たどり着きました。
ミラーラとファラという二人の巫女を引き連れながら歩く葉月はやはり王都の人達にとっては衝撃的だったらしく、一行が王都に着いて二日目には既に様々な憶測が街中に飛び交っていた。
曰く、葉月は巫女に実力を認められた新たなる王である。
曰く、葉月は実は王の隠し子であり、巫女達が密かにその身をお守りしていた。
曰く、葉月は他国からの使者で、秘密裏に条約を交わしに来た。
曰く、葉月の"テク"に巫女二人が陥落するほどの"者"だった。(自主規制)
等々、全く根も葉もないものばかりではあったが、大筋では間違いでも無いのが困りものだった。勿論最後のは断じて違うのだが。
「困ったものねぇ。これじゃあ街中で買い物も出来ないわ。」
「うぅ…なんかほんとごめんなさい。」
ミラーラの呟きに、葉月は萎縮しながら応える。葉月にも、この状況は嫌だなぁと思いながらも自分の正体を明かす訳にもいかず、もどかしいのだ。
というのも、異世界…つまり地球から使者(救世主)が来ることは前巫女が既に予知して全国民に知らせていたので、正体を怪しまれる訳では無いのだが、ただの学生だった(弓の師範をしていても、だ)葉月には、まだ人前で自分が救世主であるとは堂々と言う気になれないからだ。変に期待されても、自分が何をするべきなのかがまだ分からない。
「いえ…貴女のせいでは無いのだけれどね。」
その気持ちをしっかり解っているミラーラとファラは、しかしこのままでも良くないと思っているからこそ今の様な発言が有ったのだが、やはりまだ酷か、といった心情の方が強かった。
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遡ること一日前、葉月一行は王都-と言っても下町だが-入りした。ミラーラとファラは王都出身だが、それでも下町に来たことは無いらしく、三人とも珍しがって屋台などを見て回った。
しかしそれが災いし、街中の人々に強烈な印象を与えたらしい。周りと比べて異常に高い背の葉月が、各国の代表ほどの実力と権力と財力を持つ巫女を二人も連れて歩いているのだ。これが目立たない道理は無い。
王都は円形になっている。一番外には5メートルはあるだろう厚い壁、その中に下町、貴族街、王城と、波紋の様になっているのだ。その三区画を区切るのは、流れている川だった。跳ね橋を架けなければ、行き来する事は出来ない。
下町と貴族街の境の川には幾つもの橋が架かっていて、それほど不便はないのだが、やはり王城と貴族街を隔てる川に架かる橋はなかなか無い。四本十字を描く様に用意されていて、しかしそれは常に架かってはいない状態だ。
そして今一行が居るのが下町の中に建てられた王族や国賓用の最高級ホテルだ。そこに葉月も一緒に泊まった事が噂の拡大解釈に一役買っていたのだが、そこまで三人とも考えが及ばないほどに疲れていた。外は既にオレンジの光を放つ太陽(だと思う)が地平線の下へと沈みそうになっていた。
「水の都、アーカムへようこそ…ねぇ。」
「どうしたの葉月?」
「いや、王都って言うからもっと規模の大きい街かと思ったけど、なんか…自然が一杯だね。」
城壁や街を囲む円形の壁は、全て水が流れている。一見、人工的な滝の様な印象を受けるほどだ。
そして、王城の周りには下町からでも見えるほどの大木が何本も立っている。
王都と聞いて日本でいう東京の様な、しかし文明的には中世ヨーロッパの様な二つを足して二で割ったイメージを持っていた葉月にとってみれば、だいぶイメージと違うのだろう。
「私にとってはこれが普通なのだけれどね。」
苦笑しつつ、欠伸を噛み殺した様な(実際そうだが)顔のまま、ミラーラは手紙を書く。どうやら、アーカムの王に詳細を知らせて橋を渡して貰うようだ。
「それじゃ、お買い物は諦めて明日王城入りかな?」
「そうなるわね。・・・ファラは来なくても大丈夫なのよ?」
ミラーラのベッドに潜りながら尋ねたファラに対して、ミラーラは腐った魚を見るような目を向けていた。
「いやいやいや。他国の巫女が曲がりなりにも付き添いだけだったとはいえ挨拶無しに帰っちゃまずいっしょ。」
対するファラは、その視線を浴びてやけに恍惚とした表情をしながらの返答だったので、マトモな返答でもマトモに聞こえなかった。
「んー…分かったわ。とりあえずその事も手紙に書いておく。」
その様子を見て、ミラーラは今にもため息をつきそうな表情でまゆをしかめて頭を横に何度か振り、ファラを無視をする事に決めたようだった。