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亜空間の戦士 弥への道(「亜空間の戦士 暗黒界編」として書籍化)  作者: 亜空間ファンタジー&弥剣龍
序章
2/32

1 姫白龍

挿絵(By みてみん)


 その夜、辺境の空に天の川のような淡い光の(しま)が幾筋も現れた。その光の縞ははじめは広範に漂っていたが、次第に寄り集まり、一つの揺らめく光の帯になった。やがて光の帯はその中心で渦を巻き始め、星雲の如き形状に変化した。星雲状の渦は回転しながら更に凝集して輝度を高め、大きな星のように夜空に輝いた。

 それは夜空から流星のように降ってきた。光の尾を曳いて落ちてきたが、地面には落下せず、意思があるもののように目の高さで止まった。掌に乗るぐらいの大きさの球体で、宙に浮いたまま白い光を放っていた。

 最初にその光る玉を見つけたのは泥鬼だった。

 辺境地域には龍玉の年には異変が起こるとの言い伝えがある。

 泥鬼は光球の出現は不吉だと感じた。

 こんな時こそ年寄りの知恵か––––––

 捷鬼党忍軍三代目の首領は、ヤマの老女を呼び出した。

 腰のあたりまで銀色の髪を垂らし杖をついた老婆が、どこからともなく泥鬼の隣に現れた。

(ばあ)や、これを見ろ」

 ヤマの老女は(まばゆ)い光球に目を細めた。高速で自転していて、熱を持って湯気を立てていた。

「これはいったい何じゃ?」

 太古から生き長らえているヤマの老女でさえ、初めて見るもののようだった。

「空から降ってきた。危険なものかも知れん」

「この玉だけが空から?」

「今夜は空に怪しい光が漂っていた。それが大きな星になり、この玉となって降ってきた」

 眩し過ぎて目には見えなかったが、ヤマの老女は玉の内部に強い生命力を感じた。

「命があるもののようじゃが、こんな生き物は見たことがないのう」

 ヤマの老女は(いぶか)しんだ。

「妖魔だろうか?」

「そうかも知れん。ちょっと触ってみようかの」

 ヤマの老女は杖の先をあげた。

「気をつけろ!」

 泥鬼はヤマの老女が杖で玉を突き刺すのかと思って声を上げた。

 ヤマの老女は杖の先でほんの少しだけ光球の表面に触れた。その瞬間、ヤマの老女の霊感が働いた。

「ややっ、何と!これは他ならぬ龍玉ではないか!」

 ヤマの老女のしゃがれ声が驚きで上ずっていた。

「まさか。こんなところに龍が?」

 泥鬼は、亜空間霊界に棲む龍が辺境地域に生まれるのは奇妙だと思った。

「かつてこの辺境の山岳地帯には白龍が棲んでおった––––––降魔の守り神として」

「しかし、白龍は大昔に降魔軍とともに暗黒界に消えたのではなかったか?」

「そうじゃ。もう九千年も前のことになる。龍にとっては九千年はさしたる年月ではないのかも知れんが」

「それにしても龍玉がなぜ空から降ってくる?」

「何とも不思議じゃ」

 ヤマの老女も龍玉が空に発生するとは聞いたことがなかった––––––龍玉は普通龍の爪にしっかりとつかまれているのだ。

 二人が見守るうちにそれは膨らみ始めた。白刃の如き光条が四方八方から差し込み、龍玉に突き刺さるように飛び込んできては吸収されていく––––––白龍の恐るべき攻撃力の源になる光子を取り込んで成長しているのだ。

「これを見て思い出したよ。白龍の吐く白光は鋭い剣の切っ先のように貫くのじゃ。撫で切りにする青龍の青光の切れ味に勝るとも劣らん」

 ヤマの老女は、太古に辺境を襲った獣魔を、白龍が白光放射の一撃で刺し殺したのを目撃したことがあった。

「長らく暗黒界に消えていた白龍は、魔族ではなくてまだ我らの側にあるのだろうか?」

「是非そう願いたいものじゃ。そうでない場合は全力で逃げるのじゃ」

 猛烈な勢いで光子を呑み込んだ龍玉は、見る見るうちに人の背丈よりも大きく膨れ上がった。エネルギーが充満して膨張が限界に達し、龍玉の殻を突き破って天に向かって太い光の柱が立った。

「おおっ、見よ!龍の誕生じゃ!」

 ヤマの老女が空を見上げた。

 光の柱の中に巨大な白い生き物の姿が見えた。何本もの角のある頭部と(かぎ)型の爪のある翼は見紛うことなき龍だった。光の柱は螺旋状に回転して光の渦をつくり出し、竜巻のように揺れ動きながら天高く巻き上がった。龍はその光の渦の中を、長大な尾を振りながら登っていくように見えた。上昇するに従って龍の姿は幻影のように透き通っていった。やがて輪郭が希薄になり、光の大渦に溶け込むように龍の形は消えて見えなくなった。

 龍の姿が消えるとそれと入れ替わったように、白く光る十字が地上の泥鬼とヤマの老女の前に現れた。光の渦はその十字に吸い込まれ、急激に収縮して消えていった。

 光る十字が両手を広げて天を仰いだ人型に見え始めた。

「龍ではないのか––––––」

 ヤマの老女が(つぶや)いた。

 泥鬼の手が刀の柄に掛かった。

 光の渦が完全に消え去った時、地上に一人の少女の姿が現れた。

 さては彼の暗黒剣士の再来か。もし、そうならこの場で斬らねばならぬ––––––

 泥鬼の目は据わっていた。

 少女は手を下ろし、金色に光る目で二人のほうを見た。人の形をしていたが、目は龍の目のように見えた。しかし、金色の光は一瞬だけで消えていった。

 少女は艶のある白い髪をなびかせて、きびきびとした歩調で泥鬼とヤマの老女に歩み寄った。裾の短い着物の下に体にぴったりした鎖帷子(くさりかたびら)を着込んだ忍び装束で、腰には短剣を帯び、鋭い視線にはただならぬ殺気が漂っていた。

「あたしは魔族を滅ぼすために生まれてきた」

 少女が発した最初の言葉だった。

「お前は()の再来か?」

 泥鬼が手を刀の柄に掛けたままきいた。

「違う。あたしは龍族だ」

「龍が人の姿で生まれるわけがない」

「龍になるはずだったのだけれど、なぜか人になってしまった」

「人の姿に化けてたぶらかす妖魔としか思えぬ」

 泥鬼は信用しなかったが、ヤマの老女は小柄な少女の中に強大な龍の力が宿っていることを感じ取っていた。

「泥鬼よ、この子が言っていることは本当じゃ。外見は人の姿をしているが、中に龍を宿しておる。この娘は白龍の化身に違いない」

「あたしは魔族と戦うために生まれてきたのに、このあたりには魔族の匂いがしない」

 少女の鋭い目はもう敵を求めて辺りを見回していた。龍の娘は暗黒剣士の因子を吸収していたので好戦的で性急だった。敵を見つけさえすれば、直ぐさま襲い掛かりそうな勢いだった。

「魔族はこの辺境地域にはいない。ただ遠からず魔軍がこの地に攻め寄せるだろう」

 泥鬼は千五百年振りの龍玉の年に魔族が侵攻することを予想していた。

 それを聞いて少女は表情を輝かせた。

「そうなんだ。向こうから出向いてきてくれるなら好都合だ。あたしがまとめて退治してやる」

 少女は恐れ知らずでやたらと強気だった。

「そうしてもらえれば大変ありがたいことじゃが、たとえ龍でも魔族との戦いは容易ではない。どうやって妖力を持つ魔族と戦うつもりじゃ」

 ヤマの老女は勇んでいる龍の娘にやんわりときいた。

「あたしには武芸がある」

 少女は腰の短剣に手をやった。

「魔族とは白龍の力を使わなければ、武芸だけでは戦えんじゃろう」

「私は龍になりたかったけれど人になってしまったので龍の力は使えない。自分が持っている剣と技で戦うしかない」

 少女は強大な魔族の力を知ってか知らずか、あっけらかんとしていた。

「武芸だけで魔族と戦うのは言うほど簡単ではない。()の先兵の剣技は群を抜いておるが、その我の先兵でさえ魔族との戦いでは龍の力を使う––––––我の先兵の場合は青龍の力じゃが。前回の戦いではそれでも足りず、時空転輪力で魔族を時空の彼方へ吹き飛ばさなければ収まらなかったのじゃ」

 ヤマの老女は勝算の無い戦いに無謀に突き進みそうな龍の娘を(いまし)めた。

「武芸で魔族を滅ぼせると言うのなら、俺に技を見せてみろ」

 泥鬼は龍の娘がどれほどのものか試してみることにした。

「いいとも!」

 少女はとんぼ返りをうって飛び下がりざま、手裏剣を泥鬼に向かって乱れ打ちに放った。

 すれすれのところを狙いすました手裏剣は、泥鬼の耳元や首筋をかすめて飛び過ぎた。瞬時に飛来する手裏剣の軌道を見切った泥鬼は身じろぎもしなかった。

 いい腕だ¬¬¬¬––––––

 泥鬼はにやりと笑みを浮かべた。

 少女は腰の短剣を抜いて泥鬼に駆け寄ろうとした。が、いつの間にか泥鬼の姿は吹き消えていた。

 相手を見失って周囲を見回した少女は、突然ばったり(うつぶ)せに倒れた––––––何者かの手が地面から出てきて少女の脚をつかんで引き倒したのだ。

 龍の娘が短剣で払おうとした時、既に手は地中に消えていた––––––泥鬼はものの中に同化する術を持っていて、その名の如く特に地中に潜むのを得意としていた。

 少女は咄嗟に地面は危険とみて、そばにあった高い木立に飛びついてよじ登った。

 頭上から攻撃を加えようと下を伺ったが、どこに消えたのか泥鬼の気配はなかった。

 と、木の枝が生き物のように少女の首に巻き付いてきて、喉を万力のような力で締め上げられた––––––背後に木の幹に同化した泥鬼が忍んでいたのだ。

 手足をばたつかせてもがいたが、まるで蛇に締めつけられているようで振りほどくことができなかった。

「は、離せ」

 そう叫んだ瞬間、首に絡まっていた木の枝が解け、逆に背中を強く押された。

 木から突き落とされた少女は、真っ逆さまに落下したが、空中で何とかバランスを取り戻し、地面に叩きつけられないように受け身をとって転がった。

 急いで起き上がろうとした時、目の前に泥鬼の剣先が光っていた。

 少女は剣の切っ先を見詰めながらゆっくりと立ち上がった。

 着物についた泥を払って、背の高い泥鬼を敬意を持った眼差しで見上げた。

「凄い術だね。驚いた」

「龍の娘にして生まれながらの忍びとは面白い」

「魔族と戦うにはあたしの技じゃ駄目だとわかったよ。こんなに弱いんじゃ話にならない」

 少女は意外と素直に自分の技量の未熟さを認めた。

 泥鬼はかえってそれが気に入った。

「修行が必要だが、忍びとしての資質は十分だ」

「術を身につけたい」

 少女は真剣に言った。

 泥鬼はヤマの老女のほうを見た。

「泥鬼、この子はヤマとも縁の深い白龍の娘じゃ。面倒をみてやるがいい」

「婆やがそう言うなら、術を仕込んでやってもいい。捷鬼党忍軍に入る気はあるか?」

 少女は何度も首を縦に振った。

「白龍の娘なら、いずれ忍びの術に頼らずとも、龍の力を使えるようになるじゃろう」

 ヤマの老女が言った。

「あたしは龍になるのかと思った瞬間もあったのに、別な力が働いて人に生まれてしまった。生まれる瞬間まで手を広げて天を見上げて龍が降りてくるのを待っていたのだけれど、龍にならなかった。あたしにはもう龍の力は使えないような気がする」

「確かに一度龍の姿が現れたが、また光の渦の中に消えてしまったな」

 泥鬼はなぜ少女が手を広げて上を見ていたのかやっとわかった。

「術を学ぶ前に、私に名前をつけて欲しいんだけど」

 龍の娘は泥鬼を驚かせた。

「お前は名がないのか?」

「私は新しく生まれてきた者だから名前も何もない」

「龍が前身であるなら種族の記憶はないのか?」

「記憶もない。わかっているのは、私は白龍族で魔族を滅ぼすために生まれてきたということだけ。龍の力は失ってしまったけれど––––––」

 少女は生まれながらの降魔戦士だった。

 そうは言ってもヤマの老女の見立てが正しければ、この娘には白龍の力が秘められているはずだ。おそらく本人がまだ使い方を知らないだけで、いつの日か龍の力が顕現するのだろう––––––

 泥鬼は龍の娘に相応しい名を思いついた。

「姫白龍––––––龍の娘だから、お前のことを姫白龍と呼ぶことにしよう」

「いい名前。凄く気に入った!どうもありがとう」

 笑顔を見せると、少女らしい愛らしさがあった。

「そこに捷鬼党の仲間がいるから、彼らから存分に技を学ぶがいい」

 いつの間にか、黒装束の捷鬼党忍軍の忍び達が姫白龍の背後に立っていた。

 姫白龍は喜び勇んで新しい仲間達とともに弾むように立ち去った。

「間違いなく本物の白龍の(すえ)じゃ。九千年も姿を消していた白龍が、このような形で帰ってくるとはのう」

 白龍が辺境地域にいた頃から知っているヤマの老女は感慨深げだった。

「しかし、龍がなぜ人の形で現れるのか、俺にはわからん」

 泥鬼は不思議でならなかった。

「太古には龍と人の境は曖昧じゃった––––––()と青龍とが深い関係にあるように、人と龍は意外に近いものなのじゃ」

 泥鬼が驚いたことに、ヤマの老女は龍が人になることに違和感を感じないようだった。

()の再来かと警戒したが、龍の娘でよかった」

「龍玉の年ゆえ、よいことばかり起こるとは限らん。まだ()が現れる可能性はあるし、油断は禁物じゃ。それに()がちゃんと再生したかどうか気になるところじゃ」

 ヤマの老女は、()の先兵が正常に再来しないことには、魔族の襲来を撃退することは難しいと思っていた。それゆえヤマの老女は、馴染みのある我の先兵シズカミが訪れるのを心待ちにしていたのだ。








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