05
アーサーは去って行くアメリアの背中を黙って見送った。そしてアメリアの姿が見えなくなると、彼はその顔から表情を消し――生い茂る木々のその更に奥を、鋭い眼光で射る様に睨む。
「盗み聞きとは――流石下賎な者のすることは違うな」
アーサーがその良く通る声で声高にそう言うと、鬱蒼とした茂みの奥の大木の後ろから、何者かが姿を現した。
「――流石はアーサー様で御座いますね」
その声の主はいつもの様に淡々とした無感情な口調でそう言いながら、躊躇いも無く茂みから出てくる。
「申し訳ございません。聞くつもりは無かったのですが――」
そして――その男、ルイスはそう言ってにこりと微笑んだ。
けれどアーサーは蔑むようにルイスを見据える。
「あんな場所に隠れておいて……よくそんな白々しいことが言えるな」
「ええ。ですがお二人の邪魔をしまいという私の最大限の配慮で御座います故」
「……ウィリアムの指示か?」
「――は」
「ウィリアムの指示でつけていたのかと聞いている」
「――まさか。ウィリアム様がこのようなはしたない真似をするように指示するわけ御座いません」
「なら、これはお前の私情というわけだな?」
アーサーは僅かに語気を荒げた。眉一つ動かさないルイスの態度に、彼は苛立ちを覚える。
「だったら何だと言うのです。お分かりですよね?アメリア様はウィリアム様の婚約者――私にはアメリア様を守りきる義務があります。それが例え王子である貴方を敵に回すことになったとしても――」
「――はっ、何を言う。俺は知っているぞ。アメリア嬢をウィリアムの婚約者に仕立て上げたのはお前だと。アメリア嬢を欲しているのはウィリアムでは無く――ルイス、お前だということを」
アーサーの右目が再び赤く染まる――。彼の想いの強さに比例するように、輝き――蠢く、紅い光。
ルイスはそんなアーサーの視線をそのまま受け止め、嗤う。
「――ははっ、物騒ですね。――ですが」
しかしその口調は先ほどまでのルイスのものでは無く――。
「無駄、ですよ。僕相手に――わかっているでしょう?……でも正解です。流石、貴方は根っからの天才だ。人の心を読む力に長けていらっしゃる。その力が無くても、貴方は素晴らしい方ですよ」
「――それが、お前の本性か」
アーサーの視線の先、ルイスの表情には――薄気味悪い薄い笑み。
「ええ、本当はあの時すぐにでも自己紹介したかったんですけどね。貴方が余りに怖い顔で僕を睨むものだから、怖じ気づいてしまって――気が付いたら十年も経ってしまいましたよ」
そう言ってルイスは笑みを深くする。
「よくもそんな嘘を並べられるものだな。――この、化け物が」
「……化け物?心外ですね。僕はれっきとした人間ですよ。そして貴方も――アメリア様も」
アーサーは恨めしそうにルイスを睨み、ぎりりと唇を噛んだ。ルイスはそんなアーサーを、その闇色の瞳でじっと見据える。
「はぁ……。僕も嫌われたものですね。まぁ、そこまでわかっていらっしゃるなら、貴方は何もしないで下さい。まして先ほどのように忠告などとは――。僕はただアメリア様を手に入れたいだけ。……大丈夫です。貴方の大切な大切なウィリアム様を傷付けることはありません。彼は僕にとっても大切な方ですから」
「……だが、アメリア嬢はそれを望まないだろうな。彼女の目的はウィリアムだ」
「そんなことは百も承知ですよ。けれど僕は、どんな手を使ってでもあの方を手に入れてみせます。ですから貴方はもう今後――余計なことはしないで下さい。そうでないと、僕は何をするかわかりませんよ、アーサー王太子殿下」
凍てつくように冷たいルイスの声音。そしてその言葉に、アーサーは忌まわしげに顔を歪ませる。
「ルイス……お前の目的は何だ。何故そこまで彼女にこだわる」
「あ、今さらそれ聞きます?貴方だって気付いたのでしょう?彼女が僕らと同じだってこと」
「……だが、彼女は俺の力に気付かなかった」
「でも――“読めなかった“でしょう?」
「……」
「……僕らは皆同じ、でも、“違う“んですよ。……彼女の苦しみをわかってあげられるのは僕だけです。彼女は絶対誰にも渡しませんよ。貴方にも――それは、例えウィリアム様にだって」
「……」
そう言ったルイスの表情は、瞳は、アメリアを真摯に想うものに感じられて、アーサーは思わず口を噤む。そしてルイスはそんなアーサーを満足そうに見つめると、くるりと踵を返した。
「では、私はアメリア様を追い掛けなければなりませんので――これにて失礼致します」
ルイスは、未だ不服げなアーサーにそれだけ言い残すと、早足でその場を後にした。
***
そしてその頃入江では――……。
「……あっ、おいカーラ!」
「どこ行くんだよ!」
ボートが岸に着くやいなや、なにも言わずに森の中へ駆け出して行った妹の姿を見て、エドワードとブライアンは溜め息をついた。二人は桟橋のビットにボートのロープを結んでいるウィリアムに歩み寄り、文句を垂れる。
「……あーあ。今あいつ泣いてたぞ。やってくれたな、ウィリアム」
「やっぱり思ってたとおり、修羅場になったな」
ウィリアムは二人の言葉に、困った様に顔を曇らせた。
「……悪い。流石に言い過ぎたかもしれない」
ウィリアムはそう言うと、普段の彼からは想像出来ない様な葛藤をその瞳に宿らせる。
そんなウィリアムの姿に、二人は顔を見合わせた。
「……珍しいな。お前が謝るなんて」
「あぁ。初めてじゃないか?」
二人の言葉に、ウィリアムは眉をひそめる。
「お前たち……俺を何だと思ってるんだ。謝罪くらい……」
「いや、違う違う。そうじゃなくて」
「お前、いつもは謝らなきゃいけないようなこと、しないって意味だよ」
「そう……だったか?」
「そうだよ。気付いてなかったんだな」
「それだけ本気ってことなんじゃねぇの?」
「……本気?何にだ」
ウィリアムのその言葉に、二人はやれやれと肩をすくめる。
「これだから恋愛初心者は……」
「アメリア嬢のことだよ。今まで恋人の一人も作らなかったお前が急に婚約するくらいだから、本気なんだろ?」
ウィリアムはそれを聞いて一瞬目を見開いた。しかし直ぐにはにかむ様な表情を浮かべ答える。
「――……あぁ。そうだな。彼女の事は、……愛しているよ」
「やっぱりな~!」
「なぁ聞かせろよ!あのお転婆お嬢さまをどうやって口説き落としたのか!」
「俺たちもう知ってるぞ!お前が彼女の素を知ってるってこと!」
二人の言葉に、ウィリアムが微かに動揺する。
「……彼女が、話したのか?」
そして彼はようやく気づいた。
「そう言えば……アメリア嬢はどこに」
ウィリアムがここに着いてから暫くの時間が経ったというのに、アメリアはまだ姿を見せていない。それも姿を現さないのはアメリアだけでなく、アーサーとルイスもだ。
――ウィリアムの心に広がる、嫌な予感。
「エドワード、言え。アメリア嬢はどこにいる」
「いや、俺たちは知らないよ。そのあたりを散歩でもしてるんじゃないのか?」
「あぁ……。でもそう言えば、俺たちがこっちに来るときアーサーと二人で歩いてるの見かけたな」
「……何?」
ウィリアムは二人の言葉に顔をしかめると、サッと走り出した。
その背中を、エドワードとブライアンは黙って見送る。そしてその背中が森の奥に消えていくのを確認して――呟いた。
「悪いな、アーサー。時間切れだ」
「俺たちだってウィリアムには幸せになってもらいたいんでね」
二人はもう見えなくなったウィリアムの姿を追うように、ただ森を見つめる。その表情はいつになく真剣で、これから起こる予期せぬ何かを――予感させる様だった。




