お父様、落ち着いて下さい。
「本当にどうしようもないですねあの馬…………うふふ、失礼致しました」
「もー! お嬢様との婚約を破棄して男爵令嬢を選ぶなんて王太子様は馬鹿です! 大馬鹿です!!」
パーティー会場での出来事を説明すると、2人は猛烈に怒り出した。エルザなんて、にっこり笑顔なのに青筋を浮き立たせ、先程の日ではないくらいの冷たい雰囲気を纏っている。まあ、先程のやり取りなんてこの2人にとっては日常的なじゃれ合いのようなものだ。
馬鹿を馬鹿と言う事に関しては全く異論はないけれど、自分より身分が高いと分かっている相手にエルザがここまではっきり言うのは珍しい。
馬鹿とハッキリ口にしたマリベルと言い、2人が私のためにそこまで怒ってくれているというのがこそばゆかった。
この馬車には防音結界が張られていて、中の音は外には聞こえない。存分に言ってやるがいいわ、2人とも。
「と言うか、その無礼な男爵令嬢は何なのですか? ふふ、ふふふ、うふふふふふふ……」
怒りが振り切れて不気味な笑いを零すエルザに、隣のマリベルが顔をひきつらせている。エルザのおかげで平静を取り戻したようだ。早かったわね。
「エルザ、落ち着きなさい。お父様が帰ってきたらこの件を報告しなければいけないし、話はそれからね。その抜き掛けの短剣はしまってくれる?」
漆黒の鞘からちらりと覗く銀色が非常に気になる。得意武器だと言うこともあり、エルザは普段から携帯できる武器を持ち歩いているのだ。本人曰く、『護身用です、乙女の嗜みですわ』とのことだけれど。
普段は優秀な侍女なのに、エルザは時々妙に短気で物騒なのよね。
「ふふ、早く旦那様にご報告申し上げなければいけませんね、お嬢様。旦那様の反応、今から楽しみだとは思いません?」
「………………そうね」
うふふと妖しく微笑むエルザをから、マリベルと2人でそっと目をそらす。エルザも怖いけれど、お父様の反応も怖い。冷静に対処してくれるといいのだけれど。
いつもは楽しいおしゃべりの時間なのだけれど、今ばかりは早く時間が過ぎ去ってくれないだろうかと本気で思った。
✼ ✼ ✼
お父様は国王陛下の信頼も厚いこの国の宰相で、公私共に陛下を支える陛下の幼馴染でもある。つまり、とても忙しいのだ。普段は話す時間など滅多に取れない。
だから、今日もお父様が城から帰ってくるのは夜中になるだろうと思っていたし、帰って来るのを待って今日の件を報告するつもりだった。ところが、私が公爵家に帰ってから一刻ほどでお父様は家に帰っていらした。執事が気を利かせて城まで使いを出してくれたらしい。
ありがたいのだけれど、お仕事はいいのだろうか。私が心配することでは無いとわかっていても、ついそんなことを思ってしまう。
お父様が帰っていらしたので、私は今日の卒業パーティーであった出来事をお父様の書斎で説明する事になった。
初めは静かに耳を傾けてくれていたお父様だが、話が進むにつれてわなわなと震え出す。俯いているため表情は見えないけれど、恐らく眉間には皺が寄っているだろう。
………あ、お父様が握ってたペンが折れた。お父様握力強いわね……あのペンも儚い命だったわ。
というかそのペン、先週家に喚んだ御用商人から買ったばかりのものじゃないかしら。随分気に入っていらしたのに、残念なことだわ。
などと現実逃避をしてみるも、効果はなかった。
暫く俯いてわなわなと震えていたお父様が顔を上げた時、その顔には何も浮かんではいなかった。無だ。それなのに、感じる威圧感はとてつもない。私に怒っているわけではないのは分かっていても、今すぐ回れ右して逃げ出したくなった。
「よし分かった、お前をそんな目に合わせた馬鹿はお父様が何とかしてやるから安心しなさい。明日登城した時にでもウィルに……いや、今から行ってくる。待っていなさい」
………………お父様? 今から登城して陛下に何を訴えるつもりなのでしょうか。いくら気安い間柄だとは言え、陛下もお忙しい。何より今日の出来事は陛下も既に知っているだろう。そんなこと、お父様の方が分かっているはずなのだけれど。
それに、婚約破棄に関して私は何も思っていない。あの馬鹿王子から解放されて清々しているくらいだ。まさかあんな衆目の中でやらかすとはね。ルーカスたちの馬鹿さ加減を甘く見ていたわ。
今にも馬車に乗って王城に行きそうな勢いのお父様を必死で引き留めると、お父様は「お前がそう言うのなら」と、渋々ながらではあるが留まってくれた。
再び執務机の椅子に腰掛けたお父様を見てホッと息が漏れる。
「お前は優しい子だなあ、アナ」
お父様の言葉に、そうでは無いと心の中で否定を返す。お父様やエルザ、マリベルやカイを初めとして、私の周りに過激派が多すぎるのだ。私まで過激派になったらどうしようも無いじゃない。
まあ、私を思って怒ってくれているのが分かるから何も言えないのだけれど。
「……それで?」
「え?」
「アナは何を言われた? さっきの説明のように誤魔化さず、きちんと事実を話しなさい。俺が城に行くのを止めたいと思うなら、な」
お父様には適わない。全てそのまま伝えた時のお父様の反応を考えて誤魔化したのだけれど、見抜かれていたらしい。お父様が宰相だからなのか、私の親だからなのか……どっちもかしらね。
きっとお父様は私が誤魔化した理由も承知の上で、それでも聞いてきたのだと思う。
また誤魔化しても通用しないだろうし、結局素直に話す事にした。告げ口をしているようで、正直あまりいい気分では無いけれど。
馬鹿王子に言われた事を全て話し終わった時、その顔にはさっきと違ってとってもいい笑顔が浮かんでいた。激怒の種類が豊富ですね、お父様。
「よし、消すか。…………カイ、いるんだろう? お前の主が俺じゃ無いのは承知だが、ちょっと頼まれてくれないか?」
お父様が天井に向かって声を掛けると、天井からこつりと小さな音が聞こえた。多分了承の返事の代わりだろう。……って、落ち着いてる場合じゃないわ。
「……っ、ちょっと、待ちなさいカイ! 聞かなくていいわ! お父様も落ち着いて下さい!」
確かにカイは隠密行動が得意だけど殺らなくてもいいから!
と言うか、いつもはエリックかエルザか私の言う事しか聞かない癖にこんな時だけ聞き入れないで!
「アナ、心配する事はない。お父様とカイにまかせておきなさい」
そのお父様とカイに任せた結果が心配なのだと、一体どうすれば伝わるのだろうか。
お父様の目が本気と書いてマジである。本当に殺りそうで全く笑えない。
「ああ、やっぱりあんな馬鹿と家の可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いアナを婚約させたことが間違いだったんだ! あんな馬鹿に俺たちの天使はもったいない!!」
……可愛いが無駄に多いし天使なんて小っ恥ずかしい呼び名は止めて下さい、お父様。私を天使と同列に扱うのは不敬です。
卒業パーティーの話をすれば親バカなお父様が暴走するのはなんとなく予想していたが、それでも驚きの暴走っぷりだ。
「お父様、私は怒っておりませんので本当にやめて下さい」
「王子だからと遠慮する必要は無いのだぞ?」
止めようとする私にお父様は不満げだ。けれど、別に私も何もするなと言っている訳では無い。自分で仕組んだことだとは言え、あの言いざまに腹が立たない訳では無いもの。
「ふふ、遠慮など、する筈ないではありませんか」
私への余りの言い様に怒った『彼ら』が、既に報復を初めている。そして、私はそれを止めなかったのだから。
今回もお読み下さってありがとうございました!
ブクマして下さっている方もありがとうございます、1人でも増える度に画面眺めてニヤニヤしてます笑
よい新年をお迎え下さいね。




