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ケモノ目見聞記  作者: 高宮竜多朗
3/12

山の中で

 鬱蒼と木々が生い茂り、人に危害を加える魔物や野生動物が闊歩し、人間どころか、あらゆる外部の生き物が立ち入ることを拒絶しているようなこの山を、昼過ぎ頃、一人の少年が使い慣れた弓矢とナイフを携え、背中には篭を背負い歩いていた。

少年の名はネイト。栗色の髪に、少し幼さを残しながらも整った顔立ち、背丈はネイトの年齢的にはごく平均的だが、山で狩りをして暮らしているせいか、肉付きも良く引き締まった体をしている。

そんな彼、ネイトの事を“少年”と呼ぶのはいささか語弊がある。

この世界の一般常識では15歳を過ぎた者は、成人と見做される。

一般的な日本人の感覚でいえば、16という彼の年齢は少年に分類される。しかし、彼が生きている世界の文明は、中世ヨーロッパ程しか発展していない為、医療技術等も未発達であり、平均寿命が現代日本に比べると遥かに短い。

その為成人と認められる年齢も日本に比べると早く、よって16歳という年齢の彼を呼称する場合は、本来“青年”と言うべきなのかもしれないが、本作では日本人の感覚に合わせて、彼を“少年”と呼称する事にする。

そんな彼が何故一人で、この危険な山をうろついているのかと云えば、前述したようにこの山で狩りをして暮らしているからだ。

出来ることならば鹿や、猪といった肉を食べたいところなのだが、見つからない可能性も考え、山菜やキノコ、木の実といった山の幸の採取も怠らない。

 得意とする弓矢を構えながら油断なく辺りを見渡し、足音を立てないようにしながら、ゆっくりと歩みを進めていく。

 足音を立てないようにしている理由は、獲物に逃げられないようにという理由ともう一つ、凶悪な動物や魔物にネイト自身が見つからないようにという理由がある。

 この世界には動物とは別に、魔物と呼ばれる危険な生物が存在している。

 魔物とは、普通の動物には見られない特徴を持つ生物の事を指し、腕が四本ある、火を吐く、角がある、積極的に人を襲うといった特徴を持つ生物を魔物と呼ぶ。

 この山にもそういった凶暴な魔物や、動物に分類されるが、何かの拍子に凶暴化し人間を襲う動物が生息している。

 この山での生活が長いネイトはある程度、動物や魔物を仕留めることは出来るのだが、それでもある程度であり、見つかったら最後、死を覚悟しなければならない程強い魔物もこの山には生息している。

その為この山では足音を消して歩く事は、生きていく為に必須な技能だった。

「お、あれは・・・」

 ゆっくりと歩いていたネイトは、10メートル程先にお目当ての獲物の鹿が、草を啄食んでいるのを見つける。

 鹿はネイトに気付いておらず、丁度ネイトに尻を向けている形で草を食べており、仕留めるには絶好のチャンスといえた。

 腰を低くして、音を立てないようにゆっくりと、鹿の頭を矢で狙える位置に歩を進める。その際に臭いで気付かれないように、風向きにも注意を怠らない。

 頭を狙える位置にくると、ネイトはゆっくりと弓を構えると矢をつがえて、弦を引き絞り、じっくりと鹿の頭に狙いをつける。本来ならば体積が広く、命中させやすい胴体に狙いをつけるのだが、矢が胴体に当たっても鹿が即死するとは限らず、そのまま逃げられる可能性を考えると、鹿が完全に油断している今のうちに、頭を射抜き即死させるほうがより確実だ。

弦を引き絞ったまま、大きく息を吸い込みいざ矢を放とうとした瞬間

「!?」

 何者かの悲鳴が響き渡り、それに反応した鳥達が一斉に飛び立つ。悲鳴と鳥達に驚いたネイトは咄嗟に視線を巡らして、周囲の状況を確認する。

「あ!」

 そしてそれらの出来事の間に、一連の出来事に驚いた鹿が逃げてしまっていた。気付いた時には鹿は既に、ネイトから遠ざかっており、慌てて放った矢は虚しく木に突き刺さる。

 獲物を逃がした事に嘆息しながらも、周囲を警戒しながらネイトは、矢が突き刺さった木に近づくと、折らないように注意しながら木から刺さった矢を引き抜く。

 ネイトの弓と矢は両方ともネイトのお手製である。材料となる木の枝を探すことや、見つけた枝を加工する手間暇を考えると、折れて使えなくならない限り、ネイトは矢を使い回していた。

 矢を折ることなく引き抜く事が出来た事に安堵し、その矢を背中の矢筒に戻す。

(それにしても・・・)

 先程聞こえてきた悲鳴にネイトは思考を巡らせる。

 様々な動物と魔物が生息しているこの山では、動物や魔物の断末魔の悲鳴を耳にする事も多く、普段ならば悲鳴が聞こえたら、ネイト自身がそのとばっちりを受けないように、さっさと退参するところなのだが、今回の悲鳴は妙に耳に残っていた。

 というのも先程の悲鳴が人間のものと思えたからだ。もし人間の上げた悲鳴だった場合、この外界の人間が立ち入らない山では、ネイトの住む村の人間の誰かが悲鳴を上げた事になる。

 そう考えると、流石に何もせずに立ち去るには気が咎めた。

 その場で少しの間自分がどうすべきか思案すると、ネイトは取りあえず、悲鳴の主がいる現場を見に行く事にする。

 悲鳴の主がそもそも人間なのか、仮に人間だった場合は助けるのか、はたまた見殺しにするのか、悲鳴の主が村の人間で既に亡くなっていた場合は、その親族に死を伝える必要等を考えると、多少の危険を冒すことになっても現場に行くべきだと判断したからだ。

 ネイトは悲鳴が聞こえた方を向くと、ゆっくりと歩き出す。

 周囲を油断なく見渡し、時に地面に生えているキノコ等の収穫も忘れない。

(まったく、厄介だな~。)

 心の中で一人、愚痴を零す。

 基本的にネイトは面倒くさがりである。必要な事は積極的にやろうと思うのだが、逆にあまり自分に関係なさそうな事に対しては消極的だ。

(ま、いいや。ついでと思えば。)

 実は悲鳴が聞こえた方向にはネイトは、獲物を捕まえる為の罠を仕掛けていた。

 足元にある蔦に気付かずに引っ掛かると、地面に埋めて隠してある、錘と結ばれたロープが対象の足を捉え、滑車の原理で錘の落下と共に、木の枝に吊り下げられるというよくある罠だ。

 ネイトがこの罠を用いた理由は、この罠に掛かった獲物を、他の肉食の魔物や動物にも横取りされる可能性が低いからだ。

 罠にかかった獲物は絶妙な高さに吊り下げられるように調整しており、下からはジャンプしても届かず、かといって木に登っても獲物には手が届かない。

 そういった理由からネイトは、この罠を愛用していた。

 そろそろ悲鳴の発信源に到着するころだと、気を引き締めようとした矢先である。

「え・・・?」

 ネイトはそれを見つけた時、思わず呆けてしまう。

 それもその筈、ネイトの視線の先、悲鳴の発信源と思われる場所には、気を失った金髪の女性が一人、罠にかかって宙吊りになっていたからだ。


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