60.善の仮面
あけましておめでとうございます!!
「着いたようだぞ」
ネロ君が私に教えてくれた。
いつの間にか私たちは、大きな領主の屋敷前にたどり着いていた。王城と比較すれば小さいけれど、貴族の屋敷としてはかなり広く、豪華だ。
さすが、王族に次ぐ権力を持つ家系。
門番に話を通し、私たちは敷地の中へを足を踏み入れる。歩きながらネロ君は周囲を警戒していた。
「ネロ君?」
「いや、今のところ呪いの気配に変化はない。ここが中心というわけでもなさそうだ」
「じゃあ領主さんは無関係?」
「それはまだわからない。会って確かめたほうが早いだろう。もしも呪いを操る魔法使いなら、ボクの眼はごまかせない」
ネロ君は鋭い目つきで屋敷を睨んでいる。
呪いのことになると、ネロ君は特に感情的になってしまう。かつて自分を苦しめた力であり、魔法の中でも忌むべき力だから。
私も少し警戒しつつ、使用人の方に案内されて屋敷内へと入った。
案内されたのは応接室のような場所で、先に中へ入り領主が来るのを待っている。しばらくして、扉が開いた。
「ようこそ親衛隊の皆さん、お待たせしました」
「久しぶりだな! バイエルのおっさん」
「ええ、久しぶりですね。ガルド君は相変わらずのようで」
現れたのは四十代くらいの男性だった。
にこやかで、体系は普通よりちょっぴり痩せていて、背はガルドさんより低く、レストさんよりは高い。
第一印象は穏やかで優しそうな人だった。
「申し訳ありません、ニューベルト公爵様。彼にはもう少し礼儀を弁えるようにいっているのですが……」
「ははっ、気にしないでください。私もこのくらいのほうが気兼ねなく話せるので楽です。レスト君も、もう少し肩の力を抜いたらどうですか?」
「ほら、言われてるぞレスト」
ガルドさんは自分の味方がいて嬉しいのか、ニヤニヤしながらレストさんの肩をつついている。
レストさんは呆れてため息をこぼす。
「公爵様、あまりうちの馬鹿を甘やかさないでください」
「ははっ、それは失礼しました」
「……馬鹿という部分を否定しなかったな」
「そうだね」
ネロ君は私が内心思っていたことを代わりに言葉に出した。私が苦笑いをしていると、領主様と目が合う。
「おや? 新しい方ですか?」
「あ、はい! フレア・ロースターです。よろしくお願いします」
「フレア……ああ! 新しく魔導具師が親衛隊入りしたと伺いましたが、貴女のことだったのですね。お噂は聞いております。とても素晴らしい魔導具師だと」
「そ、そんなことはありません」
「ご謙遜なされず。殿下に認められるなど、誰でもできることではありませんよ」
領主様はニコリと微笑む。とても優しくて温かな笑顔で、聞いているとホッとする。この人が呪いに関係しているとは、正直思えない。
隣のネロ君は、まだ少し険しい表情をしていた。
「ネロ君?」
ネロ君とアイコンタクトをする。今のところは何もない、と彼の視線が言っていた。
領主様は私たちの対面に腰を下ろすと、改まって話を始める。
「皆様が来られた理由はわかっております。街で広がっている病について、ですね」
「はい。その件で調査に伺いました。公爵様にも協力して頂きたいと考えておりますが、いかがでしょうか?」
レストさんが尋ねると、領主様はもちろんだと答え、続ける。
「本来ならば私が解決しなければならない領地の問題です。殿下や皆様のお手を煩わせてしまっていること、まことに申し訳なく思います」
「落ち込むなよ、おっさん。こいつは普通の病気じゃねぇ。呪いって奴らしいからな」
「――呪い?」
領主様はピクリと反応し、酷く驚いた表情を見せる。
レストさんは昨日の話し合いでわかったことを、簡単に領主様にも説明した。呪いについての補足は私が担当して。
「なんと……呪いだったのですね。気づかないとは何と間抜けな。この地を預かる領主として、お恥ずかしい限りです」
「だから落ち込むなって。普通はわかんねーよ。な、フレア」
「あ、はい。呪い症状として現れるまで、身体の奥深くに隠れています。だから優れた魔法使いでも早期発見は困難です」
殿下のように、進行した呪いを隠して生活している場合は、より発見が遅れる。魔法使いでもない限り、他人の身体の……しかも眼には見えない魔力の違和感に気付くのは難しい。
仮に違和感を覚えたとしても、呪いだと断定できる情報がなければ、ただの違和感だったで済まされるだろう。
と、以前にネロ君が教えてくれたことを思い出す。
ネロ君は腕組みをして、領主様に堂々と言う。
「呪いは時代を超えて進化している。より狡猾に、より陰湿にな。魔法使いであっても、その存在を感知できなくなっている」
「貴方は?」
「ボクは彼女の助手だ」
「助手……まだ幼いのに凄いですね」
「そんなことはどうでもいい。この地で大規模に呪いが広まっている。短くとも二か月以内にだ。何か情報はないか?」
「ちょっ、ネロ君!」
領主様に対して不遜な態度をとっている。それ以前に、私たち以外がいるときは、年相応のあどけないふりをしていたのに。
なぜか今はいつも通りの態度だったのが気になった。
「構いませんよ。子供なのにしっかりしている証拠です」
「す、すみません……」
領主様が寛大な人でよかったと、心からホッとする。
そのまま領主様は顎に手を当て、ネロ君の質問に変えようと考えている。数秒うーんと唸ってから、領主様は口を開く。
「申し訳ない。特にこれといって大きな変化はなかったと思います」
「改革派の貴族が出入りした形跡は?」
レストさんが尋ねると、領主様は首を横に振って否定する。
「ありませんね。少なくともこの二か月であれば、この地に私以外の貴族は来ていないはずです」
「となると、正規の方法以外で侵入している可能性が高そうですね」
「皆さんは今回の一件、改革派が絡んでいるとお考えで?」
「私はそう思っています。ここは殿下の管轄です。彼らが狙う意味はあります」
「なるほど。同じ貴族としてあまり考えたくありませんが……」
領主様は難しい表情を見せる。
私もレストさんと同じ意見だった。呪いは魔法の中でも異端であり、誰でも簡単に扱えるような力ではない。
知識、修練、準備が必要不可欠であり、ここまで気づかれることなく広めるのは簡単なことじゃなかったはずだ。
少なくとも一人や二人の仕業ではないだろう。
貴族のようにお金は権威で人を動かせる人間……あるいは別の、貴族ではない組織が関係している可能性が高い。
「それを調査するために、俺たちはここに来たんだぜ」
「ありがとうございます。私も可能な限り支援させていただきます。必要なものがございましたら、何なりとおっしゃってください」
「助かるぜ! さっすがバイエルのおっさん」
「いえ、この地を任せて頂いたのもユリウス殿下です。少しでもお役に立てるのなら、それ以上の喜びはありませんよ」
領主様はニコリと微笑む。
殿下を支持する保守派の筆頭貴族。彼はやっぱり、今回の呪いとは無関係だと思った。少なくとも、この時までは。






