23.お互い大変でしたね
タイトルスッキリさせました!
殿下は続ける。
「所長が失踪した今、宮廷魔導具師の所長は不在だ。いつ戻るかわからない。そもそも戻れない状況だからな。新しい所長の選出が始まってる」
「は、はぁ……」
「そこで、俺としては君が適任なんじゃないかと思ってね」
「わ、私ですか!」
大げさなリアクションをとる。
私が所長に適任?
そんなこと思ったこともないのに。
「所長の座にふさわしい人物は、この国でもっともその分野に精通している者。そして他が認める功績を持った者だ。君はどちらも当てはまる。適任だと思わないか?」
「い、いえ……私はまだまだ未熟なので」
「謙虚だな。けど、君のことを多くの人たちが認めている。今回の一件で君は俺の命を救った。君以上に資格がある者はいない」
「……」
殿下が私のことを褒めてくれている。
素直に嬉しい。
認めてもらえることが。
その言葉を、殿下の口から聞こえることが。
胸がいっぱいになるほどに。
でも、だからこそ考えてしまうことがある。
「も、もし……私が所長になったら……今の立場は……」
「その場合は、俺の直轄ではなくなるよ。宮廷魔導具師を治める者になる」
「……」
所長になれば、殿下の傍では働けなくなる。
それが……私には嫌だった。
「あの……我がままなことを言います」
「いいよ。君には大きな恩がある。君の願いを聞きたい」
「私は、今のままがいいです」
もじもじと指を触り、低回しながら口を動かす。
せっかく殿下が私の力を認めてくれて、所長にならないかと声をかけてくれている。
その期待を裏切ることになるかもしれない。
それでも私は――
「これからも、殿下のお傍で……殿下のお力になりたいと、思います」
この人の傍を離れたくなかった。
所長になる以上に、この居場所こそが私のオアシスであり理想郷なのだと。
今離れてしまったら、二度と戻れない気がしたから。
私は不遜を承知で本音を口にした。
すると殿下は、気が抜けたように息を吐いて笑う。
「……ふっ、そうか」
「殿下?」
「じゃあ、仕方ないな」
怒られることも覚悟していた。
だけど殿下は清々しい表情で笑っている。
まるで、こうなることを期待していたかのように。
「ならもう一人の候補にお願いしよう。副所長をしていたリドリア・マーケティン。彼女なら要領も把握しているだろう」
「……」
「なんだ? 俺が無理やり君に任せると思っていたか?」
「い、いえそんな! 殿下がそんなことをされるはずありません」
誰より優しい方だ。
私が嫌だと言ったら引き下がる。
それはわかっていた。
私が驚いているのは、なんだか嬉しそうな顔をしていることに。
「本音を言えば、君が断ってくれることを期待したんだ」
「え……」
「俺も、君にはこのまま傍にいてほしかった。ただの我がままだよ」
「殿下……」
殿下も同じ気持ちだったらしい。
それがどうしようもなく嬉しくて、胸の奥が熱くなる。
押さえていないとはじけ飛びそうなくらい、心臓の鼓動がうるさくなる。
「そういう私情もあって、君には断ってほしかった。ただ、その場合は別でお願いしたいことがあるんだ」
「お願い、ですか?」
「ああ。新所長になるリドリアをしばらく補佐してほしい。今回は異例の昇格だ。急なことで本人も戸惑うだろうし、彼女はまだ若いからな」
「私が所長の仕事をお手伝いすればいいんですね」
「そういうことだ」
私は喜んで引き受けた。
殿下のお願いなら、なんでも聞きたいとすら思う。
それ以外にも、ちょっと興味があった。
私と同じように、前所長から仕事を押し付けられていた人物……リドリアさんがどんな人なのか。
会ってみたいと思ったんだ。
◇◇◇
所長部屋の椅子に座り、眼鏡をくいっとあげる。
今回、新所長に任命されたリドリア・マーケティン。
いかにも仕事ができそうな……落ち着いた雰囲気の彼女だが。
「はぁ~ なんで私がこんなこと……」
中身はとってもナイーブだった。
思わぬタイミングでの出世。
喜ぶ者も多そうだが、彼女の場合は違う。
任命されて直後に感じたのは、落胆だったという。
「所長なんて無理……また仕事が増える……」
これまで数多くの仕事を押し付けられ、馬車馬のように働いていた彼女にとって、今以上の重圧を受ける立場など望んでいなかった。
彼女の望みはただ一つ。
「……休みたい」
奇しくもそれは、あの頃のフレアと同じだった。
実は彼女、フレアが夜遅くまで仕事で宮廷に残っている間、普通に仕事をしていたのである。
なぜ気づかなかったのか?
その理由は、部屋の明かりを消していたから。
暗いほうが落ち着くからと、意図的に明かりを消し、小さな蠟燭の火だけで仕事をしていた。
「あのおばさん本当に最悪だ……最後の最後まで私に仕事を残していくなんて」
テーブルには前所長が放り投げた仕事の山。
彼女はそれを見て、落胆したのだった。
トントントン――
扉をノックする音が響く。
「誰? ああ、そういえば補佐の人が来るんだっけ」
誰かはまだ聞かされていない。
彼女は扉に向かって、どうぞと一声かける。
扉が開く。
「失礼します」
「あ……」
二人は顔を合わせる。
同じ職場にいながら、これまで接点がなかった二人。
しかしリドリアはよく知っている人物。
自分と似た境遇だったから。
向かい合った二人はしばらく無言だった。
そして、同じタイミングで口を開く。
「「お疲れ様でした」」
似た者同士の二人。
彼女たちが最初に交わした挨拶は、お互いを労う言葉だった。
 






