04
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ウィリアムとカーラが二人でボートに乗っている頃、アメリアはアーサーと二人きりで森の中を歩いていた。
「……まぁ、それでその後はどうなったんですの?」
「それがウィリアムのやつ、そのままボールを追いかけて川に落っこちて」
「まぁ!」
「とは言え水深は膝程だったから怪我は無かったんだが……彼は全身びしょ濡れに」
「ふふっ。あの方いつも澄ましているのに、そんな一面もあるのね」
「きっとあなたには良いところを見せたいのだろうな」
「まぁ。ウィリアム様にもそういう可愛らしいところがあるのね」
二人はウィリアムの話題に花を咲かせていた。アーサーはウィリアムと十年の付き合いになる。寄宿学校では共に監督生でもあった。今でこそアーサーはエドワードとブライアンとばかり連んでいるが、学生時代は殆どの時間をウィリアムと共に過ごしてきた。真面目で人当たりが良く、生徒の模範となるウィリアム。そしてそれとは対照的に、いつも調子がよく自分の好きに振る舞ってはいるが、人を纏める力に非常に長けたアーサー。二人はとても良いコンビだった。
「でも私、全然知りませんでしたわ。アーサー様がウィリアム様とご学友だったなんて」
「それはそうかもしれないな。学校を卒業してからは彼は侯爵家の仕事を覚えるのに忙しそうだったし、伯爵の名を継いでからは彼自身が会話の的で、偶然夜会で出くわすことはあっても軽く挨拶を交わすくらいだったから」
「まぁ……、そうなのですか?殿方というのは意外と薄情なものですのね」
「ははっ、これは手厳しいな。だからウィリアムがあなたと婚約したことを知ったときは、本当に驚いた」
アーサーの言葉に、アメリアは顔を赤らめる。
「……そう、ですね。私も驚きましたわ。ウィリアム様ったら……まさかあんなに人のいるところで……」
恐らくこれはプロポーズの時のことを言っているのだろう――と、アーサーは思い当たる。
「ええ。ウィリアムらしくない。――これは私の推測だが、恐らく彼が誰かを好きになったのは……アメリア嬢、あなたが初めてだ」
「――……そう……なの、ですか?」
「……ええ」
アメリアは赤く染めた頬を、その白い両手で恥ずかしそうに覆った。
アーサーはそんなアメリアの姿をじっと見つめる。
――アメリアの美しい横顔を――その深い湖の様な瞳を。そう、それはまるで彼女の心を覗き込む様に。
「――」
そして刹那――アーサーの右目が紅に染まった。それは赤よりも紅い……ルビーの様に眩くも、血の様に禍々しい――神々しくもあり、忌まわしい……その色に。
けれどそれはほんの一瞬のことで――アメリアはそれに気付かない。
「……やはりそうか」
アーサーは呟いた。そして足を止める。それと同時に、変質する――彼の纏うそのオーラ。
彼の中に湧き上がる、興奮と高揚感。――それが今までずっと被り続けてきた、彼自身の仮面を打ち砕く。
「……アーサー様?」
アメリアは急に足を止めたアーサーを振り返って、首を傾げた。
アーサーはそんなアメリアに微笑みかけると――彼女の細い手首をぐっと掴んで自分の方へ引き寄せ、反対の手をアメリアの腰に回して自分の身体をぴったりと密着させる。
その間、僅か一瞬――。
「――っ」
アメリアは咄嗟のことに声も上げられず、ただ大きく目を見開いた。彼女の美しい顔が、その不快感に歪む。
アーサーの顔が、アメリアの眼前に迫る。けれどアメリアも、そればかりは許すことは出来ない。
「――っ、……何の、つもりですの」
アメリアはようやく声を絞り出し、アーサーを敵意を込めた目で見据えた。
「――こんなこと、例えあなたがこの国の王子でも……許されることではなくってよ」
けれどアーサーはアメリアの言葉を嘲笑う。
「勘違いするな。女には困っていない」
「なら――」
そう言いかけたアメリアを、アーサーは更に抱き寄せ彼女の耳元で――囁いた。
「君も……“持っている“のだろう――?」
「――ッ」
――どくん、とアメリアの心臓が跳ね上がる。彼女から表情が消えた。
そしてその眼前には、そんな彼女の反応を愉しむ様に、ニヤリと嗤うアーサーの笑顔。
「……」
アメリアはアーサーの視線から逃れるように、顔を逸らす。彼女は確かに彼の言葉の意味に思い当たり――その額に冷や汗を浮かべた。
アーサーは尋ねる。
「君の本当の目的は何だ?ルイスか?」
「……ルイス?」
けれどアメリアには、その意味がわからない。
アメリアの目的は、ウィリアムを死なせないこと。唯それのみである。そこにルイスは関係ない……。関係ない、筈なのだ。――今のアメリアにとって。
「――何だ、違うのか」
アーサーは、アメリアのその表情に――はたと、腕に込める力を緩めた。その顔には、何か期待外れであったときの様な、……しかし同時に安堵したような、複雑な表情を浮かべている。
アメリアはそれを見逃さず、その一瞬の隙にアーサーの手を振りほどいた。
彼女はアーサーを睨みつける。
「……一体、どういうことですの?私――アーサー様のおっしゃられる言葉の意味がわかりませんわ。そもそも私、ルイスと会うのは今日が初めてですのよ」
アメリアの言葉に、アーサーは眉をひそめる。
「……初めて?だがルイスは、君のことをよく知っているようだったが?」
「……何ですって?」
――二人の間に、嫌な沈黙が流れる。お互いに、相手の腹を探りあう――そんな沈黙。
けれど……。
「――まぁいいさ。君に出会えただけで俺は満足だ」
アーサーは皮肉げな笑みを浮かべて、その身体に纏ったオーラを霧散させた。
「そうだ。君の目的がルイスではないのなら、一つ忠告をしてやろう」
「……何ですの」
「彼は危険だ。俺と、君と、ルイス――。俺たちは同じ……彼も何かを"持っている"。彼はずっと君のことを探していた、気を付けた方がいい」
「ご忠告痛み入りますわ。けれど……それは貴方も同じなのでは無くて?」
アメリアはアーサーから視線を放さない。彼女は決して彼の間合いには入らないようにと、警戒心を募らせる。
「そうだな、けれど……。俺はウィリアムのことを気に入っている。だから彼の側にルイスの様な下賎な人間がいることが許せない。――つまり、君次第ということだ」
「……心配せずとも、私は永遠にウィリアム様の味方ですわ」
「それは頼もしいな」
「勘違いなさらないで。私は、貴方のことも――勿論ルイスも、これっぽっちも信用するつもりはありませんのよ」
「それは賢明な判断だな」
「……」
アメリアはアーサーのその飄々とした態度に不信感を募らせつつも、一つだけ――と呟く。
「お尋ねしても宜しいかしら?」
「俺に答えられることならば」
「ウィリアム様はこのことをご存じ?」
「――どうだろうな。少なくとも俺は自分の力を他人に話したことは無い。勿論ウィリアムにも。……けれどルイスについてはわからない。知っているかもしれないし、知らないかもしれない。だが一つ確実なのは――」
アーサーは不敵な笑みを浮かべ、続ける。
「ウィリアムは、何かを隠している」
「……」
「それが何なのかまでは、この俺にもわからないが」
「……そう」
アメリアは何かを考えるようにそう呟くと、そのままアーサーに背中を向けた。
「……私、先に参りますわ。少し独りになりたいので、アーサー様はゆっくりとおいで下さいませ」
そしてアーサーに背中を向けたまま淡々とそう言うと、彼女は淑女らしからぬ足取りでその場を立ち去った。




