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愛想がないと結婚0日目に離縁されたアラサー会計士 ~複式簿記で辺境領地を再建します~  作者: かな


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第30話:黄金の盾(救済者)と王権の管理委託契約

王都、王宮の最高評議会。かつてカナリス・ヴァン・ベルクが「可愛げのない女」として追放されたその場所は、今や逃れようのない破滅の重圧に押し潰されていた。

ハンス:「――陛下、時間はもうありません。今日中にこの債権の利息分だけでも支払わねば、明日には王都の穀物市場を我らフーガー商会が接収いたします。……そうなれば、この冬、王都の人々が口にするのはパンではなく、冷たい石に変わるでしょうな」

フーガー商会の代表ハンスは、玉座に座る国王に対し、慇懃無礼な態度で1枚の羊皮紙を突きつけた。そこには、代々の王室が放漫経営と不透明な宮廷費によって積み上げ、先送りにし続けてきた負債の総額が記されている。

今の王国に、その莫大な手元の現金を捻出する力はない。度重なる貨幣改鋳によって通貨の信用は失墜し、市場は物価の異常な高騰に喘いでいる。王権という名の看板は、今や金貸しに首を絞められるための担保に過ぎなかった。

国王:「……くっ。辺境のヴァイス領へ出した命令はどうなった。あそこには、カナリスが稼ぎ出した莫大な麦と富が眠っているはずだ。それを全て差し出させれば――」

グロック:「――陛下、お言葉ですが。その命令書なら、途中の関所で私の部下が『不備』として受理を拒否させていただきました」

広間の重厚な扉を蹴破らんばかりの勢いで、二人の影が姿を現した。ヴァイス領主グロックと、その数歩後ろで眼鏡を指で直しながら歩み寄るカナリス・ヴァン・ベルクである。

ハンス:「……また貴様か、ベルク家の出来損ないめ。ここは王都だ。辺境の理屈が通ると思うな」

ハンスは苦々しげに吐き捨てたが、カナリスはその視線を一瞥もせず、国王の前で一冊の分厚い王国連結財務諸表、つまり王国の財産と借金を全てまとめた目録を広げた。

カナリス:「陛下。私はこれまで、財務再建の指南役として王宮へ定期的に危機管理報告書、つまり不測の事態への知らせを提出して参りました。……しかし、それらは全て、陛下が抱える無能な文官たちによって不快な予測として無視されてきましたね。……その結果が、この返済不能寸前の惨状です」

国王:「無礼な! ならば、そなたが今すぐヴァイスの富を差し出し、この商会を黙らせれば済む話ではないか!」

カナリス:「……いいえ、陛下。私は、忠誠心でここに来たのではありません。……この沈みかけの船を、私の『管理下』に置くために来ました」

広間に凍りつくような沈黙が訪れた。ハンスが鼻で笑い、カナリスを指差す。

ハンス:「ハッ、何を馬鹿なことを。我らが保有する王室債権は金貨3000万リブラ。辺境の一領地に、そのような膨大な金があるはずが――」

カナリス:「――手元の現金はありません。ですが、『信用』はあります」

カナリスは、ハンスの前に一通の債権譲渡合意書を突きつけた。

カナリス:「ハンス殿。あなたがたが欲しいのは、もう返ってくる見込みのない王室の借用書ですか? それとも、我がヴァイス領が管理する倉庫の麦1000万ブッシェルの重さに裏付けられた、確実な価値を持つ『穀物担保債券』ですか?」

ハンスの顔から、わずかに余裕が消えた。

カナリス:「あなたが王宮を接収して略奪を行えば、王国の経済は完全に崩壊します。……それは、あなた方にとっても最大の回収漏れを招く経営ミスではありませんか? ……そこで提案です。フーガー商会が持つ王室債権のすべてを、我がヴァイス経済圏が丸ごと買い取ります。本日この瞬間より、あなた方は陛下の借金取りではなく、私のシステムの投資家の一人にすぎません」

カナリス:(双方が同じ情報を持てば、不当な略奪は防げる。情報の偏りを逆手に取り、敵を『利害を共にする者』へと強制的に組み替える。これが、巨大な不良債権を再生させるための最初の手続きだ)

ハンスは、差し出された債券の価値を瞬時に頭の中で計算した。嘘の銀貨を追いかけるより、ヴァイスの引換券を握る方が、はるかに利益率が高い。ハンスは屈辱に顔を歪めながらも、その合理的な誘惑に抗えず、無言で書類を奪い取って去っていった。

最大の敵が去った後、国王は安堵の溜息を漏らし、カナリスに歩み寄ろうとした。

国王:「おお、カナリス! よくぞやってくれた! ヴァイス領には独立経済特区の恩赦を与えよう。さあ、今すぐ祝宴の準備を――」

カナリス:「……陛下。まだ終わっていません」

カナリスの声は、かつて離婚を告げられた夜よりも冷徹に響いた。彼女は国王の足元に、もう一通の、さらに分厚い契約書を置いた。

カナリス:「これは『王国経営管理委託契約書』です。……陛下、先ほど申し上げた通り、あなたの負債は私が買い取りました。つまり、今日からこの国の主債権者、一番の貸し主は私です。……そして、破綻した借り主に対し、私は『経営権の委譲』を要求します」

国王:「な……何だと!? 王権を渡せというのか!?」

大臣たちの一人が激昂し、カナリスに掴みかかろうとした。だが、その腕は、グロックの鋼のような手によって空中で制止された。

グロック:「――おい。うるせぇぞ、古狸」

グロックは剣の柄をカチャリと鳴らした。

グロック:「俺はバカだから、カナの言ってることは半分もわからねぇ。だがな、たった一つだけ分かることがある。……あんたたちの守りたい国の威信ってやつが、この紙に並んだ数字より重いって言うなら、勝手に泥舟と一緒に沈んでろ。……だが、俺はこいつのペンが止まるのを、一度だって見たことがねぇんだ。……陛下の首が他国へ売り飛ばされる前に、相棒の言葉に従うことをお勧めするぜ」

グロックの放つ圧倒的な覇気に、最高評議府の面々は息を呑み、力なく崩れ落ちた。

カナリス:「陛下。……これは王という身分を奪うものではありません。陛下は今後も王として、その名誉と贅沢を謳歌してください。……ただし、私が定めた『支出の計画案』の範囲内で、です。税収の管理、軍事費の執行、法務の決定権……。これらはすべて、私が設立する王国再建府へ一括管理委託されます。……要するに、王国そのものを私が買い取り、私の理で一から経営し直すということです」

カナリスは、最後の引導を渡した。

カナリス:「……破産してフーガーの奴隷になるか、私の管理下で平和な飾りとなるか。……どちらが期待できる利益が高いか、陛下。計算するまでもありませんね?」

国王は、震える手で羽ペンを握り、自らの所有権と経営権を切り離す署名を刻んだ。

夕暮れ時。王宮のバルコニー。かつて自分を捨てた王都の街並みを、カナリスは冷たい夜風に吹かれながら見下ろしていた。

グロック:「……カナ。お前、ついに王様まで雇われ社長にしちまったな。……俺、お前の横に立ってるだけで背筋が寒くなるぜ」

グロックが、いつの間にかカナリスの背後に立っていた。彼は彼女の肩に、厚手の毛織物のマントをふわりとかけた。

カナリス:「……。……閣下、一歩までなら許可します。……疲れました。国家規模の組織の立て直しは、想像以上に頭を酷使しますから」

グロック:「ははっ! さっきはあんなに格好よく王様を震え上がらせておきながら、やっぱり無理してたのかよ。……ほら、見ろよ」

グロックが指差した先には、王都の広場で配給を待つ民衆の姿があった。そこには、王国の悪貨ではなく、ヴァイス領が保証する穀物引換券が、新たな希望として行き渡り始めていた。

グロック:「お前はペン一本で、この国のルールを書き換えちまった。……お前が作ったこの新しい仕組みの中に、俺たちの場所が……この国の連中の未来が、全部書き込まれてるんだな。……すげぇよ、お前は」

カナリス:「……ええ。整合性のない世界に、数字という名の光を灯しただけです。……これからは、無駄な社交も、無意味な贅沢も、私の帳簿が一切許しませんよ」

カナリスは眼鏡を直し、帳簿の末尾に、誰にも邪魔されない自由の証として「Kana」と美しくサインを走らせた。

カナリス:(不純物を排除し、予算という名の檻で組織を縛り上げる。国家という巨大な財産を再生するには、情報の淀みを一切許さない徹底した監査が必要だ。まずは、この国の富をほしいままにしてきた中央財務局を『整理』することにしましょう)

自己資本比率100%の人生――。それは、一領地の成功を超え、国家の理そのものを支配し、共に未来を計算する相棒と共に歩む、黄金の再建計画の始まりであった。

翌朝、カナリスとグロックは、王都の情報の心臓部――中央財務局の門を叩こうとしていた。そこには、物理的な城壁よりも堅牢な、官僚たちの沈黙が待ち構えていた。

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