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悪役令嬢は離島めぐりがしたいので断罪を強く希望します  作者: 南蛇井


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第4話 悪役令嬢、船酔いする

 理想と現実の間には、たいてい波がある。


 しかも、かなり揺れる。


「顔色が紙だぞ、嬢ちゃん」


 船乗りの呑気な声が、やけに遠い。


 リディエルは甲板の手すりに両手をかけ、水平線を睨んでいた。


(揺れてなど……いませんわ)


 世界が上下しているだけだ。

 船は悪くない。

 自分も悪くない。


 悪いのは――海。


 第二島へ向かうため、彼女は再び船に乗った。

 昨日は凪だった。今日は違う。


 うねりがある。


 上下左右、さらに斜め。


「うっ……」


「吐くなら風下にしろよ」


「わたくしは……悪役令嬢ですわよ……」


「それと船酔いは関係ねえ」


 ごもっともである。


 王都では想像していた。


 甲板に立ち、風を受け、優雅に地図を広げる自分。

 潮風に髪をなびかせ、遠くの島を指差す自分。


 現実は。


 甲板にへたり込み、目を閉じ、呼吸を整える自分。


(灯台島は奇跡だったのですわ……)


 あの日は静かだった。

 海は穏やかだった。


 しかし今日は、現実が荒れている。


「港に戻るか?」


 船乗りが少しだけ心配そうに言う。


 リディエルはゆっくりと顔を上げた。


 視界がぐらぐらする。


「……戻りません」


「無理すんなよ」


「無理ではありませんわ。計算外なだけです」


「同じだろ」


 確かに。


 だが、ここで引き返せばどうなる?


 第二島は未踏のまま。

 地図に丸がつかない。


 それは敗北である。


「生姜はありませんの?」


「なんだそれ」


「船酔いに効くと聞きました」


「あるわけねえだろ」


 リディエルは真剣に考える。


 目を閉じる。

 水平線を見ない。

 揺れを数えない。


(これは……物語の試練ですわ)


 悪役令嬢が島巡りをするならば、

 多少の困難は演出上必要。


 そう思えば、少しだけ楽になる。


「嬢ちゃん、横になれ」


 船乗りが毛布を投げてよこす。


 リディエルは素直に受け取った。


 甲板に寝転ぶ。


 空が回る。


 雲が流れる。


 風が頬を撫でる。


(……気持ちは、いい)


 身体は最悪だが、

 空は高い。


 王都の天井とは違う。


 誰も彼女を見ていない。

 笑わない。

 嘲らない。


 ただ海が揺れている。


「どうしてそこまで島に行きたいんだ?」


 不意に船乗りが尋ねた。


 リディエルは少しだけ考えた。


「王都では、すべて決まっておりました」


「何がだ」


「誰が笑うか、誰が泣くか、誰が悪役か」


 船が大きく傾く。


「ここでは?」


「決まっていませんわ」


 それだけ言って、また目を閉じる。


 しばらく沈黙。


 波の音。


 帆のきしみ。


 やがて、船乗りが笑った。


「変わった嬢ちゃんだな」


「よく言われますわ……うっ」


 再び込み上げる。


 しかし、今度は少し耐えられた。


 やがて船がゆっくりと速度を落とす。


「見えてきたぞ、修道島だ」


 リディエルはゆっくり起き上がる。


 遠くに、小さな島影。


 白い建物がぽつんと見える。


(……着いた)


 身体はまだふらつく。


 足元もおぼつかない。


 だが、笑みがこぼれる。


「やりましたわ」


「何もしてねえだろ」


「耐えました」


 それは確かに、彼女の勝利だった。


 船が桟橋に近づく。


 波はまだ揺れている。


 だが不思議と、さっきより怖くない。


 理想とは違った。


 優雅でもなかった。


 だが。


(それでも、幸せですわ)


 王都で完璧に演じるより、

 海の上でぐったりしているほうが、

 ずっと自分に近い。


 リディエルはふらりと立ち上がり、島へと踏み出す。


 悪役令嬢、船酔いする。


 それでも航海は続く。


 物語の外は、今日もよく揺れていた。

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