2:宿の中の
例のごとく、ムーシャとアルトは同じ部屋に押し込め、ユウとリゼリアは二人部屋に入った。
部屋に入ると、ユウはがたがたと震え始める。
「どうしたの、ユウ」
流石に、様子が変だという事に、リゼリアも気付いていた。十歳ながらもしっかりしている彼が、ふらふらと歩き出すのがおかしいのだ。
「……ちょっと、だけ」
彼はかすれた声で言うと、急にリゼリアに抱きついてくる。
体がずっと、震えていた。
腰の辺りにしがみついた、子供らしい子供の頭を、リゼリアはゆっくりと撫でる。
「……明日には、この国、出ようか」
穏やか。歪んだ所が無い様に見える<水上古都>。しかし、<楽園サラダ>の様に、活発な訳でもない、不気味な国――。何より、ユウがずっと不調だったのだ。
この国は、すぐに出るべきだ。リゼリアはそう思った。
しがみついて、無言でユウはこっくりと頷く。彼は声も出さずに泣いていた。
リゼリアは、ユウが泣き疲れて寝るまで、ずっと頭を撫でていた。
――まさか明日でも、遅くなるとは。その時のリゼリアは考えもしなかったのだ。
どんな国だろうと、朝日は平等に人を照らす。ベッドからもぞもぞと起き上がったリゼリアは、ぐっと伸びをして、隣のベッドを見る。
ユウが、いない。
慌ててリゼリアは、部屋中を探す。ベッド下も、クローゼットの中も。
ユウは、部屋にいない。
「アル、ムーシャぁ!」
扉を無理やり開くなり、リゼリアは叫んだ。
「な、何?」
二人はちゃんと、別々の布団に入って寝ていたが、そんな事はどうでもいい。
「ユウ、こっち来てない!?」
「え……」
アルトとムーシャは、彼女のその一言で察した。一気に顔が青ざめる。
「……ユウ君、いないの?」
リゼリアの顔は蒼白だった。その顔が全てを物語っている。
ただ単に、散歩に出かけたならいい――三人は言いようもない不安に包まれながら、女性の家を飛び出した。手分けをして探す。リゼリアは、広場の方へ。
少し走れば、見えてくるのは昨日の広場。噴水が盛大に噴き上がっている。昨日とは比べ物にならない程に。
ユウが、噴水の元にいた。
「ユウ!」
昨日と同じように叫んだのに――リゼリアの声は、彼には届かない。水の音で、かき消されている。
いや、それも違うだろうか。
「ユウ! 返事しろってば、おい!」
駆け寄って、肩を掴んで揺らしても、彼は無反応。目が、何も映していないという事に気付き、リゼリアは身を震わせた。
――遅かった……!
遅かった、何もかも。昨日中に、夜に、国を出ていれば良かったのだ。初めからこの国に入らなければ――。
もう、遅い。
噴水は盛大に噴き上がり、光輝いた。それはとても綺麗なのに、感嘆の声を上げる物のはずなのに。リゼリアには、それが命を吸い取る蛇にしか見えなかった。
噴水が、爆発を起こす。
水で、リゼリアの服もユウの服も、ずぶ濡れだった。しかし今は、そんな事はどうでもいいのだ。
「ユウ!」
一度、大きく肩を揺する。と、彼の目に光が灯った。
「あ……リゼ、姉」
ゆるゆると顔を上げ、リゼリアを見上げたユウは、一瞬で顔をくしゃくしゃに歪ませた。
「ごめん」
「ごめんって何が!? とにかく、ここを出よう! 今すぐ! ね?」
腕を引いて、走り出そうとしたのに、ユウは首を振って動かない。
「……ごめん」
また、謝るユウの声は、涙に濡れていた。
――なんで、謝るの!?
何となく、リゼリアも分かっていたのだ。しかし認めたくなかった。
ユウが、消えるなんて。
「リゼ姉、短い間だったけど、楽しかった。じゃあね」
無理に笑うその顔は、孤児院で出会った時の様で。でも、泣き顔で。
そのまま、彼の体は透け始める。
「ちょっと! ……訳分からないってば、何してんの!? ふざけないでよ、こんな所で魔法使って、からかうなんて……」
リゼリアの顔も、酷かった。ユウと同じで、無理に笑おうとして。その声は震えている。
「リゼ姉、」――大好きだよ。
口を動かしても、声が届かない。ユウが最期ににっこり笑うと、その姿は掻き消えた。




