21.崩れゆくもの
「どうしてですか!」
甲高い声が屋敷に響く。
しかし彼女の声は重たい甲冑を身にまとう男たちには響かない。
「すでに説明しました。不必要な外出はご遠慮いただきます」
「アリアはただ外に出たいだけです!」
「目的は? 行く場所は? 誰かと会うならその人物は? 外出が必要な理由を我々に説明し、必要と判断されれば許可が下ります」
「そんなの! ずっと屋敷に閉じ込められて窮屈だからに決まっているじゃないですか!」
アリアは声を荒げる。
およそこれまでの人生で発したことのない声量で。
彼女をよく知る者が見れば驚くだろう。
これほど余裕のない表情をする彼女を、誰も見たことがないのだから。
だが、相手は王国を守る騎士団の男たち。
思考に感情は入り込まない。
少しでも理に適わないと判断すれば……。
「その理由での外出は許可できません」
ハッキリと否定する。
むすっとするアリアは彼らに問いかける。
「どうして! アリアは何も悪いことなんてしていないのに!」
「それをこれから証明していくのです。何度も説明した通り、ロースター家には現在嫌疑がかけられています。無実であると証明されるまで、我々が貴女を含む皆様を監視いたします」
ロースター家には現在、複数人の騎士たちが滞在している。
目的は彼らの護衛、ではなく監視。
バルムスト家の嫡男が闇市場に関係していた事実が公になり、彼と関わりの深い貴族たちは共犯の疑いをかけられている。
闇市場は大規模だった。
とても一人の貴族だけが関わっているとは考えにくかった。
そしてユリウスが聞いたセリフ。
あなたを呪っているのは僕だけじゃない。
王国に敵対している者たちは他にもいる。
一般の鳴りを潜めている者ではなく、より高い地位にいる者が怪しさを増す。
よってユリウスは騎士たちに命令し、彼らの監視を任せた。
彼らの疑いが晴れるまで、監視の目は続く。
「だ、だったらどうしてアリアたちだけなんですか! お姉さまだってロースターです!」
「フレア・ロースターは信用に値すると、殿下がおっしゃっている」
「なっ、どうして……」
本件において、フレアは大きな功績を残している。
第二王子ユリウスの救命と、彼を呪った人物を見つけ、捕縛に貢献したこと。
それらの功績によって、彼女がカインに加担している可能性は極めて低い。
もし共犯なら、ユリウスを助ける理由がないのだから。
さらには現在の彼女の立場。
第二王子付き特別宮廷魔導具師、という肩書も信用を確かにする要因になっていた。
第二王子への信頼が、そのまま部下である彼女の信頼にもつながる。
彼女を疑う者など、王国内には存在しない。
だが、その肉親は違う。
一部の人間は知っている。
フレア・ロースターが、身内からどんな扱いを受けてきたのかを。
「フレア殿はロースター家の人間ですが、その関わりは薄いと聞いております。彼女を疑う理由は何一つありません」
「ア、アリアはお姉さまの妹です! お姉さまを信用するならアリアも――」
「お言葉ですがアリア様、あなたこそ一番の疑いをかけられているのですよ」
「……え?」
強く冷たい言葉を受けて、アリアはぴくっと震え固まる。
なぜ自分が?
そんな顔をする彼女に、監視の騎士は言う。
「あなたはカイン氏の婚約者です。ある意味、彼に最も近しい人物であるあなたを疑うのは当然のことではありませんか?」
「そ、そんな……」
アリアはガクッと肩の力が抜ける。
彼女がカインと婚約したのは、すべて姉であるフレアが理由である。
自分のほうが姉より優れているという証明。
姉が持っているものをすべて奪い、自分のものにしてしまう。
そういう欲が、回り回って自分への疑いとなって返ってきた。
言い方は正しくないが、自業自得、本末転倒である。
「……もういいです!」
言い返すこともできず、彼女はばたんと扉を閉めて自室に閉じこもった。
ベッドに倒れこみ、枕を強く抱き寄せる。
「なんで……アリアは関係ないのに」
自分は悪くない。
それなのに、どうしてこんな扱いを受けるのか?
彼女の内には悔しさとやるせなさがこみ上げる。
だが、彼女はわかっていない。
その内に抱く感情こそ、彼女がフレアに与え続けていたものであると。
つまり彼女はようやく、姉が長く耐えていた感覚を知ったのだった。
◇◇◇
「……ふぁーあ」
私は大きく欠伸をして、背伸びをする。
時計の針は朝の八時を指していた。
宮廷で働いていた頃なら、とっくに遅刻で大慌てだ。
だけど今は違う。
明確な始業時間はなく、いつ起きても怒られない。
まだ若干慣れないけれど、こうしてのんびりとした朝を迎えられるのは心地いい。
これも全部、殿下が与えてくれた居場所のおかげだ。
そんなことないだろ?
君自身の力で勝ち取ったんだ。
殿下ならそう言ってくれそうだ。
「さぁ、今日も頑張ろう」
着替えをして、朝食を食べて準備を終らせる。
王城を出た私は廊下を歩く。
初めてここへ来たときはガチガチに緊張していたけど、それも少し和らいだ。
通り過ぎる人に挨拶ができる程度には。
「フレア」
「殿下!」
今日は運がいい。
朝から殿下とバッタリ会えるなんて。
そんなことを考えながら彼に駆け寄る。
「おい、走るとまた転ぶぞ」
「大丈――わ!」
「っと」
何もないところで躓いて転びそうになった私を殿下の手が支える。
「だから言ったろ? 君はあれだな。結構ドジだな」
「あははははっ……」
殿下に手を引かれる。
この手のぬくもりに、私は導かれた。
今も、これからも。
「殿下、お身体の調子はいかがですか?」
「もうすっかりいいよ」
「よかった。あれ、まだその腕輪を着けているんですね」
彼の右腕には二つの腕輪が装備されている。
私が作った魔導具が。
「もう必要ありませんよ?」
「わかってるよ。けど、大事なものだからな。ずっと身に着けていたい。これを着けていると、いつでも君を傍に感じられるから」
そう言って殿下は微笑む。
花が咲くように笑う。
私は嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなって、へんてこなニヤケ顔になる。
「こ、光栄です」
「君が守ってくれた命だ。大切にするよ」
「はい」
私は、この人の傍にいることが一番落ち着く。