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ケモノ目見聞記  作者: 高宮竜多朗
7/12

十年前の悲劇

 十年前の悲劇。きっかけは外部から来た人間だった。

 その当時から村は、今村がある場所とは違うものの、人里離れた山奥という、今現在村がある場所と似たような環境で、隠れ里として存在していた。理由は今と同じく、外の世界が人間と獣人の共存を許さないという事を知っていたからだ。

 しかし、当時の村はその認識が甘かった。百聞は一見に如かずとはよくいったもので、村は外の世界の惨状を伝え聞く事はあっても、実感する事は無かった。否、想像する事が出来なかったのである。どこか、外の惨状を楽観視していたのだ。

 当時の村もその招かれざる客の扱いに困った挙句、人を殺す事が躊躇われるという事と、人ひとり帰したところで大事にはなるまいという認識の甘さから、その客人を解放した。

 その客人は村人達に感謝の言葉を述べ、この恩は一生忘れないと言った。

その言葉を聞いた村人達は、伝え聞く外の話はでたらめではないかと思い、少ない外の世界との交流をもっと活発にしようと考えたりもした。当時の村人達が伝え聞いていた話は100年以上前から先祖たちによって語り継がれたものであり、外の世界に対する村人たちの認識が甘くなっていた。

故に、悲劇は起こってしまった。

それから客人を解放してから一月も経たない頃だった。武器を持った集団が村を襲撃した。


 その光景を今も覚えている。

 燃え盛る家々。逃げ惑う人々。

 助けを求める声。響く怒号。

 金属同士がぶつかる音。刃物が肉にめり込む音。

 自分とシャノンの足音。それを追う足音。

 決して忘れることが出来ない映像と音。

 今もネイトの記憶に鮮明に焼き付いている。時々、夢に見るほどに。

 ハァハァと荒い自分の息遣い。恐怖と緊張で痛いほどに鼓動する心臓。

 シャノンの手を引き、追いかけてくる者からひたすら逃げる。

 何故?どうして?答えの出ない問いがぐるぐると、幼いネイトの脳内を回る。

 この騒ぎの中、バイスとはぐれてしまったネイトとシャノンは手を繋ぎ、放たれた火によって現在進行で変わり果てていく村の中を、当てもなく逃げ回っていた。

「シャノンお姉ちゃん、大丈夫だよ。大丈夫。」

 ネイトは走りながら手を繋いで共に走るシャノンを励ます。

 だがどちらかといえば、その励ましはまるで自分に言い聞かせているようであった。

 励まされているシャノンはこの騒ぎが起きた当初こそ気丈に振る舞っていたのだが、バイスとはぐれてしまってからは急激に不安が噴出したのか、泣きじゃくって会話が成り立たない状態であり、ネイトに腕を引かれ走っているが、もう片方の手は涙が溢れる両目を覆っている。

 そんな前が見えない状態で走っていれば、いつ何かに躓いて転んでしまってもおかしくない。現に転びこそしないものの、これまでシャノンは何回か足を引っかけバランスを崩していた。その度になんとかネイトがバランスを取り、ここまで走ってきたがもう限界が近づいていた。

 不安による精神的疲労。人一人を引っ張りながら走り続けた事による身体的疲労。6歳という年齢を考慮すれば、ここまで走れた事はむしろ奇跡といえるだろう。

「いたぞ!」

聞き慣れない男の声がネイトの耳に入る。元々この村の人口自体が少ない事から、ネイトはある程度村人全体の声を把握していた。

 そのネイトが聞き慣れないという事は、村を襲った集団の声である可能性が高い。

(怖いよ。誰かぁ…)

 幼いネイトの胸は不安で押し潰されそうになりながらも、シャノンと繋いだ手から伝わる温もりを頼りに、自分を叱咤し走り続ける。

「あっ!」

 だが遂にネイトは足をもつれさせ、シャノンと共にうつ伏せで地面に転倒する。

 本来なら両手で受け身を取るべきところなのだが、シャノンと手を繋いでいた為、まともな受け身を取る事ができないまま、地面に叩きつけられる。

 起きて逃げなきゃいけない、そう思いながらもネイトは限界だった。唯でさえ恐怖と緊張で張りつめていたネイトの理性は、痛みが加わった事により決壊。

 ネイトはその場で転倒したまま嗚咽を上げ、泣き出してしまう。

「手間取らせやがってクソガキが!」

 男の怒気を孕んだ声が近くから聞こえる。

 ネイトはゆっくり顔を上げ、声をした方向を見る。

 ネイトの瞳に映ったのはやはり、見覚えのない四人の男たちだ。涙で潤んだ瞳でも男たちの顔を見分ける事は、かろうじて出来た。

 ネイトはうつ伏せに倒れていた体をゆっくりと起こし、男たちを正面に見据える。シャノンも同じように、体を起こし、男たちを怯えた瞳で見つめる。

 ネイトは握りしめたままのシャノンの手が震えている事に気づく。

(ボクが頑張らなきゃ。)

 繋いだ手を強く握ると、ネイトは空いている手で涙を拭い、毅然と男たちを見据え立ち上がろうとする。

 だが男の一人はネイトにゆっくりと近づくと、ネイトの腹をおもいっきり蹴り上げる。

 空を舞うネイトを見て、男たちは嘲るように、そして楽しそうに笑う。

そのままネイトはどさりと地面に叩きつけられた。

「ネイ君!?」

 シャノンは悲鳴に似た声をあげ、必死にネイトに駆け寄ろうとするが、ネイトを蹴り上げた男に髪を掴まれる。

「離して!」

 男の手から逃れようと必死にもがくが、大の男と少女の腕力の差は明確であり、シャノンの必死の抵抗は意味を成していなかった。

「おい、見ろよ。こいつハーフだぞ。」

 シャノンを掴んでいる男が他の三人に呼びかける。

「おい、ほんとか!?」

 一人の男が駆け寄ると、シャノンの顔を覗き込む。

「まじだ!見ろよこの耳。」

 そういって別の男が暴れるシャノンの猫耳を掴む。

「こいつは高く売れそうだ。殺すなよ。」

「わっーてるよ。」

 そういうと、暴れるシャノンを無理矢理肩に担ぎ、男たちはネイトに背を向け立ち去ろうとする。

(シャノンお姉ちゃん・・・)

 腹を蹴られた苦しさから、言葉を発する事も出来ず、けれど何とか己を奮い立たせネイトは咳き込みながらも、立ち上がる。震える体に鞭をいれ、ただ真っすぐにシャノンを見据えながら。

「シャノンお姉ちゃんを・・・離して。」

 息も絶え絶えに、ネイトは男たちに告げる。

「あ、忘れてた。」

 シャノンを肩に担いだ男が振り向いた後の第一声がそれだった。どうやらシャノンに意識を向けるあまり、ネイトの事を完全に失念していたらしい。

「どうするよ?」

「いや殺すだろ。普通に。」

「けど、一応人間だぞ。あのガキ。」

男はネイトを指差す。

「人間っつても異教徒だぞ、こんな獣どもと暮らすような。だったら構わねえだろ、別に。」

「・・・それも、そうだな。」

 異教徒という耳慣れない言葉。意味が分からずとも、男たちが自分を殺そうとする理由が、その異教徒という言葉にあることを幼いネイトにも理解できた。

 男の一人は剣を構えながらゆっくりとネイトに近づく。ネイトの様子を見てもう逃げられないと判断したからだろう。

 実際ネイトは逃げる事も出来なければ、逃げる気もなかった。

(シャノンお姉ちゃんを置いていけない。)

 ネイトは落ちている木の枝を拾うと、それを武器として構える。しかしボロボロの体に何の武術の心得もない、この時のネイトのその姿は滑稽と言わざるをえなかった。

 事実その姿を見た男たちはゲラゲラと笑う。

「おい、そのガキ随分と強そうだぞ。気をつけろよ。」

 シャノンを担いでいる男が、ネイトに近づく男にげらげらと笑いながら、警告する。

「ほんとだ、きーつけねえとな。」

 その言葉を聞き、他の二人の男もげらげらと笑う。

「ネイ君!逃げて!」

 男の肩の上で必死に藻掻きながら、シャノンは叫ぶ。

 しかしネイトは構えた木の枝を振り上げると、ふらつく足取りで男に近づき木の枝を振り下ろす。

「おっと、危ない。」

 男はわざとらしく、さも危機的状況だったかのように演出しながら、ネイトの攻撃を躱し、それと同時に、ネイトの足を引っかける。

 転倒するネイト。しかし、ネイトは必死の思いで立ち上がり、もう一度木の枝を構えると、もう一度男に木の棒を振り下ろす。そして先程と同じように男はネイトの攻撃を躱し、またネイトを転ばせる。

 辛い、痛い、幼い体はもうぼろぼろだ。それでもネイトは立ち上がるのを、やめるわけにはいかなかった。やめたらシャノンと会えなくなる。そんな予感からネイトは無駄とわかっても立ち上がり、木の枝を構える。

 何度も立ち上がっては転ばされ、それを繰り返すうち、男たちの様子が変化が現れる。最初のうちはゲラゲラと可笑しそうに笑っていた男たちだが、そのうち飽きてきたのか、次第に笑わなくなっていった。

「おい、そろそろいいだろ。」

「そうだ・・・な!!」

 男はネイトに蹴りをいれる。

 もはや、疲労と涙で悲鳴にすらなっていないシャノンの声を聞きながら、ネイトは吹き飛ばされ、地面に蹲る。

 男はネイトに近づくと、ゆっくりと剣を振り上げる。

「どうして?」

 息も絶え絶えになり、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、嗚咽を上げながらもネイトは男に問いかける。

「どうしてこんなこと、するの?」

 しかし、その問いに男は答えることなく、シャノンの金切り声にも似た悲鳴と哀願する声が響く中、無情にもネイトに剣を振り下ろした。


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