表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/18

修道院に来てから2週間、面倒なものを拾いました

ヴィンセントの口調を変更しました。何回かいてもしっくりこなくて……。申し訳ありません。口調が変わっただけであまり性格は変わってないです。

 それは、私が修道院に来てから約2週間が経ち、よくやく諸々のことに慣れ始めたある朝の出来事だった。




 クロル修道院は国内にある女子修道院の中で最も聖都ヴァルリウスに近く、それゆえ信仰も厚い。

 朝起きて、聖堂で教典の確認とお祈りを行う。それから、朝の清め、併設されている孤児院の子どもたちや自分たちの分となる食事の準備、敷地内にある畑の水やり、鶏舎(けいしゃ)へ行って卵の回収……修道女たちは朝からやることが多く忙しい。

 とは言っても私はほとんどやっていないけれど。やらせてもらえないのよね。


 私が『彼』を拾ったのは、畑への水やりを終え、マリベルを待っていた時のことだ。鶏舎に卵を取りに行っていたマリベルは、戻って早々に不思議そうに首を傾げた。


「おじょ……アナスタシア様。あの人、どうしたんでしょう?」


 マリベルが指さした先、修道院の門の前に、何か見えた。マリベルの言うことを信じるのなら人間だけれど、ここからでは分からない。

 フィリップ程ではないが、マリベルはかなり目がいい。門までは大分距離があるから、マリベルに言われるまで全然気付かなかったわ。ここからだと豆粒くらいにしか見えないもの。


 門の近くに行ってみると、倒れていたのが黒髪の男性だと分かる。髪が顔にかかっているためその容貌は見えないが、仕立ての良い服を着ていた。

 行き倒れている人を放置するわけには行かないのだけれど、ここは基本的には男子禁制の女子修道院だ。とりあえずフィリップかエリックの所にでも預けておくのが無難だろう。…………エリックの所にはカイがいるし、フィリップの所の方がいいかしらね。フィリップの事だから嫌がるでしょうけれど。

 私とエルザが視線でそう会話している間、マリベルは男性の頬をちょんちょんと突き、黒髪を指先でどかして顔を覗き込んでいた。ちょっと目を離した隙に何をしてるのよ……。思わずひくっと頬が引き攣った。後ろからも冷気を感じる。


「……あら」


 顕になった顔は整っていて、思わず声が漏れる。男性はまだ若く、25歳かそこらにしか見えない。身なりの綺麗な若い男。訳あり確定ね。


「お……アナスタシア様、どうするんですか?」

「とりあえず、シスターヴァネッサたちに事情を説明して、使っていない部屋に運び込んでおきましょうか。後でフィリップを呼び出して頂戴。連れて行ってもらうわ」

「かしこまりました」

「朝食を終えたら呼んできますねー!」


 長年お嬢様と呼んできたからか、マリベルはいつまで経っても呼び方を変えるのに慣れない。慣れてもらうしかないのだけれど。

 そんな事を思っていると、修道院の方から誰かがこちらに向かってくる気配がする。私が後ろを振り返るのと、エルザがさり気なく立ち位置を変えて私の斜め前に立つのは同時だった。


「シスターアナスタシア、ここにいたのですね。そろそろ朝食の時間になりますよ。普段より遅いので呼びに来たのですが……そちらの方は?」


 近づいて来たのはアネットだった。彼女は夫からの暴行に耐えかねて修道院に駆け込み、そのまま修道女になったと言う。おっとりした見かけ性格とは裏腹に意外と行動力のある女性だ。


「シスターアネット、ご心配をお掛けして申し訳ありません。こちらの男性が倒れていたので、一時的に修道院内に運びこもうかと話し合っていた所なのですわ」

「そうですね……。そのままにしておくのも忍びありません。慈悲深い神もお許しにならないでしょう」


 アネットの言葉を聞き、マリベルに目配せする。マリベルは淡く微笑んで頷くと、男性の膝裏に手を回し背中に手を添える格好で抱き上げた。成人男性(恐らく)が少女にお姫様抱っこされている図って、シュールだわ。


「え……?」


 その細腕で成人(恐らく)男性を軽々と抱き上げて見せたマリベルにアネットが驚いた顔をしている。マリベルはかなり怪力なのだけれど、初めて見たらそりゃあ驚くわよね。


「行きましょうか、シスターアネット。早くしないと子どもたちに怒られてしまいそうですもの」


 冗談交じりに笑ってそう言い、既に食事の準備が終わっているだろう修道院に向かって歩き出す。何か言いたげなアネットに反応を返す者はいない。それはマリベルも例外では無かった。

 口を開かなければ、マリベルは元気そうな見た目に反しておとなしやかな美少女、で済むのだ。静寂が尊ばれる修道院内ではなるべく口を開くなと言ったエルザの言を、マリベルは忠実に守っているらしい。

 ……おとなしやかな美少女が成人男性を軽々と抱き上げるものなのか、という突っ込みは受け付けないわ。




 ひとまず空き部屋に寝かせて来ますと断り、私の部屋のある区画へと向かう。私が暮らす部屋は相部屋ではなく個室で、私の部屋の続き部屋ではエルザとマリベルが生活している。

 どうやら、私がこの修道院に来る事を聞いた修道院長がわざわざ壁を壊して続き部屋になるよう手配してくれたらしい。エルザが情報を拾ってきた。相変わらず、エルザは的確に私の欲しい情報をくれるのよね。


「そうね、そこの向かいの部屋が空いているから、彼はそこに寝かせて置いて頂戴」

「了解です!」


 ここら一帯は修道女のための個室になっているが、使っているのは修道院長であるヴァネッサと私たち3人だけだ。使う人数に対して空き部屋が多すぎると思うのよね。ほとんどの修道女はもっと入口付近にある相部屋なのだし。

 いつでも使用出来るように整えられていた寝台に男性を寝かせ、マリベルと食堂へ向かう。エルザは一足先に食堂へ行って準備を手伝うと言っていたため別行動だ。恐らく席も取っておいてくれているだろう。


「シスターアナスタシア、おそーい!」

「おそーい! お腹空いた〜!!」


 食堂に着くと、案の定待ちくたびれた子供たちに怒られた。朝から元気いっぱいな様子には思わず苦笑してしまう。

 最も、院内で大きな声を出すのは褒められた事ではないので直ぐに年配のシスターに窘められていたけれど。しゅんとしている姿は子どもらしく素直で可愛い。


「ごめんなさい、大変なことがあったのです」


 シスターヴァネッサに事情を説明し、後でフィリップを呼ぶことに関しての了承を得てから席に着く。私の両脇はエルザとマリベルだ。

 貴族令嬢が使用人と一緒に食事を取ることはまずない。最初の頃は随分新鮮だったのだけれど、最近ではすっかり慣れた。大勢で食事を囲むのは、晩餐会とはまた違っていて結構楽しい。この修道院の性質上、わいわい楽しく食事とはいかないけれど。


 修道女たちが首から掛けているロザリオを握り、孤児院の子どもたちは胸の前で手を組んで、食堂で席に着いている全員で目を瞑った。


(しゅ)よ、天を司り、天におられる我らが慈悲深き神よ。幾多の命を我らの糧としてお恵み下さったその慈しみに祈りと感謝を捧げ、この食事をいただきます」


 シスターヴァネッサの声に続き、全員で食前の祈りの文言を復唱する。食後の祈りや朝、晩の祈り、仕事前、仕事終わりでもそれぞれ違う文言が存在する。

 修道院に来て1番大変だったのは間違いなくこれを覚えることね。貴族の祈りは簡略化されていたけれど、ここで生活する以上正しい文言を覚えない訳には行かないもの。


 今日の朝食は、今朝マリベルが取った卵で作ったスクランブルエッグに、街で買ってきたベーコンと修道院の畑で採れた野菜を添えた物だった。


「………!」


 一口食べて、思わず目を見張る。スクランブルエッグが私の好みの味付けになっていた上にものすごくふわふわだったからだ。隣で満足そうな顔を浮かべていることから見ても、作ったのは間違いなくエルザね。よくあんな短時間で作ったものだわ。


「エルザ、また腕を上げたのではない?」

「ふふ、光栄です。ここに来てからはほぼ毎日作っておりますから」


 食事を取りつつ、小声でエルザと会話を交わす。普通に話すと眉を顰められてしまうもの。

 公爵令嬢時代にエルザが作っていたものと言えば私が主催するお茶会のお茶請けくらいだが、それも料理人が作ることが大半だ。作る機会が増えれば腕が上がるのも当然ね。マリベル以外は。

 私とエルザの会話を聞いたマリベルが「私もこれくらい…!」と対抗心を燃やしている。諦めなさい、貴女には無理よ。給茶はともかく料理は致命的に下手だから。適材適所というものよ。


 食後の祈りを捧げ、今日の料理を担当した修道女と今日の当番になっている子どもたちが食器を片付け始める。残りの修道女は食堂を出て清めの準備、子どもたちは孤児院に戻って勉強の準備だ。

 子どもたちの勉強に関してはここに来てから私が教え始めたものだ。知識は無駄にはならないし、せめて読み書き計算くらいは、ね。


 子どもたちに昨日教えた文字の書き取りをして待っているようにと言い含め、マリベルをフィリップの所に使いに走らせて自室に戻る。私自身も孤児院での授業の支度をしていれば、それ程時間を置かずにマリベルがフィリップを連れて戻ってきた。


「お嬢様の愛の下僕、フィリップ参上〜。こんな朝から呼び出すなんて、ひょっとしてお嬢様ったらオレに会えなくて寂しかった?」

「フィリップ、その口の聞き方は何ですか?」

「ジョーダンだって、ジョーダン。謝るからナイフをしまってくれないかな」


 エルザが冷気を漂わせながらちらりと懐に忍ばせていたナイフを取り出す。その様子を見たフィリップが冷や汗を書きながら慌てて訂正していた。そんなんだからいつまで経ってもエルザに相手されないのよ。


「朝から呼び出したのはフィリップに頼みたいことがあるからよ。着いてきて頂戴」


 そう言って、倒れていた男性を寝かせている部屋に向かう。扉を開けると、部屋の中には意識を失っていたはずの男性が立っていた。そして、部屋の外に立っている私たちを見た途端、とても嬉しそうに笑ってこう言ったのだ。


「ああアナ、ようやく会うことが出来たな」

今回もお読みくださってありがとうございました。


また、本日は同時刻に新連載、「吸血姫に転生しましたが、絶対に血は吸いません」を投稿しております。こちらも悪役令嬢ものです。相変わらず更新は遅いですが、興味がある方は覗いて下さると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 堕天使ですか?堕天使が来たんですかー!? 訳あり男性はどちら様か早く知りたいです‼️ 一人称書き上手い。私が書くとヘタクソレベルなんですよ。文章上手いです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ