33:プラスアルファ
水や氷を打つ片手間に、手製の望遠鏡を覗いていたユウは、息をぐっと詰まらせ、暫くしてから長く吐き出した。
「どうしたの?」
ムーシャが不思議そうにユウを見てくる。今、彼が使っている望遠鏡は、二人で見えるほど大きく作っていないのだ。彼女には、ユウが見ている景色が分からない。
「アネルが勝った」
ただ、それだけを言った。ムーシャがほうっと、安堵のため息をつく。
「リゼとアルト君も勝って、アネルも勝ったのね。じゃあ、後はこっちだけ?」
「そう。だけど、リゼ姉達の助力は期待できない」
三人とも、手強い相手を倒して疲労困憊、立ち上がる元気も無い。後は、ムーシャとユウがやるしかないのだ。
敵方の、二人+一匹を倒す事を。
「それにしても……動物ってありなの? 魔法使える分、あっちは三人で戦ってる様な物じゃない」
ムーシャが不満げに口を尖らせた。もし、敵方に動物一匹がいなければ、二人はここまで苦戦していないのだ。
「wsly nmu rrnshhka! hh ritpk, m tiit!」
「よいしょっと」
ムーシャが火の矢を放ち、ユウが氷の蛇を造り出す頃には、敵は三発撃ってくる。土の矢、水の蛇、そして津波が。
ムーシャが慌てて、もう一発。
「うわあ! wsly nmu rrnshhka! jmh ritpk, kooda!」
土の矢と火の矢、津波と壁が相殺。水の蛇を打ち砕いたユウの氷の蛇は、力無く敵の方へ飛んでいくものの、敵の魔法に当たって宙に散る。
ユウが、苦しげに言った。
「これじゃ、終わらない。こっちの体力が尽きたら負けだね」
最近忘れていたのだが、魔法を使うと体力や精神力が削られる。今のムーシャは肩で息をし、酷く疲れた状態だ。
ユウも、気力で体を支えているが、いつどうなるかも分からない。
ムーシャが、冗談のつもりか、少し笑ってユウに愚痴を言った。
「こっちにも、魔法が使える動物がいればいいのにね」
それは、単なるムーシャの冗談だった。しかし、ユウはその言葉を聞いて閃く。
「……いた!」
「え?」
ユウの叫びに、ムーシャはただ困惑していた。
ごそごそとバックを漁るユウ。バックが大きく、彼が着ているのがキグルミのため、それはさながら、餌を漁っている子供竜の様。
その様子に微笑ましさを感じつつ――しかしムーシャの息はもう切れかけである。一人で敵の攻撃を全て捌いているのだ。
「ユウ君……まだ?」
「もう少し……ちょっと、起きて。大変なんだよ、終わったら肉あげるから」
バックから何やら取り出したユウの顔は、傷だらけであった。まるで何かに引っかかれた様に。
彼の腕に抱えられ、「自分はとても不機嫌だ」と顔にしっかり書いてあるのは。
「……え、これ。犬?」
背中からぱたぱたと羽を生やした犬――ハネイヌだった。ユウが少し得意げに言う。
「孤児院から付いて来てたんだ。晩餐会でタウロスの肉を取ってきたのに、それが騒ぎでなくなっちゃって、食べ物が無かったんだよね。それからはずっとこいつ、機嫌悪くって」
ばったばったと羽ばたく羽は、ユウの手をびしびし叩き、時折飛び出るパンチが彼の顔を殴るのであるが、ユウはにこにことそのハネイヌを宥めるだけ。
ばしばし。
にこにこ。
何処となくシュールさを感じるこの光景に、ムーシャも黙った。
――何て反応すればいいんだろう
ムーシャが小さなだんまりで考えたのは、そんなことであった。
「……ムー姉、後ろ!」
ユウが叫びながら水の塊を撃ち出す。ムーシャは咄嗟に、
「hh toky!」
そうして飛び出した火の玉は、いつもよりもかなり小さかったが、なんとか敵の魔法を撃退する。
「今……詠唱省略できた?」
ムーシャが呆然として呟くのを、
「パニックになると、時々やってたよ」
ユウは、今更とばかりに苦笑した。そして、ハネイヌはじーっとその様子を見ていた。
「手伝ってくれる?」
ユウが尋ねると、ハネイヌはこっくり頷いた。どうやら人の言葉が分かるらしい。
さっきの様子が思い出されて、ムーシャは半信半疑だった。
「この犬……ちゃんと戦えるの?」
「ばうっ」
お前に心配されるとは心外だ――そう言わんばかりに、ハネイヌは一つ、吠えた。




