48.ずるい悪
時間にして十秒ほどだった。
星が夜空に流れる。
終わってしまえば呆気ないものだったけど、私たちは余韻に浸る。
「……戻ろうか」
「はい」
私が星々に願ったように、殿下も何かを願っただろうか。
もしそうなら、殿下はどんな願いをしたのだろう。
私たちは屋敷の廊下を歩く。
道を塞ぐように、小さな影が一つ。
「ネロ?」
「ネロ君」
「お楽しみの時間は終わったか?」
彼はニヤっと笑みを浮かべた。
この反応、どうやら私たちが夜空を見ていることを知っていたようだ。
「のぞき見してたのか?」
「どこぞの不届き者と一緒にするな。陰ながら見守っていただけだ」
「物は言いようだな。まぁいいけど」
「ネロ君、私たちを待ってたの?」
彼は返事をせずに背を向ける。
「ネロ君?」
「ついてこい。この街に潜む悪について話してやろう」
殿下が隣でピクリと反応する。
ネロ君は一人で歩き出す。
私と殿下はお互いの顔を見合わせて、頷く。
◇◇◇
翌日。
素材もそろってさっそく作業に取り掛かった。
それほど難しい魔導具でもないので、時間はそれほどかからない。
午前中を全部使って、濾過装置は完成した。
完成したろ過装置は従来の魔導機関に取り付けるだけで、汚染された水を正常な状態へと戻すことができる。
これで一先ず、水路を流れる水は無害になった。
「すごいですね。本当にあっさり解決してしまうなんて」
「うちの魔導具師は優秀ですから」
驚く局長さんに自慢するように言う殿下。
褒められて照れる私に、局長さんは目を輝かせて尋ねる。
「本当に素晴らしい! フレアさん、よければ他の装置も見ていただけませんか? 何分古い設備ですので改修すべきか悩んでいたんです」
「そういうことならぜひ」
「ありがとうございます! こちらにどうぞ」
私と殿下は局長さんに案内され施設の奥へと進む。
向かったのは、彼が頻繁に出入りしていた最奥の部屋だった。
「どうぞ中へ。ここは他の職員も入れない特別な場所なんです」
「特別な場所?」
「はい。私が個人的に管理している部屋なので……困るんですよ。部外者に邪魔をされるのは」
一瞬にして空気が変わる。
気温が一気に下がったように、体中がぶるっと震える。
ガチャリと音が鳴り、扉がロックされた。
「局長さん!?」
「どういうつもりですか?」
「……だから困ると言ったじゃないですか。私の邪魔をされると」
突如として空間を紫色の煙が支配する。
腐った生ごみのような刺激臭。
間違いなく毒素だ。
私たちは咄嗟に口を塞いだけど、すでに手遅れだった。
「せっかく念入りに準備したのに、こうもあっさり解決されると商売あがったりなんですよ」
「お前が……毒をバラまいたのか?」
「その通りですよ殿下。気づくのが遅かったですね?」
「何を……するつもりだ」
局長はニヤリと笑みを浮かべる。
「バレると困るんですよ。私が儲けられなくなってしまう。だからお二人には忘れてもらいます。私は毒に精通しているので、記憶を混乱させる毒も作れるんです」
「くっ……」
「無駄ですよ。先ほど吸ったのは神経毒です。しばらく体は動かせません」
「そんなこと知っている」
「――え?」
直後、殿下の身体がまばゆく光る。
「ま、眩しいっ!」
光が収まった頃に彼が目を開けると、そこには誰もいなかった。
「いない?」
「当たり前だ。お前が見ていたのはボクの作った幻影だからな」
「なっ……」
「これでもう、確認の必要もないだろう?」
「ああ」
ネロ君を先頭に、私と殿下が部屋の入口を開ける。
局長は大きく目を見開き動揺していた。
「ネロの言った通り犯人は局長だったか。正直信じたくなかったが……」
「残念ながら事実だ。あいつがさっき自白しただろう?」
「わかってるよ」
「き、貴様たちどうやって……いつ気づいた!」
局長が声を荒げる。
ネロ君はため息をこぼして話す。
「最初からだ。この施設に入った時から魔力の気配を感じた。水に含まれていたのは魔法によって生成された毒だろう?」
「なぜそれを……毒が魔法で作られたことをどうやって判断した?」
「お前が二流なんだ。毒素に魔力が残っていたぞ。ボクがそれを見逃すはずもない」
「くっ……」
「局長、あなたは自ら水路の水を汚染させ、安全な飲み水を別で用意し有償で街の人々に売っていたそうだな?」
ガルドさんたちが街の人たちに話を聞いてくれた。
どうやら無償で飲み水を提供されていたのは一部だけで、他の人たちは購入していたらしい。
配給のお手伝いをしていたガルドさんが、偶々予定にない家に水を運んだところ、無償ということに驚かれたそうだ。
「こずるい商売だ」
「くそっ! こうなったら直接――」
「無駄だ」
局長は魔法陣を展開しようとした。
が、すぐに消滅した。
彼の眼前にはネロ君が立っている。
「なっ、馬鹿な」
「知っていたか? 魔法陣は同質同量の魔法陣をぶつければ消滅するんだ。だから、魔法を使いたいならもっと急げ。遅すぎるぞ」
「ぐおあ!」
いつの間にか頭上に生成された氷の塊が局長に落下する。
氷の下敷きになった局長は動けない。
そこへ殿下が歩み寄る。
「ここまでだ」
「くそっ! せっかく魔法を手に入れて一儲けしようと思ってたのに!」
「話は王都で聞かせてもらおう」
こうして事件は解決した。
蓋を開ければ一人の男が金を稼ぐためにやった醜い行為。
あっさりした決着だけど、誰かが傷つく前に解決してくれてホッとしている。






