05
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雪がしんしんと降り積もっている。
窓の外に映る森の景色はいつもと違い、あたり一面が白銀の世界だった。木々の梢に雪が咲き、地面に厚く積もる雪には動物たちの可愛らしい足跡が転々として、それはまるで真っ白なキャンパスに絵を書いた様。
私はその幻想的な景色を直接見ようと窓を開け、外の様子を伺った。
「……きれい」
はぁ――と息を吐くと、それは薄い雲になって森の景色に溶けていく。
――何て幻想的なのかしら。
私は寒さも忘れて雪景色を眺める。
「――ふふっ」
そして、顔から自然と笑みがこぼれた。
「あぁ、早く来ないかしら」
私は浮かれていた。何故って今日はクリスマス。これからここで、彼とささやかなお祝いをすることになっている。
昨夜から部屋の飾り付けをし、今朝はいつもより二時間早く起きて料理をした。
私は部屋の中を見渡す。
いつもは暖炉とテーブル、そして小さなソファーが二つあるだけの、お世辞にも素敵とは言えないお部屋。けれど今日だけは違う。森で伐ってきたモミの木と、木の枝で作ったクリスマスリース。そこに私が毛糸で編んだ、色とりどりのオーナメントを飾り付けた。サンタやトナカイや天使、キャンディケインと黄色いベル、それから赤い実のたくさん付いたヒイラギも。
そしてテーブルの上には、焼きたてのバゲットと、彼が前においしいと言ってくれたナッツと干しぶどうのカンパーニュ、勿論七面鳥も外せない。それからデザートには、りんごとはちみつをたっぷり使ったタルトタタンを焼いた。あとはじゃがいものスープを温めなおすだけ……。
そして、クリスマスプレゼントには――。
「――喜んで、くれるかしら……」
この日の為にコツコツ編んだ、赤いマフラー。彼の栗色の髪に、よく映えるだろうと思って選んだ色。
私は彼がこのマフラーを巻いているところを想像して、一人はにかむ。
すると丁度そのとき――。
「ユリア、僕だよ」
扉を叩く音と同時に聞こえる、彼の声。
私はマフラーをソファーのクッションの下に隠して、急いで扉を開けた。
「待ってたわ!」
「ははっ、ユリアは相変わらずだね、僕も早く君に会いたかったよ」
私の言葉に、彼はそう言って、優しげに笑った。
*
「――わぁ、すごいね。これ全部ユリアが一人で作ったの?」
彼は身体から雪を落として部屋に入ると、テーブルに並んだ料理を見て目を丸くした。
期待通りの反応に、私は鼻を高くする。
「勿論よ、今日の為におばあさまに習って沢山練習したんだから!味は保障するわよ!」
私がそう言うと、彼はぷはっと吹き出した。
「ははははっ!確かに、去年君に初めて貰ったジャム、帰って開けたらゼリーみたいに固まってて、どうやって食べようかと思ったもんな!」
「そっ、――それはもう言わない約束よ!あれからは一度も失敗してないわ!」
「はは、ごめんごめん。――いやでも、あれだって味は良かったよ。それにこの前のパンもすごくおいしかった。ユリア、料理の才能あるよ」
笑いをこらえながらそんなことを言う彼に、私は口を尖らせる。
「もう、そんなに笑いながら言われても嬉しくないわよ」
けれど彼はそんな私の反応を楽しむように、更に笑みを深くした。
「ユリアがあんまり可愛いから、ついからかいたくなるんだ」
「――ん、……もう」
私たちがお互いの気持ちに気付いてから一年以上が経って、わかったこと。
――彼は思っていたより、いじわるだということ。でも私は、彼のそんなところも……好き。
私がそんなことを考えながら彼の姿を見つめていると、彼はいつの間にかテーブルの椅子に腰掛けていた。そして何故か不思議そうな顔を浮かべる。
「ねぇ、ユリア。料理が二人分しか無いみたいなんだけど……君のおばあさまは居ないのかい?」
その問いに、私ははたと思い出す。
「ごめんなさい、言うのを忘れていたわ。おばあさまは昔の友人に用事があるからって、昨日の朝から出掛けているの。帰って来るのは明日の夕方になるって言ってたわ。――何かおばあさまに用事があったの?」
私の言葉に、彼は一瞬狼狽える様な表情をした。やはり、何か大事な用事でもあったのだろうか。
「もし急ぎなら、明日おばあさまが帰って来たら私が伝えておきましょうか?」
私はそう提案する。けれど彼は言葉を濁した。
「――いや、別に、そういう訳じゃないんだ」
そう言って何か考える素振りを見せる。
「――?……どうしたの?何かあるなら言って」
「……いや、――だから」
「……」
「……その、二人きりなんだな――って」
「――っ!」
彼の言葉に、一瞬で自分の顔が熱くなるのがわかる。彼の顔も――心なしか、赤くなっている様だった。
そんな彼は私と視線が合うと、気まずそうにさっと視線を逸らす。
「――ご、ごめん!深い意味は無いんだ。……さ――食べようか!僕もうお腹ペコペコだよ」
「……」
そう言って、誤魔化しながらも耳まで赤くする彼の様子に、私は何と言葉を返したらいいかわからなくて――。
「――そうだわ!私、スープを温めなおして来なくちゃ!」
――彼をテーブルに一人残し、慌てて台所に駆け込んだ。
*
「――はぁ」
私は台所の隅でしゃがみこみ、大きく息をはいた。
――本当にびっくりした。いきなりあんなこと言うなんて……。まだ、心臓がドキドキしている。
「……二人きり、か」
私は呟く。
確かに私だって、そういうことを考えたことが無いと言えば嘘になる。……手をつなぐだけで恥ずかしくて、キスをすれば顔を見られなくて――そんな初々しい時期もあった。けれども最近は、もっと彼に触れたい、あの人のもっと深くを知りたいと……ときどきそんなどうしようもない想いに駆られる。
私だけかと思っていた。――でも、違ったのだ。彼も、私と同じだったのだ……。
「あぁー、……もう」
私は膝を抱える。
――どうしよう。嬉しい。……どうしようもなく、嬉しい。今すぐに、あの人を抱きしめたい。あの人に……抱きしめられたい。
「……ユリア?」
背後から声がする。――声変わりした、少し低い彼の声。優しくて、温かくて、その声に呼ばれるだけで、私の心は羽のように、ふわりと宙を舞う。私の愛しい……私――だけの……。
「ユリア……。ごめん、僕が変なこと言ったから。――嫌いに、なった?」
不安げな彼の声。――顔を見なくなってわかる。今、彼がどんな顔をしているか。彼がどれほど、私を愛してくれているか……。
「ユリア。ねぇ、……ユリア」
彼の声が震える。
――あぁ、だめだ。早く、振り向かなくちゃ……。早く、この人を安心させてあげなくちゃ。
でも、なぜだろう。身体が言うことを聞かない。想いが込み上げて――上手く言葉が出て来ない。
「……ユリア、こっちを向いて。お願いだ」
彼の声が――痛い。
――あぁ、早く、早く何か言わなくちゃ……。
私は、必死で声を振り絞る。
「――好き、なの」
「――、……え?」
「好き……」
私はようやく立ち上がり――振り向いた。
そして、そのまま彼の胸に、飛びこみ――呟く。
「あなたが――好きなの」
「――っ」
彼は驚いたように、大きく目を見開いた。そして、私を抱きしめる。その、たくましい身体で、私の全てを包み込むように――。
「……僕も、好きだよ」
強く、強く――、彼の腕に力がこもる。
彼の鼓動が――吐息が、私の全てを支配する。彼から伝わる体温に、全身を犯されているような――そんな感覚。
耳元で囁かれる、彼の切なげな、愛しげな声――。
「――ユリア。本当は僕たちが十六になってから言おうと思っていたんだけど――今、言うよ」
彼の熱を帯びた瞳。私を見つめる、深い、緑――。
「君を愛している。――どうか僕と、結婚して下さい」
そして彼は、いつもとは違う私の知らない表情で、そう言った。




