2:孤児院の一日
ようこそ、と明るい笑顔で二人を迎えた女性の髪は、確かに黄色だった。太陽を感じさせる、明るくて優しい雰囲気の人だ。
「始めまして、ムーシャと申します」
「始めまして、リゼリアです」
「あらあら、始めまして。 ちゃんと挨拶できるのね、偉いわ」
訝しげにその女性を見ていると、彼女は、はっと息をのんでから、ぺこりと一礼した。
「ごめんなさい、いつも子供たちの世話をしているから、つい」
「……そうか、リュウが言ってた院長さんですね」
リゼリアがそう言うと、ムーシャがリゼリアの足をぎゅっと踏んだ。
「リゼ。いきなり呼び捨て?」
「いだっ。 いいじゃんかリュウで!」
「よくありませんー。 少なくとも、院長さんの前で止めなさい」
呆けた顔でやり取りを見ていた院長が、噴き出した。
「リュウ君のこと、呼び捨てにしてもかまわないわ。
リュウ君と仲良くしてくれたら、嬉しいです。
リュウ君は他の子とあまり遊ばないから……。 大人びているし」
「ひねくれた大人になりましたね……いたっ」
またリゼリアの足がつぶれた。
「ふふっ」
にこやかに二人のやり取りを見ていた院長が、リゼリアを見て、目を丸くした。
凝視してくる院長を見て、リゼリアは首をかしげた。
「なんですか?」
「いえ……。 リゼリアさんは……」
言いかけて、首を振る。代わりに、院長は微笑を浮かべてから深くお辞儀をした。
「リュウ君と、仲良くしてください」
リュウは、急ぎ足で歩きながら、考えていた。
―――あの人は、……あの二人は、避けなかった。
自分のことを、畏れなかった。
廊下を歩くと、怯えた目を向けてくる子供は、とても煩わしい。普段はその視線が気になって、滅多に日中出回らないが、今は周りの様子が目に入ってこない。
また話したいなどと、生まれて初めて思った。
リゼリアとムーシャは、お菓子の時間に招かれ、一緒に食べることになった。 焼き蛙鳥肉ばかり食べてきたため、甘い食べ物は久しぶりだ。
「どうぞ~。ケルベロスパイよ~」
子供たちがわあっと集まる。
そうやってテーブルに出された大きなパイを前にして、リゼリアとムーシャは固まってしまった。
当のパイは、生地はさくさく、クリームがふんだんに使われ、美味しそうなのだが、赤い何かがたくさん乗っている。
その赤い何かが問題だった。
「どうしましたか、リゼリアさん、ムーシャさん」
院長が不思議そうに顔を覗いてくる。
「ケルベロス……?」
「けるべろす……?」
ムーシャに至ってはカタコトだ。 二人は、ケルベロスは流石に食べないだろうと思っていたのだが、そうでは無かったらしい。
「はい、ケルベロスの肉ですよ! 希少なのでなかなか手に入らないんです。 甘くて美味しいですよ~」
恐る恐るリゼリアが一口食べてみると、これがなんとも言えない。とろりとしていて、果物のような甘さだ。
ぱくぱくと食べだしたリゼリアに対し、ムーシャは、
「ゲテモノ……」
と呟き、ついにひとかけらも口に入れようとしなかった。
リゼリアとムーシャは疑問に思っていた。
この「お菓子の時間」に、リュウは姿を現さない。
「お菓子の時間」が終われば、幼い子供たちは昼寝の時間だ。
走り回る子供たちをなんとか宥め、布団に入らせる。リゼリアとムーシャも手伝ったが、子供の扱いに慣れていない為、逃げられたり、背中に飛びつかれたりと、大変だった。
ひと段落して、院長と二人はお茶を飲みながら話をする。そこで疑問に思っていたことを尋ねた。なぜリュウが来なかったのか。
院長は寂しげな顔をして、話す。
「リュウ君は、他の子から、……何というか、避けられてる、畏れられてるのよ。
子供が畏れられるって、おかしいことだけど、リュウ君には不思議な力があってね」
「力?」
「どう言えばいいのか分からないけど、何かヒトではないものよ」
「……『カミ』、とか? なんて」
リゼリアがふざけた調子で聞く。声の調子とは違い、顔は真剣だが。
「神、か。そうかもしれないわ。特に危険な事をするわけでも、魔法を使いこなすわけでもないの。でも、そこにいるだけで畏怖を感じさせるような……。大人はなかなか気付かないんだけど」
―――さっき、子供たちが私から逃げたのって、寝たくないからじゃなくて…?
リゼリアはそんな不安を覚える。同時に、嘲り嗤う声が頭の中に甦った。
机の下からムーシャが、そっと震えているリゼリアの手を握った。リゼリアは心が温まるのを感じる。
―――ここは、かつての教室じゃない。ムーシャがそばに居る。
リゼリアは、親友の手をしっかりと握り返した。
「リュウ君は、朝は皆より早く起きて、水汲みの手伝いをしてくれる。適当に一日分の食料を持って行って、日が昇っている間は決して姿を見せない。……夜も、他の皆が寝た後、10時頃に布団に入るわ。十歳児の過ごす日々じゃない……。<科学都市>から子供たちを守るためにこの孤児院を創ったのに、リュウ君はここでも居場所が無いの!」
院長は涙を零していた。彼女はカミの様な「力」を持つ少年を憐れんで泣く訳ではなく、ただ無力な自分を責めて泣いていた。
「一緒に居ていいんだよ、って言っても、リュウ君は自分がいると皆怖がるから、としか返してくれないの。彼にとって居心地のいい場所ではないのよ」
彼が楽しく過ごせる所を、創れなかったのよ。院長の声は、きりきりと絞った弓のようだった。
彼女はそれまで伏せたままだった顔をぱっとあげ、目の前の少女二人を見つめた。
……どちらかというと、リゼリアの方を向いていたのかもしれない。院長は、旅を続けているのか、と尋ねた。
「……、始めたばかりですが、旅は続けるつもりです。どうも<科学都市>は目的地ではないですから」
それも勘だったが、それにでも頼らなければ、世界崩壊の阻止のためどう動けばいいのか分からないのだ。きっと雷神が示しているだろう勘に、このまま頼る。……地図くらいは買った方がいいかもしれない。
リゼリアの返事に、院長は縋るようだった。
「ごめんなさい、急に変な事を言います」
リゼリアとムーシャは、院長の言葉に首を傾げた。次には、驚いて固まってしまう。
「リュウ君を旅に連れて行ってくれませんか」




