51.できないことを見つける
お待たせしました!
第三章連載開始です!
今日も今日とてお仕事に励む。
毎日は忙しい。ただ宮廷魔導具師として働いていた頃に比べたら、お仕事の量はずっと減ったし、嫌な小言もなく、無理難題を押し付けられることもなくなった。
自由に動ける時間が増えた分、自分がやりたいことにも目を向けられるようになっている。
「フレアさん、最近は自分の研究って何をしているんですか?」
そう尋ねてきたのは、最近新しく宮廷魔導具師のトップになった室長のリドリアさんだった。
私は殿下の専属魔導具師であると同時に、宮廷魔導具師でもある。
新任のリドリアさんの補佐も私の仕事だった。今も山盛りになっている彼女の仕事を、ネロ君と一緒に手伝っている。
「最近ですか? そうですね、特には……」
「やりたいことはないんですか?」
「うーん……」
私は一緒に仕事をしてくれているネロ君に視線を向けた。
見た目は美しい少年だけど、彼は人間ではなくてゴーレムだ。しかも中身は大昔の王様であり、偉大な魔法使いでもある。
自身の魂と記憶を、ゴーレムの肉体に封じ込めて、現代まで生き続ける異例の存在。その身体を動かすためのコアは、前室長の置き土産を完成させることで作り上げた。
あの時、私は自分がやりたいことの一つとして、前室長が残した不完全なゴーレムのコアを完成させることを目指した。
それが達成された今、再び自分がやりたいことを探す段階になっている。
じっと見ていると、ネロ君が私の視線に気づいて振り向く。
「ボクを見続けても何も浮かばないぞ」
「そ、そうですよね……」
ネロ君は偉大な魔法使いで、私の大先輩の魔導具師でもある。
何世代も維持できるゴーレムの肉体を作ったり、自分の魂や記憶まで取り込んだり、普通では考えられないことをしている。
そんな彼なら、なんでも知っているんじゃないかと思ってしまうのは、他力本願すぎるだろうか。少し反省する。
「やりたいこと……」
何があるだろう?
あの時も、結局自分では見つからなくて、偶然手に入れた前室長の置き土産に助けられたようなものだった。
私がやりたいと思うことは、私自身の中にあるはずだ。
そうだとわかっていても、私は一体何がしたいのだろうか。フレア・ロースターとしてやりたりたいことなら、一つは浮かんでいる。
だけどこれは、魔導具師としての望みというより、一人の女性としての願いだ。
殿下の傍にいたい。あの人の役に立ちたい。
そしていつか、あの人の隣に立てる人間になれるように……この国の王子様と釣り合うためには、もっと功績を積むことだ。
この国にとって有益な何かを生み出すこと。
殿下に恋をしている私が、魔導具師の力でやりたいことは決まっている。それとは別に、一人の魔導具師としての目標をそろそろ見つけたいところだ。
悩み私を見かねてか、ネロ君が助言する。
「無理をしてまで見つける必要はないと思うがな」
「そう思いますか?」
「お前は優秀な魔導具師だが、まだまだ経験が不足している」
「ネロ君に比べたらみんなそうですよ」
「ボクと比べずとも、お前はまだ若いのだ。魔導具師としてもそうだが、人生経験も足りていない。そこの新米室長もな」
「わ、私もですか! そりゃあまぁ……そうですよ」
リドリアさんはしょんぼりしながらテーブルの上の書類を片付けている。
ネロ君が言っている経験というのは、長く生きるほどに積み重なる日々のことであり、それは今すぐに手に入るものじゃなかった。
「ゆっくり見つければいい……ってことですか?」
「そういうことだ。今すぐと焦らずとも、どうせそのうち見つかる。お前たちはまだ、人生のスタートラインに立ったばかりだ」
「ネロ君が言うと説得力が違いますね」
「その見た目で言われると、頭が混乱しますけどね……」
「ふっ、ボクとてお前たちよりも少し長く生きているだけに過ぎない。ゴーレムになってからの大半は眠っていたからな。せいぜい今のお前たちの三、四倍程度の人生だ」
ネロ君の正体はこの国の原型となった大国、ローマニア王国の五代国王、ネロ・クラウディウス。あらゆる魔法を極めた大魔法使い、賢者と呼ばれた偉人だった。
歴史を記した本にもしっかりと彼の名が記されている。
ネロ君は国王として、魔法使いとしてその力を遺憾なく発揮し、ローマニア王国を発展させた。
だけど、そんな彼を快く思わなかった何者かが呪いをかけた。その呪いは、偉大な魔法使いであるネロ君でも解呪できないほど強力で、彼は死を待つしかなかった。
そんな運命に抗うために、彼は魔導具技術を駆使し、自らの魂と記憶をゴーレムに封じ込め、呪いから脱する手段を見つけ出した。
ネロ君の話によれば、彼はゴーレムになる際、自分で自分を殺し死体にしている。それがちょうど六十五歳の誕生日だったそうだ。
その話はリドリアさんも知っていて、ネロ君を見ながらぼそっと呟く。
「十分な長さだと思いますけどね」
「あっという間だぞ。年を重ねるごとに一日、一月、一年が早く感じられるようになる。そうなれば、老いてシワだらけになるのも一瞬だ」
「女性としては複雑な気持ちですね……」
「そういうものだ。生きるというのは、必ず死に向かって進むということ。初めは長く感じられても、近づくにつれて終わりを実感し、早く感じるものだ。だが、それでもお前たちはまだまだ若い」
話しながら、私やリドリアさんに視線を向けて、ネロ君は呆れたように笑う。
「老いを感じ始めるのも、まだ先のことだろう。せいぜいそれまで、新しいことをできるだけ経験しておくといい」
「新しいこと……ですか」
「そうだ。いいことばかりだけではダメだぞ? 苦い経験もできるだけしておけ」
「苦い経験も?」
「それが人生だ。喜怒哀楽、人間の感情は多岐に渡るが、奮い立たせる感情が常に前向きなものとは限らない。後ろ向きな感情が起爆剤となって、新しい何かを生み出すこともある。ボクのこれも、元は後ろ向きだ」
死にたくない。呪いに侵される恐怖から逃げるために、彼は自らをゴーレムに作り替えた。
確かに前向きな感情とは違う。
後ろ向き、とまでは思わないけれど、決して楽しい感情や、嬉しい感情によって突き動かされたわけでもない。
思えば人類の発達も、それに近いのかもしれない。
「これがしたいというより、これがないと大変だからって理由で、いろんな発明が生まれていますよね」
「そういうことだ。やりたいことを探すより、できないことを見つけるほうが早いこともある」
「できないこと……」
「もしくはこうすれば楽だとか、したくないことでもいいぞ」
「私は仕事をせずに楽に暮らしたいです」
リドリアさんの口から本音がぼそっと漏れて、だらけたようすでテーブルの上に突っ伏す。室長としての仕事に毎日明け暮れて、彼女はいつも大変そうだった。
私も少し前まで、終わらない仕事を前に同じことを思ったことはあるから、気持ちはわかる。
「そう思うなら部下を育てろ。自分の代わりに働く手足を作れ。ゴーレムでもいいぞ」
「無茶言わないでくださいよぉ」
「ならば手を動かせ。嘆いているばかりでは終わらないぞ」
「うぅ……現実は厳しい」
「あはははっ、気を落とさないでください。私もお手伝いしますから」
「フレアさーん、ありがとうございます」
涙目でそう言ってくるリドリアさんを見ながら、ネロ君は呆れてため息をこぼす。
「やれやれ」
変わらぬ日常。
忙しくはあるけれど、余裕がまったくないわけでもない。こうして雑談をする程度には、心にも、時間にも余裕は生まれている。
だからこそ、何ができることはないだろうかと考えることが増えた。
ネロ君の助言も聞きながら、私がやりたいこと、できないこと、やりたくないことを考えながら、今日も仕事に励んでいる。
すると、トントンととドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
「――俺だ」
この声は――
「殿下?」






