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5億km²の牢獄  作者: Wolke
7/19

07:襲来

 静謐な空間に紙を擦る音が響く。


 捲っているのは教科書か、参考書か、はたまた友人のノートであろうか。ぺらりぺらりとページを行き来しては、かりかりと黒鉛を擦り潰す音が挿入される。収容している人数に反比例し、言葉数は少ない。紙とペンを手にしている以上、皆真面目にも勉強をしているのだろうか?


 机に伏せっている愛莉には分からない。


 だが、ここは校内の図書室であるのだから勉強と考えた方が自然だ。勉強をしている音があちこちから聞こえてくる。そして時折思い出したように空調が唸りを上げては、厄介者である冷気を室外へと追いやっていた。勤勉な空調機の働きは、冷気の代わりに睡魔という邪魔者を呼び寄せていた。


 その邪魔者に毒されたまま、愛莉はぼんやりと考える。


 良い成績を修めて、良い大学に進んで、良い企業に入社する。取り敢えず、学生の内に考えられる展望はこの程度のものだろう。これを目標に据えて実践する生徒は少ないだろうが、理想としてなら誰もが一度は考える事柄の筈だ。


「はあぁ……」


 愛莉は長く大きく息を吐く。水分を含んだ吐息は数センチ先で机上にぶつかり、机の表面をうっすらと水蒸気の膜で覆った。ものの数秒で乾く呼気の残滓。それよりも早く、愛莉は理想が追い求められる理由について結論を下していた。


 楽になるからだ。


 成績が良ければ推薦状を貰えて進学が楽。名の知れた大学で充実したキャンパスライフを送っていれば就職が楽。有名な企業に入社できれば収益面や将来性は約束されたも同然だ。


 嗚呼。なんてくだらないんだろう――


「わっはっは」


 唇と机上の狭い隙間に押し込められて、くぐもった笑い声が頭蓋に響く。骨伝導によって鼓膜に届いた笑い声は、自分の物とは思えない程、暗く不気味な音をしていた。我ながら、希望や未来を夢想できない自殺志願者を彷彿とさせる。


 そしてあながち外れてはいないイメージを、愛莉の脳髄は目蓋の裏に映し出した。


 聳え立つ炎の巨人。世界の広さに匹敵する程の長身を誇り、この世に蔓延るあらゆる悪徳の存在を許すことなく焼き払う裁定者。文明と自然、神話生物を区別なく灰燼へと還元し、汚れきった世界をリセットする初期化装置。


 物騒なイメージだ。世界が滅びるビジョンが明確に視えるなど〈事務局〉の人間から小言をもらっても致し方ない。だが、このイメージは日を追う毎に強くなり、鮮明になっている。愛莉自身にもわけが分からない感覚だったが、近々この炎の巨人が本格的に暴れ回る確信があった。そして、この炎の巨人こそが、影沼徹(メタトロン)だと直感した。


 初めは夢で。最近では起きている間もフラッシュバックのように脳裏をチラつき始めた。得体の知れない感覚だが、徐々に想起する間隔も狭まっており、愛莉は漠然と刻限が迫っているのだ、と悟っていた。


 あまりにも荒唐無稽であり著しく信憑性に疑問が残る。誰かに話したところで十全な説明が出来るとも思えず、未だに愛莉の胸の内に仕舞っている。このことは禅蔵や弥生にすら告げていない。


 だが、突如として予知のような能力に目覚めた理由について、七枷愛莉は心当たりがあった。それこそが自身の宿神(アバター)・フリッグに由来する。北欧神話の女神フリッグは最高神オーディンの妻であり、未来を見通す予知能力を持っている。


 そして、七枷愛莉には下地がない。一般家庭で生まれ育った七枷愛莉には魔術師としての下地が皆無なのだ。加えて、愛莉は後天的な宿神憑き。何かの拍子に未開拓の能力が開花したとしてもおかしなことはない。


 これが魔術師の血統を引き継ぎ、生まれついての宿神憑きである紅谷弥生ならば、到底起こり得なかった事例であろう。彼女は自分の脳力を余すところ無く掌握している。彼女に予知能力があれば、散発的に浮かび上がるイメージなどなく、神話災害の核心部分を予言することだろう。


 しかし、魔術師としては一流であっても、彼女は人間として未熟だ。どんな人生を送ってきたのかは定かではないが、あのマイペースな性格が災いし、他人の機微を読むことを苦手としている。だからきっと、紅谷弥生は七枷愛莉がこれ程思い悩んでいるなど想像すらしていないだろう。


 愛莉は頭部の加重によって痺れてきた腕を解く。だらん、と床を指すように力無く腕を垂れ下げ、顔を直接机に張り付ける。呼吸が当たっていた一部分だけが妙に生温かい。机本来のひんやりとした感触との境界線が、はっきりと区別できる程だ。


 覇気のない瞳で、愛莉は窓の外を見る。


 彼女が座っているのは図書室内で最も奥まったところにある窓際の座席。外の景色をただ眺めているだけならば、これ以上ない特等席だ。


 太刀風が唸る。


 窓の外では、校内に植えられた樹木が木枯らしによって枯れ葉を散らしているところだった。強風によって舞い上げられた枯れ葉は、地面に落ちることを許されず、ふらふらと宙を彷徨う。


 後は朽ちるのを待つばかりである枯れ葉に、愛莉は自身を投影した。理想的な事件の収め方を思いつかないばかりか、安定した未来すら信じる気持ちにはなれない。このままではダメだと分かっている癖に、行動の仕方が分からない。


 ぶれていて、ふらついて、曖昧で、はっきりしない。コウモリにでもなった気分だ。


「……徹」


 気付けば、彼の名前が口をついて出た。


「なんで、何も言わずに消えちゃうのよ……」


 ああ、また――迷う。揺らいでしまう。


 ゆうべは、ちゃんとやれたのに――


 分水嶺を越える前に影沼を殺せという直感と、思い出に引きずられた理性がせめぎ合う。


 そして、ある日突然宿神憑きとなり、右も左も分からない愛莉を引き取ってくれた親代わりと呼べる恩人に害を為すことが、彼女の中で大きな慙愧の念を生み出した。


「――チッ」


 付随して掘り起こされた記憶は七枷愛莉にとって苦々しく、舌を鳴らして誤魔化した。


 直後。どすん、と仕切りの反対側から振動が伝わった。


 対面に座っていた何者かが机に重量のある物を置いたようだ。ガサゴソと音を立てている様子から、スクールバッグの中に書籍を詰め込んでいるのだろう。すぐに作業音はなくなり、足音と共に一人分の気配が遠退いて行った。


 愛莉はブレザーのポケットからスマートフォンを取り出して現在時刻を確認する。すると、最後の授業が終わってから優に一時間が経過しようとしていた。


(いい加減、帰ろう……)


 愛莉は椅子の背に掛けていたコートを羽織ると、スマートフォンをポケットへ滑り込ませた。次に通学用に使っているマフラーを鞄の中から取り出し、二重に首を巻くと、首の後ろで軽く結ぶ。手袋も装着すると、防寒対策を十全に備えた上で図書室を後にした。


 寒風が暖まった頬を叩く。校舎を出てすぐに血が通わなくなったと錯覚した表皮を無視し、愛莉は校門へと歩を速めた。短い距離を早足で歩き、数分で校外へと踏み出す。


 ただ、校門を通過する際、誰かを待っているらしき女子生徒が目に留まった。


 目を引いたのは彼女の頭髪。直に夕闇に包まれる時間帯、いや、もうすぐ夜の帳が下りる頃合いだからこそ、少女が有する銀髪は一際輝いて見えたのだろう。昨夜も似たような体験をしたからこそ、自然と少女に焦点が合わさった。いや、ここは目を奪われたと言い換えた方が妥当だろうか。


 とても可愛らしい少女であった。


 気が付けば、愛莉はその少女をまじまじと見つめてしまっていた。艶やかな銀糸はショートカットで切り揃えられ、銀色によって縁取られた顔は小さい。しかし少女の双眸は猫の瞳を思わせる程大きく丸い。細い眉。鼻梁が通り、唇は薄い。それらのパーツがバランス良く少女の小顔に配置されている。ただ、どれだけの時間を外で過ごしていたのか、頬の血色が良くないように見受けられた。


 服装は愛莉と同じブレザーの制服。にも関わらず、少女が着ると綺羅を飾るような華やかさがある。黒の手袋を着けてはいるが、防寒具はそれだけで、肌が見える首周りや膝周りが寒々しい。少女は寒さを凌ぐように、頻りに太ももを擦り合わせていた。


 校舎の中で待つなり、待ち人に連絡を取るなど、責め苦のような待ち時間を潰す手段はいくらでもあるだろうに。


 そう思っていると、少女と視線がぶつかった。


 校門から出てくる人間を注視している少女。校門をくぐり抜けたばかりの愛莉が彼女を凝視すれば、視線が交わるのは必定だ。


 盗み見る、というには些か堂々とし過ぎていたが、断りもなく不躾に見詰めていた手前、愛莉はさっと視線を逸らした。そして足早に立ち去ろうとしたところで、声を掛けられた。


「先輩っ! 七枷先輩!」


 聞き覚えが全く無い声音だった。


 しかし名指しで呼ばれてしまったため、無視して立ち去るのは気が引ける。愛莉は足を止めて振り返った。


 最後の授業終了から一時間。そんな半端な時間に帰る者はやはり多くなく、愛莉を呼び止めたのは、先程から校門横に立っていた少女であった。少女は華々しい笑顔を愛莉に向けて、小走りでこちらに駆け寄って来る。対して、彼女を迎える愛莉の心境は、困惑ばかりが募っていた。


 眼前に立つ少女は小柄だ。平均よりも少し高い程度の背丈をしている愛莉よりも、頭一つ分は小さい。こちらを見上げる彼女の表情は屈託のない笑みで満ちている。


 ――ふと、鼻腔を潮の香りが刺激した。


 薄ら寒いものが愛莉の背筋を這う。


「もう帰ってしまったのかと思いましたよ」


 少女はそう朗らかに話し掛けてきた。だが何度思い返してみても、愛莉にはこの後輩らしき人物と言葉を交わした記憶が無い。目の前に立つ少女とは初対面の筈なのだ。こんなにも目立つ容貌は、忘れる方が難しい。校内で擦れ違うだけでも印象に残る筈。


「勘違いだったら悪いけど、私の記憶違いじゃなければ初対面だと思うのよ、私たち。貴女は誰で、私にどんな用があるのかしら?」


 尋ねると、少女は微笑む。


 笑顔が、変容していた。


 反射的に愛莉はコートのポケットへ手を入れた。手に掴む物は白墨のケース。ルーン文字を書くための武器を無意識の内に手に取っていたのだ。そして、少女の一挙手一投足から目が離せない。


 可愛らしい、なんて牧歌的な感想は彼女の悪徳が形を成した笑みを見て消し飛んだ。今、この少女を見て思うことはただ一つ。――邪悪だ。神話生物と相対しているかのような不気味さが、愛莉の心中に積み上げられる。


「ふふっ。そんなに警戒しないでよ。わたしはルカ。七枷愛莉と話がしたくて、わざわざこの寒空の下をずっと待っていたのよ? わたしの用件も聞かずに無碍に追い払おうとするなんて、それはちょっと、あんまりじゃないかしら?」


 唇を弓なりに曲げて、くすくすとルカは笑った。


 相手を見下し、挑発している。


 そうとしか受け取れない口調。


 彼女の笑い声は悪意で出来ていると言っても過言ではないのかもしれない。


 そして、ルカは愛莉の頭頂から爪先までをジロジロと眺め回し、「――ふぅん」と意味ありげな声を漏らした。一拍遅れて、愛莉の耳に嘲笑が届く。


「何よ」


 相手のペースに嵌る。それを理解した上で、極めて冷静に愛莉は言葉を投げ掛けた筈だった。だが、その言葉には自分でも意外な程に、必要以上の怒気が込められていた。


 禅蔵や弥生ならば、相手の言葉を適当にいなし、冷静に次の一手を打つのだろう。しかし七枷愛莉は、人としても魔術師としても、まだまだ未熟な半人前だった。


 そして、ルカが愛莉の言葉に応じる。


「そのコート、裏地に動物の革が使われているのかしら? 自分の身を守る最後の鎧として守護のルーンをありったけ刻んでいるのね。見る限り、手袋やマフラーにも多少の細工をしているようだし、死なないための対策は万全といったところ? どれも肌身に密着させるものだから防御か逃亡用なのでしょうけど……」


 ぺらぺらとルカは語る。饒舌な彼女とは対照的に、愛莉は押し黙るしかなかった。下手なことを言って迂闊に情報を与えたくない。という心理も勿論働いているが、それ以上に、ルカが喋っている内容が正鵠を射ていたからだ。


 有り体に言うと、七枷愛莉は手の内を見透かされ、絶句していた。


「――ふふっ」


 また、意味ありげに笑う。


 こちらの動揺など、お見通しだと言わんばかりに。


「さて、いつまでも校門の前に突っ立っているのは寒くて敵わないわ。場所を移して、真面目な話をしましょうか」


 言うと、ルカは自分勝手に歩き出す。


 こちらの反応などまるで意に返さず、堂々と、背を向けて。


 姿形が人型だからといって中身まで人間であるとは限らない。ケースからチョークを取り出した愛莉は、少女の小さな背に問い掛けた。


「私が従わなければならない理由が無いと思うんだけど。それに、こっちには〈事務局〉までご足労頂いて、洗い浚い喋ってもらうっていう選択肢もあるのよ?」


「あらこわい」


 振り返った少女は、おどけたように声を発した。


 度の過ぎたパフォーマンスには、最早怒りは感じない。ルカを見ていて思うのは得体の知れないモノに対する不気味さのみ。そして愛莉の胸の内を支配するのは、その恐懼を打ち破る強い敵愾心だった。神話生物を排斥する魔術師の顔を覗かせる。昨夜、影沼徹に見せたものと同種の表情だった。


 確かに、七枷愛莉は魔術師としては未熟である。しかしそれは発展途上というだけで、資格が備わっていないわけではない。彼女には闇を見つめ、闇の中を進める素質が――覚悟がある。


「……お詫びするわ。少し、貴女を見縊っていたみたい」


 ルカは相手を煽る笑みを引っ込めて、素直に謝罪を口にした。しかし、続け様に反論を口にする。


「けれど愛莉。貴女には即座に攻撃できる手段が無い。攻勢に転じるためにはその手に持ったチョークで文字を書かなければならない。文字を書く一瞬、その一瞬でわたしは――」


 言葉を区切り、ルカは凶悪なまでに不敵な微笑を湛えた。


 僅かに愛莉は身構える。


「――簡単に貴女から逃げ果せるわよ」


 と、自信満々にルカは言い放った。


 少女の言葉を愛莉の脳が理解するまで、数瞬の時間を要する。意味を咀嚼し終えた愛莉の頭脳が放ったのは「はぁ?」と、何を言っているの? と、疑問符に満ち溢れたセリフだった。今の流れは、自分の逃げ足を堂々と自慢するものだったのだろうか。


「手駒は持てど、戦闘力は有さない。それがわたしのポリシーなのよ。残念だけど〈特殊防災戦略事務局〉にまで足を運ぶつもりはないし、貴女がメタトロンと世界滅亡の話を聞きたくないと言うなら、わたしは黙って消えましょう」


 さらりと、ルカはとんでもない爆弾を落とした。それは先程まで、愛莉が思い悩んでいた事柄だ。前触れ無く目覚めた予知能力が唐突に見せてくる未来のビジョン。〈事務局〉内でも一切話題に上がらず、愛莉自身ですら他人を納得させるには信憑性に不安があると、誰にも話していない情景を、ルカは事も無げに口にした。


 また、揺らいでしまう。


 影沼の身に起こったこと。世界が滅ぶ理由。それらの疑問が解消されるというのならば、ただ新情報が得られるだけであったとしても、拝聴する価値はあるのではないか?


 鎌首をもたげた知りたいという欲求は、愛莉の中で次第に大きくなっていく。魔術師の顔を取り払ってしまえば、そこにはどこにでも居る女子高生が地に足付けて立っているだけだ。


「なら、移動しましょう。わたしは早く温まりたいのよ」


 ルカはローファーを鳴らして踵を返す。その背中を愛莉は追う。


 何から何まで謎に満ちている少女だ。ミステリアスな謎多き少女ではない。不審と奇怪が服を着て歩いているのではないかと疑ってしまう。そもそも、彼女が何故愛莉に話を持ち掛けてきたのかという根本的な疑問もあるが、彼女と会話をしないことには愛莉が得る情報は何一つなさそうだ。


 大人しく、少女の後ろを着いて行く。


 移動したのはほんの数分。ルカが入店したのは高校近くに居を構えるファミレスであった。近隣校の生徒を対象としているためか、店内には似通った扮装をしている者が多い。


 その他大勢の群衆に紛れるように、愛莉とルカはボックス席へ腰を落ち着ける。


 そして口を挟む間もなく、ルカは偶然横を通り掛かった店員を呼び止めてホットチョコレートを注文した。その際、ウェイトレスはにこやかな笑みを顔に貼り付け、対面に座る愛莉にもオーダーを尋ねてくる。実に模範的な接客態度だったが、メニュー表を開く猶予すらなかった愛莉は無難にホットコーヒーを注文するだけに留まった。


 少女の振る舞いを見て、なんて自分勝手なヤツなんだろう、と感想を抱いたが、別段親交を深めるために同席しているわけではないのだ。徐々に溝が深まっていく雰囲気にはなりそうだが、元より謎に包まれた少女が相手。校門でのやり取りを思い返しても、友好関係を築けるとは思えない。


 ならば――七枷愛莉がこの場ですべきことは、有益な情報を〈事務局〉へ持ち帰ることだろう。天笠征悟という不確定因子までも事件に絡んできたことから、悠長に事を構える余裕は無くなったと愛莉は判断していた。


「エアコンって素晴らしいわね。一部の学者は地球温暖化がどうとか言っているようだけど、どうせ人類なんてその内目に見えて目減りするんだから多少好き勝手やったところで問題はないと思わない?」


 当該の少女は愛莉の心中など推し量ることもなく、それこそ好き勝手なことを喋っている。しかし暖を取りたいと言っていたのは本心からだったようで、彼女の色白の肌にほんのりと朱が交じるのを愛莉は見た。けれど、彼女の言葉には応じない。


 続けて、ルカは言う。


「外に比べて暖かいのは当たり前だけど、貴女、その格好で暑くないの?」


 席に座ってからも、愛莉はコートとマフラーを着用したままだ。流石に手袋は外したものの、目的が不明瞭なルカの前で防護具を全て取り払う気にはなれなかった。


 対して、ルカは初めから制服しか着ていない。防寒具を身に着けていない。強いて言えば両手を覆う黒の手袋があるが、それは寒さよりも紫外線対策に重きを置いているような薄手の物だ。


「北風さんが太陽らしいことをしてくれたら、脱ぐかもしれないわよ」


 お前は信用していない。早く本題を話せ。と、愛莉は茶化すように言い放つ。


 愛莉の言葉を受けて、ルカは不敵に笑みを深めたのだ。


「それは無理よ。だって貴女、これから凍死してしまうかもしれないんですもの」


 わたしを北風程度だと思わないことね。と、ルカは笑った。


 都合良く、互いに注文した飲み物が運ばれてくる。愛莉の前にホットコーヒーが、ルカの前にホットチョコレートが、湯気を立てつつカップの中で揺れている。これで話の最中に腰を折るような人物は現れないだろう。


 愛莉がコーヒーにグラニュー糖とミルクを入れ、乳白色になった液体をティースプーンで撹拌する。その間に、ルカはホットチョコレートに口をつけていた。喉を通り過ぎる濃厚な甘味に満足すると、「さて」と話題を切り替えた。


 いよいよ、ルカの口から影沼徹について語られる。その緊張を、愛莉はコーヒーと共に飲み下した。


「まず、メタトロン――影沼徹が各地の結界を壊し回っている理由から話しましょうか」

 

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