小咄其の弐拾六 『愚者の贈り物』
あるところに年の離れた夫婦がいた。
女は美しいがたいそう派手好きで遊び好き。男は若いだけがとりえ。男は彼女のために夜も寝ずに働き、プレゼントを欠かすことはなかった。それでも女の欲望の泉は潤うことはなかった。
「やっぱりあんたみたいな若いだけの男じゃ駄目ね」
そう言われるたびに男は必死で彼女に応えようとした。
そんな二人も年を取った。これで遊び癖も落ち着くかと男は思ったが…
「私は若さを取り戻したいわ」
と女が言い出した。
「そんなぁ」
あらゆる方法を探したが効果はなく、とうとう金も住まいも無くした男。
「はあ…どうしたらいいんだろう? 彼女の願いがかなうなら命だって掛けるのに」
その時、暗がりから唐突に嗄れ声がした。
「ぎゃっぎゃっぎゃっ。それなら話が早い。オレと取り引きしろ」
現れたその黒い影は、世間一般に言う「悪魔」の姿をしていた。
「ひいっ! あ、あんた悪魔か? 取り引きって…ままっまさか俺の命と引き換えに、って? そ、それじゃ困るよぉ」
神も仏もない、という顔で男は泣いた。
「なに恐れることはない。お前の強い愛情に感激しただけさ。ちょいと辛いが、命まで取りはしない。彼女の若返りは約束しよう。さ、取り引きしろぎゃっぎゃっぎゃっ。」
「う、ううん」
結局、男は悪魔と取引をすることにした。はたして女は若返り、命の躍動に満ちた美しさを取り戻した。代わりに男は命までは取られなかったが、見る影もなく老け込んでしまった。再び遊びに行こうとする女。それを寂しそうに見送る男を、女はまじまじと見つめた。
「あなた…あなた、なんて素敵なの。そんな切ない目で私を見ていたなんて」
「お、お前…!」
年を重ねた陰のある男の容姿に、女はいっぺんに恋に落ちた。二人は揃って年上趣味だったのである。
二人の願いはかなった。お互い他人のことを思わぬ自分本位の贈り物によって。
<おしまい。>
おまけ
それでは悪魔は本当に慈善事業をしたのだろうか?
「ぎゃっぎゃっぎゃっ。オレはちょっとだけ寿命のパイプをつなぎ代えただけ。一番コストのかからない魔法さ。
男は間もなく寿命で死ぬから不当に命を取るわけじゃあない。女は最愛の伴侶を見つけた途端、長い後悔の余生を送る。死と不幸、一挙両得ってわけ。ぎゃーっぎゃっぎゃっ。」
<ホントにおしまい。>