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亜空間の戦士 弥への道(「亜空間の戦士 暗黒界編」として書籍化)  作者: 亜空間ファンタジー&弥剣龍
第一章 魔族来る
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8 須弥の山

 須弥の山々は図抜けた高さと大きさで、辺境地域の聖地に相応しい威容だった。聳え立つ最高峰にはヤマの宮殿があり、その隣の峰にかつての須弥族の都城「善見城」があった。ヤマの宮殿は一つの建物に過ぎないが、善見城は城というよりは山上の都市である。

 ヤマの宮殿も善見城も今は住む者もない。ヤマ族が須弥族に滅ぼされ、降魔軍の敗北で須弥族が魔族に滅ぼされてからは、残された辺境の部族に聖地として崇められるだけで、何千年もの間放置されてきた。

 静香は霊感で自分はまずこの地を訪れなければならないと感じた。山岳地帯に自分の過去があり、暗黒界に足を踏み入れる前にどうしても知っておかねばならないと思った。

 霊山龍神宮を山岳地帯の上空に待機させ、静香は一人で須弥の山に下り、迷わずにヤマの宮殿––––––ヤマの妖気の本拠地––––––に入った。

 宮殿の第一の部屋は死者の声を伝える鳥の間だった。左右の壁面には死霊界と現世が描かれ、死霊界と現世をつなぐ深山烏の意匠が施されていた。鳥の間に続いて、ヤマの間と呼ばれる第二の部屋があり、死者の魂がヤマに導かれて死霊界に辿り着き、そこで再生するまでの過程が壁画に描かれていた。死霊界を覗くための両界鏡がずらりと並べられた鏡の間は宮殿の一番奥にあった。

 鏡の間に入った瞬間、静香ははっきりと自分はいつかここに来たことがあったと思った。それは霊感ではなく、蘇った記憶だった。

 鏡の間にはヤマの妖気が色濃く漂い、鋭い知覚力を持つ静香はまるで大勢のヤマ族に取り囲まれているような気がした。ヤマの妖気はこの宮殿を起点に広範な広がりを持っており、遠く暗黒界にまで存在していることがわかった。それとともに今まで見えていなかった暗黒界の空間把握が脳裏に広がった。

 壁に並べて掛けられた多数の両界鏡の中には、白い霧が流れている––––––鏡の向こう側は死霊界だ。そこは生ある者は足を踏み入れることのできないヤマの領域だった。

 その時、両界鏡の一つに、女の顔が現れた。

「おや、あんたかい」

 金銀の宝飾品で派手に飾り立てた死霊巫女は、知り合いに出会ったかのように静香に声を掛けた。

「死霊巫女!」

 静香は自分が会ったことがあるはずのない相手の名を知っていた自分に驚いた。

 記憶の復元が起こっている––––––

「私が誰か知っているのか?」

()の先兵シズカミを見忘れるわけないじゃないの。ちょうど千五百年振りだね」

 我の先兵、シズカミ–––––– 

 死霊巫女が我の先兵をシズカミと呼んだので、静香は初めて自分が戦った相手の名を知った。名前は大きな手掛かりだった––––––静香はとうとうズクが決して話さなかった隠された領域の扉を開いた。

 シズカミの名が呼び水になって、静香の脳裏に記憶が立て続けに蘇った。静香は失われた種族我()の一人で、キリタテとイヤシビ、そしてカクリミが仲間だった。自分は魔族と戦い、()の暗黒剣士カゲリビとも戦った。魔族を時空転輪力で消し飛ばした後で、遠知力が働き異常な先兵の出現と亜空間の消滅を予知した。異常な先兵御子神静香を抹殺するために、自分は我の剣士を何人も送り込んだ。そして、御子神静香が全ての我の剣士を打ち破った時、最後に自分自身が御子神静香を斬るために千五百年先の未来へ飛んだ。

「そうだったのか!」

 思わず静香は声に出して口走った。

 最も深い謎だった部分が、記憶の中でつながり、遂に明らかになった。

 これがズクが私に隠し続けていたことだったんだ。ズクは私をシズカミが殺しに来ることを知っていて、それで何も言えなかったんだ––––––

 静香はズクがどこまでも我の先兵シズカミに忠実だったことを悟った。静香はズクが自分に対して不誠実だと思っていたが、ズクがシズカミに忠実だったことは、取りも直さず自分に対して忠実だったことに他ならなかった。

「今日は何用で?」

 静香はすっかり自分のことをシズカミと思い込んでいる死霊巫女に、事実を説明しようとしたが、うまくできそうになかった。

 その時意外な人物が現れた。

「静香、邪魔してごめん。私なぜかここに来てしまった」

「美紀!」

 静香は驚いたが、美紀を見た死霊巫女はもっと驚いたようで鏡の中で目を丸くした。

「これはこれは、今日は珍しいお客が次々お出ましだね。白龍族の娘、姫白龍が現れた時にもたまげたけれど、この子はなんと正真正銘のヤマの戻りじゃないの!さぞやヤマの老女が喜ぶだろうよ」

 流石に死霊巫女はヤマの妖気が(まと)わりついている美紀を一目見て、ヤマの血を引く者であることを見抜いた。

 静香の脳裏にヤマの老女のイメージが浮かんだ––––––シズカミはヤマの老女とは近しい関係だったのだ。しかし、静香はヤマの妖気が美紀には危険だと感じていた。ヤマの妖気がそうであれば、ヤマの老女にも安心はできなかった。

 美紀がここにやってきたのは、またヤマの妖気に操られたとしか思えなかった。美紀は静香の心配をよそに、両界鏡の中の死霊巫女をじろじろと見て言った。

「不思議な人––––––死んでいるのに向こうの世界では生きている」

 美紀は初対面の死霊巫女の正体を見事に言い当てた。

「ヤマの戻りにしても随分と妖力の強い子だね。妖気が久々に活気づいているよ」

「静香、私はまたしてもこの妖気に操られてしまったみたい––––––私に夢を見させ、伍部浄を攻撃させた同じ妖気に。気をつけていたつもりなのに、なぜかこの妖気は私の精神の弱点を知っているに違いない」

「そりゃあまあ同じヤマ同士だからね。慣れれば逆にヤマの妖気を使えるようになるだろうよ」

 死霊巫女はしたり顔で言った。

 静香はこれ以上美紀をここに置いておくのは危険だと思った。

「美紀、行こう。ここの妖気にはかかわり過ぎないほうがいい」

 静香は両界鏡に目が釘付けになって吸い込まれそうになっている美紀の腕を引っ張った。

 静香自身はもう少し留まって自らの過去を解明したいところだったが、美紀を長居させたくない気持ちのほうが勝った。

 いつか一人でまた来なければ––––––

「死霊巫女、また会う機会もあるだろう」

「なんだ、今来たばっかりなのにもう帰るのかい」

 死霊巫女は呆れた顔をして霧の中に消えた。

 静香はまだあたりをきょろきょろ見回している美紀を龍神宮に連れて帰った。


 二人が去った鏡の間に、ヤマの老女と泥鬼が姿を現わした。

 ––––––ヤマの老女は静香との対面を意識して避けたのだ。

「死霊巫女はあの娘の正体を見抜いたな」

 泥鬼がヤマの老女に言った。

「あれだけの妖力の持ち主は滅多に現れないからのう」

「我の先兵とヤマの戻りが同時期に現れたのも何かの因縁だろう。やはり龍玉の年には変わったことが起きるな」

「白龍の娘も一緒なのじゃから、役者が揃って事が起こるじゃろう」

「婆やはあの先兵をどう見る?」

「死霊巫女はシズカミと思い込んでいたようじゃが、まるで別ものじゃ」

「ヤマの娘と親密なようだな」

「シズカミには心を許せたが、この先兵は気掛かりじゃ。どちらを向いて、何をしでかすかわからん」

 ヤマの老女は静香を疑いの目で見ていた。

「凄い腕だぞ。武芸では姫白龍の及ぶところではあるまい」

 捷鬼党の初代首領捷鬼はシズカミと親しかったが、泥鬼は先兵を見たのは初めてだった。それにもかかわらず、泥鬼は一目見て御子神静香の剣士としての力量を看破(かんぱ)した。

「敵に回したくはないのう」

「婆やはあの先兵の何が心配なんだ?」

「我らと親しいシズカミであれば何も問題はなかった。しかし、あの先兵はシズカミとは別人になってしまった。御子神静香はまだ自分が何をやっているのかもわかっておらん。しかもヤマに対する強い警戒心を持っていて、美紀をヤマから遠ざけようとしておる」

「要はヤマの戻りの邪魔になるということだな」

「シズカミはヤマの味方じゃったが、あの先兵はまだどうかわからんのじゃ」

 ヤマの老女の静香に対する不信感は強かった。

「ならばどうする?」

「まだ様子見じゃ。魔族との(いくさ)がどうなるのか、キリタテとイヤシビがどう動くのか、造物師が何を考えておるのか」

「先兵がどうであれ、ヤマの娘には姫白龍がついているから、そう心配しなくても大丈夫だろう」

「姫白龍は我らの身内じゃ。大事な時によく龍の娘が現れてくれたものじゃ」

「俺には先兵よりも姫白龍がどうなっていくのかが楽しみだ」

「確かにヤマと先兵との距離が遠のいた分、龍の娘がいるのかも知れんのう」

「それはどういう意味だ?」

「龍玉の年に現れた者達は、その間で釣り合いが取れておるのかも知れん––––––青龍の先兵と白龍の娘と」

「その真ん中にヤマの戻りの娘がいるわけだな」

 泥鬼は三人の関係の構造が見えたと思った。

「美紀のことは死霊界のリムセには話しておこうかのう」

 ヤマの老女は、一人呟(つぶや)いて両界鏡の中に消えた。

 

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