拾い物はかなり厄介なものでした。
遅くなってすみません!
宗教に関する説明がありますが、そこを飛ばしても話は繋がります。多分。
見知らぬ筈の男性が私の名前を口にしたことで、その場の空気がいっきに張り詰める。
私の後ろにいた3人の対応は早かった。庇うように私の前に立ち、いつでも振るえるようにとそれぞれが武器を構える。
「退け、不愉快だ。俺の邪魔をするなど、人間はいつからそんなに偉くなった」
先程の満面の笑みはどこへやら、臨戦態勢になったエルザたちを見て男性は不快気に顔を歪める。特にフィリップに向けられる視線が酷い。視線だけで人を殺せるとしたらきっとあんな感じね。私が向けられている訳ではないのに、圧迫感に押し潰されそう。
ただ、そんな視線を向けられても尚フィリップは動じなかった。静かに男性を見据え、相手との距離を測っている。
「人間風情、ねえ」
思わず冷え冷えとした声が唇から零れでた。そんなことを言うからには、貴方はさぞかし偉いのでしょうね。一体何様のつもりなの?
顔にハッキリと不快感を出したというのに、そんな私を見て男性は嬉しそうに笑った。空気が読めないのか、それとも敢えて読まないのか、どちらかしら。
「全く、何度あの愚かな人間に天罰を下してやろうと思ったか……。よくやく会えた、俺のアナ」
「止めて頂戴。その呼び方を許した覚えも、貴方のものになった覚えも私にはないわ」
「アナ……? ああ、見た目が変わっていて分からないのか。そんな所も可愛いな」
話が通じているようで通じなくて苛々する。人の話を聞く気があるの?
「貴方……誰ですか?」
エルザの問いは、私達全員の心の声を代弁したものだと言っていい。けれど、男性はエルザに冷めた視線を向けるだけで答えなかった。
それを受けてエルザが私に視線を寄こす。私からも聞けと?
「私からも聞かせてもらうわ。貴方は一体誰かしら」
3人がじっと見守る中で尋ねると、男性はあっさりと答えた。
「俺か? そうだな……ついこの間までは天界で天使として仕事をしていたが、愚かな人間に天罰を下してやろうとしたらヴァルリウスに怒られてな。今は天界を追放されたしがない堕天使だ」
「は……?」
ヴァルリウスって、あのヴァルリウス? ル・シエル教の主神の? それに、愚かな人間? 誰のことを言っているの?
あっけらかんと笑う男性に間抜けな声を上げてしまったのは仕方の無いことだ。意味が分からない。あの馬鹿王子のせいで理解不能な事態には慣れたと思っていたけれど、甘かったかしら。
「まあ、あれだ。アナの所に行こうにも制約が多くて周りもうるさいし、いつ堕天してやろうかと思ってた所だからちょうどよかったな」
笑みを浮かべた自称堕天使が一歩こちら側へ踏み出すと、そんな男性に向けて3人が武器を向ける。臨戦態勢は継続中だ。
けれど、面倒くさそうに自称堕天使が視線を向けると、たったそれだけで3人は微動だにしなくなった。
「な……っ」
「邪魔をするな。鬱陶しい」
声もなく驚愕している3人に冷めた視線を向け、彼は呆れたように肩を竦めた。
「たかが人間が俺に適うと本気で思っているのか? 俺を誰だと思っている。人間はそこまで愚かに成り下がったか」
知らないわよ! どうして私たちが貴方を知っていることが前提なの!?
……あら、いけない、口調が乱れてしまったわ。冷静に、冷静に。さっきの答えじゃ納得できないもの。
「もう一度聞くわ。貴方、何者なの?」
少なくとも一般人でないことだけは確かだ。近衛騎士に匹敵する……いいえ、それ以上の戦闘技術を持つこの3人を一瞬で動けなくしたんだもの。
これで一般人なんて言おうものならこれまで5人で技術を高め合ってきた彼らの立つ瀬がないわ。
見極めるためにじっと自称堕天使を見つめると、彼は困り顔でぽりぽりと頬を掻いた。
「話してやりたい所だが、あれ以上の情報はヴァルリウスに口止めされてるんだ。ま、とりあえず今は元天使のヴィンセント、と名乗っておくとしようか。ヴィンスと呼んでくれ」
天使……ね。本当だとすれば、極めて拙い状況だわ。
ル・シエル教の神は一柱だけ。それなのにヴァルリウスを主神と表現するのは何故か。神と同様に一柱、二柱と数えられる存在がいるからだ。13柱の天使と呼ばれる彼らはそれぞれに司るものを持ち、その力は神と同等だとも言われる。
天使の階級は3位階9階級に別れている。
13柱の天使 は当然最上位、第1の位階だ。その下に第2の位階、第3の位階と続く。最も身近な天使である精霊は、第3の位階の3番目……つまり、序列最下位の第9階級だ。特に力のある精霊や最上位精霊はその1つ上、第8階級の大天使に当たる。
序列9位の一介天使や大天使が相手なら、勝てなくはない。相手がそれ以上なら…………
……ところで、エルザたちが動けなくなった時から私はあることを試みていた。相手の序列によってはあるいは、という一縷の望みを掛けて。
その結果はというと……
『アナ〜俺たちじゃムリみたい』
『ごめんね、力になれたらよかったんだけど』
これで、相手が序列6位以上の天使であることが確定した。
13柱の天使の名前は全員把握しているが、ヴィンセントなんて名前の天使はいない。堕天使(仮)は第2の位階の天使だろう。
私がお願いした相手は最上位精霊だ。相性にもよるが、1つ上の序列の天使の魔法くらいは解ける。真逆の性質を持つ2人にお願いして、それでも解けなかったということは、そういうことだ。それに、精霊たちの声は小さく震えていた。
「分かったわ、ありがとう」
お礼を告げると、2つの光が力なく点滅する。落ち込んでいるようだ。けれど、慰める余裕など今の私には無かった。
じっと相手を見据えて思索を巡らせていると、堕天使(仮)はひらひらと手を振って笑った。
「わざわざそんな下級天使に頼まなくても、術はちゃんと解いてやるから安心するといい。アナに危害を加える気なんて俺にはないからな」
やっぱり、気付いた上で敢えて放置してたのね。その余裕が腹立たしい。けれど、解く術がないのも事実だった。
まだ、エルザたちの動きを止めているのが何の魔法かも分かっていないのだから。
「その言葉を、どうやって信じろと言うの?」
「信じるも信じないもアナの自由だ。無理に信じろとは言わない」
けど……と続けながら、堕天使(仮)は精霊2人、エルザ、マリベル、フィリップと順に視線を向ける。そうして、やはりにこりと笑いながら言った。
「賢いアナなら分かるだろう? 俺に抵抗しようとするだけ無駄だってことくらい」
「さあ、やってみなければ分からないわ」
自分自身を鼓舞するように、口の端を吊り上げる。額を冷や汗が伝った。
悔しいことに堕天使(仮)の言う通りだ。堕天使(仮)がその気になれば、私たちは一瞬で殺されるだろう。認めざるを得ないのが更に腹立たしいわ。
せめて、エルザたちを拘束している魔法の属性だけでも分かれば……
「アナ、これが何の魔法か考えてるのか? 俺は魔法なんて使わないぞ?
言うまでもないことだが、魔法と言うのは人間が精霊の力を借りて行使するものだ。いくら俺が弱体化してるとは言え、わざわざ下級天使の力を借りなくてもこんな簡単な術くらいは使える」
「弱体、化……?」
嘘でしょう。これで弱体化しているなら、本来の力はどれほど強いのかしら。こんな高度な術を簡単と言っていることもそうだし、まるで底が見えないじゃない。
事も無げな様子に心底ぞっとした。精霊たちとはあまりにも格が違いすぎる。第2の位階の天使がこれほどの実力を持っているだなんて。
「ここはヴァルリウスの気が満ちてるからな。俺だからこれだけで済んでいるが、力の弱い堕天使なら消滅するだろう」
修道院には魔物が近付けないようになっている、という話は聞いたことがある。魔物と同じく魔に属する堕天使も近付けないようになっているのかしら。堕天使は悪の象徴と言うし。
どうやら、私はとんでもないものを拾ってしまったみたいね。
「修道院の前に倒れていたのも、それが理由?」
「アナはやはり賢いな。心配は要らない、もう大分慣れた。アナに会うために来たのに、会う前に倒れたら世話ないな。最も、そのおかげで会えもしたのだが」
「……そう。何故私を知っていたの?」
彼ほどの実力を持つ天使(仮)が、人間に興味を持つとは思えない。そんなこと、エルザたちに対する反応で十分に分かる。弱ってまでわざわざ会いに来た理由は何?
けれど、返ってきたのは答えになっていない答えだった。
「そんなの、ずっとアナを見てきたからに決まってるだろう?」
ストーカー? ストーカーなの??
満面の笑みでの答えに鳥肌が立つ。思わず腕を摩ると、堕天使(仮)は不満げに唇を尖らせた。
「幼い頃から見てきたが、お前は日々可愛くなっていく。余計な虫が付いたらどうしてくれようと気が気ではなかった。
まあ、こうしてアナと話せたから取り敢えずは満足だ。術、解いて欲しければ解いてやるが、どうする?」
「そのままにして欲しい、何て言うと思うのかしら」
「分かった、分かった。そんなに睨まないでくれ、せっかくの美人が台無しだ。勿論、怒る顔も可愛いがな」
……中位以上の天使って、みんなこんなのなのかしら。比較対象がないから分からないわね。心の安全の為に知りたくは無いけれど。
私が密かに慄いていると、堕天使(仮)がパチンと指を鳴らした。なんとか拘束を解こうと頑張っていたのだろう3人の身体が、唐突に自由を手にしたことでぐらりと前方へ傾ぐ。
「……ありがとう。3人共、大丈夫?」
「ぜんっぜん大丈夫じゃありません! も〜、この人は一体何なんですか!?」
声を掛ければ、マリベルが威勢よく叫んだ。空元気なのは分かるけれど、それだけ叫べるなら大丈夫そうね。
フィリップはまだ開放された実感が無いのか手をグーパーと動かしたり体を捻ったりしている。エルザがやけに暗い顔をしているのが気にかかった。
「そいつらにかけた術も解けたことだし、これからよろしく頼む、アナ。……そこの3人はどうでもいいが、俺の名前だけは呼んでくれるなよ」
相変わらず態度の違いが酷い。というか、それよりも気になるのは……
「これからよろしくって、どういうこと? まるで貴方がずっとここにいるかのような言い方ね」
「ん? いるに決まっているだろう。アナの近くにいたいからな。それに、堕天したせいで今の俺には帰る場所がない」
それ、ドヤ顔で言うことではないと思うわ……。
思わず突っ込んだ私の視界の端に、叫びそうになったマリベルの口を2人がかりで塞いでいるエルザとフィリップの姿が映った。
今回の投稿に伴い、今まで投稿してきた話に修正を加えました。大分変わっているところもあるので、空き時間に見てくださると嬉しいです。何故かキャラが1人増えたので……。すみません。
また、お気づきの方もいるかもしれませんが、修道女の設定&番外編置き場を開設しました。長期間休んでいたお詫びも兼ねて何話か投稿しているので、よろしければ是非。リクエスト等もあれば活動報告の方で受け付けます。
お読み下さってありがとうございました!




