番外02 ゴルダさんといっしょ5
戦闘シーンの描写が入ります。
大怪我をしていた人の仲間の冒険者たちが、ゴルダさんと並んで構える。
私は足手まといにならないよう、魔獣と距離を保った場所に立つ。
「ティナ。魔法での援護は出来るな」
「任せて! 最初に一撃やっちゃうね!」
胸を叩いて深呼吸。
意識を集中すると、あのレーザービームの強力版イメージで魔法を放った。
魔獣の頭を狙ったそれが、片耳を吹っ飛ばす。
ん、魔力の攻撃が滑った?
「ウゴアアアアー!」
耳を失った痛みか、魔獣が咆吼を上げる。
ビリビリと空気が震える感覚は、魔力を拡散しているのか。
恐怖が心の底から浸食してくる感覚に、足が震える。
「しっかり体に魔力を巡らせろ! 高ランクの魔獣は威嚇の魔力を放って、敵の動きを鈍くするんだ!」
ゴルダさんの言葉に、なるほどこれは魔獣の何らかのスキルかと理解した。
理不尽なほどの恐怖に、歯を食いしばって深呼吸。
ここで飲まれないようにすれば、高ランク魔獣との戦闘経験が積める。
たとえ遠くからの魔法攻撃であっても、戦闘に参加した自信になる。
深呼吸で、ゆっくりと体に魔力を巡らせる。
萎縮していた手足に魔力が巡り、なるほどしっかり立てた。
あの攻撃で立て直せなければ、こちらが一方的にやられるのか。
高ランク魔獣、恐るべし。
私はまた深呼吸して意識を集中。
魔獣の前に立つゴルダさんたちに影響しないよう、高い位置に魔法を放つ。
今度は水で横に一閃。
のつもりが、魔獣がまた咆吼とともに魔力を放ち、斜めに走った。
「グオアアアアー!」
今度は毛皮の表面を斜めに切り裂いた。
血しぶきが飛ぶけれど、それほどのダメージではなさそうだ。
あの熊の毛皮は特殊な感じだ。
「おらあああっ!」
今度はゴルダさんが声を上げ、魔獣に斬りつけた。
剣に魔力が乗っているのか、私の水魔法より深く攻撃が入る。
魔獣の腹のあたりに剣が食い込み、毛皮に足をつけて引き抜いた。
と、その軸足がグラリとする。
「くそっ!」
ゴルダさんの悔しそうな声。
そこへ熊の張り手が飛び、冒険者のひとりがゴルダさんの背を引っ張った。
後ろに倒れ込む形でギリギリかわした。よかった!
「すまん、助かった」
「こちらこそ、すみません。引退されたあなたに、こんな負担」
「仕方ねえ。ギルド職員としては居合わせちまったら、やるしかねえだろうが」
私は彼らの後ろからハラハラして見ているだけだ。
どうやらゴルダさんは片足がうまく動かないみたいだ。
いつも歩いたり、家事をしているときは気づかない程度。
戦う動きで改めて見ると、足の使い方がぎこちない。
それでも敵の攻撃の見極め、攻撃の動作は安定している。
元冒険者として、派手に戦闘していたこともあるのだろう。
的確に魔獣の動きを見極めて、最小限の動きでかわして攻撃する。
元はかなり強いんだろうなと思わせる動きだ。
私の魔法は牽制程度に使い、ゴルダさんが攻撃のメインだ。
何度かの攻撃で、熊の魔獣は倒れた。
ゴルダさんはとどめの攻撃をして、息を吐いた。
「……ったく。ギルドの講習で教えただろうが。実力以上の場所へ行くなと」
どうやらゴルダさん、冒険者相手の講習をしたことがあるようだ。
冒険者たちは教師に叱られたみたいに、背筋を伸ばして頭を下げる。
「すみません! そろそろ行けるかと思って」
「見極めを誤ると死ぬぞ。挑戦は必要だが、しっかり準備してから挑戦しろ。初級ポーションだけで森の奥へ挑むなどバカのやることだ」
「いや、持ってたんですけど、使い果たして」
「ちゃんと余裕のある量を持って、尽きる前に引き返せ!」
彼らは素直にゴルダさんの説教を受けている。
やがて冒険者たちはゴルダさんの指示で、解体を始めた。
私はまるごと空間魔法で持ち帰ったけれど、普通は獲物を解体して、必要なものだけを持ち帰るらしい。
そういえばアライグマみたいな魔獣もゴルダさんが解体していた。
私は休憩させてもらい、ゴルダさんは慣れた動きでひとり作業をした。
解体も出来るようにした方がいいのかな。
でもアリスティナちゃんが近づくのを怖がったので、しない方がいいか。
今も冒険者たちと少し距離を置いて、私は休憩している。
指示を終えたゴルダさんも、私の隣に座った。
「どうだった? 奴がいるような場所にひとりで行って、倒せるか?」
冒険者たちと距離があるからか、小声でゴルダさんから訊かれた。
「……今はまだ無理です」
魔法の攻撃が、あの毛皮の表面を滑った感覚を思い出す。
きちんと狙ったのに、横に滑って最初の攻撃は耳に当たった。
次の攻撃も変に滑った。
魔力の込め方か、魔法のイメージの方法か。
あれをスパンと行ける魔法を生み出さないと倒せない。
ひとりで行くなら身を守る魔法も必要だ。
結界魔法を常時使うなんて魔力が不安だ。
サーチ魔法と併用すると、それほど長く保たない。
結界を薄く狭く、省エネ結界を考えるべきか。
ゴルダさんがこのあたりで経験を積ませようとした意味を理解した。
冒険者に指導する立場だけあり、色々と知った上で助言してくれている。
「あれはこの森では高ランク魔獣だ。だが他所にはもっと強い魔獣が多くいる」
冒険者の世界、奥が深い。
辺境の魔獣は強いとは聞いていたけれど、実感したのは初めてだ。
あれらを普通に倒していた、父やその周囲の人たちは……いけない。今は考えるべきではない。
アリスティナちゃんの意識をそちらに向けるとまずい。
彼らのあの強さだからこそ、彼女は絶望したのだ。
助けが来ない状況が、本来はありえないはずだったから。
まずは冒険者生活を楽しむ。
出来ることを増やして、しっかりと生きていけるようにする。
大丈夫。面白いことはたくさんある。
上級ポーションも作れるようになって、魔法ももっと工夫して。
知恵を絞り、能力の底上げをしていこう。
私がやりたいことに邁進すれば、アリスティナちゃんも楽しんでくれる。
楽しいことをたくさんしよう。
「あの熊がいるあたりには、何かいい素材があるんですか?」
彼らはあの熊と戦闘するつもりはなかったようだ。
何を狙って森の奥へ行ったのだろう。
「おそらく花蜜を狙ったんだろうな」
「花蜜?」
首を傾げた私に、ゴルダさんは教えてくれる。
「胡蝶花の蜜だ。味も香りも絶品だ。あの熊の魔獣の好物でもある」
なるほど。美味しそうだ。
「胡蝶花の蜜を採取に行くのなら、あの熊とは鉢合わせると思った方がいい」
彼らはそれで戦闘になり、勝てずに逃げたらしい。
花密。がぜん興味が出てきた。
「いつか、絶品花蜜も採取するからね。準備万端にして」
「おう、いいな。きっちり準備して挑め」
いつかという私の言葉に、ゴルダさんは笑って頷く。
「お前は見極めがちゃんと出来る。引くところは引けるし、挑戦には準備が必要とわかっている。最初は無謀で危なっかしいと感じたが、案外、冒険者に向いているかもな」
おお、ゴルダさんに褒められた!
嬉しくて、顔を見合わせてニコニコしてしまう。
そこへ解体を終えた冒険者たちが近づいてきた。
「さっきのポーション助かった、ありがとう」
「大量に使ってくれたけど、あれ何だ?」
鍋ごとかけたので、不思議な光景だったようだ。
「私が作っていたポーションです。瓶に小分けにする前の」
「ティナが作りためたやつだ」
鍋ごと作ったと思われないためか、ゴルダさんが口を挟んだ。
「本当なら緊急時の救助で使用した物資には支払いが発生するんだが、鍋ごとというのが微妙だな」
続いた言葉に私がきょとんとしていると、ゴルダさんが説明してくれた。
他の冒険者を救助して損をする仕組みでは、人助けに躊躇するようになる。
そのため救助に使用した物資は、割り増しで対価が支払われるそうだ。
とはいえ、私は自分で作ったポーション。
販売されて買ったポーションではなく、しかも量が曖昧だ。
「お金は別にいいですよ」
「そういうわけにはいかねえんだ。前例は作れねえ」
「うーん、たとえば失敗ポーションを使って人助けをしたら、どうなるの?」
お金を払わないケースがないか確認する。
「あー、まあ失敗ポーションは、値がつくものではないからなあ。支払いは発生しないな」
「じゃあお鍋のポーションだし品質確認前だから、今回はいいです」
冒険者たちは「ありがとう!」と頭を下げた。
何か言いたげだったゴルダさんは、冒険者たちを見てため息をついて頷いた。
彼らの装備はボロボロだった。
これを買い直すのだって、大変だろう。
物入りなのに、ポーション代金くらいまけてあげても仕方がないかという顔だ。
「わかった。今回はオレがギルド職員として対処したってことで、救助代金は求めない。だがな、初心者が活動する領域にあんな魔獣を引っ張ってきた罰則はつけさせてもらう。ギルド職員としての対処だからな」
冒険者たちがうなだれた。
「罰金か、必須クエストとしての罰則になるか、持ち帰らせてもらう」
「わかりました。あの、できれば必須クエストの方でお願いします」
「上には伝えよう。ティナ、ここまでだ。こいつらと一緒に帰るぞ」
その言葉を句切りに、ゴルダさんはお仕事に入ってしまった。
私は頷いて、彼らと王都へ帰るために歩き出す。
「あの魔法、すごかったなあ」
彼らのひとりが私に言ってきた。
「いきなり耳を吹っ飛ばすんだもんな」
「本当は頭を狙ったのに、耳になったんです」
「そりゃあ、奴相手だからな。あの毛皮は魔力を弾くから」
魔力を弾く。
それであんなふうになったのか。
「魔法も弾いて、剣も通りにくい。本当に厄介な相手なんだ」
攻撃が通っただけでもすごいことだと、彼らは褒めてくれた。
「ゴルダさんの指導を受けているの?」
「オレの養い子だ」
私が何か言う前に、ゴルダさんが答えた。
「ギルドの仕事としての指導じゃない。オレの義娘だ」
おお、ゴルダさんってば、そんな意識でいてくれたんだ。
単なる居候じゃないことに、ちょっと嬉しくなる。
「はい。ティナっていいます。ゴルダさんに保護されて、一緒に暮らしています」
私の言葉に、冒険者さんたちが笑って頷いた。
「よかったなあ。面倒見のいい人だから、子供を放っておけなかったんだな」
「女の子だもんなあ。危ないことはあまりするなよ」
「そういえば最近ギルドで初級ポーションの品切れがなくなったけど、お前が納品してくれてたのか」
「解毒薬や麻痺解除薬なんかも品切れがなくなって助かるよなあ」
おお、役に立っていたんだ!
こういう話を聞くと、嬉しいな。
王都について、冒険者ギルドに顔を出す彼らと別れて、私はいったん家に帰る。
沼ガエルの解体を頼みに行きたいけれど、彼らの前で空間魔法から出すのは良くないだろう。
「ティナ、今日はよく頑張ったな。最後の戦闘も、お前に助けられた」
ゴルダさんは別れ際、私の頭をゴリゴリと撫でた。
整えた髪に手を突っ込んで乱暴に撫でるので、私は逃げる。
「もうっ、女の子の髪をそんなふうにしちゃダメでしょう! もっと小さい子ならともかく、私くらいの年頃は髪型だって気にするんだから!」
そう反論すると、なんだか痛そうな顔をした。
あれ、と思ったときには、ゴルダさんは冒険者たちに顔を向け、ギルドへ行こうと促していた。
気のせいだったかな。
あとから知ったこと。
ゴルダさんには幼くして亡くなった娘さんがいた。
私の言葉で、もしその子が大きくなっていたらと想像したそうだ。
私とのやりとりで娘さんを思い出し、心が痛むときがあったという。
それでも娘が生きていたらこうだったかと思い、楽しかったと話してくれた。
臨時保護者だったゴルダさんは、こうして私の師匠になってくれて。
冒険者としての私のお父さんになっていった。
番外2はこれにて終了。
この時期の話として、武具職人ゼンデズとの出会いも書きたいですね。
あと唐揚げ騒動も書きそびれました。
どちらも本編ではあらすじ的な書き方になったので、そのうちしっかり書けたらいいなと思う部分です。
また番外を書いたときは完結を外してこちらに掲載します。




