないことも、共にいなければいけないことも。全てが、地獄だ。視界がくらりとふらふらと、定まらずにまるで世界そのものが動いているかのように思えてしまった。


「だ、大丈夫?」


「……立ち眩み、かな。昨日、緊張しすぎてあまり寝れてなくて」


「そ、それなら、保健室で……」


「大丈夫。それに、入学式はでたいんだ。一人だけ保健室だなんて、寂しいし」


「……そう、だね。寂しいのは、だめだ」


「……?」


 その笹坂の言葉に並々ならない思いが込められているように聞えて、その正体を探ろうと──思わなかった。どうやったって、私は妖怪でコイツは人間だ。どうせ理解なんてできやしない。

 そのまま講堂に向かうように私は笹坂に言って移動した。





 ──特筆すべきようなことは何も起こらずに入学式は幕を下ろし、そのまま各々教室へと向かって担当教員の自己紹介、クラスメイトの自己紹介、ここ一週間の予定を聞かされた。


 私のカバンには今後使う教科書がギチギチに詰まっている。配られた際にちらりと中身を見たら、主に歴史方面がかなり私が今までに習ったものと違って今後を考えて頭が痛い。


 ──妖怪に関する歴史が徹底的に省かれている。


 そこらへんの齟齬はうまい具合に辻褄を合わされているので、その合わされた部分やらなにやらを覚えてんといけないだろう。けど、人間の方の歴史に関してはさわり程度であるが小中である程度はやった。大学にもそういう人間の歴史を専門に学ぶ学部があるところもある。変わり者ってのは一定数いるもんだ。


「あ、み、翠ちゃん、一緒に帰らない?」


「……ごめん。今日は親と一緒に帰るって言っちゃってるんだ」


「そ、うか。じゃあ、また明日ね」


「うん、また明日」


 母さんと父さんは無事に来れたらしく、入学式で保護者席に座っていた。そして、今言ったことは別に嘘ではない。確かに合流して、一緒に帰ろうと約束してたのだから。

 だから、速く移動しなければならない。速く、速くだ。


 ──とても、眠い。


 立ち上がろうと、そうした。けど、それはできなかった。理由不明、原因不明、要因不明の眠気に、私は襲われたのだ。立っているのも困難になるほどの、眠気だ。ぐらぐらと、頭が船を漕いでいるのは実感している。そもそも教室で放課後に居眠りだなんて、馬鹿みたいな話だ。


「……ん」


 ──抗えない。


 そう思ったと同時に、私の視界は暗転した。





「……っ、!? ね、てた」


 ……マジかぁ。

 寝るということは、安心感があるということだ。その間に命を狙われることはないということ。……いや、別に私だって人間は全員が全員危ないやつだとか、そんな問答無用で相手と殺し合うやつだとは思ってはいない。けど、こうして寝たという事実は少しだけ私の心を抉った。


 ──いや、問題はここじゃない。問題は、なんで()()()()()()()だ。


 どう考えたって、おかしな眠気だった。まるで睡眠薬でも盛られたかのような……けど、私が今日口につけたのは母さんが作ったものだ。だったら、違うだろう。だったら、なぜ?


 今一度、きっちりと宣言しよう。──私は、人間が大嫌いだ。


 その理由を、今はまだ明かすつもりはない。私が明かしたのは、私が人間を嫌悪し、憎悪し、嫌い憎んでいるということだ。それが前提の事実である。


 ──だからこそ、ありえないだろう。


 そこまで人間を嫌っている私が、人間だらけのこの空間で、無防備にも眠りについているという事実が。

 一体どのくらい眠っていたのか、その事実を知るためにスマホの電源を入れた。そうすると、そこには十九時四十七分と、確かに表示されていた。つまり、私は約六時間は眠っていたことになる。


「最っ悪。……? あれ、」


 ふと、スマホを見つめていたら、一部がいつもと違う表示になっていた。見間違いかと思って電源を落としてまた付けてみるも、変化はない。


「──なんで圏外になってるの?」


 その言葉が発されるのと同時、ガッとなにかで殴ったような鈍い音が、教室に響き渡った。









「──ハッ。さすが、バケモノ」


「っ、!」


 ギリギリ。膠着状態。動かず、動かせず。そんな状態だった。


 ──正直、長くは持たないだろう。頭を思いっきり殴られたせいで流血して、今にも倒れそうなのをなんとかこらえている状態だ。


「ぉ、まえ、は、誰、だ!?」


「オレ? そうだな、オレが誰か。まあ、そうだな、うん、そうそう……見てのとーりのっ、──ワルモノだよ」


 そう、男は言った。緑色の癖っ毛の髪をした男だ。黒いパーカーに身を包み、鉄パイプを持っている。


 最初、私はこの男に頭を思い切り殴られた。男の持っている、鉄パイプで、だ。そこから倒れかけようとしたところをギリギリ体勢を整えて起き上がり、今は伸ばした爪で再び私に振り下ろされようとしている鉄パイプを食い止めている段階だ。


 けれど、この攻防は長くは持たないだろう。血を流しすぎた。

 なんとか状況を変えようと教室の至る場所に視線をやってみるも、あまり意味がなかった。そうしていたら、男の口がまた開かれた。やかましいんだよな、コイツ。一生黙っていてほしい。


「ま、あれだよさ、あれだよね。──オレ達は過激派。人間との和平なんて冗談じゃねーって連中さ。んで、だからこんな政府プロジェクトをぶっ潰すために君に死んでもらおーって魂胆よ」


「は、……だったらもう片方を狙えよ」


「ムリムリ。だってあの境妖学園だよ? そりゃあの学園長の天狗は人類との和平推進派で、オレ達のいっちばんのてきだけども、それでもあの学校に潜入しようなんて馬鹿はそうそういないさ。そもそも結界を突破すんのだって難しい」


「それで人間の学校……『術』に適応していない場所に身を置く私を狙ったと?」


「そゆことー。でも苦労したんだぜ? 君を眠らせるためだけに妖怪専用の睡眠剤を用意しなきゃいけなかったんだからよ」


 そう挑発するように言われ、今更ながらに気がついた。


 ──空気が濁っている。


 つまりは、妖怪だけが眠くなる薬を充満させて私だけをこうして孤立させようとしたのか。けど、そんなの他の誰かが私を起こせば……


「今、この学校にはとある『術』が掛かっててな、人払いだよ。お陰で教職員もだーれもいない。正真正銘、オレと君の二人っきりってわけさ」


「……最っ悪」


 おそらく、『結界術』の応用だろう。そのせいで、今私は助けを呼べることなく、こうして「敵」と対峙しなければならない。

 ……それに、私は覚醒できたけども、それでも妖怪を眠りに誘う香が焚かれている。だから私の思考もどこか霧がかっていて、万全では絶対にない。だから、この膠着状態だって、すぐに解かれる。


 ──私は『種族』持ちだ。そして、その『種族』の特性から平均的な女子高生よりかは何倍にも丈夫で力が強い。けど、それでもなお、相手を倒しきれない。


「っ、くそ」


「まー、まー。悪いようには……いや、殺すんだから悪いか。んじゃま痛いようにはしない、さっさと殺してあげるからよ」


「そんな、のっ、ごめんだね」


 死んでたまるか。こんな場所で、こんなやつ相手に。

 こんな、人間だらけの世界で、こんな頭のおかしなやつに、殺されて溜まるものか。──絶対にごめんだ。


「っ、らぁ!!」


「おっと」


 ふりかぶされている途中の鉄パイプを握る手に力を込めて思いっきり右に振った。それに引っ張られて男もまた右に飛んでいくがそこで転ぶだなんて真似はしなく、普通に着地。

 ああ、最悪だ。相手が普通に強い。……そもそも、普通の女子高生(なんなら今日なったばかり)に戦闘能力を求めるほうがおかしい。


 ──いや、逆か。


 戦闘能力のある女子高生を、選んだのか。こうなることも、とっくに想定済みなのだろう、お偉いさんは。


「……今、手を引けば、私はあなたを見逃す。手を引け」


「こんな優位な状態で手を引け、だなんておかしい話だろう? 自分で言っていてわからないか?」


「はっ」


 交渉決裂。そもそも交渉の場にすらなっていなかっただろう。そしてこのチャンスは二度と訪れない。戦闘は、継続される。

 そのまま互いに睨み合う状態から動こうとして──


「──伏せてください」


「っ、」


 ──聞き覚えのあった声だ。


 そんなに長い付き合いはない、むしろ一日も経っていない。けれど、聞いたことのある声。だからこそ、それを信じることをした。


「がっ!?」


 ──銃声、と男の苦しむ声。男は、今私の目の前にいる鉄パイプを所持したクソ野郎。そして、銃声は、


「──申し訳ございません、到着が遅れました」


 若葉だ。その右手には、拳銃が握られている。

 その銃はきちんと標的に当たった。褒めて遣わしてやる。


「……わー、美人なおねーさん。一体どうやって? ここには妖怪も人間も入れねーはずなんだけど」


 人払いの『術』、妖怪を眠らせる香。この二つにより今学校には誰も入ることができない。けれど、若葉はこうして目の前にいる。

 そのことに若葉は表情一つ変えないで、言い切った。


「──それを、あなたに話す義理が私にありますか?」


「……ははっ。容赦ねぇー!」


 ゴッ、と鈍い音がした。それは、若葉さんが拳銃で男の顔を殴った証だった。

 最初の銃弾は男の右肩にあたり、左腕で出血を止めようと抑えているからこそ男はその攻撃を防げなかったと見るべきだろう。


「ぎっ、」


 そこそこの鈍い音。無視はできない痛みと出血だろう。これで私と同じく頭部からも出血した、ザマァみろ、馬鹿野郎。

 そのまま若葉さんは男に銃口を突きつけた。


「翠様、厚かましく、申し訳のないお願いなのですが……どうやら、これの仲間が外を包囲している様子。相手は人間、雇われでしょう。翠様の力をお借りしたいのです」


「……わかった」


「これって……オレの扱いひどくねぇ?」


「黙れ」


「わぁ」


 若葉の言葉を聞き入れると同時に、すぐに教室から飛び出した。目指すのは、校舎の屋上だ。鍵がかかっているだろうが、そんなものは簡単に破壊できる。

 もし援軍を呼ばれたら人間の集団だったとしても数で押し切られてしまうかもしれない。そうすれば、私も若葉も殺されるだろう。


「あー、もう! なんで私がこんな目に……!」


 本当に、なんでだ。私が一体何をしたっていうんだ。クソ、偉いやつなんか、権力を持ってるやつなんか、全員死んでしまえ。私を不幸にするやつ、全員死ね。


「っ、ついた!」


 一気に屋上のある五階まで階段で上がったからか息が荒くなってしまった。けどすぐに屋上に入るための扉についている南京錠を握って破壊して倒れ込むように入った。


 なんとか息を整えて、屋上の端まで歩く。フェンスを握りながら周りを見渡してみると、外には沢山の黒色の車が止まっていた。車も、普通のやつもあれば八人くらい入るファミリーカー? もあるし、車種もまちまち。色だけ統一してる。


「ふぅ……」


 ──私には、外にいる何十人をも無力化する方法がある。それは、私の『種族』の『固有術』だ。


 できるだけ、若葉を巻き込まないようにと思う。けど、こればっかりは無理だろう。──これは、あらゆる者を巻き込む、厄災に近しいモノだから。


 思いながら、願いながら、望みながら、私は自身の手を唇に当てて──思いっきり、吹いた。





「──いやー、聞いてたけど、やっぱり恐ろしいね、その力」


 男はヘラヘラと、流血していた右腕を脱いだパーカーで縛りながら、そう言った。


「おかえりー。で、オレの仲間を全滅させた気分はどうだい?」


「──最悪」


「そっか」


 ヘラヘラと、笑い続けているこの男が、無性に腹立たしい。殴ってもいいだろうか。

 チラリと隣りにいる若葉に目線を送るとその意図を察したようだ。


「できれば、生け捕りに。まだ吐かさせねばならないことがあります」


「うわー、怖。オレってばどーなっちゃうのー?」


 ──屋上から教室に戻り、背後から落ちていた鉄パイプを使って男の頭を思いっきり殴った。そうしたら男は一気に姿勢を崩して今は地面に足を付けて壁際によった状態だ。


 もう逃げられないし、逃さない。トドメをくれてやることはできないが、けれどきちんと罰されるだろう。計画が計画だ、タダでは済まないのは目に見えている。


「──夜鳥翠、五月四日生まれ、母、父、兄と東京都に暮らしている。要領がいいからか学業はそこそこ優秀。持ち前の運動神経からか中学時代は運動部に引っ張りだこ」


「え、何こいつ。急に人の個人情報言いやがって。死ぬか?」


「翠様、こらえて」


「これでもさー、オレもきちんと色々調べてんのよ。──なあ、『鵺』?」


 そう言われて、背筋が凍った。


 ……当たり前だろう。そこまで調べられていて、なぜそこが調べられないと勝手に思い込んでいた? 私の『種族』が露呈していたって、なんら不思議ではないはずだ。


「種族、『鵺』。『固有術』は自らの音を聞かせた相手に不安感を抱かせる。この不安感にも段階を決めることができて、最大でかすかに聞こえただけで失神に持ち込める。体をあらゆる生物に変化させることが可能であり、その『種族』の血を取り込むことで別の『種族』の妖怪に化けることだって可能……はー、チートかよ」


「……そこまで便利な力じゃない。私だって、」


「──そりゃ、持ってるから言えることだろ。持ってるやつに持ってねーやつの気持ちがわかるかよ」


「……」


 被せるように、そう言い切られてしまった。今のこの男の言葉には、先程までの飄々とした態度が嘘のような重みがあった。

 けども男はすぐに表情をパッと切り替えて笑った。


「そこの美人なおねーさん。──お前、半妖だろ」


「…………ぇ」


「でしたら、なにか?」


「いやぁ、相当苦労したんだろうなーって。見た感じ、『雷獣』と人の間に生まれたのか。かわいそうになぁ」


 ──若葉が、半妖?


 そんなことが、あるのか。あの禁忌のような存在が、ここにいるのか。

 驚きと同時に、頭の中ではどこか納得していた。独特な気配、人払いに引っかからないこと、眠らないこと、気づく要素は散りばめられていた。


「私の出自とあなたになんの関係が? それでは拘束させていただきます」


「ちょっ、待った待った! もうちょーっとだけお話しよ? な?」


「それでは」


「わー!」


 容赦なく若葉がどこからか取り出したかわからない縄を取り出して縛り付けようとした──その瞬間だった。


「っ、ああ!!」


「!? なっ、」


 ──ガキンと、弾いた音が響く。


 その同時に私の腕に振動が伝わり、骨が震えた。理由は、わかっている。


「──へぇ。翠ちゃん、そんな物騒なモン持ってんだ」


「……くそっ!」


「言葉遣い汚いよー? 可愛い顔なのに、おっかなぁい」


 ──”これ”を、見せる予定なんてなかった。この男にも……若葉にも。


 そう、片腕で二メートルはある斧を持ちながら、吐き捨てるように心で思った。

 私の隠していた武器、それが斧だ。『術』で札の中に閉じ込めていたのだが、もし命の危機があればオートで飛び出すように『術』を組んでいたので、私に飛んできた銃弾のようなものを弾いたのだろう。

 この男の鉄パイプだったら私は死なない。そこまで脆くないから。けど、今の銃弾は確かに渡しの頭を狙っていた。だから飛び出てきたのだろう。


「──オイ、何をふざけている?」


「おっ、りょーちゃんタイミングばっちし! あとちょっとでオレは連れ去られてたね。いやぁ、りょーちゃんが白馬の王子様に見えたよ」


「黙ってろ」


 ──赤色の長髪をした男だ。こちらは目の前の緑髪の軽薄な黒パーカー男と違って黒いコートを羽織っていて、その左手には銃が握られていた。あれで、私を狙ったのだろう。

 りょーちゃん……あだ名だろう。


「こんな女二人に負けて……情けない」


「いやいや! この二人チョー強いよ!?」


「いいから撤退だ、ヒサ」


「ん、わかった」


 ポンポンと、テンポよく話が進んでいく。──逃がすわけには、いかないだろう、どう考えても。


「動かないでください。動けば、心臓を打ちます」


「っ、し!」


 若葉が警告すると同時に、不意打ちに私はヒサと呼ばれた緑色の方の頭に思いっきり斧を振りかぶる。──けれど、防がれた。


「っ、『結界術』か!」


「オレの得意『術』だよ〜。まーっく、翠ちゃんったら、不意打ちとかひーきょーう!」


「死ね!」


「怖……」


「──前言撤回だ、ヒサ」


「およ?」


 赤髪の男が、自らのメガネをクイと位置を戻しながら、言う。


「強いな」


「言ったじゃんかぁ!」


 ──煙が、辺りを満たした。







「あのタイミングで発泡していた……けど、防がれたと?」


「ええ。私は確かに引き金を引きました。けれど、当たる直前に取られた……反射神経では説明がつきません」


 事実、発泡された銃弾を途中で掴み取るなんてことが可能なのだろうか。そういう『術』でもあるのか?


 ──煙が辺りを満たしたとわかった直後に窓をすぐに斧で破壊したが、すでに男二人の姿は消えていた。逃げられたのだ。


 そのまま若葉さんは別の人に現場を受け渡し、今は車で私の家まで送ってくれている。


「このような失態、次は起こさせません。誠に申し訳ございませんでした」


「別に、若葉サンに怒ってどうにかならないでしょ? いいですよ、謝罪なんて」


「……」


 少し棘のある言い方になってしまったが、事実だろう。警察やらなんやらが動いたって、捕まらない限りは私の平穏な高校生活は約束されない。警戒しながらJKやるしかないのだ、私には。


「──これ、保険あります?」


「…………ないんじゃ、ないですかね」


「そーですか」


 冗談を言ったが、それでも私には聞きたいことが山程あった。そんな山のなかで、突飛して聞きたいことは……


「──申し訳ありません」


「……何に対する謝罪ですか? 謝るものがわかってない薄っぺらな謝罪なんて、私、いらないんですけど」


「私の出自です」


「──」


 ──お前、半妖だろ。


 そう、ヒサは言った。その言葉の意味する存在は、口にすることだって憚られる悍ましいものだ。


 ──人と妖の間の子供。半分こ、半分ずつの血、どっちつかずな存在。若葉が、そうだと言うのか。


「私はあの男が言った通り、『雷獣』と人間の間の子です。……それをあえて言わなかったことに、私は謝罪します」


「……種族を聞くのはマナー違反、間違ってないだろう。…………でも、そんな半妖がなんで政府の職につけたのかってのは疑問だよ」


「私の様な半妖はとにかく忌み嫌われますからね、政府が積極的に保護するのです……そしてそのままこうして職に就いた、という流れで」


「……そう」


 それ以上は、あまり聞きたくなかった。なんというか、漠然と嫌な予感がしたのだ。だから、会話はそこで途切れた。

 会話をしなくなると、嫌でも今日の出来事が脳裏でフラッシュバックする。本当に、たった一日で私の人生がぐるりとハードモードに切り替わった、最悪だ。


「……はぁ。ついたら、起こしてください」


「かしこまりました」


 そう言って、現実逃避に私は瞼を瞑った。──そんな私達の様子を、空の星星は見定めるように見ていた。


「──みんなみんな、大っ嫌い」


















「──なーるほど? つまり、わたしにあの子を狙ってほしいんだ?」


「ええ。あの少女がいる限り、『亀裂』が塞がれることはありません。それは、あなたの望むところではないでしょう?」


 とあるビルの上。下を見れば道路がよく見渡せる、少し見晴らしのいいビルの上に、一人の少女と男はいた。


 赤い長髪の黒コート男と、限界まで改造された巫女服をまとった二つ結びにした髪を風に煽られている少女だ。

 少女はその背丈、顔つき共に幼く、おそらく中学生であろう。左手の小指に銀色の指輪を嵌め、右手にはお祓い棒を持った、どこか現実味のない美少女だ。


「──代々、表界と裏界を分かつ結界を管理している神社が当代の巫女たる貴方様だからこそ、頼みたいのです。結界を乱す輩に、鉄槌を」


「……? まあ、いいよ。妖怪退治はわたしの専門業務だからね。えーっと、りょーくん?」


「……くそ、ヒサのやつ。んん、私の本名はりょーくんなどと巫山戯たものではなく──」


「ふーん。よろしくね、りょーくん」


「………………はい」


 どこか諦めたような表情をしながら赤髪の彼は下を見つめる。そこには、一台の車があった。──翠と若葉の乗った車だ。忌々しく睨みつけていると、どこか少女は不思議そうな評定をする。けどもすぐにニパッと笑顔になり、言い切る。


「ま、なにはともあれ大船に乗ったような気分でいいよ! この私──星黄(せいおう)瑠流(るる)にまっかせなさいな! 『亀裂』を広げる輩は許してならぬ、それがおばあちゃんの教えでもあるからね!」


 ──そう、流星のような美しさを兼ね備えて、少女は言い切ったのだった。




「人妖!」は人間である蒼が妖怪の世界に行った話。「妖人!」は妖怪である翠が人間の世界に行った話。青と緑で対称となるお話でした。

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