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幕間① 少女の気持ち

また遅くなって申し訳ありません。

幕間一話目、宿屋の娘、アーゼのお話となっています。お楽しみください。


「よいっしょっ、と……ふぅ。これで終わりですね」 


 いつものように数の多い洗濯物を干し終わり、ググっと大きく伸びをする。

 そして、そのまま縁側に座って後ろに倒れこむ。


「日差しが気持ちいいですねぇ……ふぁぁ」


 暖かな陽気に誘われて思わず欠伸が出てしまう。

 明るい茶髪を纏めているこの少女はクォーツリクの宿屋『猫の水晶亭』の看板娘で、名をアグネーゼという。今日も今日とて忙しい家業の手伝いに駆り出されているというわけだ。

 うとうとと寝落ちしてしまいそうになったとき、彼女の母親、つまり宿屋の女将から声をかけられる。


「アーゼ? いるのかい?」

「ん……はぁい」


 睡魔をなんとか撃退して彼女は体を起こし、中へと戻る。

 そこには数人の冒険者たちの応対を行って忙しそうに恰幅の良い身体を揺らしている母の姿があった。

 

「お母さんどうしたの?」

「ああ、アーゼすまないね。少し買い物を頼まれてくれないかい?」


 そこに声を掛けると此方に気づいたようで、手は動かしつつも返事を返す。

 どうやら、買い出しに行ってもらいたいようで、メモを差し出してくる。


「あ、うん、いいよ!」


 当然、断る理由なんてあるはずもなく二つ返事で了承の意を示す。外出が余りないアーゼにとって公然の理由と共に外に出れる「買い出し」は魔法の言葉同然だった。

 メモを受け取り、上機嫌な様子で支度を始めるアーゼに昼間から酒を飲む冒険者たちがちょっかいをかけてきた。


「アーゼの嬢ちゃん、お出かけかい?」

「はい! お母さんの頼みで買い出しなのです!」

「ほう、そりゃぁ偉いなぁ! どれ、おじさんが小遣いをやろう!」

「こらこら、あんたたち! うちの娘に余計なことするんじゃないよ!」


 健気なアーゼに絆されたか、冒険者の一人が小遣いを上げようとするが、女将に止められてしまう。

 

「いいじゃないか、別に……」

「うちにはうちのルールがあるんだよ、全く!」

「へいへい、肝っ玉女将にゃ頭が上がらねぇぜ……」

「ちげぇねぇやっ!」

「がっはっはっは!!」

「ったく……」


 止められた男が渋々取りやめると周囲の知り合いであろう冒険者たちが囃し立てて笑い始める。

 冒険者たちにとって女将は帰る場所を提供してくれるひとであり、感謝と共にこうやって慕われているのだ。

 アーゼはそんな様子をニコニコと眺めながらいつか自分もああやって慕われてみたいと子供ながらに考えるのだった。


「じゃあお母さん行ってくるね!」

「はいはい、いってらっしゃいな」

「アーゼちゃん気を付けるんだぜ!」

「コイツみたいなのがいたら近づいちゃ駄目だぜ?」

「あ、てめぇ何言ってやがる!」

「あはははっ! 大丈夫なのです!」


 出立のことを告げるとまたもやわいわいと騒ぐ男たち。

 アーゼは彼らの声を背に意気揚々と買い物に出かける。


 ◇


「えーと、次は……お魚さんですね!」


 鼻唄交じりに、食材の入った籠を手に街を歩くアーゼ。

 街の人気者である彼女は行く先々で可愛がられ、お菓子などをもらって上機嫌だ。

 次の目的であるところの魚屋に足を向けたところで、見覚えのある後ろ姿を発見する。

 この街では比較的珍しい黒髪に腰に佩いた灼刀、そして白髪の少女と最近現れた狐耳の少女を連れているとくれば誰なのか特定するのはアーゼにとって難しくなかった。

 

「おーい、お兄……」


 兄のように慕う彼に声を掛けようとして、止める。

 どうせだから驚かせてやろうという悪戯心が思い浮かんだ為だ。

 そうと決めれば行動に移すのは早い。脳内の何故か軍服姿の自分から「突撃ィ!」という指令を受け取り、目標に向けて走り出す。母親譲りの度胸は遺憾なく発揮されているようである。

 

「おーにぃーさぁぁぁんっ!」

「この声は……って、ぐっふぅ!?」

「ソウジ君っ!?」

「お兄ちゃん?!」


 アーゼの声に反応した青年――ソウジは振り返ると同時に腹部に強い衝撃を覚え、くの字に折れ曲がる。

 周囲にいた二人の少女――アリアとリリルも驚いた声を上げる。

 が、そこは流石冒険者というところか、不意打ちに近かったにも関わらずその場から微動だにせずアーゼを受け止め、大きく溜息を吐く。

 

「おいおい、アーゼびっくりするじゃないか」

「えへへ、びっくりさせようとしたのですよ!」

「か、可愛い……「「あ゛?」」……じゃなくてどうしたんだ?」

「今日は買い出しのお手伝いなのですよ!」


 思わず呟いた一言により、両脇の少女から威圧を受けたソウジは露骨に話を逸らそうとアーゼに事情を尋ねる。その額には冷や汗が伝っている。


「おーそれは偉いな、アーゼはいい子だな」

「わぷっ……えへへ、気持ちいい、です!」


 未だに抱き着いているアーゼの頭をグシグシと撫でまわすソウジ。

 アーゼもその慈しむような撫で方に蕩けた表情を見せる。


「……年下純情、侮れないなぁ」

「妹ならボクがいるのに……」


 その様子をみて、危機感を抱くアリアとリリル。

 アリアは我慢が出来なかったのか、デレデレと鼻の下を伸ばすソウジにそっと近づき、肘打ちを加える。


「いでっ、なにするんだよ……アリア」

「ソウジ君が私たちのことほったらかしにするからだよ」

「ボクたちも装備とか準備しに行く途中だったんだ」

「そうなのです?」

「あ、ああ。まぁそうだ」


 リリルがアーゼをべりっと引き剥がし、自分たちについて話す。

 この狐耳の少女もだいぶ馴染んできたようで砕けた物言いになってきたものだ。

 リリルに持ち上げられたままのアーゼがソウジへと確認をとり、ソウジも頷きを返す。


「んー、それならお邪魔しちゃったのです?」

「いや、別に大丈夫だぞ?」

「うん、どうせだからアーゼちゃんも一緒に行かない?」

「いいのです? お言葉に甘えるのです!」


 そうした中で、アリアが一緒に行動しないかと提案する。アーゼはキラキラと目を輝かして

 こうしてアーゼはソウジたちと行動を共にすることになる。

 

 ◇


「見て見て、凄い綺麗!」

「ほぁーっ……ボク初めて見たよ、こんなの」

「キラキラなのです!」


 女性陣が揃って、目を奪われているのは水晶で作られた髪留めやアクセサリーだ。

 色も違えば、形も違うのだがどれにも共通なのは澱みなく透き通っているということだろう。

 一つ一つ手に取ってはこれが似合う、あれが似合うだの楽しそうに話している。

 そんな様子を見ていたソウジが思案気な顔をして何やらブツブツと呟いていた。


「冒険者といえど、女の子……か」

『主、買ってやったらどうなのだ? 彼奴らは欲しがっているように見えるぞ?』

「うーん、そうだな、買ってやるか」


 自分の内に住む相棒に促され、ソウジは購入を決意する。

 おもむろに彼女らの背後から手を伸ばすと一つの髪留めと二つのネックレスを手に取って屋台の男へと声をかける。


「親父さん、これ三つでいくらだ?」

「ん、占めて銀貨三枚……と言いたいところだがサービスだ。半額の銀貨一枚と半銀貨でいいぜ!」

「え?」


 戸惑うソウジに屋台の店主は親指を立てて、彼の背中を叩く。

 受け取った銀貨二枚のうち、一枚をペンチで半分に割り、商品と共にソウジへと渡す。


「あの嬢ちゃんたちにやるんだろ? 男前じゃねぇか」

「ほんとにいいんですか?」

「何度も言わせるなって、さっさと渡してやりな」

「あ、ありがとうございます」


 商品を受け取るとソウジは突然のことに固まっている少女たちの元へと向かい、受け取ったばかりの商品を彼女たちへと差し出す。


「てなわけで、俺からの贈物だ。一応、似合うと思って選んだんだが……」

「え、え? 私たちに?」

「そうだ、ほら」


 袋から取り出したのは濁りも何もなく、それ自体が光を放ってるかのような透明水晶のネックレス、それに瓜二つな黄水晶のネックレス、そして紫水晶が散りばめられた髪飾りの三つだ。

 

「一応、冒険者だから髪飾りは危ないと思ってだな、ネックレスだ。そんで、この髪飾りはアーゼだな」


 水晶のものをアリアが、黄水晶のものをリリル、髪飾りをアーゼが受け取る。

 彼女らは最初は驚いていたが次第にニマニマと嬉しそうな笑みを浮かべ、置きつ眺めついろいろな角度から見つめる。

 そしてアーゼがこんな提案をする。


「えっと、お兄さん……良かったら髪につけてもらえませんか」

「え?」

「ダメ……ですか?」

「いや、いいんだが、うまく出来ないと思うぞ?」

「いいのです、付けてもらうのが目的ですから!」


 フンスッと鼻息荒く、ソウジに詰め寄る。


「ちょ、ちょっと私もお願いできないかなぁって……」

「ボクも、ボクも!」


 そんな様子に慌てたのか、アリアとリリルの二人も同様に付けてもらうように頼み込む。


「わかった、わかった。つけてやるから」


 こうして全員の付けることになったソウジは冷や汗と共に、一人一人につけていく。

 まずは、アーゼ、次にアリア、最後にリリルという順番だ。


「よ、よし。付け終わったぞ?」

「えへへ、お兄さんどうです?」

「ソウジ君、どうどう?」

「ボクも可愛いですよね!」

「ああ、全員似合っていて可愛いぞ?」

「「「え……」」」


 即座にアリアたちはソウジに感想を求める。

 が、ここで不意打ちのようにソウジは素直に答える。しかもとびきりの笑顔付きだ。

 これには三人も顔を真っ赤にして黙り込む。もちろん、今まであまりそういった反応を見せてなかったアーゼもだ。


「ん? どうしたんだ?」


 ソウジはそんなことは露とも知らず、突然黙り込んでしまったアリアたちの顔を覗き込む。


「っっ! ソウジ君(お兄さん・ちゃん)のばかぁぁ!」

「え、なんでっ!?」


 羞恥のメーターが振り切れたアリアに叩かれ、リリルに殴られ、アーゼにタックルされる。

 ソウジは為すすべなく、攻撃を受けるだけ。


「がっはっはっは!!」

 

 青く透き通った蒼穹に屋台の店主の笑い声だけが吸い込まれていった。


 ◇


「ふぅ、楽しかったです……」

  

 ベッドに疲れた身体を預け、ポツリと呟く。

 宿に泊まるソウジたちと共に帰宅して、アーゼは自分の部屋に戻ってきていた。

 心地良い眠気に体を預けながら今日一日のことを思い返していく。

 朝の仕事、買い出し、ソウジたちとの出会い、ニコリと笑ったソウジの顔……。


(あの時のお兄さん、かっこよかったです……って何を考えて!)


「~~~~っ!??!?」


 そこまで思い返したところで、少女は再び顔を紅く染めて跳ね起きる。


「い、いまわたしはなにをっ! そ、それになんでこんなに顔が熱く?!」


 まだ幼いアーゼは自分が何故こんなに慌てていて、恥ずかしくなっているのか、自覚できていない。

 こうして悶えている彼女が自らの感情の正体を知るのはまだ少し先の話……。

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