36 フロストベア討伐戦
翌日。いよいよ討伐に向かう日だ。
情報を整理しよう。場所はリリルの故郷、「ゼオドーフ」。狐獣人たちの村でそこそこの規模があり、また街との距離も一日程の距離の為、交易も盛んである。
そして今回の依頼、討伐目標はレッドベアの突然変異種である、フロストベア。通常種を大きく上回る体格を持つ為、その膂力は測りしれないだろう。
だが、今回、最も警戒すべきはフロストベアの持つ『氷魔法』だ。
アリアやミライアさんから聞いた話だが、通常、モンスターは竜など特異な種を除き、魔法を使えないそうだ。だが、何らかの要因で変異、使用可能になることが稀に確認されている。多くの研究者が様々な仮説を立てるも理由は分かっていない。
聞けば、ナザースが討伐に向かったクリムゾンベアも火属性の魔法を使うらしい。
「ソウジお兄さん、朝ごはんなのです」
考え込んでいると部屋がノックされ、宿屋の看板娘、アーゼの声が聞こえる。どうやら朝食が出来たようだ。
「ああ、今行く。アリアたちは?」
「アリアお姉さんたちなら、さっき呼びました!」
「そうか、ありがとう」
「はいです!」
今の時刻は、日が昇る直前と言ったところだろうか。地球のように時計が普及しているわけではないので、時刻の把握は大体なのだ。
昨日、イグネスから受け取った真新しい防具に身を包み、腰には火属性の親和性が高い方の刀を帯びる。
何故二本とも出さないのかというと、まだ一本でしか、十全には扱えないからであり、こちらを選んだのはフロストベアとの相性を考えたからだ。
「おはよう」
「あ、ソウジくん。おはよう」
「おはようございます」
食堂へと降りれば、そこには戦闘用の防具に身を包んだアリアとリリルが居た。
「いよいよだな」
「まぁ、そこまで気負うことでもないよ」
席へ着いて、今日のことについてアリアに話しかける。だが、彼女は至っていつもと変わらず、平静としているように思える。
アリアはBランクだから慣れているのだろうが、それでもこれでは緊張している俺が馬鹿みたいだ。
大きく溜息をついていると女将さんが恰幅のいい身体を揺らし、料理を運んでくる。
「はいよ、お待たせ」
「え?」
そう言って、彼女が置いた料理は明らかに多い。普段払っている金額に見合わない。
「女将さん、これは」
「いいんだよ、今日はあんたらの大一番だろ。宿屋の情報力舐めちゃいけないよ」
どうも、女将さんは俺たちがどういった依頼に行くのか知っているようだ。
どこから情報を入手しているか分からないが、流石は冒険者を多く捌いてるだけはある……のか。
「気にしなくていいから、無事に帰ってきて欲しいのです! 私は大丈夫だと思ってますから!」
続いて、料理を運んできたアーゼにも窘められてしまう。これは頭が上がらないな。
「……ありがとう」
「どういたしましてなのです!」
感謝の念で一杯になりながら俺たちは美味しい朝食を腹一杯頬張った。
◇
時は流れ、俺たちは村に向けて全力で走っていた。今、こうしている間にも襲われているかもしれない。
「リリル! こっちで合ってるんだな!?」
「はい! この先の林を抜ければすぐです!」
時折、見える低ランクモンスターは完璧に無視して走る。たまに進行上に出てくる奴もいるが、残念ながら一撃で葬られていく。
驚いたのは、リリルの身のこなしが明らかに何か格闘術を学んでいるものだったことだ。
強化魔法を上手く乗せ、一角狼を一撃で沈めた時は思わず拍手しそうになったほどだ。
「見えました!」
「!」
リリルの声と共に、現れたのは既に蹂躙されたあとの村……ではなく、普通の村だった。
「よし、一先ずの懸念は大丈夫だったみたいだな」
「そうだね、後は村人が何処にいるかだけど……」
村の中は、人の息遣いがなく、ガランとして寂しい様子だった。
明らかに不自然なその様子に少し不気味だと思ってしまう。
「おそらく、ボクの……村長の家の地下に隠れてるんだと思います」
「地下に?」
「はい、こういう時のために村の下には避難所が作られているのです。そこなら備蓄もありますから」
なるほどな……地球での狐も強烈な穴掘りの習性があると聞いたことがある。そういったことも獣人には類似しているのだろうか。
「よし、じゃあまずは現状確認の為にそこへ向かうか。幸い、今はフロストベアは見当たらないようだし」
「そうするべきだろうね」
「はい、ボクが案内します」
村の、奥まったところに一際大きな建物があった。周囲にはバリケードのように木の柵が張り巡らされている。
それらを避けて、建物内へと入ると横から槍が突き出される。もちろん、攻撃ではなく、交差するようにだ。
「何者だ」
「依頼を受けて、ここへ来た冒険者だ」
「冒険者? そうか、リリルが呼んできてくれたのか」
槍を下ろし、納得した様子を見せる二人の男。
一人は何処となく、リリルに似ているような……。
その時、俺の後ろから黄色い影が走り抜けた。
「お父さんっ!」
「リリルっ?」
そう叫びながら、リリルが飛びついたのはリリルに似ている方の男性だ。
父親だったのか。道理で似ているはずだ。
「お前、街に居るように言っただろう、なんでここに……」
「皆が危ないのに、一人で街で待ってるなんて嫌! だからボクはソウジさんたちにお願いしてここまで来たの!」
「ソウジさん?」
誰のことか、わからなかったようなので自己紹介をすることにした。
「どうも、今回依頼を受けてきました。ソウジ・アカツキです」
「同じく、アリアです」
「そうでしたか。いや、先程は無礼な応対をしてしまい申し訳ありません」
リリルを下ろし、土下座しようとするのを慌てて止める。
「大丈夫ですから! 当たり前のことだと思いますし! それより、現状について詳しくお聞きしたいのですが」
「そ、そうですか。では、とりあえず着いてきてください」
どうも卑屈な感じの人のようだ。ミライアさんのところと言い、この世界は父親と娘は似ないのだろうか。
と、冗談も程々にし、先導に従って着いていくと地下へと続く階段があらわれた。
この先が例の避難所なんだろう。
「暗いのでお気をつけください」
「ライト」
暗いと聞くや否や、アリアは光魔法のライトを使用する。これは空中に擬似的な光源を発生させる魔法で光魔法でも基礎的なものだ。
「おお、これは良いですね」
リリルのお父さんも驚いた様子を見せるが、獣人は夜目が効くため、余り意味が無いとアリアから聞いている。
そうして暫く進むと人の気配が一気に増えた。曲がり角を曲がれば大広間のような場所へと出て、大勢の人たちが居た。
「村長、冒険者の方々が来てくださいましたよ」
「お、おお、そうか」
見れば、広間の一段上がったところに、老齢の獣人が座っていた。
俺たちはそこに通され、事情を聞くことに。
「よくぞいらっしゃいました、私がここの村長のゼアス・ゼオです」
「冒険者のソウジです」
「アリアです」
「ソウジさんとアリアさんですな、この度は本当にありがとうございます」
そして、平伏する村長。ここの男性は皆、こんな感じなのだろうか。
「いえ、大丈夫です。それより、現状についてお伺いしたいのですが……」
「そうですな、実は……」
事情を聞くと、最初に発見してから二日ほどが立ち、その間何度か、村まで来ていたようだ。それで何人かが怪我もしているらしい。
現在ではこうして、地下に篭もり、地上に二人ほどの見張りを置いて過ごしているらしい。
フロストベアはここを離れる様子はなく、不定期に襲ってくるらしい。
ズズンッ!!
そう、このように……って!
「ぬぅ……っ!」
「これは……!」
「来たみたいだね」
おいおい……タイミングが良すぎるだろう。
どうやら神様は準備する暇さえくれないらしい。





