50.無自覚じゃいられない
5/10 双葉社Mノベルfより発売!
私はクラウス殿下に連れられ廊下を歩く。
道行く騎士たちが何事かと、私と殿下を二度見していった。
「今度はクラウス殿下と一緒に?」
「何者なんだあの娘は」
「……」
そんなの私が一番知りたい気分だ。
私たちは一室に入る。
「そっちに座って」
「あ、あの」
「大丈夫。長い話にはならないから」
殿下に誘導され、テーブルを挟み向かい合って椅子に座る。
私たち以外誰もいない。
静かな部屋で二人きり……。
ユリウス殿下と一緒の時とは違う意味でドキドキが治まらない。
「君、ユリウスの下で働いているんだって?」
「は、はい!」
「聞いたよ。素晴らしい腕をもった魔導具師だと。もとは王宮で働いていたそうじゃないか。どうしてユリウスの所に?」
「それは……」
クラウス殿下に呪いの話は伝わっていない……はずだ。
だから教えられない。
私は回答に困って視線をウロウロさせる。
「あー答えたくないなら無理に言わなくていい。ユリウスにも聞いたけど答えてくれなくてね。君なら答えてくれるかなと、ちょっと意地悪をしてみた。すまないね」
「い、いえ……」
クラウス殿下は朗らかに笑う。
彼の笑顔を見ていると、少しだけ気が抜ける。
ユリウス殿下に似ているからだろう。
「この間、ユリウスと縁談の話をしたんだ」
「――!」
思わず反応してしまう。
唐突な話題変換に、いやむしろこの話をするために?
私は身構える。
「お前もそろそろ将来のことを考えろとね。兄からのおせっかいだったが、見事に断られたよ」
「……断った、んですか?」
「ああ。きっぱりと、心に決めた相手がいるからと」
クラウス殿下は私を見つめて微笑む。
「君の名前を言っていた」
◇◇◇
「――兄上、有難いお話ですが、お断りさせていただきます」
ユリウスは頭を下げる。
深々と。
「……なぜだ?」
「俺にはもう、心に決めた相手がいるからです」
頭を下げたままハッキリとそう言い切る。
クラウスは僅かに眉をぴくつかせ、続けて彼に問う。
「その相手を聞いても?」
ユリウスはゆっくり顔を上げる。
「フレア・ロースター」
「ロースター、ああ。お前がかこっているという魔導具師のことかな?」
「さすが兄上、すでに耳に入っていたんですね」
「なぜ彼女なんだい? 俺が知る限り、それほど深い間柄でもなかっただろう?」
二人の馴れ初めまでは伝わっていない。
自らが呪いに侵されていたことも、知る者は限られている。
ユリウスは身内にこそ知られないように情報を閉ざした。
この場でも、全てを語るつもりはない。
「多くは語れません。ただ、俺は彼女に救われたんです。彼女の力と、優しさに……そんな彼女をもっと近くで見ていたいと、そう思ったんです」
理屈ではない。
心が、思いが互いを引き寄せ合う。
恋とはそういうもので、言葉で表すには大きすぎる。
語らずとも、彼の表情が全てを伝える。
「惚れこんでいるんだな」
「ええ」
「そうか。ならおせっかいは必要ない。しかし……大変だぞ。これから先は」
「わかっています」
「お前だけじゃない。彼女もだ」
王子の伴侶になることを、周囲に認めさせなければならないから。
◇◇◇
「初めてだったよ。ユリウスが他人にあそこまで惚れこむのは」
やっぱり、殿下の心は私と一緒に。
縁談の話もただの噂で、殿下は誰とも婚約なんてしていない。
心から安堵する。
「フレア」
「はい!」
「ユリウスのことを頼んだよ。あいつは結構無茶をする。上手く支えてやってくれ。それを伝えたくて話をしたんだ」
「……はい!」
似ているのは容姿だけじゃない。
ユリウス殿下も、クラウス殿下も、自分以外を心から慈しむ優しさを持っている。
素敵な兄弟愛だ。
羨ましいと思うほどに。
「さて、そろそろ交代だ」
「え?」
クラウス殿下が部屋の扉に視線を向ける。
直後、勢いよく扉が開く。
「兄上! フレア!」
「殿下?」
現れたのは息を切らしたユリウス殿下だった。
クラウス殿下は立ち上がる。
「話せてよかったよ。後は二人でごゆっくり」
そう言って歩き出し、扉の前でユリウス殿下とすれ違う。
いたずらな笑顔で片目を瞑り、王子様らしくさわやかに去っていく。
残された私たちは、静寂の中で視線を合わせる。
「はぁ……ネロの次は兄上にしてやられたか」
呆れながら殿下は私の前に座った。
「兄上とどんな話をしてたんだ?」
「えっと、縁談のこととか」
「あーやっぱりそうか。ちゃんと断ったからな?」
「はい。聞きました」
私は笑いながら答えた。
殿下の慌てる姿は新鮮で、いろいろな表情を見れてちょっと優越感を抱く。
「フレア」
「はい」
「俺と一緒にいることは、きっと君にたくさん迷惑をかける」
「迷惑だなんて思いません」
私は、殿下の隣にいたい。
「俺にも立場がある。だから、簡単には言葉にできない」
「わかっています」
もう知っているから。
殿下が、私との未来を考えてくれていることは。
「俺たちの未来を掴むためには、今のままじゃ足りない。周りにふさわしい相手だと認めさせなきゃいけない。君にも――」
「頑張ります。私がこの国……世界で一番の魔導具師になります」
後世に残るような発明をすれば、偉大な人物として称えられる。
かつての魔導具師たちは、歴史を支え、文明を発展させ多くの功績を残した。
私も、先人たちと同じことをしよう。
誰もが認めるような発明をして、世界に名を残そう。
そうすれば、誰にも文句は言われない。
私が殿下の隣に立っていても認めてくれるはずだから。
「私も、殿下と同じ気持ちですから」
「フレア……」
今はまだ、お互いに足りない。
まだまだ夢の話。
それでもいつか必ずたどり着いて見せる。
輝かしい未来に。
その先の、殿下と共にのんびり暮らす幸福を手にするため。
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