3:ムーシャの思い
「……っ。ごほっ!」
薬を確かに飲んだアルトは、思い切り咽た。その勢いで、上体を起こす。
「……アルトっ」
ムーシャが目を潤ませて見てくるのを、ぼんやりとした視界でアルトは見た。後ろに、綺麗な女性が立っている。更に後方には、男と狸……狸?
今、自分は何処にいるのだろう。今まで、どうしていたっけ……?
上手く纏まらない思考を放っておきたくなった。アルトの意識は、再び闇の中へと落ちる。
「やっぱり、駄目なの?」
ムーシャは、再び目を閉じたアルトを見て、泣き顔だ。ケムルが彼女を慰める。
「いいや、薬を飲んだから、大丈夫だ。彼は疲れているだけだよ」
目をいっぱいに開いていたムーシャは、長いため息をついて椅子に座りこむ。
「良かっ、た……」
そのまま手のひらで顔を覆う彼女に、誰が言えようか。
アグとサナルは、金髪の少女を見ながら思う。
この少女は、どうなるか分からない。彼女の体は、アルトよりもカミと同化しているから。しかし、そんな事を言えば、またムーシャの顔は暗くなる。
二人の心配は無用だった――アグとサナルが思う以上に、ムーシャはしっかりしていたのだ。
「……次は、リゼに」
その表情は、硬い。ケムルが優しい顔のまま、尋ねた。
「何故そんなにも硬い顔をするのだ?」
「リゼの方が、危ないから」
リゼは一度、死にかけました――と、ムーシャは言った。
第二位世界でクラーケンに殺されそうになった事。そこでリゼリアの髪と瞳の色が変わってしまったのだという事。ここにいる人達が、知る由もない事だが――何と言っても、異世界の事だから――、ムーシャは言いたくなったのだ。
「もし、カミが、雷神がいなければ、あの後リゼは死んでいました」
死んでいました――唯の記号の様に、ムーシャは無機質な声でその言葉を告げる。
「カミが憑いたから、リゼは生き返ったんです。
二人がこんな風になってしまったのは、カミが弱ったからでしょう? だったら、リゼの方が危ないはずなんだ」
淡々と告げるムーシャに、ケムルでさえも言葉を出せない。
三人の運命が過酷過ぎると、他に誰が知れようか。
何も無ければ、世界神がこの世界を歪ませなければ、三人は元の世界で普通に暮らしていたのだろうか。
そんなケムル達の心情を感じとってか、ムーシャはからっと笑った。
「……でも、第一位世界に来て、楽しい事もいっぱいありました。ユウ君にも会えたしっ……」
一瞬揺らぐ声。アグ以外に、その理由が分かる者はいない。ケムルは、ユウを知らないから。
「……ユウ君は、今いないけど……。何より、初めて来たときの草原がすっごく眺め良くって。あのリゼリアも、目を輝かせたんですよ」
ケムルとサナルは、リゼリアの人となりを知らない。だから、大人しい少女なのかと思った。
「仕方なかったと思うんです。何で私達がこんな目に遭うのかって、普通に第二位世界で暮らしていければ良かったって、そう思うんですけど……でも、第二位世界だって、おかしかった。いつかは、第二位世界でも、普通には暮らせなくなっていた気がするんです」
何処からが原因なのかなんて、分からないんです――
「だから、こんな目に遭うなんて、って哀しい気持ちにならないで、これからどうしなきゃいけないか決めなきゃ……私は、アルトとリゼを死なせたくない。皆でせめて、世界の滅びをちょっとでも喰いとめたら、のんびり暮らすんです」
その笑顔の裏には、涙がある気がした。しかし、それを指摘するのが最も無粋だろう。
ケムルは穏やかな顔で、「そうか」とだけ言った。
「そんな夢があるなら、リゼリアも起きるだろうよ」
アグがぽつりと言った。ムーシャは目を瞬かせる。
「リゼリアは、そんな親友を放っておけないだろう?」
「……はい!」
嬉しそうに笑ったムーシャは、ケムルから薬を受け取り、そっとリゼリアの口元へと運ぶ。




