3:院長の頼み
院長の願いは、リュウを旅に連れて行ってほしいということだった。いきなりの頼みに二人は目を丸くする。
「えっと……なんでですか? 私達、<楽園サラダ>に行くわけでもないし、……多分楽な旅にはならないはずです」
そうリゼリアが尋ねると、
「<楽園サラダ>に行かなくてもいいんです。そのまま連れて行ってほしいんです。……楽な旅なんて、この世にはありませんから。……お願いします!」
院長は深く頭を下げた。二人は慌てて、それをとめる。
「でも、何故私達に頼むんですか? 私達、年齢的にも頼りないし、他の人の方がいいのでは? 旅の人はよくここにくるのでしょう?」
これの答えは大体予想がついている。だからこそリゼリアは聞こうとしなかったし、今ムーシャが聞いている。
院長は二人の予想を裏切らなかった。
「リュウ君の『力』と、リゼリアさんから感じるそれが似ているからです」
尤も、リゼリアさんの方が弱い感じがしますが、と院長は言う。
やはりそうか。ムーシャはそろりとリゼリアの方を見た。
リゼリアは表情が変わっていないように見えたが、ムーシャには歯を食いしばっていることが分かった。
リゼリアは、第一位世界に来てから緩んでいた所が再び引き締まるのを感じた。リュウは子供たちから避けられる生活を送ってきて、自分は逃げられた。この世界は決して優しい訳ではない。
「……いいです」
リゼリアの一言にはっと顔を上げる院長。
「リュウがいいって言うなら、旅に連れて行きます」
リュウは羽の生えた犬に餌をやっているところだった。
「犬に羽生えてる……」
「ハネイヌだよ。お腹減ると跳ねて柵越えちゃうから、餌やりを忘れないようにしないといけないんだ」
やはり変な生き物はたくさんいるらしい。リゼリアとムーシャにとっての「普通」な動物がいるかは分からない。なにしろ牛にでさえ、鋭くて長い一本角が生えているのだ。
「まさか翼の生えた馬もいるの?」
と、リゼリアがつい呟くと、
「ペガサス? 魔物だけど、ときどき捕まえて乗り物にしている、自己顕示欲で肥え太った貴族なら、持っているんじゃない? ペガサスは綺麗なのにさ、乗ってるのが貴族だからさ、様にならないよ」
リュウの皮肉は健在のようだ。そしてどうやら神話に出て来るような生き物は全て化け物――魔物、らしい。第二位世界で見た大ダコも、クラーケンとかだったのかもしれない。
リゼリアは言った。
「リュウ、旅する気って、ある?」
あまり表情が変わらない男の子が、めずらしくぽかんとしている。
「藪から棒に、何?」
「院長が、リュウを旅に連れて行ってくれないかって。私達はいいんだけど、リュウ自身の気持ちはどうなのかと」
「……『私達』、て言う割に、紫髪のお姉さんが難しい顔だけど?」
リュウがそう言うので、慌てて見てみると、ムーシャは眉間に皺を寄せていた。
リゼリアの手を引き、リュウから少し離れてから、耳うちした。
「……同情で連れていくんじゃないよね?」
リゼリアは目を瞬かせる。
「ここにいさせたままだと可哀そうだからって、連れていくのは止めた方がいいよ」
ムーシャが続けると、リゼリアが思わず叫んだ。
「違う!」
叫んでから、不思議そうにこちらを窺うリュウに気付いたのだろう、声量を落とした。
「違うよ、」
と言いかけ、じぃっと睨むムーシャを見て言い直す。
「違く、ないかもしれないけど、それだけじゃないって。勘だよ。もしリュウが『カミ』なら、連れて行った方がいいでしょ?」
「……」
ムーシャは黙って微笑み、しっかりと頷く。
どうやら親友の了承は得たようだ、とリゼリアは安心して、リュウの方へ向き直る。
「ムーシャもオッケーだってさ。 で、どう?」
少女二人の提案は、リュウにとって素晴らしいものだった―――顔には出さなかったが。すぐにでも行ってしまいたいくらいだった―――口からは出なかったが。それまで人との接触をずっと避けてきた男の子には、「行きたい」の4文字を紡ぐことが難しかったのである。
「……考えとく」
それだけ言うと、一気にその場から逃げた。彼の頬が珍しくも緩んでいたのは、誰にも見られなかった。
次の日。院長が子供たちとリゼリア、ムーシャを一つの部屋に集め―――リュウもいた。仏頂面で壁際に立っている―――、大きなイベントの発表をする。
「はぁーい、みんな! 聞いてね!
明日から3日間、<科学都市>に入りまーす!」
院長の言葉を聞いて、子供たちがわあっと盛り上がった。住みたくはないが、面白い国であるのは変わらないので、一年に一度の来訪を楽しみにしているのだ。
「では注意することね! 転ばないこと、一人にならないこと……」
その後、院長は子供たちのグループ分けをして、解散となった。
院長がリゼリアとムーシャに近づき、そっと言う。
「あなたたちにお願いがあるのだけど……。リュウ君がいる班に入って、一緒に行動してくれない?」
二人は顔を見合わせて、互いの顔を確認してから、院長に頷く。院長は顔を綻ばせた。
「ありがとう」
かくして、来訪一日目。ぞろぞろと子供を引き連れて、院長と少女二人は東へまっすぐ歩き始める。
少女二人が孤児院にたどり着くまで憎たらしいほど晴れやかだった空が、だんだんと曇る様子を見て、リゼリアは不安を覚えるのだった。




