再びの王都へ
僕が荷物を用意して外へ出ると、三人の使用人たちはもう待っていてくれた。あの栗毛馬も馬具が装着されて準備は万端だ。
下働きの男性が僕から荷物を受け取って馬に結び付けてくれる。メイドが「このお弁当も一緒にお願いしまーす!」なんて言っている横で、老執事が僕に白い包みと革袋を差し出した。
「お財布には前回と同じ額をお入れしております。革袋にはお花を。切り口には水を浸した布を巻いておきました」
「ありがとう」
細い革袋には一本の茎が差し込まれている。頭部には布がふんわりとかけてあるから、風よけってことだね。
僕は革袋についていたベルトをネックレスみたいに首から下げてみた。長さを調節したら、うまいこと胸元に来る。これなら馬に乗ってもちゃんと守れそう。
一つ頷いたところで、下働きの彼が手綱を渡してくれた。
「今の時期は、フユガネリンゴを喜びます」
「分かった」
前回はハジケモモの季節だったね。あれから二か月のあいだにいろいろあったなあ。その経験で僕自身も少しくらいは変われていたらいいなと思うよ。
「じゃあ、行ってきます! 父上のことはよろしくね!」
「頑張ってくださいね、坊ちゃん!」
「いってらっしゃいませ」
「このあとの若君に良い風が吹きますよう、祈っております」
途中でいちど振り返ると、三人はまだ並んで手を振ってくれてた。
それはまるで、あたたかい明かりが屋敷の前に灯っているみたいに思えた。
***
その日は途中で一泊して、僕は翌日の夜に王都へ到着した。
今回は少しゆっくりめに馬を進ませたから前よりも遅い。もちろん理由は『暁の王女』を抱えていたからだよ。馬を速く進ませたら蕾が折れたり飛ばされたりしそうで怖かったんだ。
――そう。老執事が用意してくれた『暁の王女』は、蕾だった。
花じゃなくて蕾を選んだってことは「『暁の王女』が必要になる“出来事”はすぐ起きるわけじゃない」って知ってたってことだよね。
しかもみんなは僕が王都へ行くことに対して何も言わなかったわけで……。
……ここまでの流れを考えたらもしかして『僕がサラに対して特別な気持ちを持ってて、そこに『暁の王女』が関わってる』ってことはバレバレだったってことなのかって思えてくる。な、なんか恥ずかしいなあ。でもそのおかげで僕はこうして『暁の王女』を持って王都へ向かえるわけだから、むしろありがたくて……ううーん、でもやっぱり、複雑な気分。
……知らずについたため息のおかげで、風よけのマフラー内がちょっぴり暖まった。
王都は相変わらず人が多い。だけど秋に来たときよりどことなく静かな気がするのは、今が完全に冬になったからかな。
街灯がほんわりと闇を照らす中、僕はゆっくり貴族街へ向かう。今回の行先は宿じゃない。パートリッジの別邸なんだ。
白い息を吐く馬を止め、僕はパートリッジ別邸の門前へ降り立つ。冷たい鉄扉を押し開いて敷地内に入り、玄関扉のノッカーを叩くと、コン、コン、という音が空へ吸い込まれていった。
待つこと、しばし。
毛羽だった手袋越しに手を握り合わせていると、小さな音を立てて扉が開いた。
顔を出したのは初老のメイドと執事だ。二人は僕を見て顔をほころばせる。
「グレアム様でしたか!」
「ようこそお越しくださいました」
別邸の住み込み使用人はこの夫婦二人だけ、ほかの使用人は通いで働いてくれてるから今はいないんだ。
執事が進み出て、僕の手から手綱を取る。
「馬をお預かりします」
と言ってくれたから、寒い中ごめんねと思いつつお願いし、一緒にフユガネリンゴも預けた。馬は弾む足取りで執事の後をついて行く。ふふ、馬房でもらうんだよ。
「さあ、グレアム様も、どうぞ中へお入りくださいな」
「ありがとう」
別邸は本邸よりも小ぢんまりとしている。もちろんモート家に家財は差し押さえられてるからガランとした様子なのは否めないけど……なんだろう。入っただけで本邸との空気感の違いはすぐに分かるよ。
本邸はかなり空虚な印象があるのに対して、別邸はまだ息をしている感じがするんだ。
「王都っていう活気のある場所に建ってるからかな……」
「何か仰いました?」
「ううん、なんでもない。ところで姉上はいる?」
夜会に行ってたら留守かもしれないな、と考える僕の問いに答えたのはメイドじゃなかった。
「妙に騒がしいから何事かと思いましたわ」
毛織のショールを羽織った姉上が、正面階段の手すりに手をかけて立っていた。
良かった、在宅だった!
「姉上、聞きたいことがあるんだ!」
勢い込んで言う僕を、姉上は黙って見つめてた。その視線の先にあるのは僕の顔じゃなくて、僕が抱いてる『暁の王女』のような気がした。
「……こんな寒い場所で立ち話をする趣味なんて、わたくしにはありませんわよ」
それだけを言って姉上は踵を返す。つまり「こっちへおいで」ってことだね、姉上らしいなあ。
メイドと顔を見あわせて少し笑って、僕は階段をのぼった。姉上は部屋の前で立っていた。
開けてくれた扉の中へ入ると、ほわっと暖かい空気が迎えてくれる。奥の暖炉が赤々と燃えてるんだ。同時に僕は、ものすごーく寒かった事実に気がつく。うううっ、て小さく呻いて火の方へ行こうとしたら、マントがぐいっと後ろに引っ張られた。
「お前は相変わらずお馬鹿ですのね」
姉上が何のことを言ってるのかはすぐ分かった。うん、本当に僕は馬鹿だ。
僕が首からかけていた革袋を外すと、受け取った姉上は棚へ向かう。小さな花瓶からドライフラワーを抜き取り、水差しの水を注いで、丁寧な手つきで『暁の王女』を移し変えてくれた。
「これで安心でしょう?」
「うん。ありがとう」
暖炉に近寄ると、パチッと爆ぜた薪が火の粉を舞い上がらせた。うひゃあ、あったかーい!
色あせた絨毯に座り込んだ僕が手袋を外したところで、後ろの方から「それで」という声が聞こえた。
「お前は何をしに王都まで来ましたの?」
言葉はきついけど口調はそこまででもない。
僕は火を見つめたまま、背後に向かって答える。
「姉上は、何日か前にアシュフォード侯爵邸で行われた夜会に出た?」
「出ていませんわ。あの夜会は、身内に向けて開催されたものでしたもの」
「……そっか……」
僕の声は明らかに落胆したものになった。
今回、僕が王都を目指したのには理由がある。そのうちの一つが姉上に会って「アシュフォード侯爵邸の夜会で何があったのかを聞きたい」というもの。“最高の淑女”って呼ばれる姉上ならきっと参加してると思ったんだけど、なるほど、身内だけの夜会だったんだね。そういう事情なら姉上も情報なんて持ってないだろうな――。
「ですが」
姉上は淡々と続ける。
「一部では既に噂になっていますもの。あの夜会でなにがあったのか、多少は知っていましてよ」
「本当に!?」
僕は思わず振り返る。
「お願い、教えて!」
姉上は無言のまま花瓶から離れて、長椅子に腰かけた。それが「話してもいい」という合図に見えたから、僕も立ち上がって姉上の正面にあった椅子へ座る。火から離れたせいで急に寒くなったけど、そんなの今はどうでもいいよ。
しばらく待ってたけど姉上は何も言わない。黙って顔を横に――『暁の王女』の方へ向けているだけ。焦れた僕がもう一度「教えて」と言おうとしたとき、ようやく姉上は僕を見て、口を開いた。




