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姉上が話してくれたこと

「あの日のルーク卿は、サラ嬢を連れて夜会に参加していたそうですわ」


 僕の正面に座る姉上はそう語りだす。


 サラがルークの婚約者だというのは途中で明かされる予定だったけど、みんなはもう二人の関係を薄々察していたらしい。参加者たちが好奇の視線を向ける中で華やかな宴は進み、ようやく“そのとき”が訪れた。

 アシュフォード侯爵がみんなの前に進み出て「それでは今宵の主役を紹介しよう」と声を張る。人々が円になって見守る中、ルークがサラを連れて中央に進み出た。そうしてサラを紹介しようとしたとき、ルークよりも先にサラが言ったそうだ。


「サラ嬢の言葉は『あなたと結婚するくらいなら、鏡の前でため息を百万回つくほうがまだ有意義だわ!』だったと聞いています」


 姉上の話を聞いて僕は息を飲んだ。

 それが何の言葉なのか、僕はもう知ってる。


 『約束の花束をあなたに』のラジュワーが、男性を振るときに言った中の一つだ。


 姉上は黙ってしまったので、室内にはまたしばらく薪のはぜるパチパチという音だけが響いていた。

 その音を聞きながら僕は、思いのほか衝撃を受けてない自分に気付く。


 ……おそらく僕は、なんとなく分かってたんだ。

 今回の婚約を取り消したのはルークじゃなくて、サラのほうだろうって。

 だってイアンは言ってたもんね。


「サラお嬢様がお一人で玄関から出てらして、静かに馬車の方へ歩いてこられるんです」


 でも、対照的にジェフリーは顔を真っ赤にして走ってきたんだ。どう考えてもジェフリーは知らなくて、サラは知っていたこと。あとはルークが一枚噛んでいたかどうかだけど……たぶんルークも知らなかっただろうな。だってこのやり方だとサラが全面的に悪者になる。もしルークが知ってたらこんなやりかたはさせない気がするよ。彼ならもっとスマートな方法を考えるはずだって僕ですら思うんだ――。


「それで」


 ハッとして顔を上げると、姉上が僕を見つめてる。


「このあとのお前はどうするつもりでいますの?」


 少し強い口調の問いかけを聞いても、僕は迷ったりしない。


「姉上は、王宮で開催される新年会へ行くよね?」

「ええ、もちろん。――それがどうしましたの?」

「僕も一緒に連れて行ってほしいんだ」


 姉上は「なぜ?」とは言わなかった。ただ、


「……来ますかしら」


 とだけ呟いた。

 姉上の瞳は僕に「行くべき場所が違うのでは?」と問いかけている。

 うん。確かにサラは今、王都のモート邸にいるはず。そこへ訪ねて行くのは悪くない。だけどさ。


「僕は王宮の新年会に行きたいんだよ。だから姉上、お願いします」


 侯爵家の夜会は身内だけの参加だったって姉上は言った。貴族でも来てない人はたくさんいるから、婚約を解消しても印象は薄めだ。

 もちろん噂は広まってるはずだよ。いくら口止めしてもどこからかは絶対に漏れるもんね。現に、夜会に行ってない姉上が内情を知ってるのがその証拠だ。

 だけど今のままじゃ婚約が立ち消えになった全容が分からない。この状態は逆に人々の関心をものすごく引くはず。


 それがきっとサラの狙いなんだ。


 姉上は僕をじっと見つめていた。

 しばらくして深く息を吐いて言う。


「王宮の新年会はパートナーの参加が許されておりますもの。わたくしは一人で行く予定にしておりましたけど……誰かを伴っていてもおかしくありませんわね」

「じゃあ!」

「喜ぶのはまだ早いですわよ」


 弾んだ声になった僕に、姉上は冷ややかな瞳を向ける。


「お前はわたくしの弟ですから、立場は問題ありません。ですが形式はどうなのかしら? さすがに王宮では見栄えも必要でしてよ。きちんとした服を着ないと王宮へ連れて行くわけにはいきませんわ」

「安心して、そこは大丈夫!」


 僕はドンと胸を叩いてみせる。

 ふふふ、僕は知ってるのさ。

 貸衣装屋に行けば、買わなくたって僕も『きちんとした服』を着られるんだよ!



***



 一応は別邸にも僕の部屋はある。少なくとも初夏、僕が女装の準備をするため王都に来たときはまだ健在だったんだ。

 姉上の部屋を退出した僕が花瓶を片手に自室の扉を開けてみたら、中はがらーんとしていた。あるものといえば、ひっそり漂う寒々しい空気だけ。


 ……まあ、当然かな。使ってない家財は売ってお金にするよね。

 さようなら、懐かしの家具たち。すべては借金返済のために仕方のないことだったんだよ……。


 僕は向こうの窓を見ながら少しのあいだ思い出にひたったあと、そっと扉を閉めて、申し訳なさそうに縮こまるメイドに「どこか泊まれる部屋はある?」って聞いてみた。メイドはさらに体を小さくする。


「……実は使えそうなお部屋がほとんどありませんで……こちらしかご用意ができず……」


 メイドが案内してくれたのは姉上の部屋の続き部分。いわゆる“控えの間”だった。

 ここは本来なら使用人が待機する場所だけど、今は姉上の服や書物といった物がいろいろと置いてある。ふんわりと甘い匂いがするのは、姉上の持ち物がたくさんあるからなんだろうね。その中にゆったりとした長椅子が置かれ、毛布や枕が準備されていた。よく見ると端がすりきれてるし、大きさはちょっと小さめだから、これはもしかしたら使用人たちが使うための予備なのかもね。

 暖炉には火を入れてくれてる。今は寒いこの小さな部屋も、すぐ暖かくなりそうだ。


「十分だよ。突然来たのに、こんな早く部屋を整えてくれてありがとう」


 僕が笑って見せるとメイドはようやくホッとした様子になったんだ。


 おやすみなさいませ、って言うメイドと別れて部屋に入る。

 僕が言ったことは嘘じゃないよ。本当に、心の底からありがたいと思ってるんだ。なにせ僕は連絡もせずに急に来たし、到着だって夜だよ? それなのにこうして部屋も準備してくれて、馬に積んでた荷物まで持って来てくれてるんだ。

 何か月か前、姉上がたくさんの資料を持って本邸に来てくれたことがあった。今回の僕はあのときの姉上よりずっとダメダメな状況なのにね。


「さてと……」


 辺りを見回した僕は、暖炉から一番遠い引き出しタンス(チェスト)の上へ花瓶を置く。

 本邸の庭園で見たほどじゃないけど、『暁の王女』の蕾はまだ固い。

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