62.ラプラス
親衛隊とネロ君で、一つのテーブルを挟んで椅子に座る。
全員がちょっぴり暗く、重たい雰囲気の中で会話が進んでいた。
「この文様は、ラプラスのものですね」
「ラプラス?」
「はい。いくつか存在する国際犯罪組織の一つで、近年勢力を増している組織です」
親衛隊のみんなと合流して、私とネロ君は治療院で起こったことを話し、そこで拾った文様入りのペンダントを共有した。
すると、文様を見たレストさんがすぐに名前を教えてくれた。みんなの反応を見る限り、どうやら有名な組織のようだ。
レストさんは説明を続ける。
「ラプラスは十数年前から活動する犯罪組織です。特にここ二、三年で大きく勢力を伸ばしています。規模は犯罪組織の中でもトップクラスであり、その中でも国家転覆が可能な兵力を持っているとも」
「こ、国家転覆!?」
そんな恐ろしい組織の人間が、私たちが暮らす国で活動しているというの?
思わずゾッとした。
ネロ君のおかげで呪いをバラまいている犯人の一人を見つけることができて、確保こそできなかったけど大きな手掛かりを得た。
これでルーレウトの事件も無事に解決へ進むだろう。
内心ではそう思い、安堵していたからこそ、ラプラスの存在は私の心を揺さぶった。
「ラプラスは窃盗、殺人、誘拐などもしますが、極めて悪質かつ陰湿な方法で都市を壊滅に追い込み、自らの活動拠点にする事例も報告されています」
「なるほどな。今度はこの街をターゲットにしたというわけか。呪いをバラまき、住人を可能な限り間引いてから制圧するつもりだったか。あるいは……」
ネロ君は難しい表情で考え込んでいる。
あるいは……なんだろう。
私なりに考えてみる。彼らが意図的に呪いを広めているとして、この街で何をしようと企んでいるのか。
「資金集めも目的じゃないかな?」
「それもあるだろうな。呪いを広めて制圧するだけなら、もっと早く確実な方法がある。国家転覆ができる兵力を持っている組織なら尚更だ」
ネロ君も私の意見に同意してくれた。
レストさんもメガネをくいっと持ち上げ、私たちに続けて意見を口にする。
「街の医者に紛れたのも、体調不良の患者を増やすことで、意図的に資金を集めていたということですね」
「んじゃこの街の医者は全員グルか?」
ガルドさんが少し怒ったようすで問いかけると、レストさんは軽く首を横に振る。
「おそらくそれはありません。フレアさん」
「はい。治療院の人に聞きました。あのお医者さんに紛れていた男性は、ちょうど二か月ほど前にこの街へ赴任してきたばかりだそうです」
「新参者ってことか」
「そうなりますね。ならば必然、同じように最近この街に訪れた人間は、ラプラスの構成員である可能性が極めて高いでしょう」
レストさんがそう言うと、ガルドさんは立ち上がり、胸の前で拳をぶつける。
「よっしゃ! 今すぐ治療院を探して回るぞ!」
「この時間ではどこも閉院していますよ」
「うっ、そうだった……」
「それに、やるなら一斉に、可能な限り短い期間で捜査を進めるべきです」
構成員が一人見つかり、自滅したことは他のラプラス構成員にも伝わる。今回のように派手な爆発を繰り返せば、彼らは街の外へ逃げてしまう。
今回でもすでに、大きく目立った動きをしてしまったから、あまり時間をかけていると、知らぬ間に全員逃げられてしまう。
レストさんはそう説明をしながら、続けて提案する。
「領主様にも共有し、協力してもらうほうがいいでしょう。我々だけでは人手不足です」
「なんでだ? 治療院なんてそんな数もねーだろ」
「目標は治療院だけではありませんよ」
「え、そうなのか?」
「人に触れたり、間接的に関わる仕事ならもっとたくさんあります。例えば接客関係や、飲食なんかは条件を満たしやすい。そうですよね?」
レストさんはネロ君に同意を求める。
ネロ君は腕を組んで難しい表情をしながらこくりと頷いた。
呪いを付与するためにもっとも確実で楽な方法は対象に触れること。しかし特定の条件を指定すれば、他の方法でも呪いをかけることはできる。
たとえば料理を食べさせる。同じ空間に一定時間滞在したり、発言に呪いを込めて、徐々に対象へしみ込ませたりなど。
呪いをかける方法はたくさんあり、自然に他人と関わる職業なら、その機会も多く方法も疑われにくいだろう。
最低でも飲食店や、接客を含む職業の現場には、彼らの構成員が紛れ込んでいる可能性があると私たちは考えている。
王都に比べてば小さいとはいえ、街の規模としては大きいほうだ。飲食店などの数も多く、その全てに手を回すことは、私たちだけでは不可能である。
「領主の手を借りれば、足りない人手不足を補えます」
「ついでに今日の騒ぎを聞きつけて、夜に逃げる人間がいないか、警備を強化してもらえばいいわね」
「そうっすね。爆発も派手だったし、近くにいた構成員なら今晩中に逃げようとするはずっす」
「我々も警備に加わりましょう」
「よっしゃ! んじゃさっそくおっさんのところへ行くぜ!」
ガルドさんを先頭に、領主様の屋敷へと向かい部屋を出て行く。私も出て行こうとしたところで、一人考え込んでいるネロ君に気付く。
「ネロ君?」
「……なんでもない。用心して行くことだ」
「ん? うん」
呪いのことが関わると、ネロ君はいつになく真剣で少し怖い表情を見せるようになる。私も嫌な意味で緊張していた。
国際犯罪組織ラプラス……呪いを操る者たちがいるのなら、殿下に呪いをかけた人間も、ラプラスと関わりがあるのかもしれない。
だとすれば、改革派の貴族の中にも、裏でラプラスと通じている人がいるんじゃないだろうか。
カイン様もその一人で、ラプラスから呪いのことを教えられたとしたら……。
私たちが相手がこれから対処に向かうのは、この国の存亡にかかわる一大事件なのかもしれない。そう感じて、気が引き締まる。
 






