①②
潰したいという欲求を抑えるのはさほど難しい事ではなかった。
小中高と成長していくにつれてその対処法は簡単になって行った。
儀式に参加する年齢に達すると、それまで溜まりに溜まっていた不満を爆発する事が出来る為、風子その日を指折り数えながらそれなりに自分を抑制する事が出来ていた。
けれど、儀式は1年に1度だ。
残り364日の間、その欲求を抑えるのは中々骨が折れた。
小学生の頃は1人帰宅途中に欲求を解消していた。
まだそれほど大きくない物を潰す事で充分満足出来たからだ。
成長と共にその対象物が大きくなって行くのを風子も自覚していた。
そして中学3年になった初めての年末、初めて儀式参加した。
その年齢になると強制的に参加させられるのだ。
風子はその話をお父さんから聞いた時、内心では飛び跳ねる程、喜んでいた。
儀式の事はそれまでの両親の会話から推測が出来ていた。
夜中に2人で話し合っているのを盗み聞きした事もある。だから儀式は女にとっては地獄のような目に遭うかも知れないという事も理解していた。
初体験は儀式で捨てる事になるかもと、風子は思ったりしたものだ。
そのような状況にありながらも、ごく稀にどうしようなく自身の抑え難い欲求に苛まれる事があった。
そういう時は誰もいない所で蟻の行列や虫、山に仕掛けた罠にハマった小動物などを潰して、その気持ちを晴らした。
テスト期間中などはストレスからか、その気持ちはより顕著になった。
でも、今はもうそのテストを受ける事もない。
大学にも行かないし専門学校に行くつもりもなかった。
「世の中って風子が考えるより、とっても大きなものよ?10代という多感な時期に風子が知らない世界を知る事は風子の人生にプラスになる筈。大学に行きたくなければ行かなくてもいい。専門学校も同じ。今、将来の夢や生きていく上での目的がわからなくてもいい。フリーターをしながらそれを見つけてもいい。都会ってそういう事が見つけられる場所だとお母さんは思うの」
お母さんは私がこれ以上、儀式に参加して美沙のような目に遭う事を恐れていたようだ。
気持ちは痛い程わかった。
でも私の夢や目的が儀式にあるなんて、両親には口が避けても言えるわけがない。
だから私は地元の何処か適当な会社をみつけ就職するつもりだった。
既に内定は2つ、3つ貰っているから、その中から選べば良いだけだ。
クラスメイトの中には都会へ出ないの?と聞いてくる人間もいるけど、親が地元にいろってうるさいんだよーと嘘をついた。
そもそもこんな楽しい町から私が出るわけがない。
一度でも都会に出てしまえば、あの腹の底が燃えたぎるような興奮を味わえなくなってしまうじゃないか。
それにもし私が都会に出て一人暮らしをしたとしても、果たして私の欲求は満たされるだろうか。
恐らく難しいと思う。
この町なんかに比べてたら、防犯上のシステムは雲泥の差だろうから。
かといって年に一度の儀式を都会でやったら、ただの犯罪者になってしまう。
都会に出てもある程度は我慢出来る自信はある。
だから年に一度、帰省し溜まった鬱憤を儀式で払えばいいと考えた事もある。
だけど一度でもこの町を出て他所へ行けばその時点で私は儀式の部外者となるのだ。
つまり儀式の事を無関係な人間にバラす可能性のある人物として、何者かによってマークされるだろう。
それに帰省したからって必ずしも儀式に参加出来るとは限らない。
私がわざと他所で儀式の事を言いふらした上で帰省すれば間違いなく儀式には参加出来る筈だろうけど、その時は当然、私の命の保障は無いに等しい。
幾ら自分が儀式が好きとはいえ、多勢で襲われたら手も足も出やしない。
美沙のように無惨な目に遭うだけだ。
高一の頃は都会に憧れもした。
欲求を満たす為に、都心から離れた場所を生活の拠点にする事を授業中に想像した事もあった。
が、そんな場所でもこの地方の小さな町の中のようにはいかないと思い、
風子は「ならずっとここに居ればいい」と思った。
それが風子にとっての答えだった。
それに今はこの町でやり遂げたい事が出来た。
だからそれを風子は高校卒業式の日に実行する事に決めた。
何故なら、その日は必ず、絶対に私を祝福しに会いに来る筈だから。
勿論、1年耐えて待ち、儀式の時にとも考えたはしたが、向こうはお面を被っているからある人物1人を特定し襲うのは至難の業だ。
ならば、と風子は思った。実行は卒業式の日だと。
その日までは既に3か月を切っていた。
卒業式が終わり、クラスメイトと別れのハグをしたり一緒に写真を撮りあったりした後で両親と共に帰宅した。
途中、車で隣町へ向かい、それなりに高級なレストランで食事をした後、帰宅すると、風子はスマホを取り出し、クラスメイトと一緒に撮った写真を全て削除した。
「全然いらない」
彼等や彼女達のほとんどは他所へ行く。
就職や進学と様々ではあったが、恐らく今後会う事はほとんど無いだろう。
この町の住人でもある同級生も何人かいたが、お母さんの話だとそいつらも町を出るらしい。
勿論、儀式に参加した事のある奴らばかりだった。
幼稚園の時、風子が時間をかけて復讐した奴もその中に入っていた。
けど、そいつらが他で上手くやって行けるとは思えなかった。
何故なら一度でも儀式に参加したら、特に男であればあの興奮を越える出来事には早々出会えやしない。
下手すればレイプ犯、もしくは暴力沙汰で世間を騒がせるかも知れない。
同級生の動向が気になるとすれば、それくらいだった。
私服に着替えて一息ついた。
連絡が来るとしたら、夕方頃だろう。
それまでの間、風子は未だ纏まっていない自分の計画決行図を再び白紙に戻した。
どうにも上手く出来る自信がなかった。
場所や時間もそうだ。やり方だって迷っている。
立場的に不都合な事が多すぎた。
それらを1発で打破出来る方法を風子は持ち合わせていなかった。
夕方16時半、1通のLINEの通知音がなった。
相手が誰なのか見なくとも風子にはわかった。
遂に来た、と風子は思った。
LINEを開き文章に目を通す。
そのLINEには
「風子、卒業おめでとう。今夜卒業祝いで夕飯をご馳走するから、時間作れない?」
「いいの?私なんかと一緒にいたら又、彼女がブチ切れちゃわない?」
「大丈夫。今、親戚のおばさんが亡くなったとかで法事でいないから」
「そうなんだ」
「あぁ。だから平気」
「一応、話しておいた方が後々、面倒にならないと思うけど?」
「そうだな。そうするよ」
「彼女の許しが貰えたら又、LINEちょうだい」
「わかった」
風子はそれには返信しなかった。
彼女に話すか話さないかなんてどうでも良かった。
ただ時間が欲しくてそう言ってみただけだ。
あの日からずっと纏まらない計画が、ほんの数時間で完璧な計画に仕上げられはしない。
重々承知の上だ。
ただの悪あがきに過ぎないのもわかっている。
こんな状態で上手く行くわけがない。
延期にするか?と風子は思った。三太もいきなり私を殺すほど、馬鹿じゃ無い筈だ。
やるとしたら昨年末に私を殺し損ねたその失敗を取り返す為、今年の儀式で私を殺しにかかるだろう。
猶予はまだ充分ある筈だった。
だが風子の本質は、今すぐにでもやれと唸っている。
それを抑えるのも中々、面倒だった。
ただ生きた物を潰したいといった単純なものならまだ楽だが、今回は三太を潰してやると特定していた。
昨年末、私が参加者から隠れ場所をバラされた時、ほんの少し、あり得ないと思っていた。
そんな奴は今まで1人だっていなかったから。
確かに自分が助かる為にそのような行動を取る事はあるだろう。
けれど、基本、儀式の時は身を潜め静かにしているものだ。
だからそれをやられて私はかなりびっくりしたのだ。
でも、それも私を殺す前提だと考えれば、あり得ない話ではなかった。
なんせ私の親友はあの美沙だから。
その繋がりから私がいつの日か、脅威の存在になり得るとでも考えれば、早いとこ片付けておくのが最善だといえた。
風子は
「クソが」
と毒づいた。その後、ものの数分で再び三太から通知が届いた。
「承諾は貰えたから、19時頃に車で迎えに行くよ」
風子は今の時間をスマホの時刻で確認した。
三太が迎えに来るまで、既に2時間を切っていた。




