小咄其の参拾 『地下鉄の顔』
今回で一区切りです。少々奇妙で怖いかも。ご注意を。
夕方の地下鉄。
あわただしく人が行き交う中、帰り道を急ぐ私は、視線の端に奇妙なものを認めた。
・・・男の、顔だ。
何処にでもいそうな平凡な顔の男。ぎょっとしたのは首だけが浮いているように見えたからだ。よく見れば通路の途中の壁の窪みに身体をうずめているようだ。そこから首だけをひょっこりと出している。同色の壁と背景の間に見えるごくありふれた中年男性の顔。目だけがくるくる動いている。
すると、すいっと手が壁から出てきた。
帰宅ラッシュ、響くアナウンス、喧噪。人は皆、そんな男を振り向いたりはしない。足早に通り過ぎるだけだ。首と手の男はすごく落胆したような顔になる、が、すぐもとの目をまわす素頓狂な顔に戻った。手招きをするような仕草をしたり、耳打ちをするように口元に手を近づけたりしている。
さも「お得ですよ」とでも言うように。
発車のベルが鳴る。遠目に見ていた私も時間に追われる身だ。その場を離れようとした。
その時。
会社員だろうか。さえない初老の男性が壁の男にふらふらと、近づいていった。
そのまま壁の窪みに誘われるように首と手を前に出す。さっきと逆に身体だけが壁から出ているようだ。
私は何故か目が離せなかった。中年男はそのまま動かない。喧噪も聞こえない。
しばらくして、
その身体は壁の窪みから抜け出した。それは、
それは
目がくるくると動いている。手招きをしていた男の顔だった。
嬉しそうに、本当に嬉しそうに男は、こちらを向き、私を見た。そして
手招きをした。
<おしまい。>
ご愛読ありがとうございます。一応、今回が最終話とさせていただきました。以前のアクセス解析が30話までだったので。今回ギャグがないです。棒球です(苦笑)。そのうちまた同タイプでお目にかかれればと思います。感想とか頂けるとありがたいです。それでは、また(^^