5 弥への道
薄闇の森の中を、青緑色の蛍光を発する二人の剣士が歩いていた。魔族の棲む森でその姿は目についたが、身を隠そうとする素振りもなく、平然と目的の場所へむかっていく。
キリタテとイヤシビの二人は、忽然と消えた魔軍と阿修羅軍のあとを追ってきた。
大軍を一瞬のうちに長距離移動させる技術は霊山龍神宮以外には存在しないと思っていたら、魔軍はそれをいとも簡単にやってのけた。一瞬のうちに地点から地点に飛ぶので追尾することが不可能だった。
キリタテは魔軍を追いかけるのではなく、長距離亜空間移動が残した僅かな空間の歪みの痕跡を辿って暗黒界の奥地に敵の所在を発見した––––––空間操作の専門家キリタテならではの技だ。
当然その場所は魔族で満ちていた。しかし、二人の狙いは魔族ではなく、突然戦場に現れて消えた阿修羅族と、毘羯羅と天帝釈を殺して一瞬のうちに去った魔将軍の行方だった。 魔族の棲み処に足を踏み入れた二人は、更にそこからどこかへ移動した阿修羅族の足跡を辿ろうとしていた。
既にキリタテとイヤシビの二人は、この森の中で何度も魔族に襲われていた。まだ林の陰に紛れて二人を追跡している者達がいることにも気がついていた。穏便にことを済ませられる相手ではなかったので、むしろ魔族に自分達の位置を明らかにして早く片付けてしまおうとしていた。
二人がむかう方向にはぼんやりとした白い光が見えており、魔族はキリタテとイヤシビをなんとかそこに行かせまいとしていた。しかし、我の先兵にも見紛う剣技を持つ二人の彼の剣士を阻止することができなかった。
キリタテとイヤシビが目指していたものは、森の中の小さな広場にあった。
人の背丈の二倍はある大きな卵形を逆様にし、尖ったほうの端を地中に埋めたような物体は、中に光を閉じ込めているようでぼんやりと光っていた。
キリタテは発光している物体の表面に手をかざした。
「この中の空間はずっと遠くの地点につながっている。その先に阿修羅族がいる。多分これは亜空間と亜空間をつなぐ中継装置のようなものだな」
イヤシビも物体に手をかざした。
「阿修羅軍はこれを使って更に泡状空間の奥地に行ったのですね」
「これだけの装置で大軍を長距離亜空間移動させるのは大変な技術だ」
「私にはカクリミがつくったとしか思えませぬ」
「確かにそのようだ」
キリタテもイヤシビの見立ては正しいと思った。
カクリミこと造物師は、天帝釈に金剛杵をつくっておきながら、その仇敵阿修羅族とも付き合いがあったのだ。
「これを作動させると、多分阿修羅族の棲み処に飛ばされることになるのだろうな」
「そうでなければ、全く関係のないところに行ってしまうか、あるいは魔将軍の懐の中に飛び込むことになるやも知れませぬ」
「魔将軍が使った術は、長距離遠隔攻撃だ。空間を歪める技で、この装置の長距離亜空間移動とは仕組みが異なる」
キリタテは空間操作の権威だった。
「きっと阿修羅族と魔将軍は関連があると思います」
「そうかも知れん。今のところはこれが唯一の手掛かりだ。確認するとすればこの装置を使ってみることになるが––––––」
「それは無謀でしょう。この装置を使った瞬間に相手は察知するでしょうから、魔将軍の遠隔攻撃の外しようのない標的になるでしょう」
「やるとすれば如何なる攻撃も跳ね返す準備をしてから飛び込む」
防御の専門家キリタテは自信がありそうだったが、別にそうしようとは言わなかった。魔将軍と戦うなら、キリタテの防御力だけではなく、我の先兵の攻撃力が必要だった––––––キリタテもイヤシビも恐るべき剣の使い手だが、龍の力を武器とするのは我の先兵だけだった。
その時、一群の魔族が林の陰から現れて二人は取り囲まれた。
怪物的に乱れた顔と体が醜くて目の穢れだ。
イヤシビが剣を抜いた––––––以前のイヤシビは癒し専門で戦うことは決してなかったが、このイヤシビは違った。魔軍との戦いの最中に、衛門軍を反物質弾で瞬間蒸発させたのもイヤシビだった。
キリタテが眺める前で次々と魔族の体が斬り飛ばされた。イヤシビの動きは速過ぎて肉眼では追えないほどで、ただ魔族の触手、頭部、刻まれた胴体などが地面に跳ね転がった。
全ての魔族が斬り刻まれ、抵抗する者がいなくなった時、イヤシビはキリタテの隣に戻っていた。
「まるで殺生を楽しんでいるようだな」
剣を振るったイヤシビは、編笠をかぶれば千五百年前に出現した彼の殺戮者暗黒剣士カゲリビとそっくりだった––––––そもそもカゲリビはイヤシビの転写だったのだ。
しかし、斬られた魔族はその断片からぶるぶると振るえながら膨れ上がってまた再生してきた。
「どうしてこういう生き物が生まれてくるのでしょうか」
イヤシビは嫌気がさしたように、散らばった魔族の断片に癒しの赤い光を放った。
再生しかけていた魔族の断片は、身震いしながら萎縮して消え去っていった。
「斬らずに初めから癒したほうが手っ取り早いな」
キリタテが顔をしかめた。
「武芸だけでは魔将軍どころか魔族の雑兵さえ殺せませぬ」
「どうしても我の先兵の力が必要だな」
「カクリミは御子神静香は歪んでいると言っていました。記憶も不完全でシズカミと不連続になってしまいました。先兵として然るべき働きができるのかどうか––––––」
「御子神静香は再凝縮してから随分変化してきている。シズカミと一体化してから不完全ながら記憶が蘇っている。まだ更に変化する可能性があるし、どこかの段階で先兵として成熟するのかも知れない。それに歪んでいるということなら、我々も程度の差はあれ同様に歪んでいると思う。我らはもう我でも彼でもない。我よりは古い形だが不完全で中途半端な形態になった」
「私は弥のことはよく覚えていないのですが、我々は弥に戻ったのでしょうか」
「いや、そうでもないだろう。弥に戻ったのであれば弥の明確な記憶があるはずだ。記憶が曖昧なのは不完全な証拠だ」
「時空の歪みが解消すれば、我々は完全に弥に戻るのでしょうか」
「その可能性はある。しかし、その因果関係は鶏卵だ。逆に我々が弥に戻ることができれば時空の歪みが消えるのかも知れない」
その時、周囲の風景が揺らいだ。
「空間振動だ」
キリタテは直ぐにそれが何か気がついた。
卵型の装置が眩く輝いた。キリタテはまた光に手をかざした。
「阿修羅軍の大移動だ。どこか更に遠くに移動してもはや気配もなくなった」
「空間振動は時空の歪みによって起こるものですね」
「この装置の作動と同時に、局所的に時空の歪みが生じた––––––長距離亜空間移動が時空の歪みを生じさせている可能性もあるな」
「時空の歪みを生じさせているのは、我だけではないかも知れませぬ」
「長距離亜空間移動よりも、魔将軍の長距離遠隔攻撃のほうがもっと大きな歪みの原因になり得る。極端に空間を歪める術だから。しかし、それでも直接的に時空をゆがめる時空転輪力を使うことに比べれば影響はずっと小さいだろう」
「やはり我々の責任なのですか」
「我々は歪んでいる。中でも我の先兵が一番歪んでいる。より多く時空転輪力を使ってきた者ほど歪んでいるのは、時空を歪ませた犯人である証拠だ」
その時、卵型の装置が点滅し、音声を発し始めた。
「『ミ』ノキュウデンハ、ヘイササレテイマス。イキサキハドチラデスカ?」
キリタテとイヤシビは顔を見合わせた。長距離亜空間移動装置は、手をかざしたキリタテとイヤシビを自動認識したようだった。
「弥の宮殿と言いましたよ!」
「そんなものが存在するなら見てみたいものだ。時空の歪みが発生する以前のものかも知れん」
「行先を尋ねてきていますが」
「弥の宮殿に行きたいが、他の行先も選べるなら教えて欲しい。例えば魔将軍や阿修羅族が移動した地点は指定できるか」
キリタテが卵型の装置にきいた。
「『ミ』ノキュウデンヘノ、アクウカンツウロマデナラ、イドウカノウデス。タノイキサキハ、ザヒョウヲシテイシテクダサイ」
「なるほど、我々は弥の宮殿の座標に登録されているようだが、他の場所に行くには個別に座標の設定が要るようだ」
「記憶にはないですが、私達はこの装置を以前使ったことがあるということですね。だとすれば、これをつくった者はやはりカクリミをおいて他にないでしょう」
「カクリミは古代からの広い付き合いがあるから、過去をたどればどちらの側にいるのか判然としない」
「カクリミもそうですが、私達も阿修羅族や摩将軍とこの装置を共用していたということになりませぬか」
「だとすれば弥は必ずしも阿修羅族や摩将軍と敵対していなかったのかも知れんな––––––少なくとも太古の時代には」
「自分のことながら、弥への疑問がますます深まりました」
「弥にはまだまだ思わざることがありそうだ」
「摩将軍を探す以前に、自らの正体を知らねば話になりませぬ」
「閉鎖されているという弥の宮殿を訪れれば、また新たに見えてくることがあるに違いない」
「そう思います。まずは弥の宮殿に参りましょう」
「我々の過去への旅で未来が拓けることがあるやも知れんな」
キリタテとイヤシビは魔将軍と阿修羅軍を追ってきたが、次の目的地を弥の宮殿に変更することにした。
我の先兵や姫白龍は弥が何者かを知らないままに摩将軍と戦おうとしていた。しかし、キリタテとイヤシビは我の過去の謎の部分である弥の真実を解き明かすことが先決問題だと考えた。我の起源である弥の謎が解ければ、先兵の異常や暗黒剣士カゲリビの出現の謎も解けるのではないかと思われた。また、弥を知ることは、時空の歪みの原点に迫る手立てにもなることが期待された。
「弥の宮殿へ移動」
キリタテは青白い光を放っている装置に向かって言った。
「『ミ』ノキュウデンハ、ヘイササレテイマスガ、アクウカンツウロノ カイヘイコウ マデ イドウシマス」
装置がシューンと音を立てた。
空間振動が生じて周囲の景色が陽炎の如く揺らいだ。
キリタテとイヤシビの姿は陽炎に溶け込むように消え去った。
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